第五十三話 ダンジョンアタック!(七)
地下十階の大空間。ドーム球場を思わせるその空間は、その構造と分厚い岩盤によって天井が支えられ、柱一本見当たらない。
そんな空間の中央寄りで、骨が集まる様にして現れた巨大な骸骨――それは、骨ゴーレムという名の怪物――と対峙するのは、小さな男。
戦闘の火蓋が切って落とされた直後――。
先手を許したのは痛い失敗ではあるが、不意に撃ち込まれた弾丸の嵐はリュージの予想の斜め上を飛び越えた。
まさかの遠距離攻撃。しかも、指を高速で撃ち出して来るなどと、誰が想像するというのか。
無数に撃ち出される弾丸を、右へ避け、左へと躱し、ゴーレムを翻弄する。
(光学迷彩は展開中だよな? 何故、気付かれたのか……何故、追尾して撃ち込める?)
『可能性は二つ……恐らく、非常に高性能な魔力感知能力を持つか、この部屋自体が奴の一部の可能性ですニャ』
(相手がゴーレムである以上、どちらであっても不思議では無いのか……面倒臭いな)
まともに受けたら、瞬く間に挽き肉にされそうな暴力の嵐を、軽快なステップで躱しながら観察するリュージ。やがて、最小限の動きで回避しながら前進し、ゴーレムに接近してゆく。
腕をクロスし、虚空を掴む両手には二振りの剣――右手のツヴァイヘンダーで一閃。左手のバスタードソードで二閃。
飛来する弾丸の内、ステップで回避不能な物を選んで斬り払う。摩擦によって火花が舞い散り、骨の弾丸は弾け飛ぶ。
骨の弾幕は脅威ではあるが、リュージであれば如何様にでも対処は可能であり、恐れずに近付いてしまえば射線を避けるのも更に容易になる。勿論、卓越した素早さと心眼が在って初めて可能となる事ではあるが……。
直線であれば数十歩の距離を、数百歩に及ぶ道程を辿り漸く足元まで接近したリュージは、待ちわびたとばかりに攻撃へと打って出る。
射線を見極め、躱し様に斬撃を見舞うが両断には至らない。瞬く間に傷口が修復され、跡形も無くなってしまう。
だが、リュージは止まらない。修復するのなら、手数で勝負すれば良いとばかりに――。
斬り、打ち、弾き……更に斬る。
骨ゴーレムの足元で舞い踊る様に、怒濤の連撃を繰り出す。脛骨、膝蓋骨、大腿骨、骨盤、指骨、中手骨……。届く範囲で隙を見付けて斬り付ける。
足元でうろちょろするリュージに業を煮やしたのか、足による踏み付けを織り混ぜて応戦して来る骨ゴーレム。
まるで、地団駄を踏むかの様に動く足を掻い潜っては薙ぎ払い、弾幕を躱しては斬り上げる。
やがて、緩慢だった蹴り脚はリュージを追う様に速度を上げ、タップダンス張りのステップを踏み始める。シャッフル、スタンプ、ストンプ、フラップ、スラップ、ジャンプ……。
戦闘を繰り広げる両者の内、骨ゴーレムがどうかは分からない。だが、リュージからすれば観客が居ないのが寂しく感じられる程に充実した時間だった。
放ち続けられる弾幕がビート。踏み付け、踏み鳴らされる音がバスドラムならば、閃く剣撃はスネアだろうか。
命を掛けて対峙しながら、両者によって刻まれるリズムの競演、そこは正に踊りの舞台。――あぁ、楽しい。テンションが上がる。戦闘云々では無く、命を掛けた創作活動とでも言えば良いのか。極限状態だと言うのに……極限状態だからなのか、訳の分からぬ感情がリュージの心を満たしてゆく。
『遊芸Lv1を獲得したニャン?』
(……ん?)
命を掛けた戦闘中、武闘よりも舞踏に夢中になっていたリュージの剣の舞いが呼び覚ましたのか、スキルを獲得したらしい。しかし、その内容を確認する程の余裕も無かったりする。
『御主人、ノリノリですニャン? クゥーも参加したいですニャ!』
(出て来るのは、危ないぞ?)
『リズムに踊りと来たら、歌で参加するしかないのですニャ!』
そうして歌い出したのは、ゴスペルロック……日本人なら「天使にラブ○ングを」のイメージが根強いだろうか。
(おいっ! 俺の声帯で歌うのか?)
『危ないから出るなと言ったのは、御主人ですニャン。それより、どうですかニャ? クゥーは、黒猫なのでブラックゴスペルですニャン』
文句を言いながらも、何処と無く楽しそうなリュージに感想を求めるクゥー、様々なゴスペルが在る中でのこのチョイスは、黒猫だかららしい。
だが、多種多様な音楽のジャンルでゴスペルを選択したのは、それだけの理由では無いだろう。リズム的にロックになったのかもしれないが、日本語で「福音」と訳されるゴスペルは、正真正銘の讃美歌なのだから……。
(動きが鈍ったか? 神を讃える聖歌だからか?)
『魔力を込めてみたら、聖属性の効果が出ましたニャン。狙い通りですニャ!』
魔法は詠唱後に発動するのが一般的だが、歌唱による発動は詠唱中発動という特殊性を持つ。また、聖属性の魔法に関しても結界などに用いられる事が多いのだが、対アンデッドには絶大な効果を齎す。
――尤も、信仰心の殆ど無いリュージは勿論だが、AIであるクゥーにそんな物を期待しても無駄である。楽曲が素晴らしいからか、作詞や作曲者が込めた思いゆえか……聖属性の魔法として発動には成功したが、その効果は弱体化に止まってしまった様である。だが――
(これなら……殺れる!)
骨ゴーレムの動きその物より、修復速度が目に見えて落ちた事で余裕が生まれた。一撃目で入れた傷に、寸分違わず二撃目を叩き込めば両断出来る。
回転する様に連撃を繰り出し、左右の大腿骨を両断。前のめりに倒れた骨ゴーレムが、腕を支えに起き上がった所で邪魔な両腕を斬り落とし、文字通り達磨にした瞬間に蹴り上げる。その勢いで垂直になった骨ゴーレムに、更なる攻撃を加える。ツヴァイヘンダーでの袈裟斬りとバスタードソードでの逆袈裟――クロススラッシュで弾き飛ばした所に、鉞を胸に向かってぶん投げる。
換装を一瞬で行えるのも、アイテムBOXの利点だろう。ツヴァイヘンダーを再び手にして、吹き飛んだ骨ゴーレムを追う。
奏でられていたリズムも少し前から途切れているが、ノリノリのクゥーはアカペラバージョンに移行している。
骨ゴーレムの鎖骨、胸骨、肋骨は、クロススラッシュと鉞の威力で粉々に砕け散り、手足を失い立つ事も出来無い骨ゴーレムが、動かせるのは最早首だけ……。修復しようとして散々(ちりぢり)になった骨が集まり始めているが、既に間に合う速度では無い。
それを見たリュージは、鉞を拾い上げる。
――狙うは頭蓋骨…堅く護られた魔石を、頭をかち割って取り出せば停止するだろうか。駄目なら、魔石も砕くしかないだろうとリュージは考える。
両手で持った鉞を、全力で振り下ろす。
首を振り抵抗の意思を示すゴーレムの頭に、吸い込まれる様に振り下ろされた鉞は、眉間を僅かにずれて叩き込まれた。その一撃で、床には放射状の亀裂が走り、発生した衝撃波は集まり掛けていた骨を吹き飛ばす。
未だに動く頭蓋骨を、足で押さえ付けながら鉞を引き上げると、破砕され穿たれた孔から覗く魔石は、弱々しくも光を放ち己の存在を誇示している。
孔に両手の指を引っ掻けて、左右に拡げると徐々に亀裂が伸びてゆく。細かくひび割れて著しく強度の下がった頭蓋骨は、抵抗も虚しく真っ二つに分かれ魔石が落ちた。
転がり落ちた魔石は、図形化された紋様と文字が淡く発光し明滅を繰り返す、未だに骨を集めようとしているらしい。内部に刻まれているのか表面には傷一つ無く、停止させる方法も杳として知れず、分からないので鑑定してみる。
《骨ゴーレムの核魔石》
品質:A 価値:S
守護者とする為、ダンジョンの管理者に作られた。魔力により魔石に刻まれた紋様はゴーレムを動かす為の回路であり、プログラムでもある。
(核魔石? それにしても、お土産でもこんなのを見た事が有るな)
リュージは、高速道路のサービスエリアに寄った時、クリスタルにレーザーで3D加工を施したお土産を見た事があった。恐らく、お土産を扱う様な店であれば、全国で見られる物だろう。
『この世界に、そんな機械が在るとは思えませんのニャ。鑑定でも魔力で刻まれたとなってますニャン』
(……って事は、魔力を上書きすれば良いのかな? 初期化をイメージすれば良いかな?)
紋様の消去をイメージしながら行えば、剣に魔力を込めた時と同じ様に、成功するのではないだろうか。消せないのであれば、埋め尽くす程の魔力を込める。……駄目なら砕く。
『御主人、アイテムBOXに入る様なら研究したいのニャン!』
(おっ、そうか? おぉ、入ったな。骨も止まったし……終わり……かな?)
クゥーの要望を聞き入れ、試してみたら問題無く収まった。別空間になるアイテムBOXに入れてしまえば、効果も途切れるらしい。今のリュージは知る由も無いが、ゴーレムの核となる魔石は生命体としての抵抗力が無い。しかし、制作者の魔力によるロックが掛かっている為に、破壊するまではアイテムBOXへの収納は出来ないとされている。
――では、何故か? これには、進化した【超電脳】のスキルが関わっている。能力が増した事で、半端な抵抗力なら無効化してしまうのだ。もしかしたら、魔力の多寡によっては生物も可能かもしれないのだが、リュージは気付かない。
『カラ~ン……カラ~ン』×4
『剣術LvMAXだニャ~』
(四レベル上昇……か? 剣術も良い感じだし)
『終了が確定ですニャ。魔力のリンクも切れたので、ただの骨に戻ったみたいですニャン』
周囲に気を配ると、出入口を塞いでいた骨も崩れていたので、クリアで良いのだろう。リュージは、他に拾う素材も無さそうなので縦穴に足を向けて歩き出した。
見敵必殺がリュージの方針なので全く問題は無かったが、骨ゴーレムを無視して縦穴に飛び込んだ者には、行く手を遮る骨製の蓋が待ち受ける。入口付近では無く、見えづらい途中の部分を塞ぐ所がいやらしい。袋小路に追い込まれた者は、逃げ場も無く頭上からの斉射で蜂の巣にされて終了という末路を辿るのだ。
そんな事とは露知らず、縦穴に飛び込むリュージ。行く手を遮られる事は勿論無いが、底すらも見えない穴が延々と続く様はパラシュートの無いスカイダイビングである。
徐々に加速してゆく落下速度にブレーキを掛ける為、壁を蹴り付けジグザグに底を目指す。――時間にすると十数分、距離にしたら何れだけ落ちたのか。
自殺願望は無いので、途中からはブレーキを掛けて落下速度を緩めたが、数キロメートは地下に落ちたのは間違い無いだろう。リュージの目には、赤い光を伴って長い長い縦穴の終点が漸く見えて来る。
リュージが着地したのは、黒と赤に彩られた空間。地の底から響く音は星の息吹か。周囲を埋め尽くす様に流動するのは、灼熱のマグマ。粘度の高いマグマが冷えて固まった黒い岩盤は、直径にして百メートル程の足場を作っているが、かなりの熱を溜め込み安全地帯には程遠い。
厚めの革で出来た靴底が、辛うじて熱を抑えてはいるが完全に遮っている訳では無い。チリチリと焼け付く靴裏からは、白煙まで上がる事がある。
(火山性ガスは……無い、かな?)
『御主人、この空間は、不自然ですニャン』
(あぁ、制御されてるみたいだな)
火山性ガスは、密度が濃い為に一寸した窪みでも溜まり易いので、これまでの上階で有毒性ガスの影響が無かったのは良しとしても、何の臭いも感じなかったのだ。勿論、かなりの距離を落ちて来たので有り得ないとまでは言えないが……。
それよりも、気になるのは巨大な魔石。中央に鎮座し、辺りに漂う魔素を集めるが如くマグマや気流を操作している様だ。
(あれがダンジョンの核かな? 核なんだろうなぁ)
分かってはいたが、念の為に鑑定してみた結果。
《ダンジョンの魔核》
品質:S 価値:SS
地脈から魔素を吸収して成長するダンジョンの中枢。蓄えた魔素により魔物を生み出し、ダンジョンを拡げ、階層を増やしてゆく。
――まぁ、予想通りであった。
『何だか残念そうですニャン』
(まぁな、少なくともこの三倍は地下に在るかと思ったんだが)
『成る程、拍子抜けしたのですニャ。ですが、期待するなら鉱山に在るという最初のダンジョンではないですかニャン?』
(それも、そうだな)
予定よりも早い日程で辿り着いた事に、複雑な顔をしながらも気持ちに折り合いを付ける。
そんなリュージの前方では、魔核というダンジョンの中枢が地脈から魔素を吸い上げ、空気中からも吸収しているのだ。
これを見るに魔核は寄生虫の様な物かもしれない。地脈付近の適当な場所にダンジョンを作り、時間を掛けて地中深くの地脈――魔素の吸収効率が良い場所――を目指す。辿り着いたら魔素を吸収しながら成長を続ける。恐らくはそれにもかなりの時間が掛かるので、身を護る為に魔物を生み出したりダンジョンを拡げてゆくのだろう。
予想通りだが、リュージが近付くと黒い靄を纏いながら何者かが現れる。自らを護る為の魔物か、或いは分身だろうか。何れにしても、骨ゴーレムより強力なのは間違い無いのだろう。
恐らくダンジョンのボスであろう魔物の姿は、襤褸布に身を包む老人だろうか。肉は削げ落ち、皮と骨だけが残ったかの様な不気味な容姿は、凡そ生命力という物を感じさせない。
フードを目深に被り、右手に杖を持ち油断無く佇む姿は魔法使い。そう、魔法使いなのだ! 風化する程に古い布地は、ローブの成れの果て。循環する魔力の奔流に警戒の度合いを強めるリュージは、背筋に冷たい物が流れてゆくのを感じるのだった。
現在のステータスです。
《ステータス》
名前 鈴木立志
性別 男
年齢 42
職業 放浪者
所属 隠れ里
種族 異世界人
レベル 23 4↑
生命力 1724/2545
魔力 ∞
力 1887 14↑
体力 1724 4↑
知力 6069 14↑
素早さ 2983 14↑
器用さ 1441 9↑
運 1262 39↑
魔素ポイント 99968448
所持金 62521マアク25ピニ
《スキル》
[超電脳Lv1] [魔導の心得Lv3]
[心眼LvMAX] [鷹の目LvMAX]
[剣術LvMAX] 1↑ [斧Lv4]
[投擲Lv3] [光学迷彩Lv4]1↑
[夜目LvMAX] [鑑定Lv4] 1↑
[忍歩LvMAX] [発見Lv4]
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木工Lv3 盾Lv1 登山Lv1 伐採Lv4 蹴撃LvMAX
錬金Lv4 石工Lv1 槍術Lv1 海中遊泳Lv3 交渉術Lv3
調理Lv1 音波感知Lv3 遊芸Lv1 new
《称号》
スキルマニア 殺戮者 無慈悲なる者 テクニシャン
イジメっ子 笑う切り裂き魔 三助 温泉伝道師
大蛇殺し 海洋生物 盗賊殺し トレジャーハンター
子供の味方 賞金稼ぎ 巨蟲殺し 開発者




