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純 i‐じゅんあい‐  作者: 奥野鷹弘
恋と喪失
11/30

言葉よりシンパシー

そういえば演出の都合上で僕たちにも関わりが出てくると説明を受けていたのを思い出した。

ライブの演出の相乗効果で彼の顔がスモッグでモヤっとしているのだが、メガネが会場のどこかの証明を写し出して反射しては、メガネが瞳をキラッと輝いてみえて僕は生唾が溢れた。


「え、カッコいい…………。」

「何かあったんですか…?」と喫煙所から戻ってきて声を掛けてくる彼に対し、「いえ、なにも…」と答えた僕。


何故だろう、嘘をついているようで気がぎこちない――。

 アンコールが終わり、お客さんが引き去った1時間後。

Yシャツの第一ボタンをあけてネクタイを緩めたチーフが控え室の扉によしかかり、解散命令を告げた。


「今日は…みなさんっ!おつかれっした~!!明日も変わらずの時間で、本番2日目も宜しく願います!

それと、撤去もするので…私服。絶対忘れないように!!破けても汚れてもいいなら任せます!

では…解散!」


「お疲れ様でしたーっ!」バイトたちは叫ぶ。



「…お疲れ様ですっ。」みんなの元気のある声に圧倒されて、声が出せなかった。いや…違う、担当のモギリの仕事で声を散々使ったから枯れていて辛かった。

「今日は、疲れましたね…」朝の整っていた髪が崩れている彼が、横からささやいてきた。僕はカバンからICカードを取り出しながら、彼と歩き並び話を続けた。

「いや、本当です…お疲れ様です。モギリでこんなに声を使ったの初めてですよ…、明日も大変ですね。明日も同じ担当でパートナー同士なら…宜しくお願いします。」彼の顔、いや背が高くて胸板しか見られないぐらいの目線で笑顔で交わした。



 お客さんをまだ呑みこめていない地下鉄が、改札口を渋滞にさせる。

僕は仕事のオフ状態になり、思わず「生で見たかったような、聴きたかった気がします…」と口にしてしまった。すると前を歩いていたお客さんがチラリと後ろを振り返り、頭から足の先まで撫で見下ろした。そして舌打ちするかのように「チッ」と音を作り、前を向いて再び歩きだした。スタッフとばれたんだろう、スーツ姿のまま帰宅をしているから妬ましく思われたのに違いない…。


そんな時、彼は気をそらすかのように、朝のニュースで話題になっていた節電について語り始めた。


「ほら、今日じゃないですか…震災の影響による節電のご協力…。地下鉄の中も改札も今、気づいたんですが制限されてますよ…。そういえばここまでに来る途中、暗くなかったですか?自分、背が高いので…影で蔽い尽くしていませんでしたか?」彼は心配そうに僕のほうを見て、眉間にシワを寄せた。

そういえばそうだった。あの震災の影響でこの北海道も節電の要請が出ていて、公共施設や各所、暗かったり電気関係のものが少なく稼働している。そうか、もしかしたらお客さんがいまだに混んでいる理由もその影響が及んでいるのかもしれない。そんな考えを起こしながら声のしている方へ顔をあげると彼のメガネが鏡のように自分の顔が映し出していた。


これは思ってもいなかったハプニング。止められない衝動と、何も影に隠されることに感じなかった気持ちを正直に伝えようとして「大丈夫です!」と力強く口走った。ハッと眼を見開いた僕に、彼は「そう、大丈夫なら良かった。」と口元をゆるめ頬を少し上げた。僕は自分が出した声の強さに後悔をしはじめた。



 地下鉄の中は静かな時間を過ごし、路線の乗り換え駅で気がついた。「あの自分は、こっちだから…」彼は遠くでも近くない距離で発言したのを。



手を振る彼を黙って見つめていた。

同じ線路上にいるのに「お疲れ様です。」と声は小さかったのに呟くと、彼は遠くから振り返って頭を下げた。たとえ声が届かなくても、気持ちが素直に届けられたら…どれだけ僕は幸せになってしまうんだろう。「…大丈夫じゃない」



 運命でも偶然でもいい…明日は必ずまた会えるって、信じたい。「スキ」と云えなくても傍にいるだけでいい。僕の「大丈夫です!!」の言葉の強さの壁を壊してまた話をしたい。たとえば敬語だったら、このぎこちない敬語を卒業できなくても、下手くそな敬語を使って彼に指摘してくれたらがいい。帰り道、どうしても彼のことが離れられなくて、電子メモに『枯れ』と変換打ち間違いしたとも気付かずに、携帯と共に充電切れした僕は…幸せもの。それぐらい…彼のことを……



これからの未来がどんなんであろうと…

朝を明けて思い返す……。


変な話だが‥彼が狐に見える。

キリッとした目、細い唇、シュッとした顔の輪郭‥柔らかいようで素早い動き‥そして何考えているのか騙されているかのような愛しい気持ち‥……彼に会いたい。


それに比べ僕は、身体が小さく、眼がゴロッとしていて、輪郭が丸くわ人に出合う度に性格が変わると言われる僕は‥まるで狸みたい。

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