街灯のアカリと僕のココロ
いつもと変わらない星がやけにキレイに見えた。それは、彼がやけに冷たかったからも知れない。こんな息を漏らせば白く濁りはするけれど、僕はそれ以上に寒かったんだ。
今日の仕事現場からの帰りの話。
「今日は…一緒に帰ってもいいですか?」
「………。」
「あぁ…、あ、すみません!忙しいんですよね、ごめんなさい。」
「…………。」
「あ、そうだ。地下鉄に乗るから…ICカード出さなきゃ。どこだっけ…。あれ、無い…。いや…でも…確か…」
「見つからないんですか?カード。さっき、会場から出る前に持ってたの見ましたよ。」
「えぇ、手には持ってないよ…。えぇ!!」
「落ち着いて、よく探してみたらどうですか。ポケットの中とか…」
「あ、ありました!助かりました、ポケットに入れたのを忘れてました。ありがとうございます。」
何をやっているんだろうと思いながら、冷や汗をかいた僕はようやくICカードを見つけた。
「なら、いいんだけど。」
改札を抜けるまで、出来るだけ横にいて他愛ない話をしたいと思っていたのに、いつの間にか彼は目の前を歩いていた。今回の現場は、地下鉄直結。地下鉄のターミナル内は、震災の影響で節電を余儀なくされているためか、暗め。ターミナル内の照明が、まるで長いトンネルを抜けるかのように、彼の影で隠されたり照らされたり。
彼の表情がわからない。わかるのは、その僕より背が高くて広い背中だけ。チラリと光る彼のメガネが胸を刺す。心の中も、トンネル内を走っているかのよう。
「じゃあ、俺はこっちだから。お疲れ様でした。」
彼は突然振り向いて、頭をコクリとさげた。ふと顔を上げると、彼は自分のICカードで改札を抜けていた。
「は、はい…お疲れ様でした。」
僕はとっさに返事だけかえしてた。遠ざかる彼の背中は、まるで何かを刻んだ石碑に思えた。たとえ逆方向だとしても、改札抜けて電車乗り込むまで一緒にいれた、ホーム越しというドラマでありがちな感じだとしても。恋人じゃなくていい、友達として見送らせて。
前のホームから風を運んできた車体、通勤ラッシュを終えた椅子と吊革。まるで自分のようで、地下鉄降りるまでは無心だった。
駐輪場に停めてある、僕の自転車…やけに温かかった。鉄の固まりなのに、心を持っていた。いや…違う、僕の涙だ。ひとつひとつ涙をこぼす目頭が痛かった…胸が痛む代わりに。
『手塚 純』…名前みたいに純粋ではないのかな。
そもそも、気持ち悪い話だったのだ。誰の手を曳いて歩いていくなんて、考えたくないけど忘れたくない。
『福影 タカヒロ』…幸せと影を背負う自分。生まれ変ったのなら、名前のカタカナを漢字にして幸せになりたい。見合った人生を生きたい。
明日はまだ長い、僕はここにいるのに。
今はまだ暗い、街頭は道を照らすだけで、僕を照らしてくれない。




