第六十九話 ぼっちにエールを!
直ぐに更新出来るかと思ってましたが、見直す内にまた増えまして……。八千文字弱になっちゃった。それでは、宜しくお願い致します。
ヘルムートに捨て台詞を叩き付けたリュージは、暫くは素知らぬ顔で歩いていた。しかし、角を曲がり娼館から見えなくなると駆け足になり、やがて疾走を開始する。光る涙が線を引くのは風圧のせいであって、悲しくて泣いてる訳では無い。単なる生理現象であって、悔しくても決して悲しい訳では無いのだ。
(おのれぇ、ピエロなのに真面目振りやがって! 今に見てろよぉぉぉーー!!)
心中穏やかでは無いリュージは、通行人の隙間を縫う様に走り、人混みを飛び越え、石壁を蹴って屋根の上を跳び跳ねる。一頻り駆けて気分が落ち着いた頃、気が付けば王都を一周していた。マップの大部分が埋まっているのは、屋根の上から俯瞰したからだろうか。
「はぁ~、何か喉渇いたな……」
気付けば、再び繁華街へと舞い戻って来ていたリュージ。まあ、ぐるっと廻って来たからこそ一周と言うのだから、おかしくは無いだろう。ただ、現在地を把握すれば、目的も出来る。それは勿論、娼館――他店を含めて――に再挑戦する為などでは無く、汗として失った水分の補給である。リュージは大通りを歩きながら、雰囲気の良い店を探す。今晩の宿を探したいのは山々だが、今は無性に酒が飲みたい気分であった。
(改めて見ると、やっぱり賑わってるなぁ。ラストックとは大違いだ)
キャバクラの様な店は見当たらない。恐らくは娼館がそれも兼ねているのだろうが、そもそもそんな店は無い可能性もある。偶には小洒落た店でワイングラスを傾けるのも良いが、安い――一般大衆が集う良心的な価格帯の――店でエールを呷る方が性に合う。リュージは、客引きだろう若い衆に声を掛けた。
「酒と料理の旨い店は知ってる?」
「それだったらうちに寄ってきなよ! この辺りの飲み屋じゃ一番飯が旨いんだぜ?」
行き付けの店が在る訳でも無いリュージは、その店に即決する。「勝手に一番を名乗ってんじゃねー!」とか、「へっ、早い者勝ちだぜ!」なんて言葉が後ろで飛び交っているが、お構い無しである。
それほど広くない店内は八割方が埋まっており、中々繁盛している様に見える。暫く考えたリュージは、目に付いたカウンター席に向かった。空きが無い訳でもないので、テーブル席で相席を頼まれるのも一興ではある。だが、分厚い一枚板が良い雰囲気を醸していたのだ。
「お客さん、何にする?」
「エール! 酒の肴は、そうだな……腸詰めは有る? 他はお任せで適当に」
「はいよっ!」
店主が樽の栓を器用に開けると、エールが木製のジョッキに注がれる。その様子を眺めながら待つ事暫し、ドンッと置かれたエールから漂う果実の様な甘い香りが、リュージの鼻腔を擽ってゆく。
先ずは一口とばかりに口を付けた筈のリュージだったが、本当に喉が渇いていたのだろう。ゴクッゴクッゴクッと喉を鳴らし、気が付けばあっという間に飲み干していた。
「くあぁぁ~、旨いっ! やっぱり、汗をかいた後のエールは格別だなぁ~」
「おっ、いい飲みっぷりだな! 若いのに分かってんじゃね~か」
二つ隣の席に座っていた先客が、旨そうに飲むリュージを見て歓心したらしい。独り言も聞かれてしまったが、共感を得られた様で何よりである。とはいえ、初対面の人間と打ち解けるには飲みが足りないし、まだ早い。
(あのタイプのおっちゃんは、奢るとか言い出すと断るのが大変だからなぁ。良い人そうだけど……)
リュージは、取り敢えず愛想笑いをしてジョッキを掲げてみせた。それだけで満足だったのか、それとも察してくれたのか……。正直な所は分からないが、同じ様に笑みを浮かべてジョッキを揺らすだけで、無理矢理に絡んで来る事はなかった。
会社の社長や上司には散々奢られて来たが、基本的に借りを作るのを嫌うリュージは、奢られるのも苦手としていた。ある時、「難しく考えず、上から受けた分は下に返せば良いんだよ。俺たちもそうして来たんだから……」と言った上司の顔が呼び起こされる。あれも、居酒屋のカウンター席での事だった。とはいえ、奢る立場に成ってからも長いリュージ。避けられる時は、やはり避けてしまうのだろう。
(おっ、来た来た!)
そうこうする内に、皿一杯に盛り付けられた腸詰めが出来上がり、リュージの前に置かれる。皿の脇にマスタードを発見したが、もう一つの定番であるケチャップは見当たらない。何にせよ、マスタードさえ在れば不満の無いリュージは、「エールお代わり!」とジョッキを店主に渡すと、熱々の腸詰めを口に運んだ。
ボイルされたプリップリッの腸詰めを噛むと、プツッという小気味良い歯触りを残して旨味が拡がる。塩気のある肉の旨味と燻煙の香りが食欲を増進するのだ。粗挽きに始まり香草やニンニクが練り込まれた物、牛であったり豚であったりと各種を堪能する。添えられたマスタードを付ければ、ピリッとした辛味と僅かな酸味が味に変化を起こし、またエールが進む。
(いやー、旨いなぁ。これっ! 何だろう、香辛料のバランスかな?)
幸か不幸か、皮を剥いて食べる物や血液を混ぜた様な種類は無かった。主な理由は流通や鮮度の問題だと思うが、食べる直前に茹でないと美味く無かったりと、手間が掛かる物はそもそも出せないのだろう。
そこへ新たに皿が並べられ、数々の料理が隣のスペースまで侵食してしまう。空席だから良かったものの、お任せなのだから、もう少し考えて出して欲しいと思うリュージ。
――とはいえ、それをわざわざ指摘するよりも、エールと料理のマリアージュを楽しむ方が遥かに建設的である。
リュージが先ず手を付けたのは、オムレツであった。冷めても美味い卵料理は数在れど、オムレツは温かい内に食べるべきだと信じている。猫舌なので熱過ぎる内は食べられないリュージだが、冷め易いオムレツだからこそ最初に食べるらしい。
――だが、プレーンオムレツだと思い込んでいたリュージは、フォークで切って驚く。オムレツの中からキャベツが出て来たからである。しかも、そのキャベツからは常でない匂いが漂って来る。
(こ、これはまた……)
その正体は、ザワークラウトだった。乳酸発酵に由来する匂いと酸味に面食らうリュージ。しかし、同じ乳酸発酵食品には糠漬けも在り、食べ慣れない味と言う程には離れていない。主には大根や胡瓜に茄子などだったが、味が想像出来ない訳でも無かった。
(……キャベツを糠漬けにした、みたいな? う~ん、うん、慣れれば食えるな)
焼肉屋ではキムチ、ラーメン屋にはメンマ、どちらかと言えば中華料理屋だが、ザーサイもあるだろう。ハンバーガーを食べればピクルスが入っていたりもするのに、ザワークラウトを食べる機会にはこれまで恵まれなかったらしい。
(せめて納豆なら良かったって思うのは、贅沢かな?)
リュージの評価は今一つだが、単に味覚の経験値が不足しているのだとも言える。いや、この場合は嗅覚だろうか。何にせよ、予備知識も無い状態で食べられただけでも御の字なのかも知れない。食わず嫌いも然り、知識不足も含めて最初の印象次第で苦手意識を持ってしまう人も居るのだから……。
続いては、馬鈴薯の揚げ団子。口直しのつもりで手を伸ばしたとは思わない。そう、これはチーズが固まる前に食べるべき一品なのだ。猫舌のリュージにとって、食べ易いタイミングだったというだけである。
揚げた事で外がカリカリ、中はしっとりになった芋の上には、ドロドロに溶けたチーズがたっぷりと掛けられ、芋の甘さにチーズの塩気がマッチした料理となっている。塩分が若干多いのは、保存の為なのだろう。だが、火が入る事で甘味と旨味が増している様だ。
(うんまっ! チーズ旨っ! 何これっ、じゃがいも旨っ!)
最初に感じるのはやはり濃厚なチーズの味で、咀嚼していると素朴な芋の甘味が舌の上に拡がり、リュージの記憶を刺激する。そう、料理としては全くの別物だが、何故か子供の頃に食べたコロッケを思い出させる。玉ねぎも挽き肉も入っていないポテトコロッケ。これに至ってはパン粉すらも無いが、妙に懐かしさを感じる味であった。
「(何だか今日は、昔をよく思い出すなぁ……。柄にも無く弱ってるんだろうか?)マスター、エール頂戴! グェェァーープッ! っと、失礼」
注文した際、盛大なげっぷが出てしまい店主と周囲に軽く謝るリュージ。日本人的な感覚で謝るのは別に良いのだが、自分で思っている程弱ってる様には見えない。
「はいよっ、お待たせぇ」
受け取ったエールを片手にフォークを刺すのは、粒胡椒をアクセントにしたポテトサラダ。芋が多いのは土地柄だろうか。酒の肴で、メインの料理じゃない事も要因かも知れないが、リュージは頓着しない。大地の力強さを感じさせる素朴な味とでも言おうか。ホクホクした芋の甘味を、ピリリとした胡椒の辛味が引き締める。喉が渇くのでエールを呷るペースが弥が上にも早くなる。
(一番は腸詰め、二番はさっきのかな~? ――っと、もう空か。……次はどうするかなぁ))
体質のせいか、リュージは余り太らない。四十を過ぎても変わらなかったのだから、気のせいとは言えないだろう。尚且つ、若返ってしまった事もあって余計にカロリーなど気にしない。ただ、当然その容量にも限りは有るのだ。腹の膨れ具合を考えながら、リュージは空になったジョッキを振って店主を呼び止めた。
「あっ、食い物はもう良いや。それより、もう少し強い酒だと何が有る?」
「お客さん、旨そうに飲み食いしてくれるのは嬉しいんだけどね。お足の方は大丈夫なのかい?」
空のジョッキを受け取った店主は、そう言ってリュージに尋ね返した。今更ながらに、懐具合が心配になったのだろう。自分で提供しておいて何だが、料理も含めてそこそこの量を飲み食いしていたのだ。
「ん? お金なら有るけど?」
そんな店主に気分を害するでも無く、軽く答えるリュージ。その手には、アイテムBOXからいつの間にか取り出した革袋。中身までは見せないが、パンパンである。
「いや、まだまだ飲みそうな勢いだからさ。記憶が確りしてる内に聞いておこうと思ってね。気を悪くしなさんなよお客さん」
明らかに革袋に向けられた視線。ばつが悪そうにするが、同時に安心もしたのだろう。態度こそ変わらないが、店主の纏う雰囲気が軟化した気がする。仮令それが、金に目が眩んだ結果だとしても、そう仕向けたリュージに責める筋合いはない。それよりも、聞いた事を覚えているかどうかの方が重要であった。
「そうそう、強い酒だったね。もし、懐に余裕が有るならウィースキなんてどうだい?」
「(覚えてたのは良いけど、ウィースキ? あぁ、ウイスキーか。てっきりブランデーが出て来るかと思ったけど、それも良いな)……旨いの?」
きっちり仕事を思い出した店主に安堵しながら、ウイスキーの品質を探るリュージ。文献などからアイルランド発祥としながらも、本場はスコットランドだとされるウイスキー。後進国ながらもそれらに負けず、肩を並べた日本のブランド。嘗て味わった事の有る銘酒を思い浮かべながら、異世界産のそれに思いを馳せる。言葉は少ないながら、実は興味津々なのはその目が語っていた。
「大麦を原料にした酒を蒸留、――っても分からねぇかな? まあ、そんな小難しい方法で濃くしてるんだってよ。そこから十年も寝かせてるっつう話なんだが、そのせいか味に深みみたいなのがあるんだよ。行商人に言わせると、円みを帯びてるとか何とか……兎に角、物は試しって言うだろう? 一度は飲んでみる価値は有るね。他所の国からの輸入品だから、かなり値は張るがね!」
リュージの反応を見て食い付いたと感じた店主は、一通りの説明をしながら親指と人差し指で輪っかを作って見せた。金が有ると判るや否や高そうな酒を勧めた事に、『やっぱり、商売人だなぁ』と思うも、興味を引かれた時点でリュージの負けである。
「(大麦って事はモルトか)……十年物の輸入品ねぇ~。折角だし……じゃあ、それをくれる?」
「はいよっ! 強いから、水で割るかい?」
「あ~いや、そのままで良いや。だけど、水は別にして貰えるかな?」
気の無い振りをしながらの注文。何事も形から入る所があるリュージは、勝手なニヒル像を自分に投影し始めたらしい。店主のそれは、飲み方を尋ねたと言うよりは、気を遣ったと言う方が正しいのだろう。しかし、初めからストレートで飲むつもりのリュージは、“チェイサー”で通じるか分からないので、普通に水を頼む。
「そりゃあ、良いけどね。そんなのどうすんだい?」
「その水の事をチェイサーって言ってね、薄めるんじゃ無くて酒と交互に飲むんだよ。もし有るならだけど、薄く切ったレモンなんかを浮かべてくれても良いよ?」
「へぇ~、そんな飲み方も在るんだねぇ。悪いけど、レモンは切らしてるから水だけになるけど、良いかい?」
やはりチェイサーを知らなかった店主は、リュージが頷くのを見ると感心しながら奥へと向かった。レモンについては、有ればラッキーくらいの軽い気持ちだったのだ。痺れた舌を休ませる為の水なので、味付けの必要も無ければ拘りも無いといった所だろう。戻って来た店主の右手には、少し歪んだグラスに琥珀色の液体が半分。左手に木製ジョッキを握っているが、別の客が注文した物でなければ中身は水だ。
「このグラスはね、ウィースキを飲むなら必須だって行商人が言うんで、少し無理をして仕入れたんだ。割らないでくれよ?」
「ふ~ん、流石は王都だね」
それを受け取ったリュージは、グラスの中で揺れる十年の色付きを鑑賞する。その傍らで店主の話も聞いてはいたが、他人事の様に適当な相槌を打った。『割ったら割ったで金を取るだろうに……』とは思ったが、口にはしない。現在進行形で演技中なのだ。
樽材に含まれた成分が溶け込む事で、無色透明だったウイスキーは染まってゆく。一般的には、オーク材のリグニンがそれに当たるが、異世界ではどうなのだろうか。リュージは、確かめるべく少しずつ口に含む。当然、複雑に絡み合う味と香りの何れがリグニンの物かなど分かる訳がない。しかし、素晴らしい出来である事は分かった。
痺れるくらい強い酒精は、唾液と混ざりながら馴染んでゆく。チョコレートの様な甘い香りが鼻に抜け、その喉越しは胃の腑までもを熱くした。今少し角が取れたら、記憶の中の銘酒に勝る可能性を感じる。五年先、十年先が楽しみであり、その先も楽しみたい酒である。
「くふぅ~っ、旨い。良い酒だね……これは樽ごと欲しいなぁ」
胃の中がかっかとして体温が上がり、その呼気もいつもより熱い。久し振りの感覚に身を任せ、酔いを楽しむリュージは素直に称賛した。
「残念だけど、もうあれしか無いんだ。重いから、行商人が運んで来る樽の数も少ないんだよ。次はいつになるかも分からないしねぇ」
「……無いなら仕方が無い、綺麗さっぱり飲んじまうか。え~と、これで足りる?」
酔っ払って気が大きくなっているリュージは、限られたウイスキーを気兼ねなく飲む為に先払いする事にした。短絡的ではあるが、誰にも迷惑は掛けない方法だと思ったのだ。左手で保持した革袋にガッと右手を突っ込み、取り出したのは一掴みの金貨。
「ロ、ローリン金貨がこんなに! 幾ら何でも多過ぎだ。これじゃあ、うちにある物を飲み食いし尽くしてもまだ余る!」
リュージの手に握られていたのは二十三枚。それがカウンターの上に置かれて、ジャラッと音を立てた。繁盛していても、二百三十マアクが大金である事に変わりはない。ラストックの宿ならランクにも依るが、半年から一年という期間を過ごせるだけの金額だ。それをポンと出されて取り乱した店主が、盛大な突っ込みを入れるのも無理はない。しかし、そんな事は知らないとばかりにリュージの独り舞台は続く。
「あぁ、そう? んじゃあ、折角だし今日は俺の奢りって事で! マスター、早速だけどお代わりね」
リュージは、あっけらかんと用向きを告げるとお代わりを頼んだ。
「へっ? そりゃあ、お足が貰えるなら文句なんかないけど……本当に、良いのかい?」
「あぁ、そんな気分なんだ……」
思いがけない事を言われたと、目を丸くした店主は恐る恐るといった感じで確認を取った。それに応じたリュージは、笑顔を浮かべると多くを語らず格好付ける。俄なので時々崩れるが、未だにニヒルは継続中らしい。不安定な山の天気みたいだが、酔いも手伝っているのだろう。
つうつうとまでは行かないだろうが、王都で長らく酒場を構え、多くの客を見て来た店主。雰囲気で察する術は心得ている。それ以上の野暮な質問はせず、空のグラスを手にして背を向けた。新たなウイスキーを注ぐ為に――。
その直後、それほど広くない店内にどっと歓声が上がる。当たり前だが、リュージと店主の遣り取りは周囲の客たちにも筒抜けであった。一部始終を見聞きしていた彼らは、じっと成り行きを見守りながら今か今かと待ち構えていたのだ。
酒飲みの酒飲みたる所以は、一にも二にも酒が好きな所にある。それが人の金で飲めるとなれば、我が世の春とばかりに謳歌もするだろう。例外なく全員が酔っ払いだったのだから……。
「よしっ! 自信が有る奴ぁ勝負しろっ! 飲むか飲まれるかの真剣勝負じゃぁぁぁーー!」
「旨い酒と気前の良い御仁に、乾杯!」
何処の誰とも知れない男が、勝手に叫んでいた。音頭を取る男も居て、店内は異様な熱気で盛り上がってゆく。その一方でリュージに対して口々に、「ごっつぁんでーす」とか、「ゴチになりまーす」なんていう声も各席から掛けられた。
今や、リュージの立場はスポンサーである。知り合いなど誰一人として居ないが、そこに後悔の色は微塵も無い。ここだけの話、衝動的に奢ったかに見えて実はそれだけでは無かったりもするのだ。まあ、後付けの理由なのだが……。
ある程度酔いが回ると、一人ぼっちが寂しくなって来る。忘れたくなる苦い記憶も有る事だし、溺れる程に酒を飲みたい夜だったりもする。そこで、不特定多数の人間と適度な距離感で騒ぐなら、丁度良い方法かも知れないと思ったのだ。
また、験を担ぐという意図も有った。予定外の臨時収入など、余裕が有る時は適度に還元しておくと返って来るといった類いの謂われを信じていたりする。
(値を付けたのは俺じゃないけど、ダミーの魔核での収入だから詐欺っぽいんだよなぁ。ここらで適当に還元するのに協力して貰おうか)
祝い事が有った時の方が、本来は望ましい。だが、悲しかったり悔しい思いをした時に奢る酒が在っても良いだろう。禊代わりにもなって一石二鳥である。伊達や酔狂も時には必要なのだ。
その後、どんちゃん騒ぎは明け方近くまで続くも、唐突に終止符が打たれた。飲むべき酒が無ければ、お開きに成らざるを得ないのだ。とはいえ、既に酔い潰れた客たちが累々(るいるい)と横たわり、店内は惨憺たる有り様でもある。
働き詰めだった店主も、疲れ果てたのかぐったりとしている様に見える。辛うじて意識のある者たちは、そんな店主に声を掛けてから帰宅の途に就いた。この場で夜明けを待つという選択肢も無くはないが、リュージも店を後にした。理由は、鼻を突く酸っぱい刺激臭に気が付いてしまったからかも知れない。
新鮮な夜の空気を吸い込み、闇の中へとリュージは踏み出す。夜明けの気配は、まだ遠い――。
不定期更新でご迷惑をお掛けしております。読んで下さいまして、ありがとうございました。




