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純 i‐じゅんあい‐  作者: 奥野鷹弘
労働と再生
21/30

結晶

あの日から、給料からお金を使うのに躊躇し始めた。恋とは、怖いものである。


今回ので時給アップして、IDカードも更新された。登録したての自分の顔写真が、いかにも不慣れな社会に反発するような髪で…撮影し直して欲しいほどむっさい顔して見つめている。



今、僕は今回のツアーでファイナルを迎えるバンドの会場設営、いや…移動お願いメールが来て、ステハングループとして…おじさんと仲良くなった人達でアリーナ客席の中に座って支持待ちをしている。



そんな時にマナーモードをし忘れた携帯がなった。


「え…?イベンリー??なんで。」

それはバイト先の会社からの携帯からだった。驚いていると、おじさんが『良いからさっさと出てやれ。』と投げやりに告げてきた。僕は恐る恐る通話ボタンを押した。



「もしもし…福影くん?イベンリーの三上ですけど…今日、シフト入っているよね?集合時間過ぎてるけど、何処かな?」

いつもの女の人だ。今ちょうど、この人の指示の仕方が雑過ぎると不満を買われていたところだ。それより、何か不思議な事を聴いてきてる…一応成り行きで答えてみる事にした。


「え……、あ、あの…おはようございます。あの、来てますけど……」

「本番だよね?」

「い…いえ、ステハンに移動と連絡が来てアリーナ席に居ますけど…。」

何となく存在があやふやにされてる空気に包まれて、ただでさえ寒い会場が、余計に寒く感じた。そして…


「………。あ、あぁ!福影くん、ごめんなさい。手違いで、訂正前の観てました!」

「あぁ…、そうだったんですか。大丈夫です、わかりました。」

「失礼します。頑張ってください。」

「………はい。」



予想は予想以上に遥かに裏切ってしまえば、笑うことも出来るのに…埋め尽くすほどシフトを入れて顔を出しているのだから、思い出して欲しいものだ。そして、まず確認をチーフ人や会社の現場監督を通してから気付いて欲しかった。

特別なことが多い僕だ。


「若造、何だったんだ?」

暗そうな顔に、おじさんが尋ねてきた。

「あっ、あの…事務の手続きで本番と思って来てないから連絡したら…ステハンだったと…。僕だけ訂正前の用紙を見て、連絡してきちゃったみたいです。受付したのに…」

真剣な顔で答えると、デカい身体で見栄を張っているように鼻で笑って口にした。

「ふっ、若造…存在薄いんだな。若いんだから、もっとガツガツ働いてやって魅せてやれ。」

「働いてますよ…」

小さい声で、初めて突っ込んだが…話がそのまま続いた。

「そういえば…若造、名前なんて言うんだ?聴いてなかったな。」

「僕ですか?福影です、福影といいます。」

「そうか…、福影か。おし、わかった。今更だけどよ…お互い宜しくな。」

「ですね。」


名を名乗って良かったと思う。あとどれぐらい、おじさんに世話をやいてしまうのか判らないけど…気が楽になった気がする。

『僕のあだ名は…【I】でも良いけど、福影です。どうぞ、宜しく。』



寒い冬の中に照らしている、小さなスノーキャンドルのように思い出に残った一瞬だった。



「おい、福影。お前…、帰りバス無くて大変なんだろ。この中のメンバーを送るついでに、お前も乗せてやるから…良いだろ?」

おじさんはニコニコしながら、僕をみて返事を待った。

「良いんですか?でも、地下鉄だけでも帰れますよ。」


「良いから乗れ。狭いけどよ、その代わりに文句は言うなよ。」

「はい!」


いつか融けて、忘れてしまうかもしれない…この隠せない嬉しさを結晶と名付けたい。


ステハン、頑張りますから!

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