第六十六話 昼餐
ご無沙汰しております。およそ七ヶ月ぶりですかね? 申し訳御座いませんでした。m(__)m
俄かに騒がしくなる謁見の間、「王国貴族として怪しからん」とか、「まさか、そんな事になっているとは……」などと、怒りや戸惑いの声が上がる。
だが、この場に居る全員が発言している訳ではない。それ故に、ゲルト・フォン・クルーン男爵と協力関係にある者が、存在しないという保証にはなり得なかった。寧ろ周りに合わせて反応を返している可能性すらも有るのだから。
そんな渦中に在って、会心の演技にほくそ笑むリュージは、平伏したまま周囲の反応を観察する。勿論、己の持つスキルを最大限に駆使しているのは自明である。
感知系スキルの発展型である“浄天眼”であれば、視覚――眼球を通して得られる情報――に頼らずとも周囲を把握する事が出来る。悪目立ちする事も無く周囲の、主に貴族たちの一挙手一投足にまで注意を払える。
また、ざわめく声の内容を具さに理解しているのは、“音波感知”で拾った音を“超電脳”で処理しているからこそだろう。でなければ、ジーンやヘルムートと同様、一つや二つは聞き取れてもそれ以外は雑音にしか聞こえない筈であった。
――その時、不意に正面方向の気配が変わった。
リュージが反射的に意識を向けると、左手を振り払ったかの様に掲げる王の姿が在る。と、同時に不可視の波動が辺り一面に放たれた。
それは、微風が頬を撫でる程度。人によっては感じ取れない様な些細な物だが、“浄天眼”発動中のリュージは一部始終を視た。
これまでにも、殺気や威圧感の様な物を感じた事は在る。相対した盗賊の類いは言うに及ばず、からかって怒らせた時のヘルムートなどが良い例である。しかし、それらは気配という枠組み内の話であって、物理的な圧力が伴ったのは初めてであった――。
「面白くないな……」
玉座から睥睨する王は、ただ一言そう呟いた。それは、とても小さな独白で、つい本音が漏れたという感じだが、リュージにばっちり聞かれていたとは思いも寄らないのだろう。
王がした事を説明するのならば、場を鎮める目的で振るったであろう左手。その時、自らの魔力で空気中の魔素に干渉し、波を起こしたという事になるのだろう。それは、言葉にすると簡単そうなのだが、問題は意図した魔法行使では無いという事だろうか。
魔力の流れを感じ取った以上、魔法である事を疑う理由は無い。ただし、どうにも“天然”というか“天才”というのか、使おうと意識しての発動ではなく、無意識下で発揮された効果ではないかとリュージは感じていた。
「それが事実であるならば、苦境に立たされた民を救わねばなるまい。……然れど、それを我に言うのはお門違いだな」
この言葉に真っ先に反応したのはヘルムートであったが、「何故だ」という言葉はぐっと飲み込んだ。
「――ッ!?」
王国に生まれ、育まれた価値観が王に対する不敬を許さなかったのか、最悪の事態は免れた。だが、純然たる日本人のリュージはその限りではなかった。
「それはっ! ……それは、どういう意味でしょうか? 無学な私めにも解るようにご説明頂きたい」
完全な……。いや、完璧だと思っていた演技が崩れていた。化けの皮が剥がれたとも言えるのだろう。感情的に成り過ぎていると感じて言い直すも、知らず知らずの内に皮肉っぽい言い回しを選んでいる。
それに対する周囲の反応は、明快な敵意として返って来た。貴族たちは、「無礼なっ!」だとか、「田舎者がっ!」という非難や侮蔑の言葉。中には、「討ち取れっ!」などという過激な者も居る様だ。そして、近衛の騎士たちはリュージの周りに殺到し、手に持つ槍を向ける。
「……無礼は承知。しかしながら、問われたからこそ答えた望みで御座います。それをお門違いとは、とてもでは御座いませんが承服しかねます」
リュージが言い終わると同時に槍が近付く。しかし、それを止めたのは王であった。
「承服しかねるとな? ではどうする、偽善なる者よ」
不愉快そうに睥睨する王は、リュージを偽善者呼ばわりして手を払う。これによって騎士たちが下がり、対話を続ける空気が辺りに漂う。
「ふん、解らぬという顔だな。確かに、救わねばならぬ民は居るのだろう。しかし、ラストックはシュッツ地方の街であり、彼の地は王家の直轄地ではない。であるならば、先ずは領主に報告するのが筋ではないか?」
明らかな上から目線で諭されるリュージ。相手が王である事は理解しているが、確りしているとはいえ十二、三の若造である。にも拘らず、出来の悪い子供に道理を説く様な態度に、段々と腹が立って来ていた。
「だから、お門違いだと仰せですか。筋を通せと? お言葉を返す様ですが、使者なら散々送ったそうですよ。そして、誰一人として帰って来た者は居ないと聞いて、私はここに居るのです」
殊更に丁寧な言葉遣いを選んでいるが、尊敬語や謙譲語に慣れていない現代日本人の例に漏れないリュージは、ヒートアップするにつれてどうしても嫌味ったらしくなる様だ。黙っては居るが、貴族や騎士たちの中にはリュージの一言一句に反応して、ピクピクしている者が居たりする。
「では、領主も共犯者だというのだな?」
「そうではありません。ですが、潔白であるという証拠も無く、それらを調べる時間も惜しい。だから、ダンジョン攻略という功績を利用し、王都にまで来たのです」
王は、リュージの話を聞いて訝る。攻略については魔核の品質上、疑い様がない。縦しんば別のダンジョンの魔核だったとしても、功績に大きな変化はない。ならば、何だというのか。両者の認識には、小さくない齟齬が生じていたが、この会話で埋まろうとしていた。
「ダンジョンの攻略と比べ、領主の評判を調べるくらい惜しむ程の時間ではあるまい」
――と、王が言ったその時、それまで黙っていたヘルムートが口を開いた。リュージが無茶をすれば、自分も只では済まないだろう。だったら言いたい事を言ってやろうと、漸く覚悟が決まったらしい。
「りょ、領主様を調べるのなら、お膝元である領都まで出向く必要がありましょう。しかし、そこには敵が待ち構えているのです。帰らぬ使者がそれを示唆しており、どんな罠が仕掛けられているとも知れず、これ以上の犠牲を仲間に強いる事は出来ませんでした……」
急に喋りだしたヘルムートに視線を向けた王は、ラストック支部のギルドマスターである事を思い出し、当事者の話も必要だと暫し耳を傾ける。
「――そんな時です。登録して一週間にも満たない新人が、ダンジョンを攻略したという報告を聞いのは……。渡りに船だと思いました。居ても立ってもいられずに見に行った挙げ句、その場で王都行きを依頼していました。そして、準備に二日を挟んで到着したのが今朝、二時間ほど前です。出発してから王都まで僅か五日という無茶な旅程も、スピードを重視した彼の意見に妨害者を出し抜くという思惑が重なった結果です。お陰で妨害と呼べる様な攻撃もありませんでした。犠牲を払って調査を断行しても、これ程の短期間に結果は出せないでしょう。私は、これが最善だったと信じています」
長々と語られたヘルムートの言葉に、王だけでなく貴族や騎士たちも目を剥く。それは、理解の範疇を超える非常識であった。抑もダンジョンの攻略が、一週間にも満たないというのがおかしいのだ。実際には三日で攻略しているのだが、知った所で何の慰めにもならないだろう。
喧騒が再び巻き起こる中、鎮めるのも忘れて王はリュージに問い掛けた。
「そうか……。しかし、そうであったとしてもだ。今後、その領主はどうすると思う?」
「……後始末、でしょうか」
それを聞いた王は、当たり障りのない答えでお茶を濁したリュージを鼻で笑う。
「ふん、後始末か……そうだな。話を聞いた以上、我はその領主を裁かねばならん」
「……」
「自業自得だと思うか? 調査の結果、其奴も共犯であればそうだろう。そうでなくとも、領主として責任は免れん。だが、報告先が領主であったならどうだ? 少なくとも挽回する機会を得られたのではないのか?」
何とも答え辛い問い掛けに沈黙するリュージを見て、王は駄目押しを続ける。
「どうだ、偽善と言った意味を理解したか?」
得意気な顔をする王を余所に、リュージは考え事をしていた。勿論、王の言い分についての事なので全く無視している訳ではない。いい加減イラッとしただけで、他意はない筈である。
要は、“貴族の面子を潰すな”という事だろうと結論づけたリュージ。結局、人の事を偽善者呼ばわりする時点で、高尚な輩ではないと判断したらしい。リュージも初めは、“優しさ”の定義についてなのかと素直に聞いていたが、あんまりしつこく言うので好意的に受け止められなくなっていた。
――だが、話を変えたのも王からであった。
「それはさておき、ラストックについては早急に調査した上で対処させる。シュッツ辺境伯、前に出よ」
「はっ、只今罷り越しまして御座います」
呼ばれて現れたのは初老の男性。机に齧り付いて書類仕事をこなすよりも、肉体を鍛える事に悦びを感じていそうな大きな体躯の持ち主である。彼はヘルムートの右隣に立つと、王に対して即座に臣下の礼を取った。
「クラウス・フォン・ウント・ツー・シュッツ辺境伯、汚名を濯ぐ機会を与える。領主としての責任を果たして参れ」
「有り難き幸せ、必ずやご期待に応えてみせましょう」
恭しく頭を下げて退室してゆくシュッツ辺境伯。それを見送った王は、これが正しい対応だとでも言うかの様にリュージを見る。そのどや顔には腹が立つが、リュージは静かに言葉を待っていたのだが……。
「さぁ、謁見は終わりで良かろう。この後の予定だが、昼餐の準備をさせる。ダンジョンの話を詳しく聞こうか」
一転してにこやかな王に、警戒心を一気に引き上げるリュージ。嫌な予感は当たる物で、退路すら見当たらない。最初のテンションであれば気にならなかったかも知れないが、今はそんな気分ではなかった。
言ってみれば、嫌いな上司に飲みに誘われたが断る事も出来ない時の心境だろう。リュージにしてみれば、部下でも何でもないのに一足飛びに報告するなだとか、それこそお門違いである。付き合ってられないと思っているリュージのテンションは、急転直下であった――。
天を仰げば、疎らに浮かぶ小さな雲がゆっくりと流れ、皓々(こうこう)たる日輪は遠望する全景をその陽光で満たす。
地に這える芝の絨毯は青々と輝き、周囲を彩る色取り取りの花々は、馨しい芳香を放ち初夏の息吹を謳歌している。
王国内に流通する有りとあらゆる果樹草花が植えられ、左右対称に整備された華やかなる空間。城内に在りながら自然豊かなこの場所は、城の屋上階に造成された空中庭園。
――現在、リュージたちはそこを会場として行われる昼餐に出席する為、案内されている所である。
一般的に城といえば、防衛の拠点だろう。或いは、政を執り行う場所でもある。王城というからには、王の居住空間が存在する事も想像に難くない。しかし、城の屋上階に庭園が在り、そこで食事をする事になろうとは夢にも思わなかったリュージたち三人。その足取りは重かった。
「お、おいっ、どうすんだよ。こんな場所でのマナーなんて知らねーぞ!」
あからさまに戸惑っているのはヘルムート。リュージに向かって吠えるが、声のボリュームは内緒話でもするかの様に、随分と抑え目である。対して、経験値の違いかジーンには今少し余裕が有りそうだ。
「まだ言ってるのかい? ヘル坊、いい歳した大人がいつまでも狼狽えなさんな。ギルドマスターの名が泣くよ」
「そう仰いますが、こういうのは経験が物を言う訳で……、ラストックの様な田舎では縁が無い話なんですよ」
みっともない姿を晒すなと、やんわり釘を刺すジーン。だが、そこまで言われては立つ瀬がないと、弁解を図るヘルムート。目上のジーンが相手とあって口調は丁寧な物に切り替わっているが、発言の内容は実に情けない。その後も、「なら、ここで経験すれば良いじゃないか」とジーンに励まされている様であった。
その一方でリュージはというと、「四十二歳ともなれば、否応なしに機会は巡って来る物だ」と、友人知人の結婚式や仕事関係のパーティーなど、過去の出来事を夢想した。そんな誰もが一度は経験する様な在り来たりな出来事を根拠にして、「それなりの場数は踏んで来たのだ」などと開き直っている。
自己暗示染みた防衛手段ではあるが、その記憶の中には悲惨な思い出も含まれており、「あの時と比べれば……」などと、過去の出来事を糧にする事でモチベーションを維持していた。
案内されるがままに歩き続けて十数分、遠回りしたのは警備上の都合だろう。テラスの端に在る扉を潜ると、庭園へと抜ける。
緑に囲まれた小路を薫風が吹き抜け、清々とした空気に重苦しい気分が洗い流される様であった。恐らくは庭園の中央付近だろうか、忙しなく動き回る人々と、セッティングされたテーブル群を見付けた。
――いよいよ、昼餐である。
四阿の周囲は人工池になっており、吹き上がる噴水が涼を運ぶ。優に十数名が座れる円卓が配されているが、今日に限っては数名が座れれば事足りそうである。
円卓を飾るテーブルクロスには、艶のある青い生地が使用されている。金糸や銀糸がふんだんに使用され、花々の刺繍で縁取られたそれは、重厚な高級感を醸し出している。
一際目を引くのは、今まさに調理中である巨大な鳥の丸焼きだろうか。駝鳥程に大きな鳥が、目の前でくるくるくるくると焼かれながら回転しているのだ。
ゆらゆらと舞い踊る炎に炙られたそれは、自らの脂で薄化粧を施し、その照り具合が見る者の目を楽しませる。滲み出す肉汁が炎の中へと滴り落ちる度に、煙と共に立ち上る薫りが食欲を誘う。
あの王と会話するのはうんざりだが、美味そうな食事に少し気分が浮上するリュージであった。
「よくぞ来たな。さぁ、堅苦しい謁見は終わったのだ。気分を楽にして、楽しんでくれ」
そんな言葉で始まった昼餐は、当初リュージが思っていたよりも和やかに進行した。
「謁見では嫌な思いをさせたな。王と言っても、若くして即位したのでな……精々が調整役といった所だ。いつ裏切られるかも分からんから、公式の場では特に気を遣わねばならんそうだ」
権力闘争などに興味はないし、急にそんな事をぶっちゃけられても困るだけだと思うリュージだったが、偽善者呼ばわりしたのは忘れてやる事にした。
大して話す事も無いが、リュージはダンジョンの話を聞かせる。質問に答えるといった方が正確だが、一方的に話すよりも満足度を得やすいだろうと考えたからである。
どうやら即位する前は、かなり探検者に憧れていた様だ。グランドマスターであるジーンとも知り合いだったそうで、謁見でジーンが話さなかったのも、尊敬するジーンが相手だと威厳が保てなくなるらしい。貴族連中の前でそれは不味いだろうと、気遣った結果が沈黙だったとの事である。
次から次へと出される料理をじっくり味わい。要らぬ話も聞いたが、目的であるダンジョンの話も聞かせた。宴も酣となり、そろそろ終盤という頃。王は、こう言って切り出した。
「褒美は、本当にあれで良かったのか?」
「はい、確り対応して貰えるなら良いですよ」
貰える物は貰っておくべきかも知れない。だが、前言を撤回するのは男らしくないとも思う。金を稼ぐ手段に心当たりが有り、現時点で困っていないリュージは即答してみせる。
――こうして、リュージにとって慌ただしくも濃い一日は終わりを告げ、王都の初日は非常に疲れたという記憶が残るのである。
何とか年内に更新出来ました。(>_<)
読んで下さった皆様、本年中はありがとうございました♪m(__)m




