第四話
ペンダントを錬成した後に、同じように魔力をゆっくりと丁寧に注いでいく練習を続けました。今私の目の前には、回復薬に塗り薬、土に負荷をかけない程度の肥料に魔力を纏った布など……。とにかく私の作ったものがごった返しています。
それをささっと戸棚に仕舞いこみます。
魔力も材料も時間もまだまだあります。でもこのペースで錬成して先生を待つのはあまり賢いやり方とは言えません。多分。もう作りたいものありませんし。
仕方がないので、小屋を出て敷地内の畑に向かうことにします。薬草園から薬草でも補充させてもらいましょうか。
「おっ、嬢様。こんにちは。今日はどのようなご用件ですかい?」
「こんにちは、ジャックさん。少しアカメ草とクルシカを分けてもらえますか?」
庭師のジャックさんが薬草園にいました。ジャックさんは十年以上前から屋敷で働いてくれています。体格がよく力仕事を楽々とこなしてくれることと陽気な人柄で、屋敷の使用人たちの中心にいるような方です。最近は娘さんがお嫁に行ってしまったらしいので、早く孫の顔が見たいとよく言っています。
「もちろん、いくらでももってきますぜ」
「ありがとうございます! でも、本当に少しで大丈夫ですからね……?」
なんだかこのままだと大量に持ってきてしまいそうなジャックさんに、わたわたと言います。ジャックさんは調子に乗りやすい……じゃなかった、気をよくして張り切りすぎてしまいやすいのです。
ジャックさんは小走りで小さな籠を持ってくると、そこにほいほいとアカメ草とクルシカを入れていきます。
アカメ草は回復薬によく使い、クルシカは傷の塗り薬に使われます。私は錬成の材料としてしか使っていませんが、両方とも効果がたくさんあって簡単に育つので、一般家庭でも常備されるくらいポピュラーな薬草です。
「それにしても、嬢様は本当に勤勉ですなぁ。御当主様も鼻が高いでしょうな」
「いえいえ、私なんてまだまだです! 私、もっと頑張って、いつか立派な錬金魔術師になりたいのです。だから、これくらい当然なのです!」
「嬢様は凄いですなぁ。でも、無理はしないで下せえよ?」
「はい、わかってます」
ジャックさんにお礼を言って、その場を立ち去ります。薬草の補充をしたので、どうせなら他の物もなるべく補充しておきましょう。とりあえず敷地内で手に入る物から。銅や鉛も無くなってしまいましたが、屑鉄から錬成することもできるのでまあ気にしなくても大丈夫でしょう。
錬金魔術では、金属が必要だったら屑鉄を用意すれば大抵は何とかなってしまいます。だって金属は比較的簡単に錬成できちゃうから。まれに錬成があり得ないほど難しい特殊な金属があるので、それは本物を用意した方がいいんですけどね。
金属は簡単に錬成して別のものにできてしまいます。でも、木材や布など、金属以外のものは材質を変化させることができません(例外もあるそうですが、ほとんどありません)。布を服にすることはできても、麻布を絹にすることはできないのです。林檎は葡萄にはなりませんし、鹿肉は鶏肉にはなりません。
理由はよくわからないのですが、命あるものから作られたものは、加工品にはなっても材料になることはないのだそうです。
『材料』は錬成できないようになっている、金属を除いては。
これは錬金魔術の入門書(奇跡的に見つけました)にも、最初に書かれていることです。錬金魔術が真に万能になるのを防ぐために、神がそう定めたという神話も残っています。
なので、錬金魔術は材料をそろえることが最も大事な事の一つであると言えましょう。無から何かを作り出すように見える錬金魔術も、基となるものがないと何も作れないのです。魔力を使ったら無から作り出しているように見せかけることも可能ですが、魔力だって有限ですしね。
薬草園を抜けて、庭園を通り過ぎ、花壇に寄り道しながら歩きます。通ったところで材料を補充しながら進んだので、ジャックさんからもらった籠はもういっぱいです。
気が付いたら、敷地の端っこまで来ていました。屋敷を取り囲む低めの柵の向こうには、広大な森と放牧地、まだ芽が出たばかりの小麦畑が広がっています。和やかに話しながら農作業をする領民たちに、楽しそうに走り回る子供たち。裕福であるとは言えないけれど、貧しくもないベルチェ領の様子に、思わず口角が上がります。お父様の努力が、こうして実になっているのは嬉しい事です。
表面的な平和ではなく、中身のある平和。
お父様がいつも言っていることです。世の中には、パッと見は素晴らしく見えても、内部は貧困や暴力にあふれている地域もあるそうです。お父様は、よく身分を隠して領民の不満を聞きに行くこともあります。表に出ない問題も、なるべく解決していくのがお父様のやり方です。
私が時々お忍びで(護衛が遠くからついてはいますが)領地を散策していても、すれ違った領民たちは嬉しそうに挨拶をしてくれたり、お父様への感謝を口にしてくれます。
辺境の地は、貴族と平民の垣根が都会よりも低いのです。都会の貴族の方はそれを快く思わないかもしれませんが、私はここに生まれてこれて幸せだと思っているのです。
こののどかな風景は、私の大事な故郷の景色です。私がいつかこの地を離れたとしても、胸を張ってそう言えると思います。
……えへへ、ちょっと気取った言い方になってしまったのです。
そろそろお昼時ですね。屋敷に戻りましょうか。今日の昼食はグラタンです。今決めました。どうせ料理するのは私なので独断で決めても大丈夫なのです。
私の錬金魔術以外の取り柄は料理です。
貴族令嬢には必要ないんじゃないの、とか思われるかもしれませんけど、自分で楽しいからいいんです。物心ついた時から、お父様の休日である週の初め以外は自分で昼食を作るようになっていました。そのおかげか、今では屋敷の料理人も褒めてくれるほどになりました。何割かはお世辞でしょうけどね。