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異世界ゆったり立志物語  作者: sawa
ダンジョン攻略篇 ~ラストック~
57/72

第五十五話 ギルドマスター登場!

いつもより、増量しております。

 時刻は、十四時十八分。おやつにするには、些か早いこの時間に……場違いな喧騒が聞こえて来る。


 ここは、ダンジョンになったとはいえ、地下墓地カタコンベの入口でもある。三日前にリュージが訪れた際にも不躾な輩は居たが、ある程度の静謐な雰囲気は保たれていた。


 ――だが、今はどうか? 


 数百人からなる人間の気配と、武器や甲冑の擦過さっか音。そして、指揮官の号令一下に、十分な士気を感じさせる兵士達が従い、隊列を組んでいるではないか!


 新鮮な空気を吸って気分を良くしたリュージが、久し振りの太陽を存分に拝もうと、ウキウキとした気分を味わっていた矢先の出来事である。


(何だ、これ?)


 気分を台無しにされたリュージは、心の底から呆れ返ったとばかりに、ぞんざいな感想を漏らす。


『小規模ですが、軍勢……ですニャ。一個大隊、ってところですかニャン?』


(ち~っと、様子を見てみるか……)


 他の探検者の目を避ける為に、常時発動していた光学迷彩。気付かれている様子も無く、隠密行動をするには都合が良い。隊列を見れば、凡その数は見当が付く―――大隊規模なら約一千人だろうか。リュージは、無視してさっさと帰る事も出来たのだが、折角の気分を台無しにされたと考えると、只で放置するのは何と無く面白く無かった。せめて、目的だけでも知りたかったのだろう。


 リュージにしてみれば、三日前の出来事もある。八人の衛兵が、一人の子供にされただけで、一個大隊を投入したのなら酔狂と言わざるを得ないが、流石にそれは無いだろう。だが、彼等にも衛兵としてのプライドが有るだろうし、まともな報告を上げない可能性も高い。口裏を合わせて、黙秘したのならば問題は無いだろうが、装備の破損を誤魔化す為に話を盛ったとしたら、どうだろうか? 例えば、自分達の数倍に及ぶ探検者の、暴動が起きたとした場合である。万が一の時は、何らかの責任を取る必要が有るだろうか? ただ、理由としては十分に有り得るが、いくら何でも動員された人数が、多過ぎるのではないだろうか。


 ならば、いよいよダンジョンの攻略に乗り出したという事か……。 ラストックの警備体制はどうなっている? 補給や指揮系統は? リュージは、何の気負いも無く少しでも情報を得る為に、完成している幕舎を目指す。


 真っ先に設営されるテントは、本部か幹部用と相場が決まっているだろうと、小さな物や設営中の物には目もくれず、無人の野を行くが如く颯爽さっそうと進む。――誰からも、見えていないので当たり前だが、これも経験に裏打ちされた決してバレないという自信の表れなので、突っ込みを入れるのは酷だろうか?


 リュージの歩を邪魔立てする者も無く、其ほど間を置かずに辿り着いたテントには、どうやらゲルト・フォン・クルーン男爵が、自ら陣中見舞いに訪れているらしい。生憎と、テントの入口を捲って中に入る訳にもいかない。このまま、会話だけでも情報は得られるのだが、折角なので男爵の面を確認して置きたかったのだ。どうした物か、と考えている時――。


 ぼーっと見つめていたテントの布地が、ぼんやりと透けて見える気がして、危うく変な声を出しそうになるリュージ。新しく手に入れたスキル、浄天眼の力だと気付くのに然程さほどの時は要さない。浄天眼とは、千里眼の別名でもあるのだが……そちらの方が、有名だったりするのかもしれない。


(浄天眼って透視まで出来るでやんの!)


『ニャ? 気付いて……というより、説明は読まないのですかニャン? 透視に遠話に予知! それから、遠方での出来事を知る事も出来る様になるらしいニャ!』


(あぁ……今、読んだ。既に眼は関係無くないか?)


『仙術の類いらしいですし、そういう仕――』


(仕様ですニャ! ってか?)


 リュージは、クゥーが言いそうな言葉を先読みしては、からかってみる。クゥーは、魔核の中に居るのは変わらないが、アイテムBOX内に居れば魔力を通して、全く違和感無くほぼ同じ事が可能であった。


 一時は、魔核に吸収されて消えてしまったのではないかと、リュージは自らの迂闊さを呪ってみたりもしたが、存外にしぶとく無事に戻って来たのである。それが、嬉しくて……存在を確かめるかの様に、からかったりしながら、その反応を楽しむ様になっていた。


『御主人、楽しそうなのは結構ですが、意地悪は止めて下さいニャー。クゥーが、いつも同じ事しか言わないみたいで、不愉快ですニャン』


(ごめんごめん。決まり文句では、有るけどな!)


『ニャッ? ……知らないですニャー』


 リュージは、いつもと変わらないクゥーとの遣り取りに満足すると、精神を集中してみる。テントは、それなりに厚い布地で作られた物だが、問題無く見透せる様だ。


 恐らく、男爵本人であろう仕立ての良い衣服に身を包んだ痩身の男と、護衛もしくは幹部と思われる男達が八人。――男爵の後ろに二人、向かいに六人である。その顔と会話の内容はバッチリ押さえる事が出来た。


(……どう思う?)


『護衛が二人に、中隊長クラスが五人と大隊長ですかニャン? 男爵は神経質そうですニャ』


(そうだな……もう一人くらい、中隊長が居るかもな)


『居るとしたら、さっきの隊列の指揮を取ってるのではないですかニャ?』


(だろうな、無駄骨……いや、魔物は減るか)


 テントの外から、ひっそりと聞いたところによれば、リュージの心配は杞憂きゆうであった。やはり、攻略するつもりで打って出たのは間違い無い。しかし、全くの無関係でも無いらしく、本来の計画を前倒しした様である。その原因の一端は、リュージがラストックの街で行った、自重の無い悪戯であった。


 男爵からすれば、慎重に……万全を期して臨みたい事であったダンジョンの攻略計画。だが、最近になって周囲が騒がしくなり、妨害工作ではないか? ――という疑念が湧き起こると、それを頭から払拭する事が出来無かった。そこで、男爵は考えを変えた……。邪魔者が跋扈ばっこし、後手後手に回るくらいなら……身動きが、取れなくなる様な事態が発生する前に、行動を起こすべきだと。


 幸いにして、時間を掛けた準備は調いつつある。最良とは言い難いが、悪くは無い。こうなって来ると、むしろ好機なのではないかとすら思うのが、人間が持って生まれた“欲望”という名をした業の深さを物語る。


 ラストックで起こった手配書の騒ぎも、何事も無く沈静化している。尤も、浪費ばかりで役に立たない妻を、王都に送ったからこそかもしれない。しかし、偽造とはいえ心胆を寒からしめる程の作り――本物以上に本物らしく、現在の技術では有り得ない程に、質が良い偽物――をしていた事から、馬鹿な女が恨みを買っただけの出来事とは到底思えず、警戒中の自宅への侵入を許したという事実から、眠れぬ夜も過ごした。そんな状況の中で、考え抜いた結果なのであろう。愚かしいと断じるのは簡単だが、二年も掛けて準備をして来た計画を、即断即決で実行に移した行動力は、瞠目に値するかもしれない。


 経営者の心得やら会社理念やらを書いた本に、「兵は拙速をたっとぶ」などと訳の分からない言葉を、の有名な“孫子”の著者である孫武の言葉として、引用している事がある。この言葉の意味するところは、「出来が悪くとも、仕上がりが早い事が大事で有る」と、なるのだろうか? だが、“孫子”では事前の準備が大事だと説いており、そんな事は言っていないのだ。確かに、ビジネスの世界では期日を守る事や、顧客を待たせない為にスピードを重視する事も多い。だが、それが全てでは無い! 期日を守ったところで、品質が伴わなければ相手にはされないし、如何に速くとも雑な接客では顧客満足度は得られない。期日を守れなければ、次が無いと考える様だが、品質が悪ければ同じである。この言葉を使っている経営者は、結果オーライを積み重ねて来たのだとか、乱雑でも早ければ良いと声高に主張しているのと同義であり、使い方を間違えていると言わざるを得ないだろう。


 恐らくは、「兵は神速を尊ぶ」という言葉と混同しているのだろうが、こちらは“三国志魏志”で、魏の軍師である郭嘉かくかの言葉とされている。当然、先人たる“孫子”も学んでいるだろうが、戦争に於ける用兵の大切さを説いた格言であり、間違えて解釈している訳では無い。迅速な状況判断や行軍速度が、戦局を分ける事を理解した、運用に関する話である。


 これに対し、勘違いされている“孫子”の作戦篇には、「兵は拙速を聞くも、未だたくみの久しきをざるなり。れ兵久しくて国に利するは未だ之有らざるなり」とある。要約すると、「多少は作戦に不味い点が有っても、速やかに決着を付ければ成功といえるが、戦いを長引かせても良い結果は得られない。そもそも、無駄に長引く戦争で国益が出た例は無い」になるのだろうか? つまりは、戦争の愚かしさを説いており、起こしたのなら早期に終わらせなさいという計画や準備段階の話である。この言葉を、例えば株取引に関係する人などが、リスク管理に引用するなら分かるのだが、勘違いした経営者が意味を理解せず背景すらも調べずに、上っ面だけで言葉を引用する事の恐ろしさが垣間見える。因みに、現代に伝わる“孫子の兵法”は、魏の曹操が分かり易く分類して編集した物だとされており、如何に傾倒していたかを窺わせるエピソードとなっている。

 





 閑話休題。


 果たして、ゲルト・フォン・クルーン男爵は英断を下したのか? 否である! リュージが攻略を終えてここに居る以上は、全てが無駄なのである。人件費も補給物資も時間すらも……集められた税金が、無駄に浪費されてゆくのだ。ここは異世界であり、“孫子”や“三国志魏志”を知っているとは思わないが、神速を尊んだつもりで拙速を尊んだ愚者の典型が、眼前のテントの中で偉そうに踏ん反り返っている。間違えて引用したのなら、個人の恥で済むのだろうが、方針その物を間違えているからには、潰れて貰った方が害が少なくなるだろう。


 リュージは、ラストックの探検者ギルドへと急ぐ事にした。ギルドが、何処まで把握しているかは知らないが、客観的にギルドの職員から攻略済みである事を伝えられた男爵は、どんな顔をするだろうか? 直接見る事は叶わないが、想像するだけでも面白い。別のダンジョンを目指すだろうか? だが、一個大隊を動員するのは目立ち過ぎる。ラストック然り、拠点となる街がダンジョンの近くに有る以上は、治める貴族も居るのだ。利権が絡めば、他所の貴族に攻略される事を良しとせず、妨害も有るだろう。金でどうにでもなるだろう、探検者とは違うのだ。この時点で男爵の計画は詰んでいるが、止めを刺さなければいつまでも、無駄に生き延びるだろう。決して、ラストックの民の為にはならない。






 リュージは、ラストックの市壁の前まで来ていた。入門に際して、入門税として五十ピニを支払う必要がある。やはり、納得は出来ない……身分証として、ギルドカードの提示すら不要で、税金だけは取るのだから。だが、並ばない事だけは良い事だ! 


 ――とはいえ、納得出来ない入門税を大人しく支払うリュージでは無い。身分証の確認も無いのだから、素通りして何が悪いと言うのか? 気付かない方が悪いのだ! 犯罪を正当化するつもりは無いが、根拠の無い法を積極的に守りたいとも思わなかった。街の防衛やら、壁の修復費用に充てられるならば歓んで支払うが、男爵の私腹を肥やしたい訳が無い。リュージに男爵の扶養義務が在る訳でも無いのだ。


(マジで便利だな~、光学迷彩!)


『現代日本なら、映画やコンサートも見放題。バスも電車も乗り放題ですニャ』


(いやいやいや、セコいな! せめて海外渡航し放題とかさ~)


『モラルでは無く、スケールの問題ですかニャ?』


(異世界だから、たらればの話だけどな~)


 欠伸をしている門番の脇を素通りしたリュージは、一路ギルドを目指してひた走り、探検者ギルドの中へと足を踏み入れていた。


「こんにちは~。リュージと申しますが、主任のパメラさんには会えますか?」


「どういった、ご用件ですか?」


「ダンジョンに関するご報告と、貴重な品の買取りについてのご相談ですかね? 後は、男爵についてとか……」


「……只今、確認を取って参りますので、少々お待ち下さい」


 実に、スムーズである! 買取りにも担当者が居るだろう。もしかしたら、「自分でも大丈夫ですよ?」くらいは言われるかもしれないと思っていたし、実際に言いたそうではあった。だが、その一言を飲み込んだのだ! 優秀である。プライドも有るだろうに、顧客の要望を最優先に動く姿勢が感じられる。


 程なく、戻って来た受付担当者が、いつもの部屋へと案内してくれた。因みに、年配の男性である! 室内に通されたリュージは、簡単に挨拶をしてソファーに腰を掛けると、本題を切り出した。


「ダンジョンを、攻略して来ましたよ!」


「……」


「……もしも~し、聞いてます?」


「えっ! ごめんなさい。もう一度、お願い出来るかしら……何だか、幻聴が聞こえたみたい」


「ですから、ダンジョンを攻略して帰って来たんですよ。これが、ダンジョンの核ですね」


 単刀直入と言えば聞こえは良いが、相手の準備が整う前である以上、不意打ちである。勿論、交渉事であるからには、少しでも有利に事を運びたいという、思惑が有っての事である。


「……ゴクッ……こっ、これ、が?」


「全十階層プラス最下層って感じでしたね……あっ! 見取り図って要ります?」


「えっ、あっ? 見取り図? ダンジョンの? ごっ、ごめんなさい。少し、時間を貰えるかしら……私だけでは……ギルドマスターも呼ぶわ!」


 真っ二つに割れて尚、膨大な魔力の気配と輝きを放つ魔核のダミーを見て、無意識に喉を鳴らすパメラ。妙齢の淑女の行動としては、あまり相応しくは無い。特に、パメラ程の美女がすると目立つ事この上ないが、それだけ衝撃的だったのだと如実に表していた。


 ギルドマスターを呼ぶと言い残し、慌てる様に部屋を出るパメラを見送るリュージ。魔核のダミーを、手の上でもてあそびながら待つ事数分。やたらと、でかい足音を立てながら近付いて来る気配の主は、打ち壊さんとするかの様な勢いで扉を開け放ち、こう宣った――。


「探検者史上、初となる快挙を成し遂げた勇者はっ……こぉこぉぉかぁぁぁあぁぁー!」


「……」


「……貴方って人は……どうしてそうなのよ……」


 その場に轟いた絶叫は、この時ギルド内に居た全ての者に聞こえたという……。その後ろで、力無く疲れた声を出したパメラが、そっと目礼する事で謝罪の代わりとしている姿が印象的である。


「ん? どうかしたか? まぁ、そんな事より……おっ、おぉ? おぉぉぉっ! それが、ダンジョンの核なのか? ちょっ、見せてくれ!」

 

「はぁ、どうぞ?」


「ごめんなさいね? 挨拶もまだなのに……」

 

「いえ、別に……」


「本当に、ごめんなさい!」


 自由人だ。自由人である! 人の話を全く聞かないタイプの、非常に厄介な人がいる。人間的には悪く無いのだろうし、特定の人種には慕われるかもしれない。だが、合わない人には徹底的に合わない人種だ! パメラが本気で謝りだしたのは、リュージの態度のせいだろうか。


 実際には、戸惑っているだけなのだが……以前、何かしら有ったのかもしれない。いやいや、無いと思う方が不自然か? 天然のトラブルメーカーの気配を、ひしひしと感じるのだから。


「こいつぁすげぇな! おっと、悪かったな……俺がラストック支部のヘルムートだ。ギルドマスターなんぞを押し付けられてるが、気にするな!」

 

「また、そんな事を言って! 本気にされたら、どうするのよ!」


「構わねぇーよ? 大体、ダンジョンが攻略された以上、ラストック支部も縮小されんだろ?」


「それは! ……そうかも……」


 呆気に取られたリュージを、置いてきぼりにしたまま会話が進む。万が一に備えて、無くなりはしないらしいが、縮小されるらしい。探検者も、稼げなくなれば拠点を移さざるを得ないし、仕方無いだろう。


「え~と、初めまして……リュージです」


「おぉっ、脱線が過ぎたか? リュージって言ったか……お前さんには、俺と一緒に王都まで同行して貰いたい」


 恐る恐る挨拶を返すリュージに、王都への同行を求めるヘルムート。どうやら、探検者によるダンジョン攻略の成功は、今までに無い事であり褒賞の関係も有るので、断るのなら褒賞も辞退する事になるらしい。百か零か……前例が無い事なのでそんな決まりも無い筈だが、断れる雰囲気でも無い。尤も、リュージにも目的が有るので、断るつもりは無かったりする。


「……明後日の、闇の日までは駄目ですね。用事が有るので!」


「その用事ってのは、何だ?」


「奴隷のオークションに、スラムの子供が出されるらしいんですよ。うちのが、友達も助けたいって言うのでね……後、馬具の引渡し指定日なんですよ」


「チッ! 代官の野郎か……そういえば、あの野郎ダンジョンに兵を入れたらしいな?」


「あぁ、居ましたね。攻略済みだとも知らずに!」


 ニヤリとかニタリという表現が、ピッタリの悪い笑みを浮かべる二人を見つめ、呆れながらも微笑むパメラ……。その顔には、手の掛かる子供を見守る母親の様な、慈愛の色が浮かんでいた。若くて美人だが、こんな表情を持つまでに至ったのは、苦労の絶えない人生を歩んで来たからではないかと、深読みして考えてしまうのは男のさがだろうか?


「その顔を見ると、お前さんも代官が嫌いの様だな? 俺も、何とか一泡吹かせて遣りたかったんだが、尻尾が掴めなくてな……だが――」


「待ってくれ! 出来れば、暫くは内緒にしたい、……んですよ」


「あぁ、別にそのままで良い。ケツが痒くならぁ……それより、何故だ? 代官の吠え面が見たく無いのか?」


 つい、リュージがタメ口で話すと、そのままで良いと許可が出る。お互いに丁寧語であればこんなミスはしないのだが、どうにも引っ張られるらしい。それよりも、今はヘルムートの意気込みが問題である。何が有ったのか、何と無く想像は出来るが、かなりの鬱憤が溜まっていたのだろう。直ぐにでも、発表しそうな雰囲気に待ったを掛けると……不思議そうな顔をしながら、疑問の声を上げるヘルムート。発表したくて、ウズウズしているのが分かる。分かってしまう……嘘が付けない人なのだろう。一から説明する必要性を感じるのは、いつぶりだろうと思いながら話し始めるリュージであった。


「何も、ずっと隠せとは言って無い。王都で、全てが終わるまで隠せるのがベストだが、せめて邪魔をされないくらいまでは隠したい」


「……成る程ね。妨害って言うよりは、略奪の心配かしらね?」


「そうか……あいつなら、遣るだろうな」


 リュージの意図に、パメラが気付き……ヘルムートにも伝わる。流石に、ナンバー2と言うだけ有って補佐はバッチリ……か? まぁ、他よりは慣れているのだろう。


「面倒なだけで、負けるとは思わないが……証拠隠滅を図られたら、間に合わない可能性も有る。どうせなら、ダンジョンで無駄足を踏んでる間に王都で告発したいんだ」


「くはっ、良いな! それは、面白いかもしれん。お前さん、顔の割りに人が悪いな!」


 実際にどうなるかは分からないが、知られた場合の事は考えておくべきである。最悪の場合、確たる証拠を消された上で、徴税官辺りの死体を身代わりに差し出されるだろう。人の口に戸は立てられない……噂くらいは残るだろうが、それでも何だかんだ言って、罪に問えない可能性が出て来てしまう。だからこそ、全てが終わり……出来れば、告発するまでは気付かせたく無かったりするのだが、悪巧みみたいに言われてしまうリュージ。


「失礼な! 初めて言われたよ、そんな事。……話は変わるけど、羊皮紙を二十枚売ってくれないかな?」


「良いけど、二十枚も何に使うのかしら?」


「さっきも言ったけど、見取り図だよ。覚えて無いの? 通常の階層が十階分で、核の有った最下層を加えると十一枚必要だったんだよ。お陰でストックが底を突いたからね……補充して置かなきゃ」


「あぁ、そうだったわね……用意させるから、ちょっと待ってて?」

 

 ヘルムートに、心外だと抗議しながらも羊皮紙を求めるリュージに、質問を返すパメラ。理由を聞いて納得した様な返事をするが、適当にでっち上げた理由には疑問顔である。それでも、何かしら理由が有るのだろうと手配してくれる辺り、存外お人好しである。


 暫く待って、羊皮紙を受け取るリュージ。ここから、アイテムBOXの中でダンジョン内のマップを羊皮紙に転写するのだが、アイテムBOX自体は既に見せているので問題は無い。転写についても一分くらいで終わるので、これから書くのだとは思わないだろう。取り敢えず、一分間だけ話を逸らす事にしたリュージは、幾つかの魔石を取り出す。


「そうそう、魔石ってくっつけると吸収されちゃうんですね」


「その分は、しっかりと価値が上がるから無駄にはならないわよ? でも、品質の低い物にも使い途は有るから、掲示板に貼られている素材の相場は、常に気にして置くと良いわね」


 新人である事を思い出したのか、パメラが丁寧にアドバイスをくれる。そういえば、素材の相場を詳しく確認した事は無かった筈である。


「そうですか……尤も、魔道具にも興味が有るので売る予定は有りませんがね」


「あら、残念ね……」


 パメラは気付いているのか、いないのか? ダンジョン攻略により、素材が枯渇するとしたら、今は売るべきでは無いだろう。勿論、枯渇するのは税金のせいで、商品の流通が絶たれたラストックだけであり、一番困るのは男爵ではないだろうか?


「魔道具って言ったら、職人がこぞって代官に抱えられちまって、一人も居ねぇだろ?」


「あぁ、やっぱりそうなのか……噂は色々と有ったけど、そうだろうとは思ってたよ……っと、じゃあこれ! 見取り図なんだけど」


 とっくに完成していた、自信作とも言える見取り図を取り出して、パメラに手渡すリュージ。魔道具職人の話も色々な噂を耳にしたが、ギルドマスターが言うのなら間違い無いのだろう。


「うわっ! こんなの、見取り図ってレベルじゃあ無いわよ? 殆ど詳細図じゃないの!」


「詳しいに越した事はないでしょう? 核も壊して、死んだダンジョンの見取り図ですからね。サービスしますよ……さっきの羊皮紙と交換って事で!」


 本来、未踏破エリアの見取り図なら、買い手はいくらでも居るだろう。だが、魔核の無いダンジョンは魔物も生まれないので、果たして価値の有る情報と言えるだろうか? 巨大千足や骨ゴーレムの様な、ある程度の力の有る魔物が残っていれば、復活も有り得るのだが……見付け次第に駆逐して来たのだ。魔物が居なくなるのも、時間の問題である。だからこそ、大安売りする事にした! 


「そんなので良いの? それで良いなら助かるけど……あっ! ギルドマスター、確認はどうしますか?」


「あん? そんなもん、要らねぇだろ。核その物が、ここに有るんだ……他に何が要る? 見取り図だって、完璧なんだろ?」


「いえ、まぁ……その通りなんですけど」


 ギルドで確認する時の為に、大安売りで提供したというのに、不要だとの一喝にパメラも渋々納得した事で、ダンジョンの確認は行わない事が決定してしまった。信用されるのは、ありがたいが……ダミーを用意した者として、心が痛むリュージ。大雑把なヘルムートに、何とも複雑な感情を抱くのだった。


「それよりも、明明後日しあさっての朝だな……六時の鐘が鳴る頃にギルドに顔を出せ。ここから、王都までは馬車でざっと十日ってところだ! 食料なんかの大体の準備はこっちでやっとく」


「……十日、もっと早くならない? 自分の脚で走った方が速そうなんだけど……」


「ほぅ、おもしれぇじゃねぇか……馬車は止めだ。馬だけで行く! アイテムBOXを持ってたな? 荷物はお前さんに預けるから、そのつもりで来てくれや」


「はははっ、りょうか~い」


 ダンジョンの魔物が、いつまで残っているか分からないので、何日で最下層に辿り着くかの予想が付かない。階段も作って来てしまったので、以前より楽になっている筈なのだ。そんな事から、悠長な旅はお断りとばかりに挑発して、思惑通りに馬車から馬だけの旅にする事に成功したリュージであった。

ステータスは、次回にさせて下さい。

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