第六話
▼魔法→魔術
▼伯爵→侯爵 に統一
作者のリリルです。今回ちょっと全話を通してちょこちょこと変更しました。他にもいろいろとごちゃごちゃしているので、何かありましたらご指摘お願いします!
顔を上げると、彼女は先ほどまでの美しい氷のような表情を崩し、無邪気な子供のような顔をしていました。
……この人、こんな顔もできるんですね。
思わずそう感じました。今会ったばかりの人に対してそんな感想を持つのもおかしな話です。人を第一印象で決めつけてはいけないと、反省します。
「いい名前ね、ティファリーゼ。私はミラ。貴方の先生の知り合いでね、このあたりに用があったので、同行させてもらったの」
「先生のお知り合いでしたか。このあたりに御用なのですね。何か私にできることがあったら言ってください」
「あら、ありがとう。でも大丈夫よ、簡単な事だもの。……気付いているかもしれないけれど、私はアスタリカの人間だから礼儀作法もわからないわ。許して頂戴」
「はい、もちろんです。ミラ様」
女性にしては低い、けれど彼女の雰囲気にはよく合った声。その声から紡がれる言葉は、やはり想像よりも優しく温かい言葉で。
背の高い彼女の目を覗き込むようにしてみると、目が合った彼女はニコリと笑います。その目は、最初の印象とは違い、柔らかな光に包まれているように感じられたのです。
先生のお知り合い。簡単に信じてしまうのは、今日は先生が来ているはずなのになかなか姿を現していらっしゃらないから。それもあるでしょうが、彼女の言葉は信じられると、どこかでそう思ってしまう何かがあるのかも、です。
彼女と少し話をしていると、屋敷の方から先生とお父様がこちらに向かってくるのが見えました。二人とも、私がミラ様とお話ししているのを見ると、少し驚いたようで目を見開いていました。すぐにいつもの澄ました顔に戻った先生は、まだ少し驚いた様子のお父様を置いてこちらに小走りで向かってきます。
先生、お父様を置いていかないでください……。
私たちの元まで来た先生は、小さな子供にするように、屈んで私の目を覗き込みます。なんだか子ども扱いされているようで少々微妙な気分なのです。でも先生には何を言っても無駄なことが多いので気にしないようにします。
「やあ、ティファ。元気だったか?」
「はい、先生。先生もお変わり無いようで何よりなのです」
「今日はちょっと侯爵と話があるから、悪いけど修行は見れないんだ。悪いけど、明日まで我慢してくれ」
「大丈夫なのですよ、先生。一日くらい待てますもの。もうそんなに子供じゃないんですからね!」
「そうか。ありがとうな、ティファ」
先生は苦笑いしながら修行の延期を私に告げます。今日は結構時間も遅くなってしまったので、明日になるのならばその分時間が取れるので大歓迎です。
ふとミラ様の方を見ると、なんだか生暖かいような視線を感じます。子猫がちょっとお馬鹿なことをしているのを眺めて、呆れつつも慈しむような。……え、私何かしました?
「ミラ、もうティファと会っていたのか。客間で待っているように言われただろう」
「あら、だって一人で暇だったんですもの。いけなかった?」
「悪いとは言ってないさ。ただこんなに早くこの子と仲良さそうにしているとは思わなかっただけで。結構人見知りする方だったと思っていたんだよ、ティファは」
「そんな風には感じなかったわよ。とっても素直で可愛らしい子」
「俺だって打ち解けるのに時間かかったんだが……。なんか悔しいな、ずるいぞお前」
「ふふ、私にそんなこと言われても困っちゃうわよ。もっと大人になりなさいな、アルノ」
「うるさいな、俺はもう立派に大人だ。もう21才だよ」
さあ、ここで少し先生のことをご紹介しようかと思います。
まずは外見から。
大きめのグレーの瞳。同じく灰色の真っ直ぐな髪は、右の方でまとめられて肩にかかっています。背丈は少し低く、顔立ちも幼さを感じさせるので実際よりも若く見えます。私から見れば十分大人ですが、先生ご自身はそのことを痛く気にしているようです(微妙に女顔な事も気にしているとか)。
王城で仕える者にのみ支給されるローブは、錬金魔術師という役職上珍しいタイプ。白地に銀のラインが入っているもの。その中に着ているのシンプルなシャツとズボンですが、錬金魔術で作られたそれはうっすらと魔力を帯びています。おそらく簡易的な魔法文字も刻まれているのでしょう。
外見に関してはこのくらいですかね。次は基本的な個人情報を。
お名前はアルノ・グラーツ様。王立魔法研究所の筆頭魔術師、リアーム・グラーツ様の息子で、三人兄弟の末っ子。魔術師としても優秀だったようですが、13歳のころから当時唯一の王城に仕えていた錬金魔術師(王室錬金魔術師と言います)から指導を受けるようになります。通っていた王立の学院を16歳で卒業後、師の後継者として王室錬金魔術師に就任。四年前、私が六歳のころから月一の頻度で錬金魔術の指導に来てくださるようになりました。
先生が私の指導をしてくださるようになった経緯は不明ですが、大きな理由の一つはお父様が先生の師匠と旧知の仲だったからだそうです。お父様、辺境貴族がどうしてそのような方と知り合えるのですか……?
ええまあ、そこはいいでしょう。
気さくで明るいけれど笑顔で怖い先生は、私にとっては相性のいい師であると言えます。だって怒鳴られるよりはいいじゃないですか。体の芯まで冷えますけども。失敗から学んで成長する意欲があればそれはさほど嫌な事ではないのです。まあ怖いですけれども。
はい、先生についてはこのくらいですね。追加情報としては子供好きということでしょうか? だから私の指導も受けていただけたとお父様は前に言っていましたし。あとは研究熱心過ぎて食事を忘れたり、睡眠を忘れたり、友人が少なかったり……。この辺は研究職の方は大体そうかもしれませんね。
先生とミラ様は、楽しそうに談笑……いえ、ミラ様が先生をからかっています。ミラ様の目が、鼠を見る猫の目です。これは捕食者の目なのです。巻き込まれてはたまりません。他のところを見ていましょう。
まだ小屋の方に着いていないお父様は今どうしているのでしょう。そんなに小屋から屋敷は離れていいないはずですけど……。
遠目に見えたお父様は、すでにいつものように威厳のあるお父様でした。先ほどの驚いた顔が嘘の様です。先生とは違って、ゆっくりとこちらに向かってきています。でもまだ屋敷の近くにいるということは、ついさっきまで驚いたままだったのかもしれませんが。というか私が人見知りしていないのがそんなに不思議なのですか? たしかに私は人見知りはする方ですけども。でも、ミラ様はそんなに緊張せずにお話しすることができるのです。理由は私にもわかりませんが。