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異世界ゆったり立志物語  作者: sawa
王都報告篇
64/72

第六十二話 二人は子供? そして、競走!

 二ヶ月の出張から、帰って参りました。もう少し早く投稿する予定でしたが、会議だとか報告書が……。

 只でさえ遅筆なのに、申し訳御座いません。

 

 

 穏やかな曙光しょこうが射し始めた広場を通り、探検者ギルドへと足を向けるリュージ。やがて、時を待たずに藍鉄色あいてついろから空色へと変えてゆくだろう天空を仰ぎ見れば、上昇気流を掴まえたテンが旋回しながら高度を上げてゆく姿が確認出来る。上空から見た夜明けの美しさは、如何ばかりだろうか。それを眺めながら細めた目に浮かぶのは、羨望かもしれない。そして、決意する。


(さっさと帰って来て、俺も飛ぶ!)


 ――と、いう事らしい。だが、折角の決意表明に無粋な横槍が入る。


『……新たに決意する程の事ですかニャ?』


(うわ~、出た! ここに来て、まさかの発言。もしかして、人類の夢が分からないってか?)


『猫としては、興味が無いですニャ。安全が確保出来る地上を歩く事を推奨しますニャン』


 冗談めかしたつもりのリュージに、にべもない返事をするクゥー。


(地に足付けろって? 魔法の世界なんだし、現実離れって訳じゃないだろ……ダーナさんが居るし)


『確かに、ダーナが居ますニャ。でも、それ以外では見た事無いですニャン。事故の可能性がある以上は慎重な行動が求められますニャ』


 リュージは実例を挙げてみるが、あくまでも慎重論を唱えるクゥー。


(はぁ~、“猫に小判”ならぬ“猫に浪漫”か……自由に飛べたら爽快じゃないか)


 話にことわざを持ち出し、新しい諺かのように造語を作るのは、一部の中年男性によく見られる症状ではないだろうか。所謂、“親父ギャグ”の派生系の一つである。


 しかし――


『無謀な個人練習さえしなければ、特に反対はしませんニャ。でも、クゥーと“一蓮托生”だという事は忘れないで下さいニャ』


 リュージの発言を、まるで聞こえなかったかの様にスルーしたクゥーは、何事も無く話を続ける。それは実に自然であり、二の句を継がせないくらい絶妙であった。上手い事を言ったつもりの無いリュージも、ここで突っ込んだら“負ける”と、肌で感じたのだろう。それについては黙らざるを得なかった……。寧ろ、懸念は別にある。


(……何? その如何にも落下すると言わんばかりの不吉な発言! 帰って来たらって話なんだし、安全策ぐらい考えるから大丈夫さ。それと、テンの名前が抜けてたぞ? 忘れたら可哀想だろ)


『……テンは別に良いですニャ』


(お前、素で忘れただろ……いい加減、仲良くしろな。首根っこ掴まれて、空の上から落っことされても知らんぞ?)


 テンに対抗意識を燃やし過ぎるクゥーに、あり得そうな話をして釘を刺すリュージ。


『クゥーはお利口だから、きちんと脚を畳めますニャ。だから、大丈夫ですニャ』


(いやいやいや、畳んでも駄目だろ! 親猫に運ばれるのと違うし!)


 分かっているのか、いないのか……ズレた事を言い始めるクゥーに、突っ込むリュージ。果たして、ボケたつもりなのだろうか。そうだと考えた方が平和そうではある。


(やっぱり飛べた方が良いって! プロペラ型の魔道具でも開発するか? クゥーぐらいの大きさなら飛べるだろ)


 空を飛ぶ話から脱線したので、リュージは軌道修正とばかりに提案する。――が、これがいけなかった。


『青いたぬきと一緒にしないで欲しいニャ! 猫型とは名ばかりで原型は欠片も無いし、そもそもクゥーはAIであってロボットじゃないニャン!』


 クゥーは、何が琴線に触れたのか某猫型ロボットをディスる。


(おいおい、そんなに怒るなよ。道具の話をしただけで、比べた訳じゃないだろ?)


 訳が分からないリュージは、当たり障りない言葉で宥めようとした。しかし――


『クゥーにも、プライドがありますニャ。少なくとも、あれを比較対象にされるのは猫としての矜持が許さないニャ』


(猫の矜持って……また、大袈裟な……)


『大袈裟じゃないですニャ! ねずみを怖れて取り乱した挙げ句、気絶するなんて猫の風上にも置けない奴ですニャ』


(……俺はノータッチな? 子供の頃から慣れ親しんだキャラクターだし、今のは聞かなかった事にするけど、猫としてどう感じるかはお前の自由でもあるから、干渉はしないよ……うん)


 リュージの呆れたと言わんばかりの態度に、憤りながらも心情を吐露するクゥー。その剣幕に圧されたリュージは……日和った。今後、この話題は禁句として封印されるのかもしれない。





 季節は今日から夏である。夏の一日目であると同時に第一週の光の日と、新たなる旅立ちに相応しい日取りに見えるが、狙った訳では無いので偶然でしかない。


 元の世界であれば、恐らく四月末から五月の初頭になるのだろう。――であれば、日の出から一時間近く経過し、かなり明るくなっていてもおかしくない筈である。しかし、実際には空が白み始めてから幾らもしていないのだ。闇が払われ、薄明かるくなって来た街角には、気持ち良い風がそよいでいる。


 意識すると脳内表示される時刻は、午前五時五十三分を示している。これは先日、クゥーにリクエストして設定させた機能であったが、問題なく稼働している様だ。待ち合わせの時間まで、七分もあるのを確認したリュージは、早朝の空気を胸一杯に吸い込み、伸びをしながらゆっくりと歩く。このまま左右に身体を揺らせば、“デューク○ウォーク”っぽいのだが、意図してやっている訳では無いらしい。


 刻一刻と明るさを増してゆく世界――場所や季節が違っても、徐々に光に満たされてゆく気色はいつ見ても素晴らしい。


 当たり前の事象を新鮮に捉え、感動するのはリュージの人生に於て何度目なのか……漠然と過ごしていると見落としがちだが、意識を向けるだけで彩りが変わる。


 この世界が特別なのでは無く、この世界で気付いただけなのだ。様々な経験を積んで来たという自負は有るが、比例するかの様に無感動になってはいなかったか……。狭い世界で満足し、挑戦する事を避け、日々をだらだらと過ごすのがルーチンワークと化していなかったか。平和だからこそ、気付かぬ内に陥りがちな遅効性の罠である。


(……今思えば、歳を重ねるに連れて物事への興味が、少しずつ薄れていた気がするなぁ)


 ――そんな事を考えながら路地を曲がると、周囲の建物とは一線を画す探検者ギルドの威容が見えてくる。ギルド前に放り出された荷物は、糧秣りょうまつだろうか……やけに立派な馬が繋がれ、数人が準備の為に奔走中である。


(まずい、待たせたかな? あのギルドマスターは、時間前に待つ様なイメージじゃ無いけどな……)


『パメラを始めとした職員たちが準備しているだけで、待ってる訳では無いと思いますニャ』


(あぁ、そうかもな……でもって、大声を上げながら飛び出して来るってのが、お決まりのパターンになるのか?)


『………耳を塞ぐ準備をしておきますニャ!』


 何気に失礼な遣り取りをする一人と一匹。しかし、妙に納得出来てしまう時点で何もかもが手遅れなのだろう。残念ながら、ギルドマスターとしての威厳など、既に皆無に近い。


 それはさておき、到着時刻は予定の五分前……小学生時代にそんな行動を推奨する運動が盛んだったが、今回は只の偶然である。


 前述の運動も有り、実践するかは兎も角として、時間前行動を是とする日本人は多いだろう。特に仕事上の関係では、その風潮は強く感じる事が出来る。だが、極少数の変わり者が存在するのも事実であり、リュージは図らずもその洗礼を受けた事があるのだ。


 営業という仕事において、遅刻は厳禁である。挽回は可能だが印象が悪く、マイナスからのスタートを余儀無くされ、不利である事は否めないだろう。だからこそ、五分前行動を心掛けていたりもした。


 ――しかし、約束の五分前にある顧客宅を訪れた際、「時間ピッタリに来い!」と恫喝されたのであった。今以て、怒られた理由がさっぱり分からない。良く言えば価値観の違いだが、“変わり者”なのだと思う事で腹立たしさを紛らわせたものである。


 これに近い事が数回発生した時、「気を遣って怒られるなんて割に合わない」となっても仕方無いのではないだろうか。要は遅刻しなければ良いのであって、時と場合を選んでいれば問題無いと学習したリュージ。


 極端にルーズではないが、必要以上に早く行動するのも止めた。――万が一の際は口八丁で乗りきろうと、その術を研鑽けんさんする事になる。一見して無駄な努力に思えるが、良い意味で肩の力が抜けたのだろう。これにより営業成績が向上したのだから、皮肉が効いているともいえる。






 閑話休題。


「おはよう、リュージ。お早い到着ね」


 職員に指示を出していたパメラがリュージに気付いて、挨拶がてら声を掛けて来る。


「パメラさん、お早う御座います。……鐘はまだ鳴ってないと思いますが?」


 リュージは挨拶を返しながら、明らかに不満そうな顔をしながら、遅刻では無いと主張する。それを受けてパメラは――


「いやね、そんな顔しなくても良いじゃない! 別に皮肉じゃあなくて、普通に感心しただけよ? ほら、うちのトップはまだだから……その~、ねっ?」


 ――と、心外とばかりに憤ったかと思えば、徐々に尻窄しりすぼみになってゆく。あのギルドマスターの事を考えると、強く出れないのだろう。“ねっ?”の部分に万感の思いが凝縮しているかの様である。


「あぁ、タイミング悪く嫌な事を思い出したもので……気にしないで下さい。パメラさんも大変ですね」


 気まずさを誤魔化す様に言葉を紡ぐリュージ。それは上っ面だけの言葉だったが、精神的苦労が偲ばれるパメラに対して、同情を禁じ得ないのも事実であった。


「そうなの、ほんとに大変よ? 見たまんまだから、分かってくれる人も多いんだけど……助けてくれる人は少ないのよ! お願いリュージ、ゆっくりで良いの。折角なんだから、じっくりと王都観光でもして来て頂戴!」


「……その心は?」


「私に……私に、せめて休暇気分を!」


 パメラは、溜め込んだ心情を一気に吐露するかと思いきや、言い含める様に懇願をしたのだ。それは、切実で痛切な願いであったが、リュージは決意を固めたばかりなのだ。無下に断れない必死な思いに対して、苦し紛れの質問を返すのがやっとであった。


 ――それは、確かにパメラの本心だろう。彼女は真面目過ぎるのかもしれない。“休暇”では無く、“休暇気分”で良いのだと……ギルドマスターであるヘルムートから解放されるだけで、それが味わえると言うのだ。しかし、客観的には残念度が増したと言わざるを得ない。断り辛かった重苦しい雰囲気が、随分と軽くなった気がする。これ幸いとリュージが断りを入れようとしたが、その機会は永遠に失われた。


「……休暇がどうしたって?」


「――ッ!?」


 リュージにしがみ付く様にして懇願するパメラに、背後から声を掛けて来た男。――勿論、ギルドマスターのヘルムートである。


 突然の声に、不意打ちされた猫かというぐらい吃驚して跳び跳ねるパメラ。それが気配を断って近付いたからなのか、声の主がヘルムートだったからなのかは分からないが、即座に振り向き距離を取る一連の動作には、非凡なものを感じさせる。しかし、向き合ってみるとばつが悪いのか、苦々しい表情に変化してゆく。


「べべべ別に、なな何でも無いのよ。世間話……そうっ! 只の世間話をしていただけよ」


 一見して平静を装うパメラは、動揺の真っ只中であるらしい。必死に誤魔化そうとするも、どもっているので実に疑わしい弁解である。


「くっくっく……五月蝿く言うのは野暮ってもんだが、若い男を誘惑してるなんて噂が立っても知らねーぞ?」


 聞こえていたのか、いなかったのか……パメラからすれば判断に困る状況だが、ヘルムートはそれには触れずに、からかう事にした様だ。本気で勘違いしている線も捨てきれないが、放たれた言葉は看過しえないものであった。


「――なっ! そんなんじゃ無いわよ!」


 即座に否定したパメラだったが、理解が及んだ瞬間から赤面しており、その表情は怒りよりも羞恥の度合いが多く見受けられ、説得力に欠けた。


 ――しかし、ヘルムートが発した次の言葉が形勢を逆転させてしまう。


「女が強い男に惹かれるのは世の常って奴だが、程々にしておけよ? 歳が離れてるんだからよ」


 それは、思っていても声に出してはならない言葉であった。途中までは良かったのだが……。


「――誰がおばさんですって?」


「そこまでは言ってねーよ!」


「ん? そこまで? そこまでって何処までかしら? 人を年増扱いして、只で済むと思っているのかしら……」


 パメラの怒りと共に、濃厚な魔力がオーラとなって立ち上る。心眼を有するリュージには見えているが、果たしてヘルムートはどうだろうか。徐々に後退りしながら、チラチラとリュージに視線を送るヘルムート。助け船を求めているのは明らかであるが、こういう場合は下手に口を挟むべきでは無いのだ。露骨に目を反らしたリュージは、他のギルド職員に――


「あっ、これって旅の荷物ですか? じゃあ、アイテムBOXに仕舞っちゃいますね~」


 などと、自分から声を掛けて作業を手伝い始めたではないか。周りを見ても、誰一人として視線を合わせない。その間も、体感的に氷点下の冷気に晒され続けているヘルムートは、遂に屈服し謝罪する。


「すっ、すまん! 失言だった! でもな、俺が言いたかったのは、子供のリュージは流石に不味いんじゃねーかってだけで――」


「――あっ、俺? 俺、四十二歳だよ。言ってなかったっけ?」


 折角の謝罪であったが、見苦しくも言い訳を始めるヘルムート。本来なら怒りを増幅する要因になり得るのだが、次いで語られた事実にそれどころでは無くなる。


「「えっ!?」」


「……えっ?」


 自分の名を呼ばれた事で、つい返事とばかりに年齢を教えてしまったが、声を揃えて驚く二人と、同じ様な反応をするリュージ。パメラが幽鬼さながらの生気が無い表情で近付いて来るからである。


「本当……なの?」


「怖っ! その動きホラーだから!」


「答えて! 本当に四十二歳なの?」


「えぇ、まぁ。それは、紛れも無い事実なんですが……」


 決して速くはない。速くはないが、ゾンビだと言われた方が納得出来そうな奇妙な動きで、じわじわと詰め寄るパメラにタジタジなリュージ。


「秘密……」


「えっ?」


「いいから、その秘密を教えなさい」


「そんなもの、ありませんよ。強いて挙げるなら魔力量ですかね?」


 パメラの執拗な追及に抗議しながら、ヘルムートに視線を向けるリュージ。そこには、愉しそうにニヤニヤしているムカつく顔。先程の意趣返しのつもりなのは明らかであるが、実に大人気ない態度である。これがギルドマスターなのだから、残念としか言いようがない。


「嘘ね! あくまでも教えないつもりなのかしら?」


「いやいやいや、そんな事言われても……」


 リュージが余所見をした事で、やましいところがあるのだと判断したパメラが、嘘だと断じる。確かにそうだが、認める訳にはいかないリュージは言葉を濁す。

(……面倒だな。ギルマスもあんなんだし!)


『ここは、戦略的撤退しか無いですニャ』


(自業自得だけど、こんな事になるとは……)


『流石にあれは気持ち悪いニャ。百年の恋も冷めるとはこの事ですニャ』


(恋はしてないから冷めるも何もないけど、走れば撒けるかな)


 脳内会議を完了したリュージは、それまで距離を保っていたパメラに対して、逆に突撃すると見せ掛けて脇を抜ける。途中でヘルムートに、「先に行くぞ」と声を掛けたのは、このまま走り去るつもりだからだろうか。残った荷物も、軽く手を触れるだけで収納出来るので、アイテムBOXに回収すると準備万端である。


「じゃあ、お先に! 早く来ないと置いてくから、急げよー!」


「ちょっ、まさか、このまま行くつもり?」


「おい! 待て、リュージ! まだ馬の準備が――」


 ヘルムートを挑発しながら、後ろ向きで疾走するリュージはあっさり見えなくなる。あまりに突然の出来事に混乱するパメラと、馬具の装着に手間取るヘルムート。こんなに急な出発になるとは思っていなかった職員たちも、てんやわんやである。


 建物の陰で【光学迷彩】を発動し、南門を抜けた先で足を止める。どうやら、この場所でヘルムートを待つつもりらしい。街道脇の木陰に腰を下ろし寄り掛かったリュージは、スキルを解除してのんびりと空を眺める。


 大した時間ではなかったが、いつの間にか日は昇り、ぽつらぽつらと綿雲が浮かぶ青空は何処までも澄み渡るようだ。


(こんな日を“春うらら”って言うのかな?)


『明後日から夏ですから、“夏めく”じゃないですかニャ』


(まぁ、日本の地理での表現だからな……主観でもいいんじゃね?)


『現状、日本人は御主人だけですから大きな問題は無いニャン』


 そんな相変わらずのゆるい遣り取りをしていると、漸くヘルムートが南門を越えて来たのが見える。


「来たか……」


 そう呟いて立ち上がったリュージは、木陰から街道へと出る。――が、それを発見した筈のヘルムートは、止まるどころかスピードを上げ始める。


(野郎、無視して行く気だな……子供か!)


『……五十歩百歩ですニャ』


(馬鹿なっ、あれと一緒だと? 認めない……俺は認めないぞ!)


『御主人、まず認める事が成長に繋がりますニャ』


(じゃあ、保留で! 百歩譲って、認めるとしても時間が必要だし、その為の検証も重要だろ?)


『そこまで嫌がるなら、別に良いですニャ』


(むぅ、それはそれで……)


 案の定、ヘルムートが操る馬は目の前を駆け抜けてゆく。気付かなかったていを装い、しらを切るつもりかもしれない。何故なら、【浄天眼】のスキルを持つリュージは、咄嗟に目を反らして馬に乗る所を目撃していたからてある。それなりに距離があるので、ヘルムートには分からなかっただろうが……。


 砂埃を巻き上げて走り去る後ろ姿を目で追いながら、リュージは柔軟体操で身体をほぐす。


『追わないんですかニャ?』


(大丈夫だとは思うけど、柔軟もせずに馬と張り合って、怪我とかしたくないしな……)


 ヘルムートが去った街道に目を向けるリュージ。蛇行した道の先、既に見えなくなっているにも関わらず、その目はヘルムートを捉えていた。勿論、【浄天眼】の能力である。


 柔軟に費やした時間は、凡そ十分……。


 襲歩しゅうほ――ギャロップとも言うが、馬によっては時速六十キロメートルにもなる――であれば、先行された距離は五キロメートルは固いだろう。だが、そのペースで走るのはそろそろ限界の筈である。


 一歩、二歩、三歩――


 助走を開始したリュージは、四歩目を強く踏み出す。五歩、六歩、七歩――


 徐々に……だが、確実に加速してゆくリュージ。イメージしたのは、漫画やアニメで見る忍者のそれであった。


 ――リュージはラストックまでの道程で、【足並み十法】を鍛える為に歩法の特訓をしており、その中には“なんば”の動きも含まれていた。しかし、【忍歩】までマスターしたからこそ分かる事もある。恐らく、身体の各部を連携・連動させる事を重視しており、それによって効率的な動きを実現しようとした技術なのだろう。


 一日に数十キロメートルから百キロメートルを走ったとされる江戸時代の飛脚が、より早く、より遠くへ手紙を運ぶ為の走法を追究したのだとしたら……。生憎とその走法は失伝している為、リュージの理解がそこまで及んでいるかは不明だが、スキル補正されたステータスによる常人離れした脚力と、“なんば”による肉体制御技術によって実現した走法は、人としては非常識な速度で追い上げてゆく。


 街道に沿ってひた走る騎馬と、それを追う獣染みた何か――。


 言われずとも、その“何か”とはリュージの事であるのだが、極端な前傾姿勢で走る姿は見様によっては大型の獣に見えない事もない。


 走り出してから約五分。マップ機能で確認すると六キロメートル弱を移動した事になっている。計算上、時速七十キロメートルくらいで走っているのだから、獣と間違われたとしても無理は無いのだろう。百メートルなら、五秒台……世界記録も真っ青であろう。短距離であれば、更に速くなるという事なのだから、尚更である。


『ホシはどの辺りですかニャ?』


(そろそろ見えて来る筈だ――って、何処のデカだよ!)


『御主人は、マラソン刑事デカですニャ』


(嫌だよ! その流れだとマラソンって呼ばれるんだろ? ダサっ!)


『ダサいとは失礼ですニャ。ランナーの方が良いですニャ?』


(ふざけろ! だいたい、刑事にしろお巡りにしろ所詮は公務員だぞ? テレビドラマは過剰に演出された幻想だ……刑事だから安全とか、良い人だなんて事は絶対に無い!)


『まぁ、色々な人が居ますからニャ……』


 かつて、馬車で通った街道を単身で逆走するリュージ。思考で済むとはいえ、雑談を交わすのは余裕の表れだろうか。彼方かなたには、盗賊のアジトが在った森の一部が見え始めており、走った距離とある種の懐かしさを感じさせた。森や山を避ける様に延びる街道はグネグネと蛇行し、その先に居るであろうヘルムートの姿を隠す。しかし、それに追い付くのが時間の問題である事も明白であった。


(……あの丘の向こう側だな)


 目視はまだ確認出来ないが、リュージの耳は馬蹄の奏でる軽快なリズムを聞き逃さない。


『ショートカットという手もありますニャ!』


(そうか、別にルールが有る訳でも無いんだったな……よしっ!)


 右に大きくカーブする街道を逸れて、一気に傾斜を駆け上がるリュージ。雑草が生い茂り、所々剥き出しになった岩や群生する低木が行く手を阻む。丘と呼ぶには少々、難易度が高いのだが一足飛びに走破するリュージには関係無いのだろう。


(居た! 後ろを気にしてるな……)


 そのまま街道に沿って走ったとしても、一分もあれば捕捉出来ていたかもしれない。だが、クゥーの提案で気紛れに丘を登ったリュージは、ヘルムートに気付かれない位置から俯瞰ふかんした。


『御主人が追い付いて来ないからですニャ』


(それにしちゃあ、ペースを落としてないけどな……)


『この先の村をゴール地点として、御主人を待つつもりではないですかニャ?』


(なるほどね……そんじゃあ、先に村で待つか)


 ヘルムートの思考を、先読みして実行する。勝敗云々よりも、その方がたのしそうだからとニッコリ笑うリュージは、やはり子供にしか見えない。


 そうと決まれば、ぐずぐずしては居られないとばかりに飛び出すリュージ。ヘルムートを追い越して立ちはだかるだけなら、このまま左側に向かって丘を下れば良い。だが、この先にある村に先回りするのであれば、右斜め前方に向かうのが最短距離である。ただし、幾つかの丘陵を直進して越えてゆく必要がある。勿論、リュージは村に先回りするつもりである。


 足場の悪い丘を真っ直ぐに突っ切る。登るよりも、下る時にこそ注意が必要なのは言うまでもない。目視が難しい足場にうんざりしたリュージが、自然破壊を断行するのに然程の時間は掛からなかった。


(時間が無いのに面倒な……仕方が無い)


『どうするんですかニャ?』


「困ったら、魔法があるじゃないか。【嶂壁しょうへき】」


 リュージは、防壁代わりでお馴染みの魔法を直線的に展開する。その姿を形容するのなら小型サイズにした“万里の長城”だろう。これを城壁としてではなく、丘陵地帯に架かる橋として利用しようというのだ。


 魔法発動時の地鳴りと、それに伴う振動が気にはなるが……騎乗しているヘルムートは気付かないかもしれない。


『上手い具合に自然破壊も最小限ですニャ』


(気遣った訳じゃないけどな――っつーか、【魔法破誕まほうはだん】で元通りじゃね?)


『傷付いた植物は試した事が無いですニャ』


(――まぁ、そうだな。雑草までは気にしてないからな……初検証か)


 トントンと足を踏み鳴らし、足元の強度を確かめるリュージ。一転して、舗装された通路の様に延びる【嶂壁】の上を軽快に走破する。生憎と、効果範囲の関係で何度か魔法を繰り返す。問題となった自然破壊も、【魔法破誕】では折れた樹木は再生しない事が分かった。また、地中からり上がる様に生成されるからか、想定した程の被害は無く、大概は元に戻るので一安心である。

 

(……うっし、終点! 街道に出たら、村は目の前の筈だ)


『待機中はどうしますかニャ? な~んにも無い村だった筈ですニャ』


(はてさて、どうしたものか……着いてから考えればいんじゃね?)


 そうしてひなびた村に辿り着いたが、相変わらず長閑な空気が漂っている。街道に隣接する形で存在しており、位置的にはラストックから十五キロメートルという好立地だが、全くといって良いほど発展する気配は無い。


 主な産業は農業と牧畜。僅かながら、林業にも携わっているらしい。街道沿いという事で、簡易の宿泊施設も存在するが、食事は出ない。素泊まりではなく、客に自炊をさせる木賃宿きちんやどである。――と、いってもラストックに近いので宿泊客は少ない。……そんな村である。


(やっぱり、何も無いな。村人は殆ど農作業だし)


『暇潰しなら、吟遊詩人よろしく歌でもどうですニャ?』


 思いも寄らない提案をするクゥー。しかし、突拍子も無い事でもない。リュージが持っている【遊芸】を鍛えるのに丁度良いからである。


(歌……歌か……観客も居ないのに歌ってもなぁ。レ○ポールは流石に目立つし……楽器でも作るか?)


『――すると、ギターですかニャ?』


(いや、時間を掛ければアコギも作れるかもしれんが……先ずは笛だろうな)


 そんな脳内会議の結果、笛の製作が決定する。ヘルムートは、まだ来ない――。

 3/14 18:25 うっかりしてましたが、登録商標だと気付いたので突っ込まれる前に訂正しました。

 訂正前→レスポール

 訂正後→レ○ポール

 申し訳御座いませんでした。


 ステータス変化はありませんが、前話で所持金は減りました。半端な分は、記述してませんが飲食代です。服の代金は返却されませんでした。


 《ステータス》

 名前   鈴木立志すずきりゅうじ

 性別   男

 年齢   42

 職業   放浪者

 所属   隠れ里

 種族   異世界人

 

 レベル      23

 生命力   3100/3100

 魔力       ∞

 力       2457

 体力      2279

 知力      6714   

 素早さ     3568   

 器用さ     2056

 運       2102   

 魔素ポイント 99938288  

 所持金    49118マアク25ピニ 10016マアク50ピニ↓


 《スキル》

[超電脳Lv2]     [魔導の心得Lv4]

[心眼LvMAX]    [浄天眼Lv3]  

[剣術LvMAX]    [斧術Lv1]

[投擲Lv3]      [光学迷彩Lv4]

[錬金術Lv1]     [槍術Lv1]   

[忍歩LvMAX]    [遊芸Lv1]   

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

木工Lv3 盾Lv1 登山Lv1 伐採Lv4 音波感知Lv3

石工Lv1 海中遊泳Lv3 交渉術Lv3 調理Lv1 蹴撃LvMAX 止血Lv1


 《称号》

スキルマニア 殺戮者 無慈悲なる者 テクニシャン

イジメっ子 笑う切り裂き魔 三助 温泉伝道師

大蛇殺し 海洋生物 盗賊殺し トレジャーハンター

子供の味方 賞金稼ぎ 巨蟲殺し 開発者

史上初の快挙を成した者 勇者 見えざる暗躍者

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