第六十五話 謁見!
王都に出入りする経路は四つ。東、南南東、西、北北西の四方向に門があり、それぞれに白、青、赤、黒の名を冠する。
ローマン一世が統治する以前からの名残であり、名の由来ははっきりしない。最も有力な説では、太陽と空の色だとされている。東から昇る太陽は白く、西に沈む太陽は赤い。南南東は青空を表し、北北西が夜空の色だと言うのだ。
無計画な拡張と急激な発展の弊害で、元々は北と南に在った門は都市の拡大と共にずれていったのだという。如何に魔法に優れた偉人でも、都市計画は門外漢であったという事だろうか。緩やかに曲がる街道に合わせて門の位置をずらしたが、街道その物を整備する発想は無かったのか。予算の都合で出来なかったのか。真実を語る詳しい伝承は闇の中……。ローマン一世を神聖視する勢力によって、評価を下げる様な事実は隠されたのかもしれない。
全ての門が右側通行に統一されていて、衛兵の誘導に従って列を作るが、積み荷の確認に時間を取られる馬車が長蛇の列を為している。徒歩で門を潜る者も少なからず居るが、歩行者用の列は順調に捌けて行くので、混雑している印象は無い。現在、リュージたちが居るのは黒の門である。
そんな中、ヘルムートはズカズカと慣れた足取りで衛兵の許へと向かう。初めてのリュージは何処に何があるかなど知る由もないので、必然的に後ろを付いて歩く事になる。
「王都の道はだいたい分かる。ここからは俺に任せろ!」
「はいはい……」
尻に負った怪我も問題は無いらしく、昨日までの醜態が嘘みたいに溌剌と歩くヘルムートの後ろを歩きながら、適当な返事をするリュージ。「道案内くらいで得意気な顔をするなよ」と思っているだろう事は、その態度にありありと表れていたが、前を行くヘルムートは気付かない。
――ところが、やっと見せ場が出来たと張り切るヘルムートを、無暗に野放しにした結果がこれなのだろうか……リュージは今、訳も分からず王城に居た。
元々、その為に王都に来たので予定外という程では無いが、予想外ではあった。まさか、王都に着いて直ぐに訪れる事になるとは思っていなかったのだ。やや呆然とした様子で、鏡の様に磨かれた大理石の廊下を歩くリュージは、この状況に戸惑いを隠せない。
「どうして、こうなった――」
呟く様な独白は、リュージの心境をこれでもかと表していたが、反響する足音に紛れて誰にも気付かれる事は無かった……。
時は、黒の門を通過する直前まで遡る――。
門を潜る際にヘルムートは、身元を証明する手段としてパール地に金の縁取りという無駄に豪華なギルドカード――各ギルドのマスター専用――を呈示していた。その時に何事かを衛兵に囁いた様なのだが、リュージも同様に身分証の呈示を求められたりしていたので、内容を聞き取る事は出来なかったのだろう。
その後、駅馬車を利用して探検者ギルドの本部に足を運んだのだが……これは現代で言えばバスに該当する交通機関である。本来なら、「案内を任せろとか豪語しておいて、駅馬車かよ!」とか言っただろうが、自分だけなら駅馬車の存在すら知らずに歩いていたので、リュージは喉まで出掛かった文句を呑み込んで後に続く。
数人を乗せた駅馬車は、石畳の上をゆっくり走る。街を見渡しながら気を紛らわせていたが、馬車の乗り心地の悪さはどうにもならない。
リュージが馬車を利用したのは、ラストックまでの旅路が初めてであったが、土を締め固めただけの街道では大きな揺れと振動に閉口し、その殆どを走破した。しかし、石畳は石畳で車輪から聞こえる騒音と、伝わって来る細かい振動が兎に角不快であった。
「どーぅ、どーぅ、お客さん、着きましたぜ」
「……ご苦労」
「どーも」
ヘルムートが先に立ち、御者に声を掛けるとそのまま降りてゆく。料金は先払いなので、何も問題は無い。リュージも慌てる事なく追い掛けるが、黙って降りるのも失礼かなと軽く声を掛ける。この辺の心理は、バスやタクシーから降りる時の癖かもしれない。
到着したギルド本部は、王都に相応しく荘厳な佇まいを醸す石造建築物だが、規模としてはラストック支部とそうは変わらないだろう。この建物を基準にしているのであれば、全ての探検者ギルドが同じ様な造りをしている可能性もある。装飾の違いは、造られた年代による流行だと考えられる。
内部に足を踏み入れ、その思いはますます強くなる。ぱっと見ではあるが、部屋の配置も変わらないからだ。ただし、本部というだけあって資金力は段違いらしく、高級感に溢れている。もしくは、単純にギルドマスターのセンスの問題なのかもしれない。
「造りは同じでも、ラストックとは大違いだな」
「ちっとも落ち着かねーだろ?」
「いや、必要以上に華美な装飾なら要らないかもしれないが、これくらいの高級感はあっても良いと思う」
「かぁ~、分かってねーなぁ。辺境にあるラストックはあれで良いんだよ!」
リュージは素直な感想を述べただけであったが、センスの違いを感じ取ったヘルムートは臍を曲げる。尤も、ヘルムートが機嫌を損ねたところでリュージは痛痒を覚えないので、一人相撲にしかならない。
「――で、ここには何しに来たんだ?」
さらっと話を流したリュージは、目的を問う。
「到着の報告だな。事前に魔道具で相談してあるから大丈夫だと思うが……」
何が……とは聞かなかった。一瞬だけ引っ掛かったが、先を行くヘルムートの前に本部の職員が立ちはだかったのが見えたからである。
「ラストック支部のヘルムート様ですね? グランドマスターがお待ちです」
「そうか……案内してくれ」
「はい、こちらです」
一応の確認はあったが、ギルドマスターともなれば顔パスらしい。職員に案内されて奥に通されるが、内部構造が同じなのだからヘルムートが分からない筈は無い。案内を頼むのがマナーなのだろうかと、ぼんやり考えながら後を追うリュージであった。
「失礼致します。ヘルムート様とお連れ様をご案内致しました」
一番奥に在る扉の前で立ち止まり、コンコンと二回のノックで用件を伝える職員。やがて中から、「通しておくれ」という声が聞こえた。
「ヘル坊、よく来たね。そっちの子が勇者殿かい?」
一目で高いと分かる調度品で設えた室内は、広さにして十二帖くらいだろう。中央の壁際、窓を背にする様に置かれた漆黒の机は黒檀製だろうか。そこには、小柄で品の良さそうな女性が微笑みながら座っていた。
「グランドマスター、ご無沙汰しておりました。それより……いい加減、ヘル坊は止めて頂けませんか?」
「ヘル坊はヘル坊だろう? 小便垂れの頃からの付き合いじゃないか。呼び方くらい我慢おしよ」
上司だからというより、親戚の子供に接する様な態度が苦手なのか、グランドマスターに強く出れないヘルムート。呼び方の訂正を求めるが、素気無く断られてしまう。
「むぅ……おい、ニヤニヤするんじゃねー!」
敗北を覚ったヘルムートは、照れ隠しなのか矛先をリュージに向ける。ただの八つ当たりである。
「小便垂れ」
「垂れてねーよ!」
「ぷふぅー、いい歳して小便垂れ……」
「よし、ぶん殴る。そこを動くなよ!」
リュージからしてみれば微笑ましい光景だなと思っていただけなのだが、矛先が向いたのでスイッチが入ってしまう。喧嘩を売られたから買うという訳では無いが、その口撃には一切の躊躇いを見せない。
二人の場合、実力に隔絶した差があるので、例え本気で殴り掛かってもリュージの脅威には成り得ない。それだけにヘルムートからは遠慮が無くなり、リュージが調子に乗ってからかうという構図――この五日間の旅で、当たり前に成ったじゃれ合いの様なもの――である。
――だが、横から制止の声が掛かる。
「ヘル坊、静かにおし! 私に挨拶をさせない気かい? 勇者殿も、挑発はおよしなさいな」
お互いに本気の喧嘩では無いので、直ぐにグランドマスターに向き直るが、ヘルムートは些か不満気である。熱し易く冷め難い、難儀な男である。
「どれ、先に挨拶を済ませようか。私が探検者ギルドのトップ……グランドマスターのジーン・ドルファンさね。今後とも、宜しく頼むよ勇者殿」
そう言って右手を差し出し、握手を求める女性。探検者ギルドの最高権力者であるが、知らなければ可愛いおばあちゃんにしか見えない。家名があるという事は、貴族かそれに準ずる地位なのだろう。だが、それに頓着している様子は見られない。
「リュージ・スズキです。勇者だなんて大層な者ではありませんし、リュージで良いですよ。その方が呼び易いでしょう?」
――だからだろうか、リュージは普通にスルーしてしまう。貴族なのかどうか――独立した組織のトップが貴族で良いのか――という事を……。何故か、などと難しく考える事では無い。姓があるのが当たり前の世界で、長く生きて来たからというだけの話だ。格式張った相手であれば、或いは選民意識の様な物が感じ取れれば気付いただろう。しかし、良くも悪くもリュージにとって自然だった事もあり、握手をしながら笑顔で挨拶を返すリュージ。
「そうかい? ……そうだね。何故か、リュー坊って感じでも無いねぇ……分かったよ。私の事は好きに呼んでくれて構わないよ」
「……じゃあ、グランマで良いですか?」
性格が良さそうな老婆が相手なので、肩肘を張らずに済んでいるのだろう。だからこそ変に緊張もせず、受けた印象そのままを口にしたのだが――。
「おい、失礼だろっ!」
「それで構わんよ。好きに呼べと許可したのは、他でもない私だしね」
流石に不味いと思ったのか、ヘルムートが怒声を上げる。他人が先に激しい怒りを露にすると、強く怒り辛くなったりする。恐らくは、彼なりに気遣った結果なのだろう。しかし、今回について言えば空回りだった様で、それが功を奏したという訳では無さそうである。ジーンは微笑んだまま、特に嫌がる素振りは無かったのだから。
「ありがとうございます。グランドマザーの略だけど、丁度良くグランドマスターの略っぽい響きもあるから、親しみを込めて呼ばせて頂きます」
念の為、理由を説明しつつリュージはおべっかを使う。
「ひゃっひゃっひゃっ……上手い事を言うね。親しみを込めて、かい?」
「ええ、その通りです。グランマ」
「うむ、悪くないねぇ……悪くない! 気に入ったよ」
おべっかの駄目押しが効果的に働いたかは不明だが、甚く気に入ったらしい。この上機嫌なジーンの姿を見て、案内をした職員が逸早く真似る様になり、ギルド中に拡散してゆく。引退後もその呼び名で慕われるのはまだまだ先の話――。
王城からの使者が迎えに来たのは、挨拶を済ませて雑談に興じていた時である。本部から出向しているパメラの話などで盛り上がっていたのだ。二人を案内してくれた本部職員は、業務が残っているからと早々に仕事に戻っていたのだが、ノック音と共に再び現れると使者の到着を告げたのであった。
「グランマ、王城から使者の方が到着なさいました」
――と、とても素敵な笑顔であった。だからだろうか……その際、早速呼び方が変わっていたりしたがツッコミを入れる者は居なかった。
使者として現れたのは、騎士ではなく執事風の男。リュージは、まさか自分に関係する客だとは思わなかった様で、失礼な話だが名前も満足に覚えていなかったりする。そんなこんなで、あれよあれよという間に流されるまま馬車に押し込められ、王城へと向かう事になっていた。
――そして現在。
ジーンとヘルムートに付き添われ、流されるままに身を任せた結果、今居る場所は優に二十帖は在りそうな待ち合いの間である。広く長い廊下を抜けた先には謁見の間があり、その手前に幾つか在る待機場所の一つらしい。ダンジョンの魔核も証拠の品として回収されたので、逃げるという選択も無い。……ダミーではあるが、それは問題無さそうである。
リュージは、ティーカップに注がれたミルクティーを飲みながら、これから行われる謁見の事を考えていた。因みに茶葉の種類までは分からないが、ミルクで煮出した物であった。日本で言うところの、ロイヤルミルクティーという奴――和製英語なので、海外でも通用する名称であればシチュードティー――である。
「謁見って、こんな格好で大丈夫なんですか? これ、私服なんですけど……」
「別に構わないさね。王も探検者相手に派手な礼服なんぞ求めやしないよ」
「見た感じ解れや汚れも無いし、色合いも無難だから大丈夫じゃねーか?」
人生初の謁見を前に服装が気になるリュージ。礼服が無いのなら諦められるのだが、在るのにサイズが合わないから着られないのだ。服が小さくなって着られないのなら、売るなり捨てるなりするだろう。しかし、身体が小さくなったのだから始末に負えない。
「そうか? それなら……まぁ、良いかな」
「別に仕官したい訳じゃねーんだろ?」
「……まぁな」
問題無さそうだと、無理矢理に自分を納得させたところで、ヘルムートから予想外の質問が飛んで来る。若干の間は迷ったからでは無く、異世界に来てまで他人の下に就く事を、自分なりに考えたからだろう。
今のリュージには、強力なスキルに裏打ちされた身体能力がある。仮に無かったとしても、商売で身を立てるくらいなら出来そうだと感じている。――ならば、息苦しそうな貴族社会に身を投じるメリットは無いだろう。何より、帰りを待つ仲間が居るのだから。
「そんなに心配する事無いさね。今代の王は成人したばかりだからの、案外気が合うかもしれんよ?」
「ぷっ……グランドマスター、それは違うらしいですよ?」
「違うってのは、どういう事だい?」
まだ服装を気にしているのだと、ジーンが気休めとばかりに話題を振る。しかし、リュージの年齢を知らないが故にずれてもいた。ヘルムートは恐らく、成人したばかりの王と子供中年のリュージが、意気投合する様を想像して失笑したのだろう。しかし、ジーンには意味が分からない。説明無しに分かる訳が無い。そこで、リュージは打ち明ける。
「グランマ……私の年齢ですが、実はこれでも四十二になるんですよ」
「それは、生まれつきって事かい? 魔力の多い者は老化が遅いとはよく言われるが、逆に成長が早い筈だけどねぇ……」
そう、それは隠れ里でも聞いた話である。だが、これ以上の秘密は教える訳にはいかなかった。今までに教えたのは隠れ里の人間だけであり、それは国との関わりを避ける事が確定しているからである。
「さぁ、自分でも分からないので……」
リュージは、そう言うしか無かった。嘘が下手な者は、少しでも説得力を増そうと饒舌になり、えてして墓穴を掘るものである。必要な事を話した後は、黙するのみで良いのだ。分からない事や知らない事を話せる訳が無いのだから……。リュージに出来たのは、意識して言葉を減らす事だけであった。
「そうかい……まぁ、そうだろうね。ふむ、それは兎も角として、だ。色々と面倒事が嫌なら、年下の振りをする手もあるさね」
「まぁ、それで済むなら楽で良いんですけどね」
「ぶはっ、ガキらしくしてろってよ。はひぃーひっひっ、はぁーはっは……」
「…………ちっ!」
意趣返しのつもりなのだろう。ジーンと話している横で、実に愉しそうにしているヘルムート。先程からイラッとはしていたが、ここまで思い切り笑われると我慢の限界らしい。リュージは、舌打ちと共に魔法を放つ。
「――っかは! ごほっ、ぐほっ、ぐぅううぅう……馬鹿野郎、洒落にならねーぞ!」
リュージは、掌に収まる大きさの水球を作り出すと、爆笑しているヘルムートの脇腹に打ち込んだ。
手加減された物とはいえ、リュージの力で投げつけられた水球の威力は、プロボクサーのパンチに勝るとも劣らない。油断していたヘルムートに躱す事など出来る訳も無く、その効果はお仕置きとしては十分過ぎる物であった。
――丁度その時、
「お待たせ致しました。準備が整いまして御座います……どうかなさいましたか?」
一礼して入室して来たのは、メイドを引き連れた例の男。リュージの記憶に名を刻めなかった執事風の男である。メイドが居るのは賑やかしか、それとも退室後に片付ける為だろうか。それは兎も角、彼は苦しむヘルムートを見て困惑顔である。
「いえ、大丈夫です。案内をお願い出来ますか?」
「はい、畏まりました」
平気な顔で案内を頼むリュージに安心したのか、彼は問題無いと判断したらしい。もしかしたら、見なかった事にしただけかもしれない。
――しかし、このまま直ぐに行くのも不味い。見るからに濡れたヘルムートの服は、夏とはいえ室内である以上、自然乾燥に任せるには時間が掛かる。
「いつまでも噎せてんじゃねーよ」
「くっ、てめ――」
「はいはい、乾かしてやるから感謝しろよ?」
「……あぁーっ、くそぉっ!」
「やれやれ、仲が良いのか悪いのか……それにしてもヘル坊、お前さんもまだまだみたいだねぇ」
ヘルムートに発破を掛け、発憤したと見るや文句を途中で打った切り、自分が濡らした服を勝手に乾かして恩を売るリュージ。ヘルムートは、有無を言わさぬ早業と、ポンっと肩に置かれた手の圧力に僅かな逡巡の末に屈した。その様子を見てジーンは呆れているらしい。間違っても仲良くは見えない筈なのだが……かなり目が悪いのかもしれない。
「待たせて悪かったね。さぁ、案内しておくれ」
「……宜しいですか? それでは、ご案内致します。こちらへどうぞ」
謝罪が必要な程の時間は浪費していないのだが、精神的な疲労が体感時間を狂わせたのだろうか。空気の様になって佇んでいる男に、ジーンが謝罪がてら案内を促し、漸く移動が開始される。
――と、いっても謁見の間は隣のフロアーなのだから、それほど距離がある訳では無い。では、何の為に案内するのかといえば簡単な事である。要はタイミングの調整と、段取りの説明の為なのだ。
「……謁見の間に入りましたら、赤い絨毯の上をゆっくりと歩いて頂きます。部屋の三分の二程の距離、目安と致しましては三本目の柱が横目に見える辺りでしょう。そちらで立ち止まり、礼を以て国王陛下をお迎え下さいませ」
「質問。初めての事で分からない事だらけなんですが、王様の登場は後からなんですか?」
自分でも言っている通り、説明を受けているリュージは国王との謁見など初めての事であり、疑問があると直ぐに質問をしていた。
「他国の重要人物など、外交的に必要と判断された場合を除けば、臣下や臣民が国王陛下をお迎えするのが当然かと思われます」
「礼を以てと仰いましたが、正しい作法が分からず不安なので、教えていただいても?」
「畏まりました。本来、他国の方でしたら臣下の礼をとる必要は御座いませんが……お二方に合わせた方が宜しいかと存じます。ですから……」
――などという遣り取りをした後、既に待機中の貴族や文官、武官のタイミングを計って、いよいよ出番である。
「探検者ギルド・グランドマスター、ジーン・ドルファン殿。続きまして、ラストック支部ギルドマスター、ヘルムート殿。同じくラストック支部ギルド会員、ダンジョン攻略者リュージ殿。ご入ぅぅー場ぉぉぉーーっ」
人の背丈の倍――リュージの身長なら三倍――はありそうな、重く大きな扉が開かれる。両開きの扉は、左右に立つ近衛がタイミングを合わせながら、ゆっくりと手前に引く事で開かれるのだ。
中から見えない扉の陰から、声を張り上げて入場紹介するのは勿論、名も知らぬ執事風の男である。こうしてみると、それなりに偉い人物なのかもしれない。
三人は、教わった通りに定められた位置まで進むと、膝を折って臣下の礼を取る。右前方にジーン、その左隣りにヘルムート。リュージは二人の間をやや下がって随行する形である。名を呼ばれた順は、公的な地位に基づくのだろう。年齢――実年齢となると話は変わる――から言っても間違いではない。一歩下がってはいるが、リュージが中央なのも今回の主役だからだろう。
左右の陣営から、好奇の視線が突き刺さる。彼らは、ド派手な衣装に身を包み、ゴテゴテとした飾りまでもを身に着けている為、貴族である事は分かるが、体型だけでは文官武官の区別がつかない。リュージは、この国の常識には疎いが普通に考えるなら、上座に近い方が偉い人物になる筈だと、思考を巡らしながら国王を待っていた。
――そして、
「国王陛下、御出座ぁーっ!」
国王の御出座しを告げる声が上がり、一同が揃って頭を垂れる。リュージたちも、その気配を感じ取ると慌てて頭を下げた。
それを見計らうかの様に現れる影が一つ。左側からゆっくりと歩いて来るそれが、成人したばかりだという国王なのだろう。成人という事は十二、三歳の筈だがそれにしては大きい。つまり、魔力に優れた人物だという事だ。尤も、日本人の感覚だと魔力の多寡に関係なく、欧米人の発育は良く見えるかもしれないが……。
臣下は勿論、この国の民である二人ならば、見なくても顔くらいは浮かぶのだろう。この場で国王の容姿を全く知らないのは、リュージのみという事になる。
やがて、衣擦れの音だけが左奥から移動して来るのが聞こえ、中央付近でピタリと止まる。毛足の長い絨毯に吸収されたのか、衣擦れの音に掻き消されたのか、足音はしなかったが玉座に座る気配が伝わり、息を詰める。
「皆の者、大儀である」
高い位置から声が降って来た。玉座が据えられた場所は、周りと比べて一メートルは高いからだろう。五段からなる段差が造られ、例えるなら階段の踊り場だろうか。将又、舞台の様でもある。
若き国王が臣下に労いの声を掛けてから、三拍ほどだろうか。面を上げる臣下一同。しかし、リュージたちはまだ許されてはいない。一瞬、頭を上げそうになるが思い止まる。ジーンとヘルムートに動く気配が感じられず、段取りを思い出したからである。
「ダンジョンを攻略したという者の面構えが見たい。其の方ら、面を上げよ」
許しを得て漸く玉座に着く国王を仰ぎ見るが、やはり三拍ほどの時間を掛ける。宮中儀礼など知らないので俄仕込みだが、先程聞いたばかりにしてはまずまずであろう。卒業式や運動会の練習もそうだが、社会に出てからの研修がやはり大きい。馬鹿みたいに厳しい研修を乗り越えた経験は、無駄では無かったらしい。
「ふむ、二名は付き添いだと聞いているが……其の方が攻略者か? 提出された魔核は、ダンジョンの核に相応しい純度と大きさであった。詳しい話は、後ほど時間を作るとして……先ずは褒美を与えよう。発言を許す、望みを言うが良い」
聞いていた話にそぐわない堂々とした佇まい。とても十二、三の小僧には見えず、宰相などの補佐する立場の人間も壇上には見えない。若くとも立派に国王をしているのだが、惜しむらくはファッションセンスが残念な事だろう。――いや、このファッションを流行させている貴族が悪いのであって、着せられているだけの国王に罪は無いのかもしれない。
絵画の世界から飛び出した様な国王を見た瞬間、話そっちのけでそんな事を考えていたリュージは、話を振られた事で思考の海から浮上する。相手となる国王が、自分の中ではコスプレに該当する格好をしているのが功を奏したのか、リラックス出来た。リュージは、語り出す――。
「国王陛下の言に甘えまして、私の望みを申し上げます。現在、ラストックの民は重税に次ぐ重税により、困窮しております。これも全て、代官であるゲルト・フォン・クルーン男爵や配下となる徴税官が私腹を肥やしているからに他なりません。どうか、どうか国王陛下のお慈悲を賜りまして、調査と是正をお願い申し上げます」
リュージは、言うべき事を一気に捲し立てるとその場に平伏した。その姿は、誰が見ても意を決して窮状を訴える民の姿である。だが、陰となって誰からも見えないのを確信すると、口元には満足気な笑みを浮かべる。次第に口角は吊り上がり、挑発的に歪んでゆくのだった――。
やっと直訴出来ました。若い王様が出て来ましたが、ここでは名乗りません。国民なら知っていて当たり前の事として進行させています。「神聖ローマン王国、国王……」みたいなのも考えましたが、自国では当たり前過ぎて言わないだろうと判断しました。




