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同窓会の報せが来てやっと休暇をもぎ取った。
あの糞社長、いつか訴えてやる。
こじんまりとしたお洒落なバー。
貸し切ってるようだけど、結構お金掛かるんじゃないかと不安になる。
雰囲気も良いし、店員も質が高い。
今度仕事で使おうかと考えてる内に案内された個室。
正直、キラキラし過ぎで帰りたい。
「来たか」
来たかじゃねぇよ。
「お久し振りです、佐藤楓さん」
「ほらほら、早く座って」
空いている席を叩かれ促されては逆らえない。
事態把握出来ないまま座る。
正面には何故か俺様生徒会長様。
右隣には何故かチャラ男副会長様。
斜め右向いには何故か鬼畜会計様。
何故か元生徒会役員様がおられるんですけどー。
今日は確か、クラスの同窓会だった気がするんですけど。
そもそも、この面子の意味分からないんですけどー。
まだ空席はあるけど、2席ね。
嫌な予感しかしない。
「あの~・・・私が何故此処に?」
卒業式の逆ハーレムを思い出してしまった。
ヒロインは何処だと。
「何故って、佐藤さんが同窓会に参加するって聞いたから?」
いや、答えになってない。
相変わらずのチャラ男にイラッとした。
あれから8年。
見目麗しい男達は、あの頃よりも数十倍イイ男に育っている。
それはもう、直視出来ない程にキラッキラでね。
「ホラ、俺達振られちゃったでしょ?ずっと聞きたかったんだよねー」
意味が分からん。
聞く気も失せてるからメニューに集中する。
「無視するねー、流石佐藤さん」
視界を阻む為にチャラ男こと鳳巳が顔を覗き込んで来る。
あまりに近くて身を引けばニヤリと嫌な笑みが浮かんだ。
「意識した?」
そりゃするだろう。
凶悪な程に色気満載な異性に接近されて何も感じないなら可笑しいだろう。
「近いんですよ。そのお綺麗な顔を放して頂けますかね。後、露出高めなので色々目のやり場に困るんで」
スーツを嫌味なく着こなしてる上に胸元をこれでもかってくらい開けてらっしゃるのだ。
「何だ、それ。オヤジかよ」
「あぁー、今、胸の谷間をチラ見するオヤジの気持ちが分かりました」
正しくだ。
平然と言ってのけると鳳巳は声を上げて笑い出す。
お陰で離れてもらえたので存分に笑ってもらって結構だ。
その隙に店員を呼んだ。
とりあえず飲まないとやってられない。
「はー、笑った!」
腹いてぇと目尻の涙を拭っている鳳巳は無視だ。
「元会長様、説明欲しいです」
「鳳巳が言っただろう」
何をだ。
この俺様会長様め。
これはあれか。
鬼畜会計様が一番マシなのか?
怖々視線を向けると微笑まれた。
怖い!!
あんなに敵意としかめっ面しか向けて来なかった相手からの微笑!
中性的で知的な美人なので物凄く誠実でいい人に見えるから余計に怖い。
「貴女、僕達を弾き出したでしょう」
「はい?」
「前触れもなく突然に。僕達を無い物としましたよね」
「そんな事しましたっけ」
全く記憶にない。
「佐藤さんは意識してなかったかもだけど。自分をモブとか言ってたくらいだし」
「竜崎とは妙な噂がたつしメールも返さなくなっただろう」
「だから僕達は貴女と距離を置くしか出来なくなりました」
「はあ?別にそんな親しくなかったですよね」
軽く衝撃だったから、思わず本音が零れた。
3人から思いっきり睨まれたから口を閉ざしたけど。
「未練たらたらで卒業式の日に逢いに行ったのに、佐藤さん、俺達には目もくれなかったじゃん」
「いやいや、鳳巳先輩、ヒロインに群がってたし」
「口実だろー。拒否られたのに理由もなく行くのって勇気いるもんだよ」
「・・・ちょっと、すみません。整理すると・・・鳳巳先輩、ヒロインに恋してたんじゃないと・・・」
かなり衝撃だ。
「うん。俺は佐藤さんが好き」
頬杖をついてこちらをジッと見つめる男に眩暈を覚える。
「竜崎からも牽制されて、佐藤さんからも竜崎と同棲してるって聞かされて立ち直れなかった位ね」
「同棲じゃなく居候です。あの時は父と色々あったもので」
「“あの時”に事情は一切話してくれなかったじゃん」
それはそうだろう。
彼等との間には何ら関わりは無かったはずだ。
まあ、自分の認識としてはだ。
相手がどう思ってくれていたかは一切考えた事がない。
彼等にモブである自分が影響するとは微塵も思ってなかったから。
「それは、まあ、すみません。一刻も早く独り立ちしたかったので学業に専念してました」
その辺の事を言われてるなら納得出来ない事はない。
「つまりお前は俺達を嫌って避けてたんじゃないんだな」
おー、何処まで怖いもの知らずなのさ、この人達の中の自分って。
ぞっとする。
下手したら抹殺されてただろうに。
「会長様、ワタクシ、そんなに失礼な態度でしたでしょうか」
「ああ、そうだな」
「もう、本当、すみませんでした。ただただ余裕が無かっただけでして、皆様を不快にさせたかった訳ではないです」
「不快ではなく酷く傷付けられただけですよ」
鬼畜、鬼畜会計様めっ。
笑顔が怖い!
「すみません!正直言って、ヒロインとイチャラブしてたし王子達は私と関係無いわーって」
瞬間、ダン!とテーブルを殴打する音が隣からした。
「思って、まし、た」
本気で怒ってる。
あまりの殺気に青ざめて言葉も途中で途切れてる。
イケメンは怒っても美しいねー・・・
「佐藤さんて、昔っからそうだよな」
「な、何が・・・」
「王子とかモブとかヒロインとか。そうやって防衛線張って俺を排除しやがる」
滅茶苦茶キレてらっしゃる。
「どうやっても応じやがらねーし、同窓会だって今年初めて参加の返事だったよな?」
何度も頷いて答える。
大学でもより良い就職先に勤められるよう必死だった。
就職してからは独裁者の元で働きづめだった。
気付けば8年経ってただけだが、彼等には違うらしい。
「だから場所を変更したんだよ、佐藤さんだけ。そんなに過去に、俺に興味無かった?」
これ、頷いたら死にますよね。
強張った顔で動けなくなる。
「ほんっと、正直者だよね」
ああ、顔に出てたらしい。
「まっ、いいけど。これから埋め合わせしてくれんでしょ?」
「埋め合わせ、ですか」
「そう。まずは名刺交換からだよねー」
軽い口調に戻ってるけれど、目が全く笑ってない。
この人、危うい感じが全く変わってない気がする。
引き攣りながら半強制で名刺を奪われた。
勿論、鳳巳の物も受け取ったけれど肩書きを確認する気力はゼロだ。
乗じて他の2人も分捕って押し付けて来るから黙って頂きました。
食事をしながら酒を交わしてる内、少しだけ気力が回復した。
名刺交換で一旦は解放されたのもあって、今は互いの近況報告や仕事の話が飛び交っている。
だから適当な相槌で食事に集中してました。
明らかに彼等とは次元が違う。
聞く分には勉強になるから有難いが、とても話題に入っていけない。
「おい」
「はい」
「それは何だ」
俺様会長様の視線がグラスに注がれている。
「オリジナルカクテルですね」
その日の気分で作っているとメニューに書いてあった。
答えたのに未だに視線が外れない。
「・・・飲みます?」
会長様的に抵抗があるかと逡巡したが、一応勧めてみた。
あっさり頷いてしまったので渡す以外なかった。
斜め向かいの会計様からの目がすっごい痛かった。
もう、本当、すみません。
「美味いな」
ちょっと、あまりに色っぽくて凝視してしまった。
ナニこの人。
一口飲んだだけなのに、こんなに色気放出する?
「何だ」
「いえ・・・お美しいなぁと・・・」
眉を寄せられた!
グラスを受け取りつつ少し落ち込んだ。
普通にオッサンみたいで自分が嫌だ。
「楓さんは赤くなったり目を逸らしたりしないんですね」
うわっ、普通に名前呼び。
「思い返せば貴女は一度もそういった女性らしい反応をした事が有りませんでしたよね」
「そうでしたか?」
「ええ。兎に角生意気でした」
「鬼畜会計様は相変わらず顔に似合わない発言ばっかですね」
つい口走ったのはお酒が入ってた所為に違いない。
隣で鳳巳が吹き出したのは見ないフリだ。
面倒臭い。
「今でも異性はお嫌いですか」
「そうですね。得意ではありません。貴女に手酷く傷付けられた事もありますし、女性は信用出来ません」
「左様で」
「はい。ですから貴女は責任を負う義務がありますよね」
「無いです」
「いいえ、あります」
笑顔が崩れないのが一層怖い。
何処まで本気で冗談かがさっぱり判らない。
「鳳巳先輩ならまだしも、鬼畜会計様は私を攻撃してた人でしょ」
傷付けたとか言われても微塵も納得いかない。
「だよねぇ、俺とは特別な関係だったもんな」
身を寄せ肩に寄りかかって来る鳳巳。
首に息が掛かる!
あとフェロモン出すのも止めて欲しい。
放れようとするのに腰をがっちり掴まれたっ。
「ねぇ、佐藤さん、好きって言って」
はあ?!
「言ってよ、好きって」
「何ですかっ、嫌ですよ!」
押し返すべく身を捩って失敗したと思う。
情欲を宿した眼に気付いてしまったし、惹き込まれる程のイケメンだと失念してたから。
これはやばい。
「いーじゃん。言ったら離れてあげるから」
言ったら最後な気がする。
この人はヤンデレ予備軍だ。
決して迂闊なことは口に出来ない。
いや、してはならない。
「鳳巳、放れろ」
「そうですよ、みっともない」
「羨ましいだけだろ?邪魔すんな」
「最初に決めたはずですよ。約束を反故にする気ですか?」
会計様の言葉に舌打ちして大人しく放れてくれた。
よく分からないが助かった。
不穏な単語があった事はかなり引っ掛かってるけど。
それに突っ込んだら逃げ道を塞ぎそうなので触れない事にする。
「そろそろだな」
「そうですね」
時間を確認した会長様に同意する会計様。
隣では鳳巳副会長様が不貞腐れた様子。
そんな中、店員に案内されてやって来た人物が2人。
和服着せたいよね、というか和服テッパンでしょ!
くらいの黒髪美人、續木聖生。
ショタっ子の影も形もない成長を遂げ王子の中で一番ガタイがよく、しかし甘いマスクの真淵会計様。
揃っての登場に計画性を感じた。
ムッとしたのは彼等2人が加担していた事にだ。
つい睨めば續木は目を逸らし、真淵は両脇の下に手を突っ込んで抱き上げてきた。
唐突過ぎて反応出来ない。
周囲も呆気にとられるくらい予想外の行動だ。
「カエデ、寂しかった?」
全然だ。全く、これっぽちもね!
それで睨んだと思っての行為なのか。
とりあえず手加減なしでビンタした。
「降ろす」
今すぐに、と込めて睨めばゆっくり降ろされた。
涙目でしおしお落ち込んだ真淵のギャップ・・・昔のショタっ子な外見なら身悶えするコアなファンがいただろうが、無駄にデカい図体でそんな顔をされても引く。
俯いていても身長差から表情が丸見えだ。
ポロポロ涙を流して泣き出しやがった。
マジか。
「ミィナ」
何とかしてくれと訴えるがポンと頭を撫でられただけで空いている席に行ってしまった。
薄情者っ。
・・・放っておいたら一生このまま声を上げずに泣き続けそうだ。
「祥太、何で泣いてるの」
「カエデに嫌われた」
「殴っただけ」
「キライだから殴った」
まあ、そうですね。
と苛立ちのあまり肯定しそうになって溜息で我慢した。
「そう思うなら帰ればいいよ。ついでに二度と現れなきゃいいよね」
「やだ!!」
やだじゃねーよ。
お前は立派な成人男性だろう。
「だったら泣くだけ無駄でしょ」
「イタかったもん」
もんじゃねーよ。
ああ、苛々する。
もう一度殴ってやりたい。
必死で葛藤していたら諸悪の根源にキスされた。
「は?」
唇に触れて直ぐ離れていったけれど、確かにされた。
証拠に真淵は嘘みたいに満面の笑顔です。
「おあいこ」
何処かだ!
上機嫌で最後の一席に座る元ショタっ子。
もう、いいです。
好きにして下さい。
「佐藤さん、いい加減座りなよ」
鳳巳に黙って従う。
記憶を消去して無かった事にしよう。
考えるだけで疲れるから。
「真淵とはどんな経緯で親しくなった」
「・・・はい?もう一度お願いします」
記憶抹消に集中して聞いてなかった。
会長様は眉を顰めつつ応じてくれた。
「在学中は一切関わりが無かったろう。何故真淵とだけは親しげなんだと聞いた」
今“だけ”に異常に力がこもってましたねー。
「大学時代、ホームステイ先で遭遇して懐かれました」
「それだけですか?キスしましたよね」
「してません。そんな過去は抹消されました」
「俺としよーよ、キモチ良くしてあげる」
「余所でやって来て下さい」
「・・・・・」
「何さ、ミィナ、見捨てた癖に」
「カエデ、甘いの食べたい」
「勝手にしろ」
だから、一体、何なんだ。
何故こうなってるのか理解できない。
この歳でモブがどうのと言う気はないが、彼等が主役級の煌びやかな人間であるのは変わらない。
そんな人間達を相手にしたいと思ってないのだ。
一刻も早く地獄から抜け出したい。
彼等を侍らせて愉しめるほど、神経図太くないもので・・・
この不可解は同窓会を乗り切った時は気付かなかった。
これで終わりではない事に。
仕事漬けの毎日に彼等が現れるとは思いもしなかったのだ。
彼等は主要キャラであり人生の主役達。
だからモブな自分がモブとしての役割を担うのは当然で。
だが、しかし!
それは決して色恋沙汰に巻き込まれる事じゃない。
自分の人生に彼等を迎え入れるなんて有り得ないはずだったのに・・・
後悔先に立たずを痛感するのは、もう暫く後の話だ。