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「佐藤さん」

せっせと書類に向かっていたら声が降ってきた。

「鳳巳先輩」

最近では珍しい。

生徒会に顔を出すなんて。

「逢いたかった?」

いいえ、全く。

「正直者だねぇ。顔に書いてある」

左様で。

・・・ああ、駄目だなぁ。

近頃は普通に感情を表に出してしまう。

「ちぇっ、俺は逢いたかったのになぁ」

聞こえない。

何も聞こえない。

トラブルを招くよーな発言は一切聞こえなーい。

「ねぇ、飯沼と何かあった?」

「いいえ。特に何も」

「本当かな~、明らかに態度が妙じゃない?」

「そうですか。私は敵意しか向けられた事がないので分かりません」

「俺もだけど」

笑う副会長様はチャラい印象を受けない。

無邪気に見えるから不思議だ。

「そもそも俺に絡んで来ないのは、佐藤さんが傍にいるからじゃね?」

「モブに発言権なんてありません」

モブに影響される主役がいてたまるか。

「ねぇ。前から気になってんだけど、そのモブって何なの?」

「脇役にもなれないその他大勢って事です」

「そーゆー事じゃなくって」

大いに噴き出された。

何が可笑しかったのかツボがさっぱりだ。

「佐藤さんの認識を聞いてんだけど」

貴方は主役で私はモブです。

なんて言ったら精神科を勧められるに違いない。

「・・・別に深い意味はありません」

「えー、そう?気になるなぁ」

「そうですか」

「うわぁ、また棒読みかよ。つれないねぇ」

作業してる上に答える気がないのだから当たり前だ。

「まっ、そこがイイんだけど」

・・・この人、妙な趣向でもあるんだろうか。

俺様会長みたいな。

だとしても掘り下げたくない。

「飯沼にも何かあったんじゃないかと気になるだろ、俺みたいに」

しつこい。

それに何をした覚えも無い。

狼狽して挙動不審だった日は確かに自分の所為だったかもしれない。

でも、あれから結構な日が経っている。

「会長様が何かされたんじゃないですか」

「それもあるか・・・」

思案顔で作成終了した書類を奪っていく。

まだ確認前なので返して欲しい。

言っても無駄なので作業は続けるけど。

「でもさー、やっぱり佐藤さん意識してる気がする」

「・・・・・」

うん。

めっちゃ見てますからね、鬼畜会計様。

「あ、ここ間違ってる」

「何処ですか」

身を屈め近付く鳳巳と指摘事項を確認したい自分。

相当な至近距離で書類を覗き込んで話していたら陶器の割れる音がした。

振り向けば割れたティーカップを足元に、茫然としつつこちらを凝視している会計様がいた。

何してんの、あの人。

「なぁ、ホントに何も無かった?」

囁くように尋ねる鳳巳の眼が笑ってないと気付く。

やたら近いので肌のキメ細かさに見惚れて現実逃避したかった。

無理だから溜息で色々諦めた。

「有りませんよ」

もう、兎に角面倒臭い。

鳳巳の肩を押して距離を取って席を立つ。

あちらでは正気に戻った会計様が破片を無造作に拾い集めてるしで。

「っ」

案の定、指先を切っていた。

しかも反射的に口に含もうとしたので手首を掴んで阻止した。

「嘗めないで。水で流して下さい」

絵的には美味しいだろう。

が、それを見てイケない道に踏み込む輩が出そうなのであんまりお勧めしない。

「鳳巳先輩、救急箱ってありますか」

「えー、わかんなーい」

「そうですか・・・」

また溜息が漏れた。

あの人、機嫌が悪い気がする。

チャラいだけあって少しイラッとしたけれど相手にしたくない。

「離して下さい」

「はい?」

「手を離して頂けますか。洗ってきますから」

「あぁ、失礼しました」

そういえばそうだった。

急いで放したのは鬼畜会計様が女嫌いで触れられるのも嫌いな潔癖だと思い出したからだ。

どこか憔悴した様子で立ち去った会計様。

入れ替わりで鳳巳が傍で身を屈める。

「いいです。やりますから」

「だいじょーぶ。バイトで慣れてるし」

丁寧に破片を拾い集める手付きは確かに手馴れていた。

しかし、そういう問題じゃない。

「こーゆーのはモブの仕事です」

「ふーん・・・まっ、いいじゃん」

鳳巳の行動を制限する事は出来ないからこれ以上言うのは止める。



片付けを終えた頃、鬼畜会計様が戻って来た。

そこそこ時間が経っていたから保健室に行ったかと思ったが、血が止まるまでずっと水で流してたらしい。

持参していた絆創膏を巻いた際に触れた手が異様に冷たくて発覚した。

心から馬鹿なんじゃないかと思った。

失笑した鳳巳にうっかり賛同しそうになった。

堪えて無を貫いた自分を褒めてやりたいです。


「念の為、消毒はして下さい」

後の事は知りません。

「・・・・・ありがとうございます」

無言で指先を見つめていた会計様の一言は物凄く小さかったので聞こえなかった事にした。

背を向けていたし言い訳になる。



会計様は絆創膏を巻いた指先を眺めてボーっとしてるし、鳳巳は人の背中に抱き付いてこなき爺化してるし、ちらほらいる雑用係達も空気に飲まれて浮足立っている。

カオスだ。

「何事だ」

遅れてやって来た会長様の第一声は正しい。

「あれぇ?放課後デートじゃなかったっけ?」

ああ、ヒロインとのイベントかぁ。

惚気顔が見たくて視線を向けると嫌な顔をされた。

「気になって戻って来たんだ」

「ちゃんと送り届けたか?送り狼はマナーの1つだぞ」

「女の扱いは心得てる」

ひく。ドン引く。

送り狼がマナーなのか、しかも否定しない。

顔が引き攣っていたらしく会長様は眉を寄せつつ近付いて来た。

「おい、言っておくが普通に駅まで送っただけだ」

それはそれは。

紳士で結構です。

「ナニナニ、何で佐藤さんに言い訳?」

「事実だ。妙な誤解はするな」

「誤解ってどっちに言ってんの」

頭上でされる会話に興味は無くて書類作成に勤しむ。

最近はスルー技術が上がった。

誹謗中傷で傷付かない為に聞かないのは得意だったけど、それが更に向上してる。

「おい、無視するな。お前も参加するから行ったんだぞ」

何の話だろうと首を傾げ、そういえば役員補佐の親睦会があったと思い出す。

発案がヒロインで声を掛けられたけれど辞退した。

明らかにデートの口実で何がしのイベントだろうなぁと思ったから。

「メールも電話も音沙汰無しだ。心配にもなるだろう」

言われて鞄の奥底から携帯を取り出した。

画面を開けば着信2回にメールが3件。

内容からして結構心配させたと解る。

「すみません」

「いや、いい」

会長は相変わらず過保護のままで。

誰かに心配してもらえるのは普通に嬉しいので素直に礼を口にした。

「ごめんねー、いい感じなとこだけど、どーゆー事?」

「どうとは?」

「桐山が連絡先交換してる上に親しげって可笑しくね?」

「どこがだ」

鳳巳の舌打ちが聞こえた。

後ろから抱き付かれていて表情が見えない。

あぁ、よろしくない空気が漂ってる。

「ねー、佐藤さん。俺の知らない間に桐山と何かあったんだ」

矛先がこちらに向いた。

怖い!

「何も有りません!」

顔が強張って身が竦む。

回されていた腕が首元に移動してたからだ。

さりげなく少しずつ絞められていくのも感じたしね。

「何も無くて連絡先交換するんだー。佐藤さんって尻軽なの?」

更に首が絞められて青ざめる、

これは、生命の危機な気がする。

試しに拘束を外そうとしたけど、絞める力が強くなったので抵抗は諦めた。

悪足掻きで鳳巳の腕に手は添えたままだ。

「嫉妬か、鳳巳」

「はあ?ちげーよ。コレは俺のなの。調教してんだよ」

所有物になった覚えはないし調教なんて御免だ。

何なの、この人。

ドSなだけなのかヤンデレ予備軍なのか判断し辛い。

付き合いもないから地雷が何かも判らない。

竜崎ですら未だに失敗するのに・・・

「そうか。まあ、お前のじゃないけどな」

「いや、俺のっしょ」

「竜崎のって感じだったがな」

「ちょっとセンセが出てくんの可笑しくね」

眉を寄せる鳳巳を鼻で笑いあしらう会長様。

挑発すると首が絞まるので止めて下さい。

「ねー、佐藤さん」

「は、はい!」

「勿論俺にも教えてくれるよね」

何を?とは言えませんでした。

何度も頷いて、携帯を差し出しやっと解放されました。






テストが近付いている為、生徒会も一時お休み。

放課後、人気の少ない図書室で勉強するのは習慣になってる。


肩に何か触れ集中が途切れた。

確認がてら振り向きながら肩に手をやって、それが人の体温だと判る。

視線を上げていき鬼畜会計様だった事に絶句した。

「こんにちは」

「ど、うも」

睨まれない、敵意がない。

こんな会計様は初めてだ。

そこで思い出す。

手に触れっぱなしだ!

「すみませんっ」

「いえ、構いませんよ」

「・・・・・」

何だろう、このよく分からない感じ。

得体が知れない恐怖が。

「何か御用でも」

「姿を見掛けたので挨拶をしただけですよ」

顔が引き攣ってしまうのは許して欲しい。

今までを考えれば裏があると思って当然だ。

「テスト勉強ですか?」

「はい」

無断で隣に腰掛けた挙句に会話を続けるのは去る気がないと言う事か。

「良ければ教えますよ」

「い、いえいえ、大丈夫です」

「僕では不満だと?」

「まさか。私の頭が悪いので会計様に無駄な時間を浪費して欲しくないだけです」

あとは後ろから刺されそうで怖いです、とは言わない。

「無駄かどうかは僕自身が判断することでしょう」

「・・・そうですね・・・」

つまりは拒否権はないと。

そうですよねー、すみません。

「手当をして頂いたお礼ですよ」

要らない、有難迷惑だ。

これを鬼畜会計様のファンに見られたら確実に抹殺される。

・・・それが狙いなら何も言うまい。


「では、貴女の知能を標準並みにして差し上げますよ」


鬼畜会計様の笑顔は凍り付くほどに美しかったです。






さすが鬼畜だけあってナチュラルな毒が凄かった会計様。

HPガリガリに削られて帰宅した時には疲弊し切っていた。

玄関にあった見慣れない女性物の靴に気付かないくらい。


ふらふらリビングまで行き、ソファーで横たわる父と乗り掛かってる女性の姿が視界に入る。

老若男女を虜にする麗しの父だ。

一方的に寝込みを襲われていたなら、ああ、いつもの事だなぁと流せた。

でも今回は違った。

女性の頬に手を添えて愛おしげに見つめていた。

あまりの衝撃に鞄を落としてしまった。

だって、彼女が着ているのは亡き母の服だ。

忘れられず捨てられず、父がずっと大切にしていた形見の一部なのに。

「カエデ」

驚いた父と目が合って、視界がぼやけた。

知ってた。

自分はモブだって。

だからこんな風に傷付く権利はないのも理解してる。

彼女はヒロインで、誰からも愛される主人公なのだ。

父もまた悲劇を背負った主人公だから、こんなシーンも当たり前なんだろう。

でも、耐えられなかった。

その場を逃げ出す以外、選択肢なんてなかった。




動揺しすぎて鞄を置いて来たから所持金無し。

携帯も鞄の中だから連絡手段もない。

かと言って自宅に帰れないので頼れるのは1人だけだった。



「楓!」

扉の前で膝を抱えて座り込んでいる内に寝ていたらしい。

顔を上げると珍しく青ざめた竜崎がいた。

「良かった!見付けた」

焦燥と安堵が入り混じった竜崎に抱き締められる。

それで物凄い心配かけてたらしいと思う。

恐らく父から竜崎に連絡が行ったんだろうけど、今、携帯持ってないからね。

「ずっと此処にいたのか」

「ううん。るぅちゃんが帰って来る時間まで公園で時間潰してた」

じゃないとご近所さんに通報される。

教師の竜崎にもあらぬ疑いがかかっては困る。

「そうか」

腰を抱かれ、半強制的に立たされると竜崎の部屋に押し込まれた。



「それで何があった」

冷えている体を温めて来いと風呂に入れられ、竜崎の服を借りて一段落した頃。

いつもより3割増しの優しい目を向けられて涙腺が緩んだ。

独りで散々泣いたのに。

どうやらバカになってるらしい。

「目が腫れるぞ」

「ごめん」

嗚咽を必死で飲み込む。

情けないなりに説明しなくては。

「帰宅したらリビングで父とヒロインがイチャついてた」

何度か深呼吸して絞り出した一言。

僅かに声が震えただけだったから更に続けた。

「母の服をヒロインが着てて物凄く動揺した」

それで家を飛び出したのだと言わなくても察してくれただろう。

暫く沈黙して、竜崎の笑い声が響く。

馬鹿にした物じゃなく、優しいホッとする声だ。

「楓は本当パパっこだなー」

発言にはムッとした。

「俺の時は意気揚々と覗き見してただろ」

これには反論できない。

「うん」

「ははっ、正直正直」

笑われて頭を撫でられた。

「そんなにショックだったか」

「・・・混乱しただけ」

「ははっ。真っ赤な目で言われても説得力ゼロだな」

その通りだ。

あの時確かに傷付いてショックが大き過ぎて逃げた。

彼女に向けられた物の僅かでも自分に向けられた事があっただろうか。

いつだってお荷物で幸せを邪魔する存在だから今更望んだりしないけど、現実を突き付けられると心を抉られて耐えられるほど強くない。

だからやらかしたのだ。

自分に嫌気がさす。

「今日は泊まってけ」

凹んだと見透かして手を差し伸べてくれる。

「暫く居ても構わんぞ」

ん?と顔を覗き込んで微笑む竜崎に堪えられず抱き付いた。

タックルに近い勢いだったけど。

両手を背中に回してぎゅうぎゅう締め付けてもビクともしない。

ただ笑って同じくらい強い力で抱き返してくれる。

「はははっ。よしよし、俺が幾らでも慰めてやる」

「るぅちゃん」

「そうやって俺だけになればいい。俺だけになって離れられなくなればいい」

言われてる事は恐ろしいのに。

竜崎の体温や声が心地良過ぎて。

受け入れる以外に選択肢はなかった。





モブはモブらしく。

原点に立ち戻って徹底的に進学に打ち込んだ。

ヒロインと王子達が仲睦まじくエンディングを迎えていくのを余所に。

卒業式に先輩を含めた王子が勢揃いで逆ハー状態だったのには流石に驚いたけれど。

そこにこっそり麗しの父が交じっていた事に以前ほど衝撃を受けなかったのは竜崎の支えと将来の目標があったからだ。

一刻も早く自立して生きていきたいって。







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