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「何なのアンタ、何だってアンタみたいなのが役員補佐なのよ?」


そうおっしゃるのは、この学校の生徒会長様だ。

普段は俺様で、これがまたハマってる美貌と能力をお持ちの人。

今は何故かオネェ言葉を使ってますが。

「しかも、アタシのハーレムに手を出すなんて」

はて?

ハーレムとは主要役員の事だろうか。

独裁者であり、絶対である彼は勿論男性だ。

とびきり極上の男であり、信者が学校外にもいる程にモテるのだ。

決して、今目の前にいるオネェではない。

「・・・・・あのー、私、只の雑用係ですし、王子達とはほぼ会話すらしてませんが?」

会長像が崩壊したのは後回しだ。

今は妙な誤解を解いて平穏な学校生活を確保せねば。

「そ、そうか?」

「はい、そうです。不手際があったなら直しますのでご指摘頂けますか」

「い、いや、いい。突然すまなかったな」

何故か今度は動揺していた。

オネェの見る影もない。

目は泳いでいるし、この場を去りたいオーラが凄かった。

これは・・・無かった事にしよう。

それがいい。

「それでは会長」

「あ、ああ」

「失礼します」

頭を下げて早足で逃げた。






数日後、自分と同じ雑用係が入れ替わっていく現状に、やっと会長の真意を理解した。

王子達役員は異性を排除したかったらしい。

今では女子が2人だけ。

自分とヒロインの彼女だけなのだ。

まあ、扱いは雲泥の差だし、元々名も無きモブキャラだから不満もない。

寧ろ喜ぶべきなんだろう。

追い出す為とは言え、会長と話せたのだから。

あれ以来、偶に視線を感じるけれど何も言われないからモブらしく仕事に打ち込んだ。

と言うか辞めて欲しいなら、そう言って欲しかったものだ。

浮きまくりで可哀想過ぎるじゃないか。

誰にも気に掛けてもらえないなんて。

モブだから仕方無いけどね。






「そこの!」

「はい?」

書類整理に勤しんでいると突然のお声掛け。

王子達の1人、麗しの鬼畜会計様である。

「今すぐ役立たずの糞顧問を連れて来なさい」

「私がですか」

素朴な疑問だったのに睨まれてしまった。

溜め息も気付かれたらしい。

不快に顰められた眉間と冷たい目が怖い。

「捕まえられるまで貴女も戻って来なくて結構」

「・・・わかりました」

理不尽な八つ当たりだ。

けれど立場上仕方ないと諦めているから指示に従い生徒会室を後にした。




「おい」

「何です」

「やりすぎじゃないのか」

「何処がです?用事を頼んだだけでしょう」

「顧問の竜崎が捕まるわけないだろう」

「ええ、だからお願いしたんですよ」

「俺達でも至難な事柄をか?」

「・・・貴方が失敗するから悪いんでしょう」

「・・・・・」




教室から離れ、一応人目を確認してから電話をかけた。

コール3回。

『おう』

「今何処にいるの?」

『保健室でゲームしてる』

「へぇ・・・」

『何だ、どうかしたか?終わったなら一緒に帰るか?久し振りに映画でも見て飯でも食おう』

きっとゲーム機を放り出しているに違いない必死な光景が浮かぶ。

無精髭と白衣姿。

偶に掛けている眼鏡姿が色っぽいと評判の生徒会顧問は、ヒロインを取り巻くハーレム要員の一員だ。

それを除けば、化学とゲームヲタクで独占欲の塊、ヤンデレ予備軍である。

「終わってないし、鬼畜会計様に糞顧問を連れて来いって命を受けました」

『ははっ、成程な』

「来てくれない」

『おう、いいぞー。直ぐ向かう』

通話が切られ大人しく待つことにする。

竜崎 琉夜、生徒会顧問で化学教師。

のらりくらりな言動とフェロモンで異性を誑かしてる男だが、その実他人には全く興味が無く冷淡だ。

外面が良いから気付かれた事はない。

まあ、何かしら問題を抱えてる病んだ人間には何となく感じるのかもしれない。

会長とか会計とか、その他諸々。

それを癒すのはヒロインであって自分では無いから関係無いんだけれど。



悠々歩いてくる長身、白衣姿の顧問。

「待たせたかー?」

「思ったより早くて嬉しいかな」

「ははっ、そうかそうか」

わしゃわしゃ頭を撫で回された。

人懐こい笑顔に絆される者がいるのも頷ける。

まあ、ハーレム要員が美形なのは当然だし。

竜崎が満足したようなので少し離れて歩き出す。

生徒会室前でチラリと後方を伺えば、真後ろにいて驚いた。

その隙に両腕が腰に巻き付き、強めの力で抱き締められた早業にも驚いたが。

挙句、右の顳かみにチュッとキスされて全身が総毛立った。

固まったのをいい事に頬擦りまでされて、若干パニックになってしまう。

ハッと気付いた時には竜崎が先に中へ入ってた。

「呼んだか?」

余計な一言を添えているのを聞きつつ、ドアが閉まる前に慌てて後に続く。

彼の背中に隠れつつ、そっと作業していた場所へと戻る。

かなり視線が突き刺さって来たけど、命令は遂行したし後は会計様いわく糞顧問様が対応するだろう。

書類整理を早々に終わらせて、火の粉が飛んでくる前に帰ろう。

それが一番だ。

「話があるから顔を出して下さいとお願いしたでしょう」

「そうだったか?悪い悪い、で?」

すこっしも反省してない様子で流す竜崎と苛立つ会計。

冷気が増して恐ろしい。

これは見ない、聞かないが最善だ。

他の皆と同様に作業に集中する事にした。


「おい」

気配と人影に顔を上げれば、何故か目の前に会長がいた。

うわぁー、何、また厄介事?

顔を顰めて隣を見れば、同じように思ったんだろう雑用仲間が既に逃げていた。

薄情者め。

自分も同じ事をするだろうから責められないが。

「何か御用でしょうか」

「どうやって竜崎を連れて来た」

仮にも教師だぞ、先生を付けろ。

「普通にお願いしてですが」

「・・・あいつが?」

「まあ」

「そもそも、どうやって見付けたんだ」

「電話して」

不可解だと言いたげな表情が驚愕に変わった。

「連絡先を知ってるのか」

「会長は知らないんですか?」

「い、いや・・・しかし・・・」

「連れて来たのがまずかったですか?」

前回の事もあるし、ふと不安になってしまう。

会計様の八つ当たりが怖くて従ったものの、またもや意に沿わない結果を招いたのではと。

一瞬、会長が言葉に詰まる。

「「・・・・・」」

これはやってしまったパターンか。

「すみません」

もう謝る以外無くて項垂れる。

早く帰りたい。

「会長」

「何だ」

「仕事に戻っても宜しいですか」

「あ、ああ」

キラキラした顔を拝んでるのも苦痛で視線を落としたまま会長が去るのを待った。

戸惑いながら戻った会長の姿を確認してから、一心不乱に書類と格闘した。

しかし、あの人、意外とわかり易いよね。

オネェ事件の時も思ったけど。



よし、終わり。

開放感にホッとしつつ、ヒロインとハーレム達に視線を向ける。

あれだけ怒っていた会計様も柔らかな空気を纏いながら談笑しているし、会長も仕事はしつつ会話に参加して実に楽しげだ。

竜崎も笑顔でヒロインの頭を撫でている。

照れた彼女が可愛くて、彼等が心奪われるのも納得出来る。

まるで別世界だ。

いいなぁ、羨ましいなぁ、とは思うけどこればっかりは仕方ない。

諦めのため息で誤魔化して席を立つ。

近くにいた生徒に別れを告げて鞄を持った。

「お疲れ様でした」

完全聞いてないだろうけど、彼等に向かっても挨拶する。

一瞬、会長がこちらを見た気がした。

自意識過剰って怖い。

が、竜崎がこっちを見たのは確かだ。

「やっと終わったー?待ちくたびれた」

さっきまでの甘甘加減が嘘みたいに、こちらに話し掛けてくる。

だらりとソファーの背で頬杖をついていたくせに瞬き後には傍にいた。

ヒロインや周りが唖然としてる。

昔から規格外だったけど、流石に今は焦る。

「ははっ、何ぼーっとしてる」

腰を抱かれそうになって一歩下がる。

「なんで逃げるんだ?帰るんだろ?」

「近い近い」

詰め寄って来て、抱き込むように道を塞がれる。

下がろうにも手がガードしてるみたいで、動けば自ら捕まりに行く事になる。

「ほらほら、行くぞ」

いやいや、身動き取れないのは誰のせいだ、誰の。

恨みがましく睨めば何故か嬉しそうに目を細める。

しかし怒鳴り散らすわけにもいかない。

「るぅちゃん、お願いだから離れて欲しい」

小声で懇願する。

これ以上トラブルは御免だ。

「もういっかい」

「・・・お願い、るぅちゃん」

「ははっ、いいなー、凄くイイ」

身を屈めて顔を近付けて来るのに怯み、グッと踏み止まった。

幸いにも、やり取りは竜崎の体で覆われていて見られて無いし、会話も聞き取れてはいないだろう。

刺激するより耐えるべきだ。

額同士が触れ合い、離れていった。

囲いも無くなった。

直ぐ様踵を返して扉に向かう。

これ以上は無理。

精神がもたない。

針の筵から何とか脱し、生徒会室から十分離れた場所でへたり込むとしよう。



「せ、先生は佐藤さんとお知り合いだったんですか?」

鈴の音のような愛らしい声に竜崎はゆっくりと振り返る。

「お知り合いも何も、俺は教師であっちは生徒だろ」

「あっ」

「プラス、生徒会顧問と役員補佐。寧ろ驚いてる理由が分からん」

「そ、そうですよね!ごめんなさい」

しゅんと落ち込む姿は比護欲を唆る。

が、脳裏に浮かぶのは先程まで傍にいた彼女だ。

佐藤 楓。

父子家庭で育った凡庸な彼女は、自分に負けず劣らぬ変人だった。

中性的で美しい父を持った故に悪意に満ちた誹謗中傷を幼い頃から受け続け、二次元へと逃げて行く内に乙女ゲームと出会う。

そこで気付いたのだ。

己はモブキャラなのだと。

主人公達を彩り補佐する為にいるのだと。

だから、傷つくだけ無駄だ。

若くして妻に先立たれた美しい父の魅力を際立たせる為にいるのだから。

勿論、自分の人生は自分の物だから努力して生きるし青春も謳歌したい。

だが所詮はモブキャラなのでスポットライトは永遠当たりません。

そう達観して、斜め下から物事を見てる面白く哀れな少女だ。

内申に有利だと役員補佐を勧めれば快く引き受け、必死に勉強しても平均値しか取れない己に凹みながらも努力を止めない勤勉さ。

愛おしいとしか言い様がない。

「先生?」

「おう、悪い。何か言ったか?」

楓曰くヒロインの少女は、確かに可愛らしいし仕草一つとっても目を奪われる。

不安げに瞳を揺らされると撫でてやりたくもなる。

だが。

「飯沼」

「何です?」

「用が無いなら帰るぞ」

「結構です。次回はちゃんを応じて頂きたいものです」

「ははっ、気が向いたらな」

鬼畜会計様こと飯沼は露骨なまでに顔を歪めるが、彼女の前では怒鳴れないらしい。

年頃の男子が格好つけたがるのは当然だろう。

「じゃーな、桐山。程々で帰れよ」

ずっと何か言いたげな会長桐山にも一言告げて、生徒会室を後にした。

恐らく階段辺りで座り込んでるだろう楓を確保して、宣言通りに映画と飯だ。

久し振りに電話を貰った上に名前呼びまであったのだ。

これ程気分が高揚しては眠れない。

楓には責任を取ってもらわないと。

逃げたら部屋に連れ込んで閉じ込めないといけない。

何にせよ、まずは愛おしい彼女を見付けよう。







「失礼します」

職員室から出た所で会長様と遭遇した。

あの日から急ぎの召集も無かった為、生徒会にも行ってなかったから数日振りだ。

「こんにちは」

挨拶して横をすり抜けると腕を掴まれた。

「話がある。少し待ってろ」

返事も聞かずに行ってしまった。

これでいなくなったら次に顔を合わせた時が怖いよね。

仕方なく待っていると、暫くして会長が出て来た。

「ついて来い」

はいはい、従うのは当たり前ですよね。

一緒に歩いていると思われない距離をとって追い掛ければ、視聴覚準備室に入っていった。

ドアは開いているし、大人しく続けば待ち構えていた会長に鍵をかけられた。

しかも、奥に追いやられる。

逃げ道を塞がれたというわけだ。

「佐藤は役員補佐を辞める気は無いんだな?」

名前を覚えてもらってた事も驚いたが、会話が唐突過ぎて反応に困る。

「今の所はありません」

「何故だ。俺達が女子を排除してると気付いているだろう」

「ああ、そうでしたね」

思い出したオネェ。

つい、会長をジッと見てしまった。

視線の意味に気付かれて顔を歪められる。

ヤバイから直ぐに視線を下げたけど。

「内申に関わって来るので、あまり途中放棄はしたくないです」

「そうか」

「あの・・・そんなに不愉快ならはっきり言って頂ければ・・・」

「不愉快?」

「違いました?じゃあ、能力不足ですか?」

「いや、そんな事はない」

「えーっと、では何故排除対象になってるんでしょうか」

自分としても鬼畜会計様からの八つ当たりは嬉しくない。

折り合いが付けられるなら凄く有難いのだ。

「私は誰のファンでも無いし、皆様の輪を乱す気は全くありません」

補佐の大半が王子達目当てなのは周知の事実。

そうでなくても同じ空間にいれば、心変わりや下心が出てくるのも当然で。

彼等が排除したがるのも納得出来る。

けれど、身に覚えのない事でクビは流石に頷けない。

成績の良くない己としては、内申が非常に重要であり、役員補佐ほどわかり易くアピールになる物は無いから続けていたいのが本音なのだ。

「一切近付きませんし、不必要な会話も求めませんし、そもそもこれまで一度も私から接触を試みた事は無いです。これ以外で内申に有利な何かがあるなら辞めても構いませんが、それもないなら続けさせて頂きたいです」

説得のつもりだったが、会長が表現し難い微妙な表情になっていくから不安になる。

「だ、駄目、でしょうか?」

会長に楯突いたとも言える為、後悔が押し寄せてきた。

もっと下手に出るべきだったかと焦った時、部屋の更に奥から笑い声が響いた。

「イイんじゃね?別にこのまんまで」

物で埋もれていると思っていた場所から、ゆっくり体を起こして現れたのは副会長様だった。

甘いボイスと役員にそぐわない非常にチャラい男だ。

生徒会にも滅多に現れないからレア度が高い。

お目にかかれて光栄とでも思うべきなんだろうが、面倒な予感しかしない。

まあ、これっきりだろうし深く考える必要もないか。

「鳳巳」

「かいちょー、女連れ込むなんてヤるねー」

「巫山戯るな。お前、こんな所で何をしてる」

「昼はもう終わってるからぁ、夕寝?」

「暇なら生徒会に顔を出せ」

「暇はないって、もう帰宅だし」

欠伸をして背を伸ばす様は猫のようだ。

会長は馴れているのか苛立つ様子もないし、副会長も終始やる気のない怠い感じは変わらない。

不思議だが、この2人は仲が良かったりする。

「そんで、どうすんの?その子のお願い聞いてあげないわけ?」

「ああ」

2人の視線が刺さって硬直してしまう。

「辞めさせる為に話していたんじゃないからな」

「の割に詰問してたじゃん」

「真意を確かめたかっただけだ。それと・・・」

怖い!

目力が半端ない。

「竜崎との関係を聞きたい」

「へえ、面白そう」

面白くないし、質問の意図が解らない。

「そ、それ、答える必要ありますか」

「無いよ、もちろん」

「では、失礼しまーーー」

「上司に逆らうと今後が大変なんじゃない?」

綺麗な笑顔が黒く見えるのは気のせいじゃない。

俺様会長様も賛同してるようだ。

答えないと痛い目みるぞ、と目が言ってる。

「ですよね・・・すみません」

溜め息で諦めた。

「父の同僚の息子さんで、昔からお世話してもらった関係です」

「それだけ?つっまんねぇ」

チャラ男の期待外れで何よりだ。

「まあ、モブですから。期待されても何も出て来ませんよ」

「モブ?」

「主役を妨害出来る程の存在じゃないって事です。それより会長様、副会長様、私は補佐を続けても良いんでしょうか」

今だけ。

今日だけ。

二度と無い。

暗示みたいに繰り返して勘違いしないようにする。

年頃の生娘が王子と会話なんて、そりゃ期待もしたくなる。

有り得ないって分かっていてもね。

「俺に異論はないよぉ」

「安心しろ」

「ありがとうございます」

これで二度とお声も掛からないだろう。

遠巻きからヒロインにオチていく様を堪能していこう。

「あ、ねぇ、キミ」

先に出て行ってもらうか、先に出て行くか考えていたら副会長の手が肩に触れた。

「お名前は?」

「は?」

「な・ま・え」

「佐藤です」

「下は?」

瞬間、全身に寒気が走った。

不快で原因の肩に置かれた手を払う。

「失礼します」

相手の顔を見る余裕はなく、急いで教室を出た。

何が異論はないだ。

舌の根も乾かない内に誘惑しようとしやがって。

あの腹黒野郎のチャラ男が。

モブだからって舐めやがって。

モブに二言は無いんだよ。





「楓」

教室で居残っていたら耳元で呼ばれて驚いた。

名前で呼ぶのは竜崎だけだ。

「近い」

「ははっ、すまん」

「名前で呼ばないで。困るのは先生でしょ」

「困るってのはどんな意味でだ」

「えー・・・ハーレム要員として」

職場受けもいい人間がヘマするわけないんだから。

ヒロインが誤解する事が一番困るだろうし。

「なあ、楓」

椅子を引いて来て傍に座る気配がした。

横を見ればやはり結構な距離に竜崎がいた。

「俺はロリコンじゃない」

「は?知ってるよ。重度のヲタクでしょ」

「そうだな」

「うん、まあ、私もだけど」

ついでにヤンデレ予備軍だとも思ってるけれど。

「ガキに囲われて喜ぶ趣味もないぞ」

それこそ自分には関係ない。

「最近ずっと冷たいな」

顔に出ていたのか、いきなりの話題に引きつってしまう。

危機感のなせる技で体が勝手に反応して椅子ごと逃げに入ったが、一歩早く阻まれた。

「ははっ、何故逃げる」

椅子の背をがっちり掴まれ、距離を詰めてきた竜崎に冷や汗が浮かぶ。

「こ、ここ、学校!」

「そうだな。学校以外では無視されてるもんな」

「してない!」

「一切寄り付かなくなっただろう」

「怖い怖い」

息が掛かるくらいまで近付く必要もないのに、いつからか至近距離が当たり前みたいで。

出会った頃は微塵の興味も示されなかった。

それが気付けばスキンシップも増えていた。

度を越してるか否かなんて、乙女ゲーム上級者からすれば容易く判断つくものだ。

ヒロインじゃあるまいし、鈍感にできちゃいない。

自分は竜崎の執着の対象になってる。

恐ろしい現実だが、まず間違い無い。

「前は俺の所に入り浸りだったろ?高校入ってからは電話すらして来ない。男はいないよな。俺の好みのまま、匂いも躰も変化なし」

髪を掬い鼻を寄せる。

そのまま首筋にも近付いて温もりを感じる。

と言うか、完全にキスされた。

無精髭のチクチクが痛痒い。

「るぅちゃん」

ピクリと竜崎の体が揺れた。

しまった。

止めて欲しかったのに、いけない方に刺激した。

「あぁ・・・興奮する」

離れた竜崎の眼が妖しく揺れる。

何で、こう、無駄に色気を放出するんだろう。

見惚れる間に体が宙に浮いて、正気に戻った時は床に押し倒されていた。

「可愛いなー、可愛い」

拘束はされていないけれど、覆い被さっている相手との体格差を考えれば逃げ出すのは無理だ。

うっとりした眼で頬を撫でたり、唇以外の顔中にキスを落とすイっちゃってる加減も抵抗出来ない理由の一つだ。

されるがままが今の所最善だから。

「ほら、こうなっても大丈夫だと思ってるだろ」

思ってないし、ヤンデレを呼び覚ましたくないだけだ。

「自分はモブだからって?主要キャラとは交わらないと思ってるんだろ?」

それは事実だ。

思う思わない問題じゃない。

「俺としては光栄だけどな、楓にとって俺はスポットライトの当たる人間だと思ってくれてるって事だ。イイ男なんだろう?ゲームだったらオトしてくれる?」

「・・・・・そうだね、結構好き」

「ははっ、結構好きか。そうか」

お、いい方向に機嫌が良くなったらしい。

上から退いて抱き起こしてくれた。

そのまま向かい合いで足の間に座らされたけど。

「どうやって攻略するんだ、俺みたいな男」

「んー・・・難しいな・・・ふらふら逃げそうだよね」

「ガキ相手に本気になってもなー」

通常の安心できる優しい笑顔。

これを独り占めしたいと感じる異性は多いだろう。

「ひたすら尽くす」

「へぇ?」

「先生の立場が悪くならないように配慮して、でも好意ははっきり伝える。後は一途に食らいついてくよねー・・・一切余所見はしません」

「俺が靡くかねぇ」

「無理じゃない?せめて記憶に残る生徒でいて、後は接近イベント任せ」

「何だそれは。運任せでどうにかなるのか」

「違うって、生徒でいる間はほぼ攻略不可だからさ。ルートこじ開けるにはそれしかないの」

「面倒だな」

「攻略しがいがあるじゃん。特別になったら凄そうだもん」

だからこそ、年上の男が攻略対象にいるのだ。

「ドロドロに甘やかしたり、独占欲の見せ方とかドキドキしそう」

想像して興奮してしまう。

声も独特で気怠い感じの萌えポイントが相当高い。

自分にしか見せない姿や愛の囁き等々、もう堪らない。

「あぁー、イイ!るぅちゃん、最高!!」

「ははっ、俺は好きキャラだったか」

「うん!」

改めて考えて、随分ラッキーだと思う。

「ついでにオトしたらいい。楓なら簡単だぞ」

頭を撫でながら恐ろしい発言をする。

「ゲームと現実は別。それくらい弁えてます」

「楓の現実は“俺”だろ」

「・・・そう、だね・・・」

混乱してしまう。

確かにこれは現実だけど、彼等とは舞台が違うのだ。

「けど、やっぱり違うんだよ。るぅちゃんと私は相容れないと思う」

「目の前にいて、こうやって一緒にいるのにか?」

「うん。私にとってはテレビの向こうにいる芸能人と変わらない」

「ははっ、本当に酷い奴だな」

「ごめん」

「はははっ、それでいい。そうやって独りでいればいい」

一層優しく撫でられて気持ち良くなってしまう。

こんな風に愛情を示してくれるのは竜崎しかいなかった。

手放したく無いし、出来るなら傍にいたい。

でも、それは自分の役目じゃないから諦めるしかない。


「寂しくなって我慢できなくなったら、おいで」


竜崎の声は、言葉は、遅延性の毒みたいだ。








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