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第十話 ミラ

 ティファリーゼ・アルン・ベルチェ。十才。ベルチェ侯爵家の長女。錬金魔術の使い手。王室錬金魔術師、アルノ・グラーツの唯一の弟子。膨大な魔力を保有しているが、魔術を使う際の魔力制御に難あり。しかし錬金魔術に大しての魔力制御は魔術の時とは比べ物にならないほど緻密で繊細。

 黄昏の秋のような金茶の髪に、パッチリと大きく、葡萄のような紫の瞳。肩より長く、緩く波打つ髪は、左側が一房だけ三つ編みになって垂らされている。肌は白く、しかし健康的。顔のつくりは愛らしく、可愛らしいという言葉が相応しい。将来が楽しみな美少女。


 私が実際に彼女に会う前に知っていた彼女の情報はこのくらい。主にアルノから聞いたもので、それだけでも彼がこの弟子をどれだけ高く評価しているかもわかるものだ。そして容姿に関しては褒め過ぎ。アルノのことをよく知らなかったら、幼い子供が好きなのか、そういう趣味なのか、と誤解しそうだ。まあアルノだから大丈夫だけど。

 まあその辺は置いておこう。私は彼女に興味を持った。膨大な魔力に、魔術が苦手という特徴。それは私の探すものを持っている人間に当てはまる可能性のあるものだ。とはいっても、そう珍しいわけでもないのでほんのちょっとの興味だったけれど。

 彼女に興味を持ってからも、私はしばらくは王都に留まっていた。まだ王都にも候補者は居たから。でもその候補者を全て調べても、私の探し物は見つからなかった。

 ほかに候補者もいなくなり、私はついにアルノの愛弟子を訪ねる気になった。

 アルノに頼み込んで、探し物をするという名目でベルチェ侯爵家に滞在できるように手配してもらった。アルノは比較的簡単に協力してくれた。うん、アルノ、君はもっと錬金魔術以外にも興味を持つべきだ。私に裏があるとか考えないの?

 彼女がハズレだったとしても、王都から離れて候補者を探すのもいいと思った。でも、彼女に会ってその必要はないとわかった。彼女の魔力を見ればわかる、彼女が最後の持ち主だと。

魔力を見ることができる。それは、私がこの世界で生きてきて、最も有用な技術だ。同じことができるほど魔力感知能力の高い者は、世界に何人いるだろうか。




「ミラさん、お待たせしました!!」

「さほど待っていないわよ。それに、私が見せてほしいと勝手に頼んだのだから、気にしないで頂戴」


 申し訳なさそうに小走りでやってきた彼女に、控えめに笑いかける。

 彼女の手にある杖は2本。だいぶボロボロな物と、まだ新しいもの。消耗品であると一目でわかるほど粗末なものだ。でも、魔力制御がうまくなかったら杖はすぐに壊れてしまうし、これでいいのかもしれない。彼女の魔力保有量なら、よほど上等な杖でないとすぐに使い物にならなくなるはずだ。

 

「では、とりあえず火の魔術の練習をするのです。ミラさんは飛び火しない位置にいてくださいね?」

「ええ」

「それではいきますよ!」


 大きく息を吸い込み、集中して魔力を練るティファ。彼女の魔力がゆっくりと火属性に変わっていく。そこまでは普通だ。



 言葉だけなら。

彼女の異常さは、きっと私のような魔力感知能力の高いものにしか分からないだろう。



 彼女は、自分の保有魔力を全て火属性に変えている。そう、全て。

本来魔力を変質させるときには、術に使うであろう分だけ体内の魔力を分け、その魔力だけ属性を変質させるものだ。

例えるならば、大きな器に入った水をグラスに少量移し、そのグラスにインクを数滴入れるような感覚。

しかし彼女は、大きな器に直接インクを垂らしているのと同じ。必要なインクは多くなるし、何よりも効率的ではない。

 こんな方法で魔術を使う者を、私は見たことがない。そんなことをすれば、威力の小さい魔術を一回使っただけでも、無属性の魔力が無くなっているため他の属性の魔術は扱いにくくなる。

彼女が魔術が苦手なのはこのせいかと一瞬考えるが、それだけなら制御とは何ら関係ない。今は炎の魔術を、炎の魔力で発動させているのだから。

彼女が魔術の制御が苦手なのには、また別の要因があるのだろう。


 ゆっくりと開かれた彼女の口から、呪文が流れ出る。


『火球』


 彼女が唱えたのは火の魔術の初級魔法、火球。文字通り火の球を作り操るもの。

 火球は魔力の濃度が不安定で、ゆらゆらと頼りなさ気に揺れている。彼女が注ぎ込んだ魔力は、半分以上が外部に放出されてしまったようだ。魔術が苦手という自己申告は正しいようだ。

 ふと彼女に残っている魔力を見ると、私はまたも驚愕した。あの赤く輝く膨大な量の火の魔力は、透明な無属性の魔力に戻っていたのだ。これは普通におかしい。

 無属性は何にでも変わりやすい。しかし、他の属性を無属性に変えることは難しい。できなくはないが、変換の際に魔力の大部分が消えてしまうのだ。そんなことをわざわざする者はいない。

 彼女は自分の魔力……大きな器に入った魔力を全て変質させ、使わなかった魔力を無属性に戻しているようだ。何て非効率。

これも、彼女が私の探し物を持っていることの弊害かもしれない。『あれ』を持っている人間は、魔力の制御が苦手になる。『あれ』に魔力を常時吸われているから、制御すべきものがゆっくりと、しかし確実に減っていくのだ。

最初の認識よりもほんの少し魔力が少なくなる。それだけで魔力制御は格段に難しくなる。魔力量を正しく認識できないのは、魔術を使う際にかなり不利となってしまう。

錬金魔術を使う際には魔術と少し魔力の流れが違うので、彼女の魔術と錬金魔術の魔力制御の差はやはり『あれ』を持っているせいなのだろう。あの子にとっては迷惑でしかない話だ。


 頼りない火球は、古い案山子に向かっていく。その速度もあまり早いとは言えない。やはり魔力制御がうまくいかないからだろう。

 『あれ』は早く彼女から切り離すべきだろう。私にとっては命にも代えがたいものだけれど、他人にとっては邪魔でしかない。持っているというよりは、(言葉はあまりよくないが)寄生されていると言った方が正しいのだ。


(今すぐにでも、回収するべきね……)


 私はため息をつくと、魔術がうまくいかずに少し浮かない顔をする彼女に向き直った。そして、彼女の目を見つめながら、その奥底にある『あれ』に意識を集中させ、ゆっくりと、引きずり出すように、術を行使した。


第一章は所詮プロローグ的なものなのでもうすぐ第二章に移ります。具体的にはあと三話くらいです。このままのペースで行けば←

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