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異世界ゆったり立志物語  作者: sawa
ダンジョン攻略篇 ~ラストック~
63/72

第六十一話 出発、そして……!

 物凄くお久しぶりです。



 場所は“渡り鳥の棲み処亭”の食堂。食事処としても営業しているので、宿泊客以外でも入店し易い様にと、それぞれ専用の入り口まで存在するのだが、あまり意味を為してはいなかったりする。時刻は、午後四時を回ったばかりといったところだろう。


 食堂にも窓は在るが、ガラスの嵌まっていない開口部は鎧戸を開け放ち、採光を確保している。季節は夏になろうかとしていたが、暑さがまだそれほどでもないのは湿度が少ないからだろう。これが暑くなって来ると鎧戸を閉めて暗くする事で凌ぐらしい。それが、生まれ育った日本とは違う地域だからなのか異世界だからなのかは、海外旅行の経験が無いリュージには判断出来なかったが、気候と文化の違いは感じていた。


 経費削減の為か照明は点けていない。少しばかり薄暗い店内は、相も変わらず空席が目立つ。これが当たり前の光景でもあり、日常の出来事になったのはいつ頃なのだろうか。最近なのか二年前なのか、それよりも前なのか……。こんな開店休業状態で採算が合うのかと本気で心配になるが、個人の努力でどうにか出来る問題でも無い。料理の味やサービスの質の話であれば苦労のし甲斐もありそうだが、今のラストックには外食する余裕のある者が少ないという、単純でいて致命的な理由が明らかなのだ。需要が無ければ供給が成り立つ道理も無い。


 そんな店にあって珍しく、四人もの客で一つのテーブルが埋まっていた。昼食には遅く夕食には早いという中途半端な時間であるにも拘わらず、である。喩えその内の一人が宿泊客であるリュージであったとしても、食事を目的とする新規の客が三人も存在する事自体が久方ぶりであった。厨房の主であるジョナサンの張り切る姿が目に浮かぶ様である。


「……で? 待ちきれない程、急ぎの用なのか?」


 三名が席に着いた直後、リュージは率直に尋ねた。一名は勿論リュージであり、他三名は“勇敢な同志タップファーカメラート”である。四人掛けの席を選ぶと、リュージの向かい側にロベルトとマックスが座り、左隣にハワードが座った。声を掛けたのは正面のロベルトにである。


 ――中央広場に居たロベルトと別れた後、定宿に戻ったリュージは、のんびりとお茶を飲んで待ちながら、暇潰しとばかりに――訓練の一環でもある――浄天眼で三人の位置を探ったりもしていた。別れ際に仲間の居場所を教えてやっても良かったのだが、説明が面倒なのでスルーしたらしい。彼等が宿に顔を出したのは、時間にして僅か十数分後の事なので、何の問題も無い。


「あ、いや……」


「なぁ、聞いてくれよ! 折角、お茶を出してくれるってのに、ロベルトの奴がさぁ~」


「――いつもは、安い酒場くらいしか行かないからな。どうも、気後れしたらしいんだ」


 口籠くちごもるロベルトに対して、その隣で不満たらたらのマックス。ハワードが横から軽く弁護を図るが、ロベルトの顔が見る見ると赤く染まってゆく。怒りからか、羞恥心からか……十中八九は後者だが、男のそんな反応を見ていても嬉しくは無い。からかって楽しむという方法もあるが、それはマックスのポジションであろう。リュージは敢えて見逃してやる事にした、武士の情けである。


「あぁ、ジョルジュの接客は丁寧だからな。一流の仕事に財布が心配になったってところか?」


「……まぁ、な……これからの事を考えると無駄遣いは出来ないんだよ!」


 成る程、分からなくも無い。ダンジョンという収入源が使えないのだから。ある意味でリュージのせいでもあるが……それこそ、そういう職業だと諦めて貰うより外に無いだろう。


「これからどうするのかは、決まったのか?」


 三人の顔を見回しながら、リュージは問い掛けてみる。一昨日の“クロードの武器屋”での出来事が強く印象に残っていたのだろう。


「あ~、それなんだが……王都に出る事にしたんだ。一か八かって奴だが、努力次第で何とかなるだろうってな! だから、今日は別れの挨拶をしておこうと思って来たんだ。飯の約束も有っただろう?」


「考えは甘いかもしれないが、覚悟だけならとうの昔に出来てるからな……」


「大丈夫だって! 少しずつ慣らして行けば良いんだろ? 今までと変わらねーよ」


 それぞれ、ロベルト、ハワード、マックスの順だが……国外に出るのは止めたらしい。国が変われば習慣も変わる。違う文化で戸惑うよりは、少しレベルが高くても王都の方が頑張れるという結論なんだろう。


「ふ~ん……出発はいつなんだ?」


「いつと決めた訳じゃないが、早目にしようとは考えてる。まだ、準備もあるし数日は居るかもしれないが……遊んでる余裕も無いんでな!」


 懐具合も考えて数日中には出るらしい。食料の買い出しも有るだろうし、王都までの旅費に到着後の生活費……安全性や快適性を考え始めれば、金はいくら有っても足りないだろう。全財産が何れくらいになるのかは不明だが、節約しておきたいと考えるのも無理は無い。


「なぁなぁ、聞いてくれよリュージ! こいつら王都まで歩くって言うんだぜ? 信じられるか? 馬車なら十日って道を、装備と食料を背負って延々と……何日掛かんだよ! 二十日か? 三十日か? その分、食料も増えるだろ? 一緒に説得してくれよ~」


「止めろ馬鹿! 言っとくが、今のラストックで馬車なんか借りれるか? 買う金なんて無いし、維持費だって馬鹿にならんだろ!」


 マックスの訴えも分かる。だが、現実問題として庶民に貸し出される様な馬車が無いらしい。入門税のせいで、貸した馬車が戻って来ない事が殆どで、商売にもならない……貸し馬車屋は撤退したそうだ。どうしても欲しければ買うしかないが、オーダーメイドになる上に税も掛かるので高額になり過ぎて手が出ないのだとか。


「……良かったらって話なんだけど、少しばかり小遣い稼ぎをして行かないか?」


「「「???」」」


 突然とも言えるリュージの提案に固まる三人。鳩が豆鉄砲を食らった様とはこんな感じだろうか? 次第に言葉の意味を理解したのか、訝し気な表情に変わってゆく。


「いや、そんな顔するなよ。別に変な事じゃないから!」


「おいおい、どうしたんだ? もしかして、寂しくなっちゃったのか~?」


「――あ゛ぁん? ……あ~、いや、そうじゃなくてだな……実は、ギルドマスターに同行する形で俺も王都に旅立つんだが……出発は明日の早朝なんだ」


 真面目に話しているのに茶化して来たマックスに、睨みをきかせて黙らせる。思った以上に威圧してしまったらしく、沈黙を通り越して硬直してしまった様だが、この際どうでも良いだろう。動かない身体に半泣きで狼狽えているマックスは、パーティーのお母さん役とでも言えそうなハワードが何とかするだろう。


「随分と急な話だな? 奇遇というか何というか……それで? 護衛依頼って事で良いのか?」


「いや、依頼内容はうちのド素人たちに訓練を施して貰いたい。取り合えず、体力作りかな? 何なら教官として見守ってくれるだけでも構わない」


「ド素人、たち?……詳しい話を聞こうか」


 話の流れから推測するなら護衛依頼しか無い様に思えるが、リュージが静かに首を振って否定した事でロベルトの顔に困惑が浮かび、次いで語られた言葉に疑問が生じる。リュージは、分かり易過ぎる顔色に苦笑しながらも、促されるままに話を続けてゆく。


「そうだな、どう話すかな……まず、俺を入れて四人で旅をしてたんだが、ひょんな事から人数が増えてな?」


 ロベルトが聞く体勢を整えたのを見ながら、端折りながら簡単に説明するリュージ。


「随分と適当だな……ひょんな事って何だ? 一体何人居るんだ?」


「ん? まぁ、色々と有ってな! 後で紹介するけど、俺以外に二十九人だな。生憎と今は買い物に行ってるんだ。その内、頼みたいのは十六人かな? 二十人は居ないと思う」


 馬鹿丁寧に全ての質問に答える義務は無いのだと、人数以外は誤魔化すリュージ。長々と説明しなくても、この交渉を上手く運ぶ自信が有ったし、仮に断られても縁が無かったというだけの話で、それほど困る訳でも無いので余裕である。


「思ったより多いな……」


 一方、人数を聞いたロベルトは慎重である。勝手ではあるが、探検者は合同訓練なんてしないイメージなので、もしかしたら自信が無いのかもしれない。


「大丈夫、大丈夫! 何も探検者にしてくれって訳じゃ無いんだ。気楽に行こう!」


「だが、やるからには基礎からしっかりやらないと駄目だろう?」


「まぁな。でも、半分以上はまだ子供だからな……基礎中の基礎を無茶しない程度で良いと思う。どうだ? やるか? やるなら報酬の話をしようか!」


 リュージは半ば強引に話を進めて行く。迷っている相手に合わせていたら、いくら時間があっても足りないのだ。下手に時間を与えたばかりに営業に失敗した経験もある。そもそも、迷っている時点で興味が在るのは明らかなのだから、終始ペースを握って押し切るべきなのだ。今回は商品を売るのでは無く、労働力を買う立場なのだから尚の事、失敗の有り得ない簡単なお仕事である。


「まるで拒否権が無い様な気がするんだが、気のせいか?」


「気にしない、気にしない! 悪い様にはしないって! そうだな~、一日当たり百マアクでどうよ?」


 話が勝手に進む事に危機感を覚えたのか、やんわりと牽制してくるロベルトに対して、井戸端会議中の主婦を思わせる様な手付きをしながら、尚も話を進めるリュージ。提示した金額は、探検者である事を考慮した物だがリュージ本人の基準であり、一般的な探検者からすれば破格の報酬であった。


「やる! 絶対やる! やるよなロベルト? やらなきゃ阿呆だぜ?」


「マックス……大人しくしてた方が身の為だぞ?」


 金額を聞いて復活して来たマックスが、大燥おおはしゃぎで賛成を促すのだが……正直、ウザい。リュージが、物理的に大人しくさせようかと思案し始めたのと、気を利かせたハワードがマックスに声を掛けたのは、奇しくもほぼ同時であった。紙一重のタイミングで難を逃れたマックスは無視して、リュージはロベルトの返事を待つ。


「高過ぎないか? 小遣い稼ぎと言うからには俺たちの為なんだろうが、その報酬なら希望者なんてごまんと集まるだろう?」


 破格の報酬だからか、慎重にならざるを得ないロベルトは、いぶかしがっている訳では無さそうだが、そう問いかけて来た。自尊心でも刺激されたのか……素直に受ける事を躊躇っているようだ。施しでは無く、仕事なんだから気にする必要は無い筈だが、感じ方や受け取り方は人それぞれという事だろう。


「……かもな? かといって誰でも良いって訳でも無いし。この仕事は、お前ら以外に頼むつもりは無いんだわ! 他に当てが在る訳でも無いしな」


 ロベルトの葛藤を知ってか知らずか、何の気負いも無く、気楽な感じで正直に返答するリュージ。


「そうか……分かった! 仕事なんだよな。有り難くその依頼を受けさせて貰う。はぁぁ~、それにしても出会って間もないってのに、何だか世話になりっぱなしだな」


 その気楽さが良かったのか、頼み事が出来る様な知り合いが少ない事を匂わせたのが功を奏したのか、その返事はリュージにとって色好いろよい物であった。隣で小さくガッツポーズをしているマックスも、声には出さないが大喜びである。


「まぁ、これも縁って奴だろ? 恩義を感じるってんなら……大いに感じてくれたまえ!」


「台無しだよ! そこは嘘でも、気にするなって言うところだろ!」


 そんなロベルトの訴えは軽くいなして、訓練内容などの相談に移るリュージ。依頼の際は代表者としてロベルトと話したが、仕事の内容となれば話は別である。ハワードとマックスも加えて大いに議論したのだが、性格の違いはここにも表れていた。簡単に言うと、慎重なロベルトと堅実なハワードに大胆で迂闊なマックスだろうか? 二人の苦労が偲ばれるが、これはこれでバランスが良いのだろう。何より生き残っている事こそが、それを証明しているとも言える。


 そんな中、一羽の鳥が窓の縁に降り立つ。それは、長元坊ちょうげんぼうというはやぶさの仲間であり、気流に乗ってホバリングする事が出来る器用な鳥であり、言わずと知れたテンである。客が居るので話し掛けて来ないが、左腕を掲げて見せると羽ばたいてその腕に止まる。


「うわっ!」


「……鷹、か?」


「いや、恐らく隼だろう」


「テンって言うんだ、よろしくな。はい、挨拶!」


「キィィィィィ!」

 

 翔んで来たテンに驚いたマックスが大きな声を上げるが、襲われる訳じゃ無いと分かるとまじまじと観察を始める。詳しくない中で近い種類を挙げるロベルトに対して、より正解に近い予想を返しているのでハワードの方が若干詳しい様だ。リュージがそんな彼らに紹介をすると、ちゃんと空気を読んで鳥らしく鳴いてみせるテン。これがクゥーなら、普通に喋っていたのではないだろうか?


「只今、戻りました……お客様ですか?」


 そこへヴァルターが様子を見にやって来た。どうやら他の皆は部屋に荷物を置きに行っているらしく、食堂に集合の予定との事であった。もうじき夕食の時間だからという事だろう。


「ご苦労様、押し付けて悪かったな。皆も集まったらお互いに紹介と行こうか」


 それから全員が揃ったのは三十分ほど後の事であった。最後はイヴァンジェリンとコリーンである。奴隷として買われたばかりの人たちは、緊張しているからか早目に集合していた。国民性なのか厳しくしつけられた結果なのかは分からない。


「揃ったな……それじゃあ、遅くなったけど自己紹介をしようか。先ずは俺から、姓は鈴木すずきで名が立志りゅうじだ。今日、皆を買ったのは善意からという訳じゃ無いから、小さい子以外は時期が来たら何かしら働いて貰うつもりでいるが、衣食住は保障するし奴隷として扱うつもりも無いから安心してくれ」


 こうして始まった自己紹介だが、人数が多いので簡単にまとめてしまう事にする。今日、購入した奴隷以外はお馴染みなので、勿論省く。まず、幼少組が四歳のチェルシーと三歳のロージーの二名。リアの友達であり、この娘たちの為にオークションに参加したとも言える。どうやら、リアと同じ様に滞納した税金のかたとして売られたらしい。


 続いて子供から十一歳のモニカ、口減らしの為に売られたのだが、自ら選んだのだと言う。選ばされたという方が正しいのではないだろうか? 同じく十歳のターラは、両親を亡くして引き取られた親戚に売られたそうだ。赤ん坊の頃に一度会ったきりという遠い親戚なので、真偽の程も分からず逆らう術も無かったと諦めた笑みが印象的である。


 そして、ここからの八名は孤児である。二年前までは孤児を保護する施設が存在していたらしい。しかし、それも男爵が代官になってからの財政難と徴税官の妨害などにより困窮し、院長は王都に直訴しに旅立ったまま行方不明。結局、管理者の居ない施設は閉鎖となり、ごく最近までは力を合わせて生きて来たのだが、滞納していた税金が払えず一斉検挙されたそうだ。因みに施設の出身者は一発逆転を夢見て王都に出る事が多く、ラストックに居る者たちは生活が苦しく、僅かな食事を世話してくれる事は有っても、税の肩代わりまでは無理だったらしい。


 八歳のハンスとヨハン、九歳のルーカスに十一歳のミースとクルト、紅一点のアシュリーとパウル、リヒャルトの三名は十二歳なので、この国では大人扱いになるのかもしれないが、リュージからすればまだ子供だろう。身長だけなら十分に大人なのだが、その話題を持ち出すとリュージが凹んで面倒臭いのでスルーである。


 彼らは、当たり前の様にバラバラになる事を覚悟していたのだが、仲間全員が居るので感謝の念が強く、やる気に溢れていたりする。……が、出来る事は少なく無理もさせられないだろう。生意気盛りの子供なので出来ると言い張って失敗もするかもしれないが、教え導くのが先達である大人の仕事なのだ。あれやこれやと世話を焼かずに放って置いても勝手に育つが、無意識に大人の背中を見ているものである。男は黙って背中で語る……昔気質むかしかたぎの古い遣り方だが、千の言葉よりも一の行動に感動する事もある事を知っているリュージは、己の未熟を自覚しつつも気を引き締めながら一人一人の顔を見渡すのであった。


 ここからの七名は高齢者なので少しだけ詳しく紹介すると、四十歳のドナはモニカの祖母である。同じ理由で売られた経緯を持つのだが、自分だけでは足りなかった事でモニカに対して罪悪感を抱えているらしい。糸を紡ぐ仕事をしていたという事で、その知識と経験に期待している。三十八歳のエイダも同じ職場で働いていたそうだが、二人とも不景気の影響で職を失ったようだ。


 最年長のベルトルトは四十五歳、商売をしていたので交渉や算術に自信があるらしい。自分の商会を潰した挙げ句の奴隷落ちだと自嘲気味である。妻と子供は若い頃に行商の途中で殺されたそうだ……盗賊の仕業である。四十三歳のヘイムートは王都で活躍した元建築家で、引退した後は故郷であるラストックで過ごしていたのだが、年々上がり続ける税金で貯えが底をつき奴隷落ち――子供は王都に居る筈だが、手紙を出しても連絡が無いそうだ。同じく四十三歳のトーマスは製紙ギルドに所属していた元職人という経歴を持つのだが、製法等の一切の情報は契約で縛られているので漏らす事が出来ないそうだ。尤も、パピルスの製法なので、より新しい製紙方法を知っているリュージには無関係であり、知識より経験を重視しているのである。


 それから、リュージと同い年の四十二歳がブルーノとクリストフの二人である。この二人は弟子でもある自らの子供たちの独立を機に引退した元魔道具職人である。どうやら幼馴染みで互いに切磋琢磨したライバルとの事だ。税の免除に釣られて協力する事にした跡取りたちは一向に帰って来ず、免除された筈なのに徴税官がやって来て奴隷に落とされたのが事の経緯らしい。王都に行ってからの話になるが、家族も探してやるべきかもしれない。


 最後がヴァルターの知り合いの五人。二十三歳のホルトは見習い革職人。意外にもヴァルターも元革職人でホルトは弟弟子にに当たるそうだ。二十六歳のリープと二十五歳のシモンの二人は探検者で幼馴染みというか兄貴分の様な存在らしい。男爵の私兵と揉めたまでは良かったが、裁判も無く有罪で奴隷落ち。オークションでは犯罪奴隷ではなかったので、偽装されている筈だ。そして、二十二歳のエノーラはリープの妹で見習い薬剤師。簡単な薬の調合は出来るが、まだまだ卵だそうだ。奴隷落ちの理由は、リープに殴られた兵士の逆恨みによる嫌がらせで失職したための困窮だそうだ。


 二十歳のカミラはリアに似た雰囲気を持った女性である。リュージの余計な一言を本気にして好みの女性を選んだのかと思えば、義理の妹になるらしい。つまり、リアにとっては叔母に当たる女性なのだ。近所のおばちゃんにでも娘を頼んだのかと思い込んでいたが、ちゃんと親戚も居たらしい。尤も、こうして奴隷になっているところを見ると運命は変わらなかった様だが……。タイミング的にはカミラの方が先なので、結果的にリアを庇う事は不可能であった様だ。買い物に行った先で泣いて謝罪したらしいが、リアはよく分からなかったみたいである。


(何だか、色々なドラマが展開されたみたいだけど……付き添わなくて本当に良かった~)


『御主人……安心しているところに恐縮ですニャ。明日、王都に向かう事やロベルトたちの紹介がまだありますニャン』


(……仕方無い、覚悟を決めるか)


『御主人、ファイト~! ニャン』


 何とも気が抜ける応援を受けて事情説明を始める事にしたリュージ。パンパンと手を叩いて注目を集めると、おもむろに語り出した。


「あー、みんな聞いてくれ。俺は明日、王都に向かう事になっている! 俺が居ない間は、体力を作る為の運動だったり、文字や算術の勉強をして欲しいと考えている。この三人は教官として雇った探検者だが、運動であればリープやシモン。勉強ならベルトルトやヘイムートなど、得意そうな者も居る様だから協力して頑張ってくれ。……それじゃあ、挨拶をしてくれ」


 そう言って場所を譲ると、ロベルトたちが順に挨拶を始めるのだが、リュージの試練は寧ろこれからが本番であった。


「ちょっと、リュージ! 聞いてないわよ!? どういう事かしら?」


「……説明を求める」


 詰め寄るイヴァンジェリンとコリーンの迫力に気圧されるリュージ。予想はしていたが、思っていたよりも動きが早かった。


「落ち着いて下さいよ! ……ダンジョンを攻略するまでは良かったんですが、ギルドに報告したら王都に行く事になりまして、ラストックの現状を訴える必要も有って断れないんですよ」


 二人を宥めながら、分かり易く説明しようと苦心するが、事実以上の言葉は出て来ない。嘘でも納得させられる言葉が有ったのなら、躊躇わずに縋っていたかもしれない。人間は追い詰められた時、より困難な状況になると分かってはいても、愚かな行動をとってしまう事があるからである。結果的に言葉が出なかっただけで、今のリュージの精神状態は罪悪感が手伝ってかなり追い込まれていた。常に最善策を選べる者は思うほど多くは無いし、望んでその結果を得られる者は更に少ない。そういう意味でリュージは幸運であったが、同時にまだまだである。


「私たちも行けるのかしら?」


「いえ、馬車で十日の道程を出来る限り短縮する予定なので、ついてくるのは難しいかと……」


「もう! また、置いてけぼりなの~?」


「みんなと一緒に身体を鍛えたり、勉強を教えてあげたりしながら待っていてくれませんか? お土産も買って来ますから……ね?」


 ついて来たいイヴァンジェリンに体力的に難しい事を説明しながら、諭す努力をするリュージは伝家の宝刀“お土産”を発動する。これで駄目なら一気に追い詰められるだろう……リュージにとって、現状で思い付く限りを尽くした起死回生の一手であった。


「……イヴ、ここは任せて」


「えっ? ……分かった」


 しかし、予想に反して前に出て来たのはコリーンである。何やら、自信有り気な佇まいがリュージの不安を煽る。起死回生の一手は空振ったらしい。絶体絶命の大ピンチという言葉が浮かび、冷や汗が頬を伝う。


「……リュージ、私は何? 私たちはリュージの何?」


「え~と、師匠と先生、です……よね?」


「……そう、私たちはリュージの師なの。師を置いてけぼりにするなんて……許されると思う?」


 基本的に無口な筈のコリーンだが、今日はやけに言葉が多い。精神的に追い込まれているリュージは、いつもと違う彼女に何を言われるのかと不安を感じて余裕が無くなってゆく。


「それは……でも、移動速度的な負担も有りますし、彼らの事も有るので……」


「……事前の相談が有ったのなら協力も出来る。でも、全部がリュージの都合」


「……」


 必死に絞り出した言い訳を正論で叩き潰されたリュージは、言葉を失う。最早、瀕死を通り越して仮死状態である。


「……私たちは、師ではあっても顎で使われる謂れは無い。……分かってる?」


「……」


「……私たちが、何でついて来たか分かってる?」


「……え~と」


 戦闘では無敵のリュージも、女性から浴びせられる言葉の刃の前にメンタルが襤褸雑巾ぼろぞうきんの様に傷んでゆく。怒濤の連打に返す言葉は無く……やっと出たのは意味の無い言葉。浮気をした亭主でも、もう少し増しな事が言えるのではないだろうか


「……誤魔化さなくて良い。分かってるから、顎で使っても安心だった……違う?」


「いえ、決してそんな事は――」


 そうなのだろうか? 違う筈だが、今のリュージの精神は過度なストレスにより紙装甲である。簡単に精神汚染を受け入れて洗脳される危険性が有った。


「――それでも良い! でも、条件がある」


「条件……ですか?」


 それは、疲れた精神にとっての誘惑。許して貰えるという希望である。いままでが助走であるならば、これこそが洗脳の第一歩であったかもしれない。


「……そう、リュージが私たちを顎で使うなら、それでも構わない。その代わり、師では無く伴侶としての立場が欲しい」


「「えっ!」」


 ――だが、コリーンはミスを犯した。その原因は恋愛経験が皆無だった事だろうか。ここで、愛を囁く事が出来れば或いは……。しかし、彼女は結婚を示唆してしまった。付き合っているなら兎も角、それ以前の関係である。伊達や酔狂で四十二歳まで独身を貫いていた訳では無いリュージは、反射的に拒否反応を起こし再起動する。


「……リュージは、種馬という言葉に対する印象に難色を示した。ならば、きちんと伴侶にすれば問題無い……筈?」


「師匠……もう少し時間を下さい。こういう事は冷静な時に考えたいんです!」


 リュージは、コリーンとイヴァンジェリンの瞳を順に見つめ返しながら返答する。そこには真摯な光が宿っている、様に感じた二人は時間を置く事を了解した。


(……セーフ! 時間稼ぎには成功、か?)


『御主人……往生際が悪いのニャン。今ここで決めた方が楽だったと思いますニャ! どうせ貰うか逃げるか二つに一つですニャ?』


(まぁな……だが、簡単には決められん。結婚の恐ろしさは、結婚するまでは分からない事なんだ! 女性は、結婚前には決して現さない本性を隠している。それでも良いと思えるくらいじゃあないと、決して上手く行かないらしい。そして、離婚成立までの果てしない愛憎バトルを繰り広げ、疲れきって行くんだ)


 優柔不断の主を少しばかり諌めようとしたクゥーであったが、甘い夢を叩き壊すかの様な例え話が飛び出して来た。


『また極端な例を挙げますニャ? 結婚経験の無い御主人にそんな事を吹き込んだ相手は余程の不幸なんですニャ~』


(……そうだな、離婚後も親権を取られた娘には会わせて貰えず、養育費だ何だと金を催促する電話だけが鳴り続けてノイローゼになった親友は、自殺か事故かも分からない理由で死んじまったよ)


『それは……ニャンとも……』


 週刊紙に書かれたゴシップ記事でも読んで得た知識かと思いきや、予想外に深い闇が覗いて流石のクゥーも言葉を濁す。


(極端なのは分かってる! 愚痴は散々聞いたが、全てが本当かなんて分からないさ。話を盛ってる時だって有ったかもな……それでもな、死んだんだ……)


『しっ、死因は本当に分からないんですかニャ?』


(……事故死で処理されたよ。でも、高い所に登る仕事だったしな。冗談混じりに死にたいって呟くあいつを何度も見たし聞いたんだ。ノイローゼって診断されてたしな……不意に飛びたくなる事も有ったかもしれない)


 比較的に前向きなリュージだが、四十二年も生きているとそれなりに色々と有ったのだろう。自ら親友と呼ぶ様な存在が、それほど多い訳が無い。割り切れない思いが後ろ向きな思考に片寄らせるのかもしれないが、この話題は鬼門だと判断したクゥーは気分転換を奨める事にした。


『そっ、そうニャン! 折角、ロベルトたちも約束を果たそうと尋ねて来てくれたのニャ。食べて飲んで騒ぐと良いニャ! 明日は、クゥーが起こすから朝も大丈夫ですニャ』


(……そうだな。よ~し、食うぞ~!)

 

 あからさまで下手な振りだったが、敢えて乗る事にしたリュージ。周りには聞こえないとはいえ、暗い話を聞かせてしまったと反省して新たな仲間たちとの交流を楽しむ事にする。


 久々に食べるご馳走に笑顔が溢れ、ある者たちは涙していた。初めて食べる肉に恐る恐るかじりつく子供の姿も有った。塩やスパイスといった調味料の味に驚く者も居る。


 幸せそうだった。反応は様々だが、悪い雰囲気は微塵も感じられず晩餐を思い思いに楽しむ姿が、そこかしこに散見される。大勢でワイワイと食べる食事は楽しい物だ。そこには団欒があるのだから……。


 張り切ったジョナサンのお蔭で宴は料理を出し尽くすまで続いた。睡魔に負けた子供たちからダウンしてゆくが、残った大人たちによって次第に酒飲み大会と化す。


 ――明け方、飲み潰れて物静かな食堂から抜け出す影が一つ。


「お出かけですか?」


 エントランスで、そう声を掛けたのはジョルジュである。影の主は勿論リュージであった。


「あぁ、ちっとキツいけど王都まで行って来るよ……。これ、預けて置いて良いかな? 一万マアク入ってるから、何か有ったら」


「――いってらっしゃいませ。お早いお帰りを心待にしております……」


「参ったね。……ありがとう! 行って来る」


 ジョルジュは、預かりをやんわりと拒否した。奴隷を含めて二十九人……一万マアクはやり過ぎだが、食費分だけでもかなりの物だ。だからこそ預けて置きたかったのだが、支払いに帰って来いと眼で訴えられては無理強いは出来ない。


「お舘様、出発ですか?」


 空の散歩でも楽しんでいたのか、リュージの肩にテンが舞い降りる。

 

「あぁ、丁度良い。これを預かって置いてくれ! 何処かに隠すのでも良いからさ」


「畏まりました」


 リュージは、先程ジョルジュに渡せなかった銀貨の詰まった袋の束をテンに預からせる。変身能力を持つテンは、何処からか産まれた時の卵の殻を出すと中に袋を収めてゆく。


「卵形のアイテムBOXか?」


「左様で御座います」


「マジで? 最初から預からせれば良かった!」


 衝撃の新事実が発覚! この分だとまだまだ謎が隠されていそうである。


「それよりお舘様、時間は大丈夫なのですか?」


「おっと、いけね! 行って来る」


「お気をつけて! こちらはお任せ下さい」

 

 気にはなるが、時間がそれを許さないらしい。後ろ髪を引かれながらも、ギルドマスターの待つであろうギルドへ急ぐリュージであった。

 これを予約投稿してから活動報告を書くつもりなので、良かったら見て下さい。間が開いた言い訳と暫くお休みする理由を書いて置きます。


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