2
「あ、ねぇ、そこのキミ」
そこのキミではないので通り過ぎたら「佐藤さん」と名指しで呼ばれた。
佐藤はいっぱいいるから、自分じゃナイナイ。
「キミだよ、キミ!役員補佐の佐藤さん!!」
でーすーよーねー。
振り向けば、やはりのチャラ男、副会長様だった。
無駄に甘い声だから直ぐ判る。
「こんにちは」
「どうも」
「最近見ないけど、どうしたの?」
どの口が言う。
嫌な奴だ。
「他所で作業してます」
「何で?効率悪くない?」
悪いに決まってるだろう。
顧問に許可はとってるから内申に響く心配はない。
これが最大の譲歩であり解決策だ。
「何か御用ですか」
「いーや、何も」
「では失礼します」
「えっ、本気?」
はあ?当たり前だろ。
腹黒野郎が。
追放の理由を与えてやるか。
「暇じゃないので」
フラフラ女遊びして、それでも成績の良い副会長様とは出来が違うのだ。
半分は妬みの八つ当たりだけど。
「ねぇ、何処で作業してんの?」
「竜崎先生に聞いて下さい」
背を向けたまま質問に答えて振り返らなかった。
勝手に裏取りして下さいよ。
どうせ何も出てこないから。
実はこの学校、隠しキャラがいたりする。
気付いたのは偶然で、多分生徒会役員とはまた違うジャンルの括りになるんじゃないかと思う。
すんごいエロい肢体の艶女が保健医としているのだが、一見するとエロゲーの攻略される側の人だ。
まあ、現実にも犯してぇとか思ってる奴がわんさかいそうだけど。
この人、女装趣味の男でした。
男の証拠をばっちり見てしまった今でも有り得ないと思ってる。
知った経緯は省略するけれど、それ以来、そこそこ懇意にしてもらってる。
なので役員補佐の業務は保健室で行っていることも多い。
今日もお邪魔していて、代わりに不在時の対応を仰せつかったりもするのだが・・・
「失礼しまーっす」
ノックして入室した相手に顔が歪んだのは仕方ない。
本日2度目の副会長様だ。
「先生なら席を外してますよ」
「竜崎に聞いたらココじゃないかって教えてくれたから、確認しに来ましたー」
コイツもか、先生を付けろ。
「確認出来たら出てって下さい」
「えー」
可愛くないし、鬱陶しい。
苛々するから出て行って欲しい。
「副会長様が誘惑して下さっても靡かないので、無駄な行為は不必要です」
「俺、そんな事したっけ?」
ああ、自意識過剰とでも言いたいのか。
本当嫌な奴だ。
「それはどうも申し訳ありません。ですが言わせてもらえば、気のない相手に勘違いされるような態度を取るの止めた方が宜しいんじゃないですかね」
書類チェックと記入を行いながらだから、相手を見ることは一切しない。
その所為もあって、少し気が大きくなっていたかもしれない。
「そう言われてもなぁ」
「どうでもいいです。用が終わったら出て行ってくれませんかね」
邪魔だと喉まで出ていたけれど、言葉にはしなかった。
「へえ・・・佐藤さんて随分な言い方するじゃん」
そりゃ、すみませんね。
心で毒づいて無視する事にした。
飽きて出て行くと思ったけれど、気配が動いてソファに座ったらしいと判った。
いや、寝転がったのか。
チラリと視線を向けると目を閉じていた。
あの人、何処でも寝るな。
自由過ぎる。
保健室の主人は不在なので、自分にはとやかく言う権利はない。
だから放っておこう。
関わると嫌な思いをするだけだ。
作業が一段落着いた頃、生徒会顧問の竜崎が我が物顔でやって来た。
「終わったか?」
書類を束ねて机でトントン揃えながら頷く。
ついでに彼からは死角になってるだろうから、目でソファを示し存在を教えてやる。
気付いてそちらへ歩み、少しだけ驚いたようだった。
「鳳巳、久し振りに見たわ」
お互いサボり魔だから当たり前だ。
呆れつつ帰宅作業を進める。
「こいつ何してるんだ」
「さあ。教えたの先生でしょ」
「あぁ・・・何処で作業してるか、問い合わせのメールがあったな」
「ご丁寧に確認されに来たようですよ」
「何で?お前、何かしたのか?」
声に僅かな怒気が含まれていた。
ストレスもあって、こちらもついカチンときて睨んでしまった。
「してない」
駄目だと思いつつ、ムッとするのを止められない。
竜崎はいつもの柔らかな微笑で近付いて、詫びだと言いたげに頭を撫でて来た。
「怒るな怒るな」
「・・・・・」
「すまん。嫉妬した」
「は?」
どの辺でだ。
ポイントが分からない。
「興味を抱かせる何かがあったんだろう」
「違うね、王子達は私を追い出したいだけ」
「あわよくば、か」
「そう。暇潰しのついでなんじゃない」
言ってて悲しくなるが。
その程度だと自覚してる。
「そうか。だったらもう良いだろう」
全く同意見だ。
竜崎は副会長の名を呼んだ。
狸寝入りを止めさせてくれるらしい。
「此処じゃなくて生徒会室に行け。御所望の姫がいるぞ」
ゆっくりと目を開け起き上がる様は色っぽいが、もう不快な感情しか抱けない。
「俺はそんな面識ないし、御所望もしてねーよ」
「それはすまん」
全く気のない謝罪は竜崎から吐き出される。
こんなに露骨で大丈夫か。
心配して見れば嬉しそうに目を細められた。
更に撫で撫でされてかなり戸惑った。
「センセーさ、その子とどんな関係なわけ?」
「聞いたんだろ。まんま親からの繋がりだな」
「随分可愛がってるみたいだけど」
「ははっ、みたいじゃない。可愛いんだ」
「それは・・・・・意外」
認めた事か、そもそもそんな事を言うタイプに見えなかったからか、そーゆー相手がいると思っていなかったからか。
まあ、全部なんだろう。
副会長の驚きに納得しつつ、彼等の会話に付き合う義理はないので立ち上がった。
「書類届けて帰ります」
「戸締りしといてやる」
「助かります。では、さようなら」
最後にポンと頭に手を置かれる。
「鳳巳は帰らないのか」
「俺も生徒会顔出して帰るわ。じゃーね、センセ」
「気を付けて帰れよ」
きっと主が戻るまではゲームでもするんだろうなぁ。
自由人に乱された髪を直しつつ、望まずして行き先が同じになった相手を横目で確認する。
あえて速度を落としても何故か隣りにいる。
携帯を弄りながら歩けるなんて器用なものだ。
「ん?」
「いえ」
「荷物持とうか?」
「私の仕事なので大丈夫です」
「そ」
「ありがとうございます」
美人と並んで歩くって、想像以上にダメージが大きい。
よくこんな人達と付き合いたいとか思えるよ。
お茶会でも始まってるかなぁと生徒会室に入れば案の定だった。
本当、楽しそうだ。
羨ましいけど、邪魔する気はないので気配を消しつつソっと会長の机に近付いた。
承認が必要な物や急ぎの物で分けて書類を置いて、早々に帰る気だった。
と言うか、踵を返した所だったのに。
「桐山ぁ、コレ、急ぎ」
今さっき自分が置いたはずの書類を掲げておられる副会長様。
確かに、確かに!
急ぎではあるけれど、判を貰い明日にでも自分が大急ぎで処理すれば間に合ったのだ。
それを・・・お茶会を邪魔してまでとは・・・
視線が一斉に集まったではないか。
まあ、副会長様にだから構わないけれど、その後が厄介になるじゃないか。
「鳳巳、来てたのか」
「随分とお久し振りですね」
「煩い、小姑。お前に用はねーよ」
「貴方に原因があるんでしょう」
「早くしろー」
副会長様と鬼畜会計様は犬猿の仲だ。
露骨にやりあったりはしないけれど、空気がピリピリする。
恐らくは副会長様の方が彼を苦手としてるんだろう。
会計様は言うだけ無駄だと思ってる節があるので、ねちっこさも発揮されない。
今も興味が失せたらしく、ヒロインに意識を戻した。
会長は応じて直ぐに立ち上がり、書類を受け取っていた。
こうなると帰るに帰れなくなる。
仕方なく精査が終わるまで待つ事にした。
「ほら、終わったぞ」
判を押して副会長に手渡しているそれは、出来れば処理済みの所へ入れて欲しい。
じゃないと取りに行けない。
「佐藤さん」
幻聴であって欲しい。
名指しで書類を示された現実が、どうか幻でありますように・・・なんて無駄な祈りは打ち消して副会長の傍まで歩む。
隣の会長が驚いた様子だったが無視だ。
「・・・ありがとうございます」
余裕を持って仕事が出来る事は非常に有難い。
しかし、この痛い視線を思えば有り難さも半減する。
ヒロインの視線が突き刺さって死にそうだ。
「貴女、此処で何をしてるんです?」
鬼畜会計様は、厄介払い出来たと思ってたらしい。
不愉快極まりないと眉を寄せて睨んで来た。
「仕事以外に何かあります?」
怖い。めちゃくちゃ怖いが、苛立ちが上回ったので反論してしまった。
更に鋭く睨まれた。
思わず後ずさったけれど、今のは自分が悪かったので大きく深呼吸して冷静になる。
モブはモブらしく。
「先生に渡して帰ります。副会長、有難うございます。明日、走り回らなくて済みそうです」
「お役に立てた?」
「ふはっ、お役に立つのはモブの役目です」
面白くて声を出し笑ってしまった。
チャラくて腹黒いけど、人望があるのは確かなんだろう。
久し振りに良い気分だ。
笑顔のまま一礼すると、何故か頭上に手があった。
「なるほどねー、竜崎の気持ちが解らなくもないわ」
躊躇いがちに撫でられているが、それをしてるのが副会長様だ。
反応に困る。
払い除ける程の嫌悪は無い。
甘んじるには親しくない。
「あ、あの・・・」
「ん?」
「もう失礼しますので、あの、手を・・・」
「っと。ごめん、ごめん」
ホッとした。
これで出て行ける。
もう一度挨拶だけはして、駆け足で生徒会を後にした。
「貴方が連れて来たんですか?」
楓が出て行った室内は飯沼の作り出す不穏な空気で満ちていた。
勿論、お気に入りの彼女に気付かれないように離れた場所でだが。
矛先は、掌をジッと眺めている副会長の鳳巳だ。
側には会長の桐山もいる。
「何を惚けているんです、質問に答えなさい」
「ああ?!っるせぇな」
「何故連れて来るんです。折角厄介払いできた物を」
「馬鹿じゃねーの、お前?最初から辞めて無いし、あの子」
苛立ちを隠さずに乱暴な口調で応じた鳳巳。
飯沼に舌打ちまでしてみせる。
「お前が陰湿な嫌がらせするから、ここ以外で仕事してるんだよ」
「人聞きの悪い事を言わないで下さい」
「事実だろ。桐山、いい加減にさせろ」
「機嫌悪いな」
「あったり前だろ。真面目に仕事してる奴を追い出すって意味わかんねーわ」
これには思う所があったのか、飯沼が口を挟む事はなかった。
「珍しく顔を出したのは、それが理由か」
「ついで。佐藤さんが書類置きに行くって言うからついて来ただけ」
「一緒だったのか」
「別の場所で仕事してるって聞いたから確認がてらなー」
「そうか」
「俺も帰るわ。お前等のお楽しみには付き合い切れんわ」
「ふん。お互い様です」
「偏見持つな、女嫌い。程度が知れる」
顔を合わせれば衝突する2人を前に桐山は小さく溜息をついた。
最初は佐藤楓を追い出す事に賛成していた。
他の女子生徒同様、目的が自分達だと判断していたからだ。
しかし、自ら辞めて行くよう仕向けても反応は予想外なもので。
彼女自身が訴えた通り、色恋に現を抜かさず純粋に仕事を行っていたとも判った。
珍しく鳳巳が興味を持っていても揺れる様子は無く、取り入ったようにも思えなかった。
だから辞めさせる気はなかったが、飯沼は納得していなのも分かっていた。
まさか、こんな形で揉めるとは。
厄介としか言い様がない。
あれからちょこちょこ副会長と遭遇するようになった。
「おはよー、佐藤さん」
「おはようございます」
「今日はどこでするの?」
「決めてないです」
と、いうよーなやり取りが通常になりつつある。
「えー、じゃあ連絡ちょーだい」
やだよ、面倒。
「あ、その前に番号教えて」
はあ?
更に嫌だよ。
何だ、この人。
「俺がいると効率良くない?」
「それは、まあ。助かってます」
「でしょ?いーじゃん、教えてー」
「・・・生徒会に行かなくて良いんですか」
ほぼ毎日、放課後に出現するのだ。
時間あるなら向こう行けと思って当然だ。
「サボってないだろー、仕事してんじゃん」
「すみません、もう授業なので失礼します」
逃げるが勝ちだ。
周囲の目も気になって来たし、小走りで退散した。
ああ、捕まった。
ご機嫌斜めなヤンデレ予備軍、生徒会顧問の竜崎センセイに。
化学準備室の前を通過した瞬間、扉が開いて伸びてきた手に引きずり込まれたのだが、犯人は竜崎で有無を言わさず抱き締められた。
「・・・るぅちゃん・・・心臓に悪い」
白衣に気付いたから判ったけれど、普通、いきなり抱きつかれたら大暴れする。
しかも背後からだ。
モブとは言え怖いものは怖い。
「浮気する楓が悪いだろう」
「意味が分かりません」
「鳳巳と噂になってるぞ」
「うわぁ、ないわぁ・・・王子とモブがって有り得ないから」
噂なんて絶対無い。
竜崎が小耳に挟んだ程度だ。
「役員補佐と真面目に仕事してましたよ、くらいでしょ?情報源は先生達とみた」
「ははっ、正解」
「言いがかり付けないでよ」
「俺以外の男と頻繁に逢ってるのは事実だろ」
うわぁ・・・顔見えてなくて良かった。
これは結構本気のトーンだ。
「どうして鳳巳なんぞに目を付けられてる」
「し、知らない知らない!私のせいじゃない」
首筋に生暖かい息が当たって鳥肌が立つ。
「甘受してるだろう」
「副会長様がいた方が断然早く終わるの!」
「ふーん」
首への口付けが、何度も執拗に続けられる。
「俺にしたようにアイツも突き放すべきじゃないか?」
「先生、私は現在進行形で学生生活を送ってマス」
副会長まで敵に回すなんて嫌だ。
「辞めてもいいぞ?一生養ってやるから」
「こわっ!るぅちゃん、恐い!!」
腕を外そうかと思ったけれど、下手に刺激すると完全にヤられる。
言葉で牽制するしかない。
「今だけだよ、絶対、るぅちゃんが思ってるような感情は無い!!」
「楓は分かってないからなー」
「私が一番解ってる」
「ははっ。じゃあ、こう考えろ」
やっと解放される。
しかし手は繋がれており、椅子までエスコートしてもらった。
向かいに竜崎が座り、やたら近くで話を続ける。
「楓は俺に巻き込まれた元モブキャラだ」
うわぁ、迷惑だ。
正直に顔に出したので、竜崎にも伝わり笑われた。
さっきよりはずっと良いから気にはならなかった。
「だから、日陰にいるのは無理だ。飯沼に目を付けられて、鳳巳には絡まれて、桐山には認識されてるんだぞ?名前の無いモブじゃいられない」
その通りだ。
だったら認識を改めるほか無い。
表舞台には出ないけれど水面下で友好関係を築くくらいは許されるだろう。
モブでも人生が懸かってるのだから、今までみたいな不必要な遠慮は止めよう。
「返事は?」
「うん、納得した。下手に出るのは止めにする」
「ははっ、そうなると厄介な事になるぞ」
「知らないよ。鬼畜会計様に進路妨害される謂れはないし」
「はははっ、そーゆー所も気に入ってる」
チュッと頬にキスされ頬擦りされる。
無精髭が当たって痛いけれど、気付かせてくれた感謝があるから好きにさせた。
あのままだったら、逃げ回って学生生活を台無ししてた。
確かに、彼等の舞台を邪魔は出来ない。
でも、それと自分の人生は別だった。
この人はいつもそう。
掬い上げてくれる。
ちゃんと生きていられるのは、彼が傍にいてくれたからだ。