第六十三話 縦笛を作ろう!
高校生の時、仲間に誘われて始めたバンドは、リュージを含めてずぶの素人の集まりであった。当時は、第二次バンドブームと呼ばれる時代であり、それがバンド結成を後押ししたのは間違い無い。最初は、モテたいだけで実力が伴わないバンドだったが、モチベーションだけは一丁前であった。
リュージがギターを選んだのは、半分はジャンケンの結果であったが、気の置けない仲間とのバンド活動は充実しており、仲間と共に必死に練習する内に、様々なテクニックも身に付けた。指は痛くなるし、運指がなかなか上達しなかったりと、練習が辛くなる時も無かった訳ではないが、いつの間にかギターが……音楽が好きになっていた。そうすると、他の楽器にも多少は興味が出て来るらしく、一定の知識は得ていたりする。
今のリュージの愛器は、レスポー○・タイプのエレキギターだが、それ用のエフェクターを繋げて調整すれば、アコースティックギターの音も再現可能である。室内に配置していたのが幸いし、主要な機器は家電製品と同じく異世界に来ていた。腕前は、プロとは比べる可くも無いと分かっているが、趣味と公言しても恥ずかしくないくらいの自信はあるらしい。
――だが、演奏するに当たって一つだけ重大な問題が存在していたのである。
それは、ギターとしての構造の違い。弦の振動を、ボディー内の空洞で共振と増幅をさせて奏でるアコースティックギターに対して、ピックアップと呼ばれるマイクで弦の振動を拾い、シールドというケーブルで繋いだギターアンプで、増幅させて音を出すのがエレキギターなのだ。
そして、問題の一つとなるのが電源の確保である。アイテムBOX内であれば、魔力で支配された――ある意味でご都合主義的な――空間なので問題ないが、直接演奏するとなればそうもいかない。また、多くの機器を繋げて出さなければならない事も、傷付けたり盗まれたりしたくないリュージにとっては、理由の一つに挙げられるかもしれない。
本来なら、無理して楽器を作る必要は無いだろう。お気に入りのギターがあるのだから……。しかし、それが出来ないのは分かっている。だからこそ、知識をフル活用して管楽器を作る事にしたのだ。
(何が良いかな~。簡単そうなのは、オカリナとかリコーダー辺りかな)
――そう、他の楽器と比較しても、簡単に作れそうなイメージがあるからである。リコーダーは縦笛であり、音楽の授業でお馴染みなので意外と身近な楽器といえるが、オカリナに至っては完全に見た目である。どちらかといえば、横笛に分類されるのだろうか。
『竹が在れば、尺八なんかも作れそうですニャ』
そんなリュージに対して、クゥーは渋いところをチョイスするのだが――
(無い物の話をしても意味がないけど、在っても尺八はどうかな~。製作過程をテレビ番組で見た事があるけど、作るのも吹くのも大変そうだったし……)
リュージは、気乗りしないらしい。確かに、竹の内側を削った後で漆を塗り、更に削っては漆を塗るという事を何度も繰り返す工程があるので、見た目以上に大変である。これによって音が大きくなり、音階も安定感を増すそうだが、古い時代の尺八にはこの工程が無く……より癖が強い楽器であったらしい。
『たしか、首振り三年ころ八年って言いましたニャ……御主人なら大丈夫そうですけどニャ』
簡単に言うクゥーではあるが、吹きながら首を振る事で音の加減をするのに三年、細かい指の動き……運指によって、ころころという良い音を出せるまでに八年掛かるという故事である。
(その安易な信頼感っての? 過剰な期待が逆に怖ぇーよ! まぁ、演奏は兎も角としても製作に関しては魔法があるし、画像データがある楽器は再現出来そうなのは事実だな。ただし、部品点数が多いのは、無理っぽい――ってか、面倒臭い!』
『それは、無理というより御主人のやる気の問題ですニャ。……そうすると、喇叭は駄目ですニャ。笛でも、オーボエやクラリネットなんかも複雑そうですニャ』
(まぁ、そうだな。……横笛とか格好良いけど、吹くのが難しそうだよなぁ。やっぱり、縦笛が無難だよな)
リュージが躊躇うのは、口形である。フルートなどの横笛を上手く吹くには、ただ空気を送れば良いという訳では無く、これによって息の吹き込み方を調整しなければならない。縦笛でも尺八がこれにあたるので、リュージが気乗りしないのもこれが原因だろう。
感覚としては、口笛や指笛の吹き方を考えると分かるだろうか。音を出すにはコツが必要なので、吹けない人も少なくない。特に指笛には、センスが必要ではないだろうか。
――しかし、リコーダーなどの縦笛にはフィップルという部品が吹き口に付いており、比較的に吹き易いだろう。タンギングなどのテクニックはあるが、小学生の頃から授業に取り入れられる事を考えれば、難易度は自ずと分かる。
『もう雰囲気で選んだらどうですニャ?』
(雰囲気……フィーリングかぁ……)
リュージが考える候補では管楽器……中でも、笛という選択肢は不動であるとみて良いだろう。では、どんな笛にするのか……。色々と考えてはみたが、フィーリングから連想するという発想は無かったと、リュージは暫し黙考する。
牧歌的な雰囲気を漂わせるこの小さな村で演奏するなら、民族音楽っぽい曲を演奏する方がムードがあって良いのではないだろうか。
――そう考えた時、一つの記憶が甦る。
世に数多の楽器があり、楽曲がある。だが、バンドの影響でロックに傾倒していたリュージが、いたく感銘を受けた音楽。それを知る切っ掛けとなったのは、一本の映画であった。
イングランドに侵略されていた時代のスコットランドの物語――家族を殺され復讐を誓った主人公が、圧政に苦しむ民衆と共に抵抗運動を続けてゆく半生を描いた歴史映画――である。スコットランド音楽とケルト音楽を統合したというそれは、バグ・パイプやティン・ホイッスルが印象的で、何処か郷愁を誘う響きのある音楽だった。
それ以降、注意を向けてみれば映画・アニメ・ゲームなど様々な作品で、その独特な旋律を聴く事が出来た。
既に確立していたスコットランド音楽やアイルランド音楽とは別に、口承という形で伝えられたとされるケルトの民族音楽。口承である為に、出自の線引きなどに若干の曖昧さはあるが、引っ括めてケルト風という売り文句で登場したそれは、一定以上の支持を得て世を席巻したのである。
今居る村の風景を眺め、辿っている街道から見える景色を思い出しながら、リュージは驚くほど簡単に結論を出した。
(じゃあ、ティン・ホイッスルにするかなぁ)
ティン・ホイッスルは、アイルランド発祥とされる笛である。ブリキや真鍮の板を丸めて溶接しただけの簡素な縦笛で、大きく分けると円筒管形と円錐管形の二種類がある。
(よっしゃ、決めた! 見た目も可愛いし)
『画像データを検索……二十三の画像を検出しましたニャン』
リュージが決定すると、必要な情報を即座に検索を開始するクゥー。
(うん、サンキュー。さて、まずは材料だな……本体がブリキか真鍮、アルミも有ったかな)
軽く礼を言って、材料を考え始めるリュージ。ブリキは、鋼材に錫を鍍金した物であり、真鍮は銅と亜鉛の合金――特に亜鉛を二十パーセント以上含む物――で、アルミに至っては言わずもがなである。
(ダンジョンで拾った武器でも鋳潰すか……あぁ、鉄の棒が有ったな!)
『――御主人は、魔物や人を斬った物を笛として咥える事に抵抗は無いのですかニャ? それに、その棒はあの徴税官を突いた棒ですニャ』
いざ、と鉄の棒をアイテムBOXから取り出したリュージに、そんな事を宣うクゥー。
(……想像しちゃったじゃんか。――だからって、他に使えそうな金属なんか無いぞ? 何処かで掘れってか!)
心底嫌そうに顔を顰めたリュージ。血糊など、体液が付着した事がある武器は兎も角、鉄の棒に至っては出血すらさせていない。――にも拘わらず、この反応なのだから余程嫌いなのだろう。だが、他に使えそうな金属は無いと首を左右に振ってみせる。
――しかし、クゥーの考えはそうでは無かったらしい。
『ありますニャ! 真鍮とアルミの主な用途をお忘れですかニャ? ヒントは凄く身近な物だけど、今となっては使い途の無い物ですニャン』
(……そんなもん有ったか?)
『――ブッブーですニャン。答えは、貯金箱の中身ですニャ』
勝手に出題して、リュージが答えられないと見るや途端に正解を暴露するという、何ともグダグダなクイズではあったが、クゥーは満足したらしい。実に得意気な声である。
(一円玉と五円玉か! ……だけど、足りるか?)
リュージの貯金箱は、五百円玉なら五十万円貯まるという黒い缶である。だが、投入するのは専ら額面が一桁の小銭ばかりであった。それも熱心に貯めた訳では無いので、印象が薄くても仕方が無い。
(どれどれ……)
早速、取り出した貯金箱の重さを確かめ、ガシャンガシャンと振ってみるリュージ。思ったよりはありそうだと、にんまりと口角を上げる。
『楽しそうに振ってないで、開けてみたらどうですニャ。 変に注目を集めてますニャン』
(マジ? あら~……まぁ、気にしたら負けって事で! さて、缶切り……は要らないか)
顔を上げて周りを見ると、チラ見されているのが確認出来た。村の大人は直ぐに立ち去るが、子供は遠巻きに見ている。――が、リュージは気にしない事にしたらしい。
缶切りを出そうとして、必要が無い事に気付いたリュージは、【錬金術】で加工する。上端を蓋になる様に成形したので、これからは貯金箱ではなく缶の入れ物である。
元貯金箱の中には、半分くらいまで硬貨が貯まっていた。見た目では一円玉が六割、五円玉が四割といったところだろう。何の気紛れか、十円玉もほんの僅かに混じっているが、誤差の範囲である。
(これだけ在れば、一本や二本はどうって事ないな)
『円筒管と円錐管のどちらにするんですニャ?』
これの違いは、低音が楽で高音を出すのに強い息が必要になる円筒管に対して、低音と高音のバランスは良いが、若干パワー不足を感じる円錐管であろうか。
(円筒形の方が簡単じゃね? ご縁がある様に五円玉を使うか)
『ご縁は兎も角、“貧者の金”と呼ばれる真鍮は見栄えが良いですからニャ』
リュージは円筒管を選択したが、これに大した意味はない。ただ単に作り易そうという理由であり、五円玉で“ご縁”というのも、「お馴染みの駄洒落だから言っておこう」くらいの認識だろう。所謂、“お約束”である。金の代替品として装飾にも使われる真鍮は、クゥーが言う様に“貧者の金”とも呼ばれるが、リュージ的には重量感が決め手になったのではなかろうか。
(……五円玉を結合させるんだけど、日本でやったら捕まるんだったっけ?)
『そうですニャ。故意に損傷させたり、鋳潰す為に集める事も犯罪ですニャ』
盗賊とはいえ人を殺しておいて今更だが、日本には貨幣損傷等取締法とかいう法律があり、違反すると一年以下の懲役または、二十万円以下の罰金が課せられる。バレなければ捕まる事はないが……だからやっても良いという話にはならない。擦れてないとでも言えば良いのか……何となく気にするくらいには、まだ異世界に染まってはいない。
(まぁ、世界が違うって事でセーフだろ……)
日本での常識が思考の隅に引っ掛かる事はあるが、悩むほど迷う事でも無いと都合良く解釈するリュージ。今となってはどうでも良い知識だが、【超電脳】を得てから思い出す無駄知識が増えたと感じていた。それは、心的外傷で起こるフラッシュバックの様に突然な事もあれば、自然に思い出す事もある。
リュージも、雑多な情報が氾濫した世の中で育った日本人である。雑学として蓄えている専門外の知識も意外と多い。――況してや、忘却の彼方に押しやられた筈の記憶や、些末な情報までが膨大な知識として消去されずに残っており、些細な切っ掛けで引き出されるのだから始末が悪い。慣れるまでには、今暫くの時を要するだろう……。
『グレーゾーン! グレーゾーンですニャ!』
(お前、それ言いたいだけだろ!)
何が気に入ったのか、同じ事を二回繰り返すクゥーに、ツッコミを入れるリュージ。……気持ちは分かる。
『それはそうと御主人、折角の機器を活用しきれてない模様ですニャン。特にパソコンですが、CADのフリーソフトがありますニャ?』
只のツッコミくらいではめげないクゥーは、話の内容を急旋回させる。既に方位どころか、天地の向きすら分からない。……会話を成立させる気が無いのではなかろうか。――それでもリュージは、視線を僅かに上へと向けながら記憶を辿ってみる。
(ん? あぁ、転職してから使ってないけどな……それが、どうかしたか?)
何かしら重要な情報なのではないかと予想したリュージは、まともに答えない可能性も考慮しつつ聞き返す。
『画像を解析していて気付いたのですが、【超電脳】の処理能力を以てすれば、今まで出来なかった事も可能になりますニャ! 特に、【錬金術】と組み合わせれば……』
(――組み合わせれば?)
自分の能力についての新情報である。……興味を持たない訳がない。合いの手代わりとばかりに問い質すリュージ。若干、喰い気味だったのは好奇心の表れだろうか。
『どうしようかニャ~。……知りたいですかニャ?』
それを、待ってましたとばかりに焦らし始めるクゥー。猫なので、感情を表情だけで判断するのは難しいが、その声音は実に愉しそうである。
(クゥー、意地悪しないで教えなさい。いい子だから……)
クゥーの遊びに付き合っても良かったが、長くなりそうなので優しく諭す事にしたリュージ。今は大丈夫だと思うが、機嫌を損ねると喧嘩になるのは経験済みである。
『了解ですニャ。そんなに素直に聞かれたら答えない訳には参りませんニャ。AIとしてっ!』
(――AIとしてっていうなら……まぁ、いいか。……で? どうなるよ)
上機嫌なクゥーは、やけに自分のポジションを強調して来る。そんなクゥーに思うところはあるが、呆れ半分のリュージは流す事にして続きを促す。
『CADで図面を作成すれば、より詳細な物を形作る事は勿論、画一化した品質での生産が可能ですニャ。その際、図面に起こすのも【超電脳】のお陰でイメージが反映されるので、色々と便利ですニャ』
(それはつまり、図面と材料があれば同品質での量産が可能って事か?)
『……まぁ、その解釈で大丈夫ですニャ。誰が見ても理解出来るほどに詳細な図面があれば、いきなり完成品も作れますニャ!』
魔力を利用していても、【錬金術】による作成は手作りなので誤差はある。修業と研鑽を積めば熟練の職人の様に、それを限り無くゼロに近付ける事が出来るだろう。しかし、CADの利用する事で図面に記載された数値通りの生産が可能らしい。
(誰が見てもって……素人が見てもか? 何十枚書けば良いんだよ。プラモデルの設計図みたいのも必要になるのか?)
詳細な設計図を素人が見ても、理解するのは難しい。形が分かるだけで、記号などの専門知識も必要だからである。――となれば、プラモデルの組み立て方の様に、子供でも分かる図が必要だろう。
『複雑な物は、御主人が組み立ててみれば詳細図にも反映されるので、いきなり完成品をイメージするより確実ですニャ。簡素な物であれば、画像からでも解析出来るかもしれませんニャ』
(自動的に記載される仕組みは、マップと一緒なんだな。画像解析は便利だけど、ティン・ホイッスルはどうだ?)
各部品が何処にどうやって使用されているかを経験を通して理解すれば、自動的に製図されるというのは便利である。元々は建築用でしかなかったが、それ以外の用途でも大丈夫なのはクゥーの仕業であろうか。尤も、自動製図やら画像解析など本来の機能を遥かに超えているのだから、今更だろう。それよりも、リュージが気になるのは今から作成する笛の事である。
『画像データを取り込み中……完了! 只今、画像データを解析中……解析完了! 製図を実行中ですニャ。暫くお待ち下さいニャ……』
二十三枚の画像をCADに取り込むのに約五秒、解析を含めても二十秒も掛かっていない。
『……製図完了ですニャン! 作成を開始しますかニャ?』
(おっ、おぉ……待った! どんな感じか見てみたいから、図面チェックする)
製図まで完了させたクゥーは、作成の指示を求める。全体で一分も掛からずに完成した事に驚きながらも、リュージが事前確認を忘れないのは、仕事で身に付いた癖だろう。
(このファイル名は、[ティン・ホイッスル]にしておこう。それより……無料でダウンロードしたフリーソフトなのに、3Dって高性能過ぎじゃね?)
『クゥーの手に掛かれば、ちょちょいのちょいですニャ』
脳内で、パソコンを操作するイメージを浮かべるリュージ。マウス操作のつもりだろうが、右手が何も無い空中を前後左右に移動する。別に悪い事ではないのだが、自分の知ってるソフトウェアとは比べ物にならない性能を目の当たりにして、理不尽だと思ったのだろう。少しだけ嫌味を言ったつもりのリュージだが、クゥーには通用しないのだった。
(これって、縮尺とか大丈夫なのか?)
『勿論ですニャ。画像に写っていた奏者の手などから割り出した大きさですニャ。それから、材料を手にしてファイル名を言ってから、作成と唱えればオッケーな筈ですニャ』
(そうか……じゃあ、やってみるか! ファイル名[ティン・ホイッスル]作成!)
リュージの手にする五円玉は粒子状に分解され、その存在を変容させる。それはまるで、小さな生き物の群れが蠢くかの様である。とはいえ、一粒ずつを目で捉えるのも困難であり、気色悪さといった不快感は感じない。
やがてその粒子は、設計図通りの形状に纏まってゆく。その塊は二つ――一つは本体となる円筒管であり、もう一つは唄口である。木材で出来たフィップルを巻き込みながら形作られるこれは、息の吹き込み口である。
やがて、それらの物体は合体すると一瞬だけ白い閃光を放つ。後には、金色に輝く艶々しい縦笛が姿を現すのだった。
(出来……た、かな?)
『音色と音階の確認をしてみますニャ! あまりやらないフィップルの調整も【錬金術】なら簡単なので、納得するまでやれますニャ』
手にした笛を試すべく、【音波感知】と今は使わない【光学迷彩】を入れ替える。先ずは、穴を押さえずに吹いてみるリュージ。一つずつ穴を押さえては音色や音階を確かめてゆく。フィップルを調整したり、指穴の大きさを変更しながらチューニングされたティン・ホイッスルは、満足感を得られる出来に仕上がったらしい。満面の笑みを湛えて感慨に耽る。
(思ったより上手くいったなぁ! 完璧じゃね?)
『後は、演奏する御主人の腕ですニャ』
(くそっ、言いやがったなぁ。見てろ……いや、聴いてろよ? 直ぐに上達してやるからな!)
自画自賛するリュージに対して、挑発的な発言をするクゥー。気分が良いリュージは、毒づきながらもそれに乗る事にした。――先ずは練習である。
ギターで鍛えた運指で素早く穴を押さえて、“ひゃらっ”という装飾音が鳴ると段々とそれらしくなってゆく。音を鳴らしながら指をずらすと、“ひょえ~”という音が鳴って一段と記憶にある音に近付く。
そんなこんなで練習するリュージだったが、少し離れた場所でいつの間にか一人の女の子が観客になっていた。年齢は分からないが、リアよりも少し上くらいだろう。
不意にリュージと目が合った少女は、臆する事なく近寄りながら話し掛けて来た。
「ねぇ、何してるの?」
「……笛の練習だよ」
危うく発しそうになった、「見て分からない?」という言葉を飲み込み、在りのままを告げるリュージ。
「変な音だね」
「あぁ、練習だからな」
「ふーん、変なのぉー」
リュージが、カットやスライドの練習をしていたのが気になっただけらしい。小さな子供にありがちな、「変なのー」を連呼しながら愉しそうに駆け出す少女。その姿を見送っていると――
『御主人、ファイトですニャ!』
(大丈夫、曲を吹いてた訳じゃないし……別に、傷付いたりはしてないさ。でも、そろそろ何か吹こうかな)
クゥーに励まされて、地味に受けた精神的ダメージを自覚したリュージは、ほんの少しだけ強がりながらも曲を奏でる事にしたらしい。「何が良いかなぁ~」と、数秒の間を置いて吹き始めたのは、十作目になる某有名ゲームタイトルの主題歌である。
練習には丁度良いテンポだが、静かで寂しげな曲調がティン・ホイッスルの優しい音色と相俟って、物悲しい雰囲気を醸し出してしまう。似た様な曲を二曲続けてしまうと、気が滅入るから止めてくれと言われかねない。そう思って、明るい曲を選曲していた様だが……。
――それも、どうやら時間切れらしい。
(やっと、来たか……)
遠目に見える街道上に、こちらに向かって駈けて来る一頭の馬が確認出来る。酷く疲れているらしい馬には、ギルドマスターであるヘルムートが乗っている。
出迎えてやろうと目立つ位置に移動したのだが、まだリュージには気付かない。果たして、気付いた時にヘルムートはどんな反応を見せてくれるのか……。
やっと着いた! 恐らく、ヘルムートはそう思っている事だろう。しかし、その安堵が驚愕に代わる瞬間は目の前である。決して見逃してはならないと目を凝らすリュージは、ニヤニヤといやらしい顔をしていた。
(おっ、スピードを弛めたな。安心しきってやがるが……もうそろそろ気付くか? ――あっ! くくっ、くはっ、気付いたぞ!)
『御主人、決定的瞬間は押さえましたニャ!』
(デジカメか? くくくっ……グッジョブ! 良くやった)
村から二百メートルほど手前でスピードを落としたヘルムートは、残り百五十メートルくらいという所でリュージに気付く。頭の片隅で視力の良さを意外に感じながらも、目を剥いたヘルムートの顔を思い出して笑いを堪えるリュージ。余りにも間抜けな面だった為に、デジカメ画像として保存したクゥーは、パパラッチに成れるかもしれない。
「お疲れ様~。随分と遅かったな? 日が暮れるかと思ったぞ」
笑いを噛み殺したリュージは、素知らぬ顔で声を掛ける。流石に一人で爆笑していたらヘルムートは兎も角、何も知らない村人からは奇異な目で見られるだろうと、かなり本気で堪えたのである。
「……どうして此処にっ! 一度だって追い抜かれた覚えはねぇーぞ?」
そんな事とは露知らず、驚愕覚め遣らぬヘルムートは、そう返すのが精一杯であった。
「あぁ……誰も街道沿いを走らなくちゃ駄目なんて言わなかったから。途中から真っ直ぐ来た!」
「出鱈目過ぎんだろっ! くそっ、負けちまったかぁぁぁ~っ」
リュージが簡単に種明かしをすると、潔く敗北を認めるヘルムートではあったが、悔しさは隠しきれない様だ。思う所はあるのだろうが、先にフライングをしたので文句を言う道理も無く、只々悔しがるばかりである。
「そう熱くなるなよ……別に賭けた訳でも無いんだし。遊びだろ?」
「――遊びだろうが何だろうが、本気でやるからおもしれーんじゃねーか!」
「おう、その通りだ! だけどな? 馬に乗ってただけの奴がいつまでも悔しがってんじゃねーよ。ほらっ、休ませてやらないと馬が可哀想だろ」
リュージは、敢えて“遊び”という言葉を使った。それは、敗者であるヘルムートからすれば屈辱的な行為かもしれない。勝者の余裕を見せ付けられる様であり、負の感情を逆撫でするだろう。しかし、リュージからすれば頑張って走った馬こそが競争相手なのだ。おまけのヘルムートよりも、馬に水を飲ませる方をこそ優先したいのである。
「おっ、おう、馬はここで替えるからな……こっちだ」
馬の話を持ち出されてその事に思い至ったヘルムートは、替え馬のいる施設へと案内する為に先導しようとする。
「少し待ってくれ。大丈夫だから、大人しくしてくれな? 【千灑万洗】」
しかし、馬はどう見てもバテバテであった。リュージはヘルムートを呼び止めると、魔法で汗を洗い流し、塩を舐めさせてからたっぷりと水を飲ませてやる。
「よ~しよし、さっぱりしたか? もう少しだけ歩いてくれなぁ……ゆっくり休める所に連れて行ってやるからな」
「ぶるるるる……」
十分とは言えないが、一休みして落ち着いた馬にもう一踏ん張りだと励ますリュージ。その気持ちが分かるのか、馬はじっとリュージを見詰め返していた。
「何だかわりぃーなぁ、俺の仕事を押し付けちまって」
「まったくだ……ほらっ、どっちだ?」
「おう、向こうにある村長の家だ。ギルドで所有する馬を一時的に預けてある」
今回の件でヘルムートは、馬を乗り継ぐ為の準備に余念がなかった。幸い、リュージの都合で一日の有余が出来たのが大きいだろう。
リュージは知らないが、探検者ギルドが存在する都市や一定の人口を有する町には通信用の魔道具が配備されている。これは、ダンジョンに対する万が一の備えであるが、使い勝手が非常に悪い。魔素を用いて通信する仕組みなのだが、利用するにはかなりの魔力が必要になるのだ。ラストックから王都であれば、十人の魔法使いが魔力を込めて三分というところだろうか。馬車で一日の距離なら、一人の魔法使いで賄える計算だが、やはり三分である。
そんな魔道具も活用しつつ、職員を先行させたのが一昨日――リュージとの会談直後――の事である。任務は至って簡単、馬の数に余裕がある村には借りる交渉、無い村では預けた上で世話を頼む交渉であった。
その任務は今現在も継続中であり、何処かで追い付いてしまう可能性も無い訳ではないが、通信用の魔道具を持つ数ヶ所を拠点としている為、時間と共に確実に準備されてゆく。
「……そうか、それを乗り継いで時間の短縮と距離を稼ごうってんだな?」
「あぁ、大昔に滅んだ文明で駅……なんちゃらってのがあったらしい。パメラが偉そうに講釈を垂れてやがったな」
『――駅伝制の事ですニャ』
(パメラさんに聞く事が出来ちゃったな……それとも、王都にあるギルド本部なら分かるのか?)
『行ってみれば分かりますニャ』
(そうだなぁ……)
元の世界と共通するであろう知識を思わぬところで耳にしたリュージは、難しい顔で天を仰いだ。目を細めて見詰める先には、雲一つ無い青空が広がる。
さっさと済ませて早く帰りたいというのがリュージの本心だが、少しばかり調べ事をしなければならないらしい。何やら予感めいた物を感じるリュージだった……。
《ステータス》
名前 鈴木立志
性別 男
年齢 42
職業 放浪者
所属 隠れ里
種族 異世界人
レベル 23
生命力 3100/3100
魔力 ∞
力 2457
体力 2279
知力 6714
素早さ 3568
器用さ 2101 45↑
運 2147 45↑
魔素ポイント 99938288
所持金 49118マアク25ピニ
《スキル》
[超電脳Lv2] [魔導の心得Lv4]
[心眼LvMAX] [浄天眼Lv3]
[剣術LvMAX] [斧術Lv1]
[投擲Lv3] [音波感知Lv4] 1↑
[錬金術Lv2] 1↑ [槍術Lv1]
[忍歩LvMAX] [遊芸Lv2] 1↑
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
木工Lv3 盾Lv1 登山Lv1 伐採Lv4 光学迷彩Lv4
石工Lv1 海中遊泳Lv3 交渉術Lv3 調理Lv1 蹴撃LvMAX 止血Lv1
《称号》
スキルマニア 殺戮者 無慈悲なる者 テクニシャン
イジメっ子 笑う切り裂き魔 三助 温泉伝道師
大蛇殺し 海洋生物 盗賊殺し トレジャーハンター
子供の味方 賞金稼ぎ 巨蟲殺し 開発者
史上初の快挙を成した者 勇者 見えざる暗躍者
変な笛吹き new




