第五十七話 エールの味と寝坊!
増量~。
にこやかな笑顔と共に、三日ぶりに顔を見せたリュージを出迎えたのは、フロントで待機するジョルジュであった。彼は、この宿のオーナーでもあるが、共同経営者の兄に代わり接客面を重点的に切り盛りしている。
一方で、同じくオーナーであるにも拘わらず、「厨房こそが、俺の戦場だ!」と豪語して憚らないのが、兄のジョナサンである。尤も、仕込みを含めて調理の間は手が離せないので、滅多に表には出て来ないというだけで、仕入れや帳簿の管理など遣るべき仕事は確りとしている。
――実は、両親でも間違う程そっくりな双子の兄弟なので、ごく稀にジョナサンがフロントに立っていても、一度として気付かれた例しは無かったのだが、心眼を有するリュージには見分ける事が出来たという経緯があったりする。
「これはリュージ様、怪我なども無い様で無事のお戻り、大変嬉しく思います」
「やぁ、ジョルジュさん……何か変わった事は有りましたか?」
「いいえ、特には……お連れ様は、交代でリア様のお勉強を見たりと、のんびりと過ごしていらっしゃる様です。先程、食堂に向かう姿を拝見致しました」
「そうですか、ありがとう」
双子である彼等にとって、間違わずに判別されるという事は、己を理解して貰えるのと同じくらいに重要な意味を持つらしく、リュージ達に非常に好意的である。他に宿泊客が無いとはいえ、細かい部分まで世話してくれるので、リュージも信頼していた。
「あっ! ぐんしょーどんだー!」
「おぉ、元気そうだな! ずっと、勉強してたんだって?」
「うん! リアね~、いっしょーけんめーおべんきょーしたのー」
食堂に足を運んだリュージに、それを逸早く見付けたリアが駆け寄ると、小首を傾げながら“ふにゃ”という表現がピッタリな――分かっていて遣ってるなら、かなりあざとい――敬礼をする。教えた訳では無いので見様見真似だろうが、自信が無いからこその“あれ”なのだろう。男の子であったなら、姿勢から腕の角度まできっちり教えても良いのだが、女の子のリアには必要が無い。寧ろ、その可愛い姿にズキューンと胸を撃たれるリュージ。敢えて言わせて貰おう……打たれたのでは無く、撃たれたのだと! そんなリュージが、その手を引いて皆の元へ向かうと、今度はヴァルターにべったりである。やっぱり父親が良いのね……と、リュージが思ったかどうかは言及しない事にする。
「おかえりなさい軍曹殿、ダンジョンの方は如何でしたか?」
「攻略して来たよ!」
「……流石……ですね」
挨拶しながら感想を聞いて来るヴァルターに、ドヤ顔で結果を伝えるリュージ。対抗意識だろうか? 全く大人気が無い態度だが、ヴァルターからすれば自慢気になるのも当然の偉業である。簡単だったと言わんばかりのその姿に、何処と無く諦めた様な顔をしながら、称賛の言葉を贈るのだが……その一言が、正にヴァルターの内心を表現した言葉であっただろう。
「おかえりー! 予定より早かったのね」
「そうですね、こっちも大丈夫だったみたいで安心しましたよ」
「そりゃあ、出掛けもせずに宿に居ればね……」
リュージの帰りを、上機嫌で歓ぶイヴァンジェリンに、ジョルジュから三日間の様子を聞いていた事から安心したと伝えると、外出もしなかったからだと愚痴を溢した。だが、その傍らでコリーンが真実を暴露する。
「………イヴは、お昼が食べられないのが不満そうだった……」
「ちょっと! そんな事無いわよ」
『そういえば、壊した店の修理費でお小遣いは消えてましたニャー』
「……お金が無いから外出しなかったんですね」
そんな遣り取りを眺めながら、クゥーの感想を聞いていたリュージは、外出もせずに宿に居た本当の理由を理解した。ここは隠れ里では無いので、物々交換もそうそう上手くはいかないだろう。
「違うったら! リュージは私を馬鹿だと思ってるのかしら? 確かに、お金って物は知らなかったけど……いざとなったら、馬をお金と交換すれば良いんでしょう? 簡単な事じゃないの」
「……その馬の目を見て諦めたのを、私は知っている……」
「嘘! 何で知ってるのよー」
意外にも対策を考えていたらしいイヴァンジェリンが、自分の考えを捲し立てる。今にも、「名案でしょう? それくらいの事なら、私にも出来るのよ」と心の声が聞こえて来そうな剣幕であったが、またもやコリーンの横槍が、無防備なイヴァンジェリンを突き刺す。何処から見ていたというのか……驚愕に目を見開いた彼女には、はしたなくも叫び声を上げる事しか出来なかった。どうやら、クリティカルヒットだったらしい。
「まぁまぁ、少し渡して置きますよ。好きに使って下さって構いませんから」
リュージは、幾らくらい渡せば良いのかを暫く考えてから、リア以外の面々に十マアクずつ渡す事にしたのだが――
「そんな、受け取れません! 自分は何もしてないですから」
「まぁ、そう堅く考えるなよ。そうだな……ダンジョン攻略のご祝儀だよ! リアの分は、明後日のオークションに掛かる費用だな」
「あ……ありがとう、ござい……ます」
ヴァルターだけが、受け取りを固辞しようとするのだが、少し強引に握らせる事にした。名目を祝儀にした以上、リュージとしては金額に差を付けるという選択肢は無い。差を付けられたと知った時の何とも言えない感情は、折角のお祝い気分を台無しにすると考えているからである。
そんなリュージの考えを、知ってか知らずかヴァルターは、手の中で転がる銀貨を見て感極まる思いだった。過去に有った様々な出来事が、浮かんでは消えて行き……いつの間にやら、目には涙が溜まっていた。そんな父親の姿を見ても、心配しない娘がいるだろうか? 幼子なりに考えた結果なのだろう――リアは、父親を庇う様にしてリュージの前に立つのだった。
「とーたん、いたいの? ……ぐんしょーどん、とーたんをいじめちゃ、めっ! なんだよ」
そんなリアを見て、ほっこりする反面……悪者扱いされてしまった事にショックを受けるリュージ。困って周囲を見るが、子育ての経験が有る訳でも無く、視線が合うと首をブンブン振る始末。苦笑しながらヴァルターに視線を向けるが、落ち着くにはもう少し掛かるか……リュージは、リアと向き合うと目線の高さを合わせてゆっくり語り聞かせる。
「そうだね、苛めは駄目だ……でもね、今のは苛めた訳では無いんだよ? どうして、悲しくなっちゃったのかは分からないけどね」
「……いじめてないの?」
「あぁ、苛めて無いよ……でもね、お父さんにも悲しくなっちゃう時が有るんだ。そんな時は、家族のリアが慰めてあげるんだよ」
「リアが、なぐさめる?」
リュージにも、何を思って泣き出したのか理由までは分からない。分からない事を上手く説明する自信も無ければ、する必要も無い。だからこそ、苛めた訳では無い事を理解させた上で、こんな時はどうすれば良いかを教える事に注力した。
「そう……リアが泣いてる時、お父さんはどうしてくれる?」
「えーとねー、いいこいいこしてくれる!」
「そっか。じゃあ、リアも同じ様にしてあげれば良いんだよ」
「うん! リアがいいこいいこするのー」
片親での子育ては難しい、仕事と家事の両立すら至難なのに、幼い子供の世話までが重荷となって伸し掛かるのだから。義務や責任といった重圧が、精神に及ぼす負担は計り知れない。急に泣きたくなる時も有るだろう……そんな時に、一番の支えになれるのは、やはり家族ではないだろうか。勿論、自分のコミュニティーに招き入れたからには、最大限の手助けはするつもりのリュージではあったが、第三者では踏み込めない部分――家族にしか踏み込めない、心の奥深く――を娘のリアに担当して貰いたかった。
ヴァルターとしては、別に大泣きしていた訳でも無いのだが、話の流れ的に口を挟み辛くなってしまっていた。気付いた時には、リアに頭を撫でられるという状況になっており、生暖かい視線が突き刺さって非常に照れ臭いのだ。
――しかし、これは仕方が無いだろう。一時とはいえ、リアに悪者扱いされたリュージが態と誘導した結果でもあるが、「愛娘を心配させたのだから、これくらいは堪えろ!」というのがリュージの考えである。
そんな事をしている間に運ばれて来た食事は、何れも手が込んでおりダンジョン内では屋台で買った串焼き等が主だったリュージは、三日ぶりのまともな食事に舌鼓を打つのだった。調味料は、塩と僅かな香辛料くらいしか無いのだが、野菜の甘味や肉の旨味を上手く引き出した煮込み料理は、この地方の伝統なのだろうか。ボイルされた様々な種類の腸詰めは、ジョナサンの自信作なのだそうだ。キンキンに冷えたビールに良く合いそうなのだが、常温で飲むのが一般的らしく冷えたビールは置いて無かった。冷やす習慣が無い訳では無いが、魔法使いが居る或いは雇う事が可能な限られた場所でしか提供されない物らしい。
リュージとしては、温いビールに良い印象は無いので、魔法が使えなければ今後一切注文しようとは思わなかったかもしれない。だが、魔法が使えたからこその出会いを果たす……美味い! 異世界に来て初めて飲んだビールは、冷やしても美味いが温くなっても美味かった。
リュージは知らなかったが、日本で普及しているビールの大部分は“ラガー”である。すっきりとした味わいと苦味が強いのが特徴で、良く冷えた一杯は仕事帰りのサラリーマンにとって、最高の癒しの一つではないだろうか。逆に、温いビールは飲む気がしない……個人的には、飲み物では無いとすら思っていたりする。
――だが、このビールは“エール”である。醸造工程の違いはこの際省くが、似て非なる物だ。口当たりがまろやかで香ばしく、フルーティーな味わいに仄かな苦味と甘味が有る。確りとした旨味は、温度に関係無く味わえる。
リュージの嗜好からいうと、ビールは最初の一、二杯を楽しむ物であり、喉越しとキレが良いだけで終始飲みたい物では無かった。ビールの後は、焼酎や日本酒の香りと旨味を味わいながら、堪能するまでゆっくり飲むのが好きなのだが、だからこそエールを飲む機会には恵まれなかった。飲むだけなら、種類を問わずイケる口なので、付き合いで他の酒を飲む事も数え切れない程に有ったのだが、数在るビールの銘柄を飲み比べる程好きでは無かったし、海外旅行でもビールの本場と言われる欧州に足を運んだ事は無かった。
そんなリュージが、異世界にして初めて出会った味わえるビールに感動したのと、翌朝に飲み過ぎで寝過ごすのは別の話である。
閑話休題。
翌朝、かなり遅い時間に目覚めたリュージは、大きく伸びをして縮こまった身体を解す。
「ん~っ……さて、起きるか。くあ~ぁっ……酒くさっ!」
リュージは、欠伸をしながら自分の口と身体から漂う酒の臭いに、顔を顰めてげんなりとする。熟睡したせいか、体調には問題無さそうだ――二日酔いで苦しむ様子も無い。朝方、誰かが扉をノックした様な気もするが、覚醒する前に再び深い眠りに落ちていた。
「あぁ~、腹減ったな~。誰か来た様な気もするけど……起きれなかったなぁ」
パンツ一丁の姿で、左手で腹を擦り右手で頭をガシガシと掻きながら、半覚醒状態での出来事を朧気に思い出しつつ……さっぱりしたいと考えたリュージは、徐に下着を脱ぎ捨て素っ裸になった。
朝食を食べ損ねても我慢すれば良いが、他人から臭いと思われるのは流石に嫌なのだろう。何だかんだ言っても四十二歳……加齢臭には、それなりに気を遣っていたのだ。幸い、他人から避けられる程の臭気を発してはいなかったので、心を抉られる様な出来事には遭遇せずに済んでいたが、満員電車という存在が自覚を促した。“人の振り見て我が振り直せ”という諺も在るが、息を止めなければならない程の厳しい試練を乗り越える度に、「いつか、自分も?」と、戦々恐々とする毎日を過ごして来たのだ。
馬の手入れをしている時に開発した【千灑万洗】を 発動したリュージは、真っ裸の上から湯の衣を纏った姿で仁王立ちする。風呂場であれば石鹸も使うが、生憎と宿の室内である。魔法で出した湯は消えて無くなるが、石鹸がどうなるのか試した事が無いので、今は使用を控える事にする。皮脂欠乏症――所謂、乾燥肌――で悩む方の中には、脂が落ち過ぎるので石鹸を使わないという人も居るらしい。それでも臭いは落ちるそうだが、体質の違いも有るので過信は禁物だろう。
高速で廻る水流で、隅々まで揉み洗いが完了したリュージは、余計な角質が根刮ぎ落ちてツルツルになっていた。寝ている間に掻いた汗を洗い流す事で、かなり緩和されて気にならなくなった臭いに満足すると、隠れ里で買った新しい服に袖を通す。
さっぱりして、気分もすっかりリフレッシュしたリュージは、朝食を摂る為に出掛けるには時間が中途半端過ぎると思い直した。腹は減ったが焦らなくても、もう暫く我慢すれば昼になる。だったらと、昼食にたっぷりと食べる事にした。
――そこで、何をして時間を潰すかが問題となるのだが、新しいAIを作る事したらしい。
久々に開いたメニュー画面から、コンフィグを指定してAI設定を選択する。キャラクターメイキングを開くが、キャラクターは増えていない様だ。クゥーの設定は、[ネコ]の[♀]だが……新に[♂]を作ったら、どんどん増えてゆくのだろうか。
クゥーが、身体を手に入れた事も有っての二体目なのだから、魔素ポイントが有る限り増やせるかもしれない。そして、改めて気にしてみると疑問も有るのだが、[トリ]とは何だろうか? 鳥類なのは、間違い無いだろう。普通に考えれば、酉って事でニワトリだろうか。もしかしたら、コウノトリって可能性も有る。他にはアホウドリくらいしか思い付かないが……。
(AIの[トリ]って、何か分からないか?)
『そんな! 御主人は、[トリ]如きに浮気をするのですかニャ? 少なくとも、[♀]だけは絶対に反対ですニャ! ……ヤキトリは美味しいのですニャン』
(おいおい、新しい仲間に意地悪するなよ?)
『相手次第ですニャ! 因みに、姿は決まっていませんニャン。クゥーは、身体を造る時に望んだ姿に近いのですニャー』
クゥーに質問をしてみるが、ご立腹のご様子……微妙に上手い事を言っていたみたいだが、何を不貞腐れているのやら。リュージは、ヤキトリは困ると思いながらも二体目だから、ギャンブルも良いかと考えていた。今回の選択は、[トリ][♂][声2]で決定してみた。
『この度は、私を設定して頂き誠に感謝致します。お館様、とお呼びしても宜しいですかな?』
(お館様? 別に、良いけど……クゥーとは、随分と違うんだな。性別の問題か?)
クゥーとは違い、渋い声で堅苦しくも流暢に挨拶をして来る生まれたばかりのトリ型AI。変な語尾を覚悟したが杞憂だったらしい。良く良く考えてみれば、鸚鵡や鸚哥に九官鳥など、人の真似をして喋る種類も居るのだから、喋るネコよりは不自然では無いのかもしれない。
『クゥー殿とは、先輩に当たる方ですな? 僭越ながら、私にも名を拝領致したく――』
『堅い! ……堅過ぎるのニャン! 年中、そんな喋り方をされたらクゥーが劣っているみたいニャ! もう少し、フレンドリーにならないかニャー』
リュージを差し置いて、クゥーの突っ込みが入るのだが、良く喋る新顔に危機感を覚えたらしい。勝手に馴れ馴れしくされるのも、リュージは困ると思うのだがクゥーの自己主張は続く。
『これは、クゥー殿……ご挨拶が遅れました事、平にご容赦願いた――』
『だから、堅いって言ってるニャ! 御主人も、沈黙してるのニャ。無反応なのニャ。どうするのニャー』
律儀に先輩に当たるクゥーにも挨拶をするのだが、実に大人気ない対応で一蹴されてしまう。一向に反応しないリュージに、クゥーが焦りを感じ始めたからの様だ。
『……おっ、お館様?』
『御主人? 怒ってるのですかニャ?』
(……よしっ! テンにしよう)
恐る恐る様子を伺い始めたAI達を余所に、リュージは名前を考えていたらしい。突然、考えた名を表明する。
『それは、新顔の名前ですかニャ?)
(うん、そう。クゥーの名前から連想してだな……漢字に変換すると“空”になるんだろうが、ここから英単語にしてみたり? 結局のところ“天”からテンに辿り着いた訳だ!)
『テン、で御座いますか? それが私の名前……お館様、命名感謝致します』
(良い名だろ? 空の無限の高さを表す漢字から付けたから、ぴったりだと思う。呼び易いし!)
真面目に考えたのをアピールするリュージに、付けられた名を噛み締めつつ感謝するテン……自慢気に意味を説明する中、ポロっと漏れた言葉が決め手だったりするのは、お約束だろうか。
(テン、身体の作り方はクゥーから聞いて、実行してくれ!)
『承知致しました』
クゥーからのレクチャーを受けたテンは、準備が調ったのか身体を構成する為の工程を開始するとの報告を最後に沈黙する。待つ事暫し――気が付くと、リュージの手には輝く卵が握られていた。
(うぉぅ……、いきなりだな。銀色、よりは白金か? 金の卵の上を行ったかぁ)
『なっ、なかなか遣りますのニャ……卵の状態で現れるとは、予想外でしたのニャン』
それぞれが感想を抱いている中で、コツコツと音を立てながら揺れ始める卵――亀裂が入り、小さな嘴が突き出て来る。やがて、登場した雛はあっという間に乾いたかと思えば、ズンズン大きくなり小型の猛禽類の姿となった。
「……成長が早過ぎるんじゃないか?」
「少々、戯れが過ぎましたかな? お館様が私の姿を気にされていると聞き及びまして、多様な姿を取れる様に望みまして御座います。その際に、魔素ポイントを三万と食材から肉と卵、鳥の羽も僅かに消費致しました」
どうやら、ある程度の変化能力が有るらしく、鳥類のカテゴリーに含まれれば自由に姿を変えられるそうだ。だが、消費した魔素ポイントはクゥーと同じである。何故、そこまで違いが出るのか――確かに、リュージの髪の毛とペットの抜け毛から遺伝子情報を得たクゥーと比べれば、遥かに素材は多かったといえるのだが……電脳と超電脳の差だろうか? 何となく、クゥーには言わない方が良さそうだと思うリュージであった。
「鳥の羽なんて、有ったか?」
「ドリームキャッチャーに使用されていた羽ですな、他に布団やベストから羽毛も少々」
「そういえばって奴だなぁ、空は飛べるんだよな? 鷹? にしては、コンパクトサイズだけど」
「問題無く飛べるかと存じます。この姿は、長元坊……仰る通り小型の猛禽類で、鷹では無く隼の仲間ですな」
羽毛は直ぐに納得出来たが、他に心当たりが無かったリュージが確認すると、友人にお土産で貰ったドリームキャッチャーであった。鷹や鴨の羽は、ビーズなどと一緒に神聖な物として飾りに使用されていた物である。そんな中で、鷹では無いのは何故なのか?
リュージからすれば、鷹も隼も同じ猛禽類くらいの認識でしかないが、大きさや毛色などに明確な違いが有り、室内の広さから小型の長元坊の姿を選択しているらしい。
だが――
その姿は、明らかに普通では無い。本来、長元坊の姿は褐色の地に黒い縞模様で、雄であれば頭と尾が青灰色なのだが……テンの姿は、大部分が鴉の様な黒であり、素人目には判別など不可能だろう。だが、特徴となる部分が無くなった訳ではない。鉄色の地に漆黒の縞模様が美しく、頭と尾は金の混じった白である。
そんなテンは今、布団の上で鴨の様な姿勢で寛いでいる。止まり木に掴まり直立するか、飛んでいる姿しか知らないリュージは、その姿に予想外に癒されるのだが、扉をノックする音で我に返った。
「はいは~い、今直ぐ開けますよ~」
そう、声を掛けつつ扉を開けに行くリュージ。戸締まりは簡単な閂が付いているだけだが、無いよりは遥かに増しである。尤も、宿泊客は自分達だけなので、誰が来たのか予測するのは容易い。そして、それが正しい事は目の前の人物が証明していた。
「お早う御座います。イヴ先生」
「良く寝れたみたいね……お昼は、食べられそう?」
扉を開けると、立っていたのは予想通りの女性であった。可能性としては、コリーンという線も有ったのだが、引き籠もり体質なので対抗で二着が関の山だろう。大穴は、リアがお手伝いで呼びに来るってところか? 何にせよ、リュージの体調を気遣って様子を見に来ていたのは、イヴァンジェリンである。
「それを待ってるところですよ。もう、腹減って腹減って……」
「外に食べに行こうとは思わなかったの?」
「いや……まぁ、そうなんですけどね。さっぱりしたら、我慢出来そうだったので止めたんですよ」
「……さっぱり?」
「えぇ、流石に酒臭くて我慢出来なかったので、【千灑万洗】でもってちょいちょいっとですね――」
特に意識せず、自然な流れで室内に招き入れたリュージは、世間話でもするかの様に先程までの事を話していたのだが、さっぱりの件から様子が変わり始め、魔法名を出した所で確信を得たとばかりに詰め寄られる。
「それ、私にも!」
「はっ? 何で――」
「リュージ? 貴方のお陰で、お風呂の素晴らしさを理解したわ……もう、無くてはならない物だと言っても過言では無いの」
「そっ、それは、どうも……?」
「でもね? この宿には、肝心のお風呂その物が無いから、濡れたタオルで身体を拭くだけだし……ねっ! 良いでしょう?」
「返事の前なのに……何故、脱ぐんです?」
極端だが、言ってる事は分からなくも無い。リュージ自身も、代用として魔法の恩恵を受けたばかりなのだから……だが、イヴァンジェリンは既に脱ぎ始めていた。獲物を狙う肉食獣の様に、じりじりと詰め寄り間合いを測る。美女が歩きながらのストリップに、興奮しない訳が無い――だが、追うのは良くても、追われると一歩引いてしまうのも男の性ではないだろうか。
「恥ずかしくは無いんですか?」
「恥ずかしいわよ? でも……リュージにはもう、全部見られてるじゃない」
頬を染め、恥じらいを見せながらの台詞――暗に許されるのは、自分だけだという告白に聞こえたリュージの“男”が急激に奮い立つ。
「……まぁ、そうですね」
「ほらっ、お願い……」
「分かりましたが……床が濡れちゃうので、我慢して立っていて下さいね? 千灑万洗!」
魔法名と共に、現れた湯がイヴァンジェリンを包み込み、蠢く水流が全身をマッサージしてゆく。上下に激しく揺らすと胸は小さくなるらしいので、背中から脇を抜けて胸を持ち上げる様に水流を操作する。末端から心臓の在る中心の方向に水流を操作すると、浮腫みも取れるだろうか。リュージは、色々と気にしながらも自由自在に形を変える胸を眺めて、それなりに楽しんでいたのだが、イヴァンジェリンの顔が何処か不満気なのが気に掛かる。
「どんな感じですか?」
「……リュージの手の方が、気持ち良い」
リュージは、視覚では楽しんではいたが触覚は楽しめないので、マッサージを優先していた。だが、イヴァンジェリンは快楽をお求めの様である。ならば、答えない訳にはいかないと、渦を作る様に水流を操作して、三ヶ所の刺激を強くする事にした。
「んっ……っはぁん、きゅっ、急に刺激が! あっあぁぁぁ~ん」
「ご満足頂けた様で何よりです」
リュージは、倒れ込むイヴァンジェリンを支えて魔法を解除すると、微妙に痙攣している彼女をベッドに横たえる。裸の美女が、自分のベッドで艶かしく快楽の余韻に浸る姿は、非常に興奮するのだが――
「随分とお楽しみで御座いましたな、お館様」
「……」
忘れていたが、ベッドの上には未だに寛ぐテンが居り、嘴で器用に毛繕いをしていた。その際に、お約束とばかりに率直な感想を述べて来たのだが、そのネタは宿の主人にこそ相応しい物であった。
ステータス変化→魔素ポイント三万消費と四十二マアクの浪費? (二マアクは酒代!)




