第八話
ミラさんが先生とともに屋敷にやってきてから2週間。先生は王都にもどられましたが、ミラさんはまだ屋敷にいます。まだというか、これからもしばらくというか。とにかく、ミラさんは用事を終えるまではこの屋敷に住むようです。先生がミラさんを連れてきたのはこのためでした。
ミラさんに用事とはいったいなんなのか訊いてみましたが、探し物をしているということしか教えてくれませんでした。でも、とても大切なものだそうです。
ミラさんは朝になると領地に出て行き、お昼にいったん戻ってきてからまたふらふらとどこかに出かけています。ですが気が付くと近くに居たりして、神出鬼没なのです。修行の最中に現れたときには錬成に失敗しかけました。声くらいかけてほしいとお願いしたら、様付けをやめてほしいと言われました。何の関係があるかはわかりませんが、私は素直にさん付けに変更しておきました。
ちなみに先生が帰られた前日、私は二年後に王都の学院に通う許可をお父様にもらえました。お父様もついに折れました。粘りすぎだと思うのです。
今私は書斎で先生に読むように言われた本を読んでいます。『魔術の観点から見る世界の歴史』、『大陸情勢最新版』、『薬草の基礎』、『応用算術準一級』、『魔物と幻獣の生態』等々……。一か月後までにそれぞれ簡単なまとめレポートを書いておくようにと宿題も出されました。先生は鬼よりも鬼です。逆らいませんが。
「あらティファ、本が山積みね。というか……アルノったら、こんなに読ませるつもりなのね……。」
「はい。先生は鬼です。……ところで、ミラさんは何をしているんですか?」
「たまたま立ち寄っただけよ」
算術の本を読んで唸っていると、背後から突然ミラさんが。でも彼女の神出鬼没ぶりに慣れてきた私はさほど驚きません。
彼女は私の呼んでいる本を覗き込むと、あからさまに顔をしかめました。そんな顔をしても美しさが損なわれないとは、何ともうらやましい限りです。
「最近の子どもはこんなのをやらされるのね……。私はごめんだわ」
「ミラさんは算術は苦手なのですか?」
「く、悔しいけれど否定はできないわ。あ、でも大陸情勢くらいなら教えられるわよ。あとアスタリカにでる魔物と幻獣、薬草も少しは」
「そうなのですか!?」
「一応祖国のことだしね。ティファさえよければ今から教えるわよ?」
「ではお言葉に甘えて、お願いしますね」
ミラさんは、少し本の話から離れてはいたものの、私の知らないことをたくさん教えてくれました。 他国の事、特にアスタリカについてはあまり詳しいことが載っていなかったので貴重な情報です。半鎖国みたいなものですからね、アスタリカ。
歴史にも詳しいようで、まるで自分が体験したかのようにさらさらと話してくれます。今更ですか、何者なのですかミラさん。普通はこんなに詳しくないと思うのです。まさか研究者か何かなのですか。などと考えていると、顔に出ていたようでミラさんはただの趣味だと笑って言いました。ただの趣味でここまで調べられるとは思いませんが、そういうことにしておきます。
まあそんなこんなでミラさんに付き合ってもらいながら勉強すること早数時間。昼食の時間になりました。食事の準備に行かなくては、と思いますが、その必要はないのだと思い出します。王都の学院に通うための勉強が始まってから、私は極力勉強と修行に力を入れるように先生に言われているのです。そのため食事も普通に使用人の方に作ってもらうことになったのです。なんだかちょっと慣れない感じですが、ご厚意に甘えてしまおうと思っています。たまに息抜きに料理はしますけど。
準備する必要がないので、多少ゆっくりと勉強道具を片付けてミラさんと食堂に向かいます。今日の昼食はたしかアスタリカの郷土料理。ミラさんが料理人たちにレシピを教えたところ、たちまち我が家はアスタリカ料理が浸透しました。
白米、おひたし、卵焼き。鮭の塩焼きに芋の煮物など、あっさりしているのに味わい深く素朴な料理はとてもおいしいです。なんでもこのような形態の料理はアスタリカでは『和食』と呼ばれているそうです。和食以外にもアスタリカには郷土料理があるそうなので、今後もおいしい料理に期待してしまいます。ちなみにアスタリカではこちらの料理を『洋食』と呼ぶそうです。細かい基準はないようですが、基本的に主食が小麦等だったら洋食、お米だったら和食らしいです。どっちもおいしいのでどうでもいいのですが。
「今日はたしかうどんを作ってくれることになっているわよ」
「うどん? うどんってなんですか?」
「説明するのは面倒ね……。見ればわかるわよ」
あ、ちなみにミラさんのことでわかってきたことがあります。
最初は綺麗であんにゅい? みたいな人だと思っていたのですが、ただの面倒くさがり屋でした。あと澄ましていますが結構な悪戯っ子です。神出鬼没なのも悪戯なのではと思い始めています。
それに、言葉では説明できないのですが……残念な美人という称号を贈りたいのです。振る舞いも外見も鋭い美しさにあふれているというのに、中身が残念です。もちろん貶すつもりはないのですが、残念です。本当に。最近は澄まして繕っていた猫がはがれてきています。大人のお姉さんの不思議な雰囲気が薄れていますもん。
冷静なのにずぼらで、細かいことを気にしません。面倒くさがりで悪戯好き、気まぐれ。大人っぽいのに子供っぽい。
これもある種の魅力でしょうが、最初の印象と比べるとやはり……残念と言う感じです。話すのには緊張しませんけどね。