第六十四話 王都オーブ!
ヘルムートの案内で向かった村長の家は、村の中央に在る白っぽい家であった。屋敷と呼ぶには慎ましいサイズだが、木造家屋ばかりの村にあって唯一の石造建築物であり、小さな村には十分過ぎる程の異彩を放っている。
ヘルムートは、村長に挨拶を済ませると裏手から芦毛の牝馬を引いて来た。この馬と、先程までバテていた名も知らぬ馬とを交替して旅路の先を急ぐのである。
「ここでゆっくり休むんだぞ……ほらっ、これをやろう。帰りはまた頼むな」
「ブヒィヒィヒィヒィーン……ブルルルゥ」
自分の馬でも無いのに、一時の別れを惜しむ様に接するリュージ。ご褒美とばかりに、砂糖を与えて話し掛ける。馬も親しみを覚えたのか、優しい眼差しでリュージを見ていた……。
リュージが馬の名を問わなかったのは、感情移入しない為であったが、あまり効果は無かったかもしれない。尤も、聞いたところでヘルムートにとってはギルドで管理する馬の一頭であり、名があるのかどうかすら知らないのであった。
そんなこんなで旅は順調に進む。馬を潰しかねないペースで走らせたにも拘わらず敗北を喫したヘルムートも、勝てない事を悟ったのか無茶はしていない。リュージがペースメーカーとなる事で、駈歩と速歩を適度に使い分けて走る馬は、快調そのものである。
出来る限り平坦なところを選んで延びる街道も、坂が無い訳ではない。神聖ローマン王国は平原地帯が多い国だが、丘陵地帯も在れば湿地帯も在る。南部には険しい山岳地帯も存在している。
王都までの旅路に山を越える様なルートは無いが、丘を迂回しながらの上り下りを無くす事は出来ない。最低限とはいえ、丘陵地帯を抜けるまでは蛇行する坂道も避けられないだろう。
平均すると一時間に十五キロメートルというペースで馬を走らせ、到着した町や村で次々と馬を替えてゆくが、ヘルムートの体力が保たないので休憩する時間も多かった。流石に、モンゴルの騎馬飛脚と同じ様にはいかず、一日で進めたのは百二十キロメートルくらい――モンゴルの騎馬飛脚の三分の一以下――で落ち着いてしまったが、頑張った方ではないだろうか。その距離を、余裕で走っているリュージと比較してはいけないのだろう。
休憩中は笛を吹き、移動中は逆立ちで走ったりと鍛練にも励んだリュージは、新たに【平衡感覚】というスキルを獲得し、【遊芸】も、順調にレベルアップしている。因みに雨天時は、クゥーやテンをモデルとした木彫りの作成に励んで【木工】を鍛えたりもした。
道中の町や村では、リュージのスキルレベルに合わせる様に、演奏を楽しんだ後で果物を差し入れてくれる人々が現れ始める。それが、王都に近付くに連れて景気も良くなるのか、五ピニとはいえ銀貨を投げ入れて来る人まで現れ始める。所謂、お捻りという奴だが……これは、望まぬトラブルも呼び込んだ。
ごろつき共が現れては、場所代――日本のヤクザな人たちのいうところの“ショバ代”である――を払えと迫って来る。強請や集りを生業とする盗賊予備軍を、演奏しながら適当に蹴散らしていると、それがまた受けるのでリュージが調子に乗るという始末――。
「いいぞ、兄ちゃん! もっと、やれ~」
「おい、見ろよ。日頃、偉そうにしてる癖に手も足も出ねーでやんの!」
「それにしても良く躱す……躱しながら、足を引っ掻けて転ばしてるし……余裕だな」
屋台の店主が、陽気に囃し立てる。野次馬の中には、単純に見世物として楽しむ者も居れば、訳知り顔で状況を分析する者も居る。女性たちは巻き添えを恐れてか、遠巻きにしているだけで寄っては来ない。
「お粗末様でした! あっ! こいつら、どうします?」
死屍累々といった感じの怪我人の山を見て、リュージは、野次馬に声を掛けて確認してみる。別に殺してはいない……怪我と言っても、転ばせた際の打撲傷が精々であり、立てなくなるまで転ばせただけである。
「あん? 放っとけばいいって。それより、つえーんだなぁ……どうしたら、笛吹きながら喧嘩出来んだ?」
「う~ん……慣れ……ですかね?」
痛む手足を引き摺る様に退散するごろつき共と、散ってゆく野次馬を横目に屋台の店主……おっちゃんが答えてくれる。
リュージもそれに応じて考えてみるが、明確な説明が出来ない。スキルの熟練度という意味で“慣れ”というのも間違いでは無いし……相手が弱過ぎただけなのだ。
「かはは……慣れってか! 兄ちゃん、どんだけ喧嘩してんだよ? もう、あれだな……武闘派って奴だな! くはは……」
なんて遣り取りが有ったせいで、称号が変化したりもする。リュージが気付いた時は変化後なので、“変な笛吹き”から“武闘派笛吹き師”になったと思っているが、間に“笛吹き師”を挟んでいたという事実は知らなかったりする。
「また、喧嘩して来たのか?」
宿に戻ったリュージに俯せのままで、そう声を掛けたのはヘルムートである。
「おぉ……ただいま」
それに、言葉少なく応じるリュージ。
「抵抗するなとは言わんが、絡まれるのが分かっていて同じ事を繰り返すのは感心しないぞ? だいたい弱い者をいたぶって愉しいか?」
正論である。ヘルムートの癖に……と思ったかどうかは分からないが、リュージの顔が一瞬だけ歪む。
「……人聞きが悪いな。練習してるとお捻りを貰えるってだけで商売してる訳じゃない。なのに、あいつらと来たら何かって言うと場所代、場所代って……お前らの土地じゃねーだろっつーの! まぁ、向かって来る奴を転ばしてるだけで、逃げた奴まで追おうとはしてないさ」
恐らく痛い所を突かれたからだろう、いつになく饒舌になるリュージ。しかし、それらしい事を言ってはいても言い訳である。
「誰一人として逃がしてない癖に良く言うな……程々にしておけよ?」
リュージの言い訳などお見通しとばかりのヘルムートだが、深く追及はしないらしい。
さて、ヘルムートが宿に居た理由としては、体力の回復と治療である。頑張れば今日にも王都に着ける距離だが、ヘルムートの痩せ我慢も限界に達したのである。
馬は町や村ごとに交替だが、ヘルムートはそうはいかない。ラストックから四日……雨で一日潰れてしまったが、昼間だけとはいえ、三日間を馬上で過ごしたヘルムートの尻の皮は、ずる剥けであった。
「そんな事より、尻は大丈夫なのか?」
首だけをこちらに向けて話すヘルムートに、経過を確認するリュージ。
「……薬を塗って薬草を貼った上で包帯をぐるぐる巻きにされただけだ。明日には動けるって話だったが、とても信じられん……火で炙られてんじゃねーかってくらいだ!」
下着は着けているが、ズボンは入らないらしい。包帯の厚みで膨らんだ臀部は、おむつを履いているかの様に膨らんでいる。
「薬草ってのはなんだ? 薬だけじゃ駄目なのか?」
「薬が乾かない様に貼ってるだけだ……そのままだと包帯が剥がれなくなるらしい」
特殊な薬草なのかと興味を示したリュージだったが、湿潤療法の処置だったらしい。
「あぁ、成る程ね……。くっくく、格好悪いなぁ。痩せ我慢なんかするからだぞ?」
疑問が解決したところで、漸くヘルムートの姿を弄るリュージ。ここまで、よく我慢した方ではないだろうか。かなりインパクトのある姿だが、それを晒しているのがヘルムートなのだ……笑わない方が無理だろう。
「くそっ、そうやって笑ってろっ! 久し振りに乗っただけでこれだ……俺も焼きが回ったぜ」
「そう、怒りなさんな……悪かったって」
「……寝る」
不貞腐れたヘルムートは、それ以降は押し黙ったままであった。暫くすると寝息が聞こえて来たので、本当に寝たらしい。疲労がまだ残っていたのだろう。
――翌日、信じられないと言っていたヘルムートが、歩けるまでに回復していた。いや、元から歩けない程の怪我ではないが……かなりの我慢を強いるのは、泣きを入れたヘルムートの様子を見れば分かっただろう。
「おおぅっ、動ける様になったのか? 昨日言ってた通りだけど……すげーな」
「……確かに動けるが、痛みが引いただけだな。馬に乗ったら、明日はより酷い事になりそうだ」
どんな薬かは知らないが、その効果に感嘆の声を上げるリュージ。だが、一日では痛みと炎症が引いただけらしい。
「まぁ、そりゃあそうだな。……と、馬車の揺れも駄目か? う~ん、なぁ……一緒に行かないと駄目な理由ってあるのか?」
「はぁっ?」
ヘルムートの症状に納得するものの、考えるのが面倒になったリュージは、一人で行った方が早いと暗に匂わせる。ヘルムートは、そんな事を言われるとは思わなかったのだろう。想定外の事態に間抜けな声を漏らす。
「いやな……王都にはギルドの本部が在るんだろ? 紹介状かなんかを書いてくれれば、俺だけ先に行ってもいんじゃね? って思ってな」
「おい、ここまで来てそれはねーだろっ!」
リュージの言い分も理解は出来るが、納得は出来なかった。ヘルムートにしてみれば、日程を短縮するのに骨を折っているし、ここに来るまでに怪我までしているのだ……大体、ヘルムート自身にも思惑はあるのだ。
「えーっ? でもなぁ……荷馬車を用意するのも……あっ! そうだ、それがいい!」
不満そうなヘルムートの顔を見て再び考え始めるが、荷馬車を探すのも手間である。しかし、そこでリュージに天恵が降りてくる。
「なんだ? 何がいいって?」
何かしら閃いたらしいリュージだが、一人満足そうな笑みを湛える様子にヘルムートは一抹の不安を覚える。
「いいから、待ってろよ……ちょっと、許可を貰うついでに買い物をして来るからさ」
そう言って、駆け出して行くリュージを見送る事しか出来ないヘルムート……。この時、彼の運命は決まったのだろう。
「ただいま……よしっ、取り敢えず寝てくれ!」
「……何故だ? 何を企んでる?」
「あぁ、そういうのいいから! 王都には行きたいんだろう? 悪い様にはしないからさ」
帰って来たリュージは、説明も無いままに指示を出す。やはり、いきなりなのでヘルムートも抵抗するのだが、必要であれば実力行使も辞さない構えのリュージには、無駄な事である。
「ね、寝るだけで良いのか?」
「はい、時間切れ~」
それでも踏ん切りが付かないヘルムートに、焦れたリュージは分かり易い宣告をする。ヘルムート自身、何が起きたのか理解出来なかったのではないだろうか。
部屋に備え付けられた毛布で包み込み、買って来たであろうロープでぐるぐる巻きにする。所謂、簀巻きの状態であるが、全てが完了するまでに十秒も掛かっていない。強い力で抵抗する間も無く転がされ、混乱も覚め遣らぬ内に終わっていたというところだろう。
「おいっ、何だこりゃあ? これで、どうするつもりだ!」
「ん? これで運ぶのさ! 感謝しろよ? 俺が担いでやるんだからな!」
つまり、そういう事である。がちがちに縛り上げて芋虫みたいになったヘルムートを、リュージが肩に担いで走るつもりなのだ。尻の皮が捲れ上がったヘルムートは、馬にも乗れず馬車にも座れない。荷馬車に寝かす事も考えたが準備が面倒なので、そのまま荷物扱いする事にしたのである。
「はぁ? 担ぐ? ……おい、ふざけんなっ! 解けぇ! ほぉーどぉーーけぇぇーーーぃっ!」
状況を理解したヘルムートは、ぶちギレたが恐くは無い。既に簀巻きにされているのだから、当たり前である。
「騒ぐなよ……近所迷惑だろ?」
「じゃあ、解け!」
「往生際が悪いな……それより、どっち向きがいい?」
リュージは、耳に指を突っ込んで嫌そうな顔をした……かなり五月蝿かったのだろう。だが、解く気は更々ないと話をすり替える。
「どっち向きだぁあ……何がだっ!」
「だから~、上向き、下向き、右向き、左向き……さぁ、どれっ?」
「……ちっ! そんなもん、知るか!」
「りょ~か~い! じゃあ、勝手に決めるから!」
苛立ちを隠そうともしないヘルムートは、激昂したまま……ろくすっぽ考えもせずに返答してしまう。それを見たリュージは、問答は無駄とばかりに勝手をする事にした。騒ぐヘルムートを、ひょいっと無造作に担ぎ上げるとそそくさと宿を出る。
「おいっ、馬はどうすんだよ!」
「ちゃんと世話を頼んだよ。迷惑料込みで二十マアク渡したら、歓んで引き受けてくれたし!」
馬に関しては、交渉ついでに探検者ギルドの迎えが来るまでの世話を頼んであるので心配は要らない。
一泊二名の相部屋で朝食付きが一マアク五十ピニ、厩に馬を入れるので五十ピニなので、締めて二マアクである。後は、ヘルムートを梱包するのに使った毛布の代金と、馬の引き取りまでに掛かる世話代を見込んだ迷惑料である。
「そりゃあ……宿代としちゃあ破格だからなぁ。つーか、払い過ぎだろ……」
諸々含めてだが、本来の十倍の金額を置いて来たと言い放つリュージに、呆れて怒りも吹っ飛んだヘルムート。王都からでも一日の距離なので、引き取りにも時間は掛からないだろう。支払ったとされる金額の四分のー以下だったとしても、十分に採算が取れる筈である。
「ん? お捻りが多かったから、持ち出しは無いさ! 今までもそうしたけど、貰った金は貰った町で使うべきだろ?」
「……そういうもんなのか? いや……しかし、今日だけで二十マアク? どんだけ人気なんだよ」
「はっはっはっ、尊敬したまえ!」
昨日、リュージが演奏して得たお捻りは、二十マアクにも上ったらしい。見知らぬ余所者が、僅かな時間で荒稼ぎしているのだ……ごろつき共に狙われるのも、ある意味で仕方無いといえる。事の善悪を別にして、目立ち過ぎたという事だろう。しかし、リュージの言動を見るに反省はしていないらしい。
馬の心配も無くなり、今日中に着く距離なので特別な準備も不要となれば、宿からそのまま出発しても問題はない。リュージは、自分の身長よりも大きな荷物――簀巻きにされたヘルムート――を担いで走る。
客観的に、人拐いにしか見えない絵面なので、町を出る際も説明などで時間を取られた。もし、ヘルムートの意識を奪っていたなら、より面倒になっていたのは間違いないだろう。本人に説明させたからこそ、事なきを得る。尤も、ヘルムート自身がこの運び方に納得していないので、別の問題が発生しそうになったが、押し切って逃げる様に爆走しているのが現状である。
「なぁぁあ゛ぁぁぁあぁぁぁぁーーーーっ!?」
今、ヘルムートは空を飛んでいた。いや、飛ばされている気分を味わっている……が、正しいのかもしれない。天地が逆様である事を除けば楽しそうだが、その絶叫を聞けば決して喜んではいないと分かる。
「……よく声が続くな! ってか、嗄れない方が不思議なのか? ……どっちにしろ、少しは静かにしようとか思わないか?」
「ぬぅぅぉぉぉお゛ぉぉぉぉーーーーっ!?」
身動きを封じられているだけでも大概だが、仰向けの状態で時速七十キロメートル以上の速度を出されれば、恐怖の一つも感じるだろう。
「のぉぉお゛ぉぉぉおぉぉぉぉーーーーっ!?」
「聞いてないし……自分の声で聞こえてないのか?」
だが、時間が経つに連れてその感想は疑問へと変わる。仰向けにして担いでいるので、リュージからは表情が見えない。まさか、ではあるが――
「ふぅぉぉおぉぉぉふぉぉぉぉーーーーっ!?」
「……楽しそうだな、おいっ!」
――そのまさか、であった。
担いでいたヘルムートを、持つ位置をずらす事で四分のー回転させてみるリュージ。恐る恐る覗いた顔には、満面の笑みが張り付いていた。恐怖による悲鳴ではなく、只の喚声であったらしい。……紛らわしい馬鹿声である。
街道を行き交う馬車や旅人の注目を集めながら、黙々と走るリュージ。叫び過ぎて血圧が上がったのか、ぐったりした様子を見せるヘルムート。
「おい、リュージ……水をくれぇ~。あと、暑くて敵わんのだが……」
「へ? あ~、いい天気だしな~!」
毛布で簀巻きにされたヘルムートが、喉の渇きを訴える。季節的に暑くなりつつあるが、夜は冷える事もあるので備え付けられているのも、薄い毛布であった。しかし、日中にそれでくるまれているヘルムートは堪ったもんじゃない。初めは燥ぐだけの余裕も有ったが、時間が経つに連れて大人しくなっていった。
『御主人が自動的に運用しているエアコン機能の設定を変更して、ヘルムートにお裾分けしたら良いですニャ。このままだと、汗で臭くなりますニャ』
「そうだな……ちょっと待ってろ」
前半はクゥーに、後半はヘルムートへと返事をしながら、魔力を操作して空気中の水分を集めるリュージ。
「ほら、これで飲めるか?」
集めてから球状に纏めた水をヘルムートの鼻先まで近付けると、ヘルムートは唇を尖らせて啜り始める。それと平行して、現在設定中のエアコン機能の有効範囲を変更し、ヘルムートの周囲も気温を下げる。
この機能を掌握しているリュージは、皮膚すれすれのところで気温が調整される様に設定したので、常に快適な状態が自動的に維持される反面、意識する必要が無いので忘れがちだったりする。今回も、クゥーが指摘しなければ無駄な魔法をヘルムートに使用したかもしれない。
「おっ! おぉっ? おおぅ! 何だか急に涼しくなったな! 何かしたか?」
「あぁ、暑そうなんで気温を調整した。悪いな、気付かなくて……」
「いや、言わなかったのは俺だからな、悪いな気を遣わせて」
勿論、リュージは自分だけが便利な機能の恩恵で快適だったとは言わない。素知らぬ顔で今気づいたと宣うリュージだが、額から頬へと一筋の汗が伝う。長距離を走っている事を鑑みれば、何ら不自然では無い……という事にしておく。
「ところがどっこい、もうじき着くんじゃないかなぁ。たぶん、あと一時間ってとこか……今更だろう?」
「もう着くのか? 一時間か……。これだけの速さなら……。いや、どちらにしろ限界だったからな……流石に保たなかっただろう。これを体感した後では尚更だな」
「……無駄じゃないってんなら何よりだな」
一応、ヘルムートは怪我人なので、走る際の振動には気を付けていたが、体温にまで気を配ってはいなかったリュージ。自分だけが快適だった気まずさを誤魔化すべく、いつもより少しだけ良い人を演じるのであった――。
平原地帯に真っ直ぐ延びる街道の先には、ラストックが霞んで見える程の巨大な都市。それを囲む様に築かれている市壁には、何やら紋様が描かれている。
丘陵地帯を抜け、平原地帯へと下る最後の丘の上から王都の方向を眺めた時、リュージの目には光を乱反射させる建物が見えた。
勿論、【浄天眼】を有するからであり、常人には王都こそ見えるものの、距離があり過ぎて建物までは識別不可能だろう。
――しかし、リュージが見たそれこそが王宮であり、ローマン王国の権威を過剰なまでに誇示する壮麗な建築物である。
この地は、ローマン王国の初代国王ローマン一世の原点であり、出発の地――曾て、ローマン・フォン・オーブ侯爵として治めた都市――オーブである。
当時、魔法による技術や開発で、どの国の都市よりも発達しており、瀕死の彼を庇った者たちが住み、誰一人犠牲を出さずに守り抜いた都市でもある。王都として、オーブ以上に相応しい都市は無かった。
走るリュージの前方に聳える市壁は、まだ距離があるので然程高さを感じない。だだっ広い平原の中、比較する物が少ないのが原因だろう。しかし、リュージの目には入場手続きをしている衛兵らしき存在と商人風の男たちが写っていた。そこから導かれる対比により、市壁の高さは六十メートル前後だと推測される。
建造物の高さを表す時、何階建てのビルなどと表現する事があるだろう。しかし、階数は階高によっても変わってくるので、今はあまり使われないらしい。階高は、超高層などでは四メートルから五メートル、一般的な建物では三メートル前後が多く、用途により様々である。階数でイメージすると人によって大きな差異が生じるので、廃れるべくして廃れたといえる。
この時、リュージの記憶とパソコン内のデータベースから数十件に及ぶ候補がヒットしたが、比較対象としては今一つである。
――と、言うのもリュージが直接見た事がある物が少ないからである。実際には沢山あるのだが、例に挙げる程強い印象も無ければ、地元の人間にしか分からない物を挙げる意味が無い。
『太陽○塔と、ゴジ○の中間ですニャ』
(……何故、その二つをチョイスするかな? まぁ、良いけど)
万国博覧会で有名な白い塔……金色の顔が特徴的なそれは、七十メートルである。また、日本の怪獣といえばこれってくらい有名なそれは、五十メートルなので丁度その中間だと言いたいらしい。
『ピンポイントなら、ザンボッ○3とゴラ○オンですニャ! ビグ・○ムも六十メートル級ですニャン。それとも、牛久大仏の半分って言った方が良いですかニャ?』
(いやいや、伏せ字のオンパレードだな! 大仏以外の三体はアニメだし……何気に半分って分かり辛いし!)
因みに、アニメーション作品に登場するロボットは兎も角、茨城県牛久市にあるこの大仏は直立した姿であり、青銅製の仏像として世界一らしい。全長は確かに百二十メートルだが、台座部分で二十メートルあるので半分といっても位置が曖昧である。
そうこうする内に、近付く市壁。高さも然る事ながら横幅が偉い事になっているので、異様な圧迫感を醸し出す。壁面に描かれた紅い紋様も、それに拍車を掛けているのだろう。円形に築かれた城壁の周りには濠が造られ、河から引かれた水が流れている。
架けられた橋の先には、開かれた巨大な門扉。門前を守る衛兵は一個分隊……市壁の内部からも監視の目が光る。市壁から延びる何本もの鎖が、等間隔に橋を支える……どうやら跳ね橋になっているらしい。
「おい、到着だ。ここからは自分で歩けよ?」
ヘルムートを立たせる様に下ろしたリュージは、ロープを解いて毛布を剥ぐ。
「……おっ? いかんな、うとうとしてたか。やっぱり、速いよなぁ……揺れないし」
エアコン機能で適温に保たれる中、微睡んでいたヘルムートが覚醒する。ロープで縛り上げられていたが、圧力が均等に分散される様に計算してあった上に、毛布という緩衝材も在ったのだから、温度の問題さえ解決すればハンモックさながらであろう。昼寝としては、嘸かし快適だったのではないだろうか。それは兎も角、【縄】というスキルが生えて来た事を、この時リュージは知らなかった。クゥーのアナウンスは魔核の中に居るのでお休み中である。
「怪我人じゃなければ、叩き落としてやったんだけどなぁ」
「起こすんじゃなくてか!?」
「……本音が漏れた」
「言ってろ! 怪我が無ければ、そもそも馬に乗ってんだから、そんな状況になりっこねーがなっ!」
若干の苛立ちを素直にぶつけるリュージの理不尽な発言に、驚きを隠せないヘルムート。ツッコミと言えなくも無いが、小気味良い鋭さは無い。尤も、ボケたつもりも無ければ漫才をする暇も無かったりする。
「こんな所でいつまでもぐずぐずしてると職質されるかもな……さっさと行くぞ」
「職質?」
衛兵と警官は全くの別物だが、つい同じ様に見てしまうリュージ。衛兵が怪しいと思えば、悠長に職務質問などする前に拘束しようと動くだろう。翻訳がどうなっているか不明だが、ヘルムート相手に略語も良くない。案の定、聞き返される羽目になるリュージ。
「痛くもない腹を探られるって事だよ」
「……尋問の事か? 王都ともなれば、ラストックとは訳が違う。邪魔だと言われる事は有っても、身元が確りしてれば大丈夫だ。流石に、いきなり尋問まではいかんぞ?」
会話を続けながら、五十メートルはあるかという跳ね橋の上を歩く。気にし過ぎだと言わんばかりのヘルムートだが、ラストックの代官と共謀、協力している者が居ないとも限らない。
どんな事態に陥っても、逃げ出すだけなら何とでもなると考えているリュージだが、慣れない事でぽかをやらかす事もある。気にし過ぎと言われるくらいが丁度良いのかもしれない。
「うへぇ~、凄ぇ~なぁ……」
ラストックから五日……漸く辿り着いた巨大な門を見上げて間抜けな声を出すリュージ。やはり、実物を間近で見ると迫力が違う様だ。警戒はしていても、キョロキョロと見回す姿は“お上りさん”その物である。
その姿は、ヘルムートを担いで走っている所を見ていなければ、保護者に連れられた子供にしか見えなかっただろう。幸い、衛兵たちにリュージを気にした様子は見られない。馬以上の速さで走る姿を確認していない筈は無いのだが……。
「おい、こっちだ! 王都は広いからな、逸れるなよ?」
口を開けたまま門を見上げているリュージに呼び掛けるヘルムート。装飾の施された巨大な門の偉容は素晴らしいと感じているが、何度も見ているので感動は薄れている。それよりも、初めて見せた子供らしい姿をからかう方に興味をそそられたらしい。
「はぁっ? 誰に言ってんの?」
「お前さんだよ……田舎もん丸出しだぞ?」
予想通りの反応が愉快なのか、ニヤニヤしながら指摘するヘルムート。“してやったり”と言わんばかりの顔である。
「……そうか? 都会だろうが田舎だろうが、旅行者なんて皆同じだろ? 見るもの全てが初めてなら尚更だ」
多少は恥ずかしかったのか、耳がほんのり赤くなっているが強がってみせるリュージ。ただし、言っている事は本心である。リュージからすれば都会だからという感覚は一切無く、遺跡を観光するのと何ら変わらない気分でいたのだから。
何よりも、海外旅行を経験していないリュージにとって、これだけの規模を誇る門は初めて見る物である。知識として、パリのエトワ○ル凱旋門などを知ってはいるが……戦勝を記念した建造物では無く、外敵の侵入を阻む為の実用性を有しながら、それらに比肩する大きさを誇っているのである。王都への期待感は、嫌でも膨らむだろう。リュージの本心がどうあれ、ヘルムートの感想を否定しきる材料は無いのだった……。
《ステータス》
名前 鈴木立志
性別 男
年齢 42
職業 放浪者
所属 隠れ里
種族 異世界人
レベル 23
生命力 3100/3100
魔力 ∞
力 2457
体力 2279
知力 6714
素早さ 3583 15↑
器用さ 2136 35↑
運 2157 10↑
魔素ポイント 99938288
所持金 49118マアク25ピニ ±0
《スキル》
[超電脳Lv2] [魔導の心得Lv4]
[心眼LvMAX] [浄天眼Lv3]
[剣術LvMAX] [平衡感覚Lv3]new 2↑
[投擲Lv3] [音波感知Lv4]
[錬金術Lv2] [木工Lv4] 1↑
[忍歩LvMAX] [遊芸Lv4] 2↑
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
斧術Lv1 盾Lv1 登山Lv1 伐採Lv4 光学迷彩Lv4
石工Lv1 海中遊泳Lv3 交渉術Lv3 調理Lv1 蹴撃LvMAX 止血Lv1 槍術Lv1 縄Lv1 new
《称号》
スキルマニア 殺戮者 無慈悲なる者 テクニシャン
イジメっ子 笑う切り裂き魔 三助 温泉伝道師
大蛇殺し 海洋生物 盗賊殺し トレジャーハンター
子供の味方 賞金稼ぎ 巨蟲殺し 開発者
史上初の快挙を成した者 勇者 見えざる暗躍者
武闘派笛吹き師(変化)




