第四十九話 ダンジョンアタック!(三)
時間は、僅か数分前へと遡る――。
「何か来る!」
交代で見張りに立っていた男が、仲間に異変を知らせ警戒を促す。
通路の向こう側から、魔物の大群が走る足音に紛れて争う様な破壊音が鳴り響いているのだ。
徐々にではあるが確実に近付いて来る騒音を聞き、緊迫した空気が漂い始めるのにそれほどの時間は掛からなかった。
「運がねーな……とうとう俺達の番かよ!」
「あれは仕方無いだろう。こっちに来たのは運が無いが、俺達も経験した事なんだ。精々生き残れる様に足掻くぞ! 死角をついて一気にずらかる――準備をしろ。油断はするなよ?」
「油断が出来る相手かよ!」
大部屋の入口付近で固まって休憩していた探検者パーティーは、こういった事態を予測していたのか言葉よりも落ち着き払っている様に見える。だが、その表情は決して明るい物では無かった。
巨大千足は、探検者にとっての死神だったからだ。
“災厄”と、言い換えても良いかもしれない。狭い通路内で出会ってしまえば、ほぼ確実な死が訪れると言われて恐れられる存在。運良く逃げ切れた者は、結果として誰かを囮にした者のみである。
誰が呼んだか“勇者殺し”の異名が付いたこの魔物に、遣り切れない複雑な感情を持つラストックの探検者達は、畏怖を込めてこちらの名で呼ぶ者の方が多いだろう。
迫り来る足音を聞いた瞬間、探検者達にはすぐに奴だと分かった……自分達も過去にあの音を間近で聞き、犠牲を強いて生き延びた経験があるのだ。
いつか自分達にも順番が廻って来ると分かった上で探検者を続けたのは、各々に引けない思いや理由が有るからだろうか。
「そろそろ、来るな」
見張りの男が呟く。
「チッ……、疫病神が死神を連れて来るってか!」
「それじゃあ、俺達は貧乏神かもな」
悪態を付きながらも冗談めかした男の物言いに、冗談を返すリーダーらしき男。
覚悟は決まったのか、男達の顔には自然と笑みが浮かび上がる。
勿論、只で死ぬつもり等は更々無い。逃げ延びる気満々では有るが、気持ちだけで逃がしてくれる相手では無い。
たが、切迫する死を前に見せたこの笑顔こそが、生きる努力を惜しまない男達が見せた意地の発露であり、信頼の証であった。
ダンジョンに潜って一週間……地下四階まで探索した帰り道なので、荷物は遥かに少ない。しかし、休憩中ともなれば食事を摂ったり湯を沸かしたりと、それなりに準備をするだろう。当然、片付けるのにもそこそこの時間は掛かるのだ。
話ながらも荷を纏める手は止まらない。命と荷を天秤に掛けるなら、捨てるのは荷だと答えるだろう。だが、ダンジョンを生き延びる為に揃えた装備でもあるのだ。ベテランになる程、重要性を理解し無闇に捨てる選択はしない。
しかし、この時のこの選択は間違いだった。予想を大幅に上回る速さで到着し、部屋に飛び込んで来た者に驚いた男達は、慌てて持っていた武器を構える。
そこで見たのは、驚いて目を見開いた子供――そう、探検者らしからぬ子供の姿だった。
時間は戻り――。
リュージは、想定外の事態に驚愕を露にしてしていた。
ダンジョン内に、他の探検者が居るのは当たり前の事である。それくらいの事は、リュージにも分かっていただろう。
ただでさえ心眼スキルを有するのだ、その気配が分からない筈が無かった……。
だが――
「マジか……。なんで3人だけで、こんな場所に――」
探検者は、通常6人以上のパーティーでダンジョンに挑む。その先入観から選択を誤ってしまったのだ。自らが単独で挑む例外中の例外であるにも拘わらず。
言葉を言い切る前に追い付いた巨大千足が、リュージ目掛けてその顎を突き出す。
躱せない! 躱せば目の前の探検者が死ぬ事になる。
「逃げろっ!」
咄嗟に、口を突いて出た言葉はそれだけ……。
瞬間的に選択したのは槍――。
振り返り様に、迫り来る巨大千足の位置を確認したリュージは、虚空を掴む。
いつの間にか手にしていた槍の一撃は、現状で出せる渾身にして最高の一撃。
――ところが、巨大千足の堅い甲殻が致命に達する一撃を阻む。
リュージの頭上から、伸し掛かる様に顎を突き出す巨大千足の超重量攻撃を、突き上げる様に繰り出した槍の刺突で拮抗し、僅かに押し戻す事に成功するも、量産品の槍では耐えられなかった。
穂先は砕け散り、柄には亀裂が走る。
「堅いし、キモいし……ろくでもねーな!」
リュージは、あまり虫が好きでは無い。素早い動きで駆け回り、不意打ち気味に宙を飛ぶ黒い奴より遥かに増しではあるが、虫は虫である。
恐らくは、咄嗟に槍を選択したのも距離を稼ぎたいという、心境の表れではないだろうか。最もレベルの高い武器スキルという側面も有るが、真相は定かでは無い。
壊れた槍を手放したリュージは、得物を剣へと切り替える。
昨日、購入したばかりの二本の剣を取り出すと、右手のツヴァイヘンダーを上段へ、左手のバスタードソードを正眼に構える。
両手剣と片手半剣による二刀流。二刀剣法とも呼ぶが、刀では無い上に剣術の類いは素人同然なので、敢えて二本剣法とでも呼ぶ方が相応しいかもしれない。
リュージの膂力と、心眼による先読みの如き動きが有るからこそ可能となる、新しい武器である。
巨大千足を、視界に捉えたまま周囲の気配を探るが、ニアミスした探検者パーティーは言った通りに部屋の奥まで逃げたらしい。
生憎と他に通路は無く、出入口付近に巨大千足が居座っているせいで部屋を出る事が出来ずに、奥へと向かったのは苦肉の策。だが、リュージがこの場で対応する限りは大丈夫だろう。
いくら地形や罠の有無に敵の動向と、処理すべき情報が膨大であったとはいえ、選択ミスの言い訳にはならない。被害が出る前に自ら挽回してしまえば、ミスだと分かるのは己のみ……つまり、ミスでは無くなるのだ。
証拠隠滅に闘志を燃やすリュージは、いつもとは気合いの入り方からして違った。
「虫のくせにでかい図体しやがって、キモいからさっさと死ねっ!」
上段に構えたツヴァイヘンダーで斬り付けてみるが、薄く浅い傷が入るだけで弾かれる。
『御主人、いつもより過激ですニャン!』
「なぁ、柄がひび割れたのは良いんだが、穂先も砕けたよな…剣も折れると思うか?」
『かといって、ここで魔法は人を巻き込む可能性大ですニャ。新しい魔法は、練習しないと制御が甘い時が有るみたいですし心配ですニャン。……そうですニャン! 魔力で剣をコーティングしてみては如何ですかニャ?』
不安になると、答えが分かっていても質問したくなるのだろうか……甲殻の堅さに剣が心配になったリュージは、クゥーに疑問を投げ掛ける。それに対するクゥーのアイデアは、魔力で覆ってしまう事であった。イメージ次第で様々な変化を齎す魔力で覆ってしまえば、硬度を上げるだけでなく、切れ味を良くする事すら可能かもしれない。
「振動剣みたいな感じか? 折角の剣が駄目になったらどうすんだよ!」
『駄目で元々ですニャン! どうせ折れるなら試す価値はありますニャ。それとも、素手で闘いますかニャ? 御主人の身体なら自分の魔力に負ける様な事にはならない筈ですニャン』
「無理! 素手では触りたくない! 制御は任せるよ……俺は躱すのに集中したいから!」
『魔力制御はお任せ下さいニャン。剣を振るう御主人のイメージに沿う様に頑張りますニャ』
巨大千足は、槍の一撃で突進を防がれた後、堅く長い触角を鞭の様に振るって牽制に専念していた。虫なりにリュージの一撃を警戒しているのだろうか。
リュージはリュージで、その攻撃を正眼に構えたバスタードソードで捌き続ける。真っ向から受けると剣を折られ兼ねない。足捌きで躱し、躱せない攻撃は反らす事で回避する。
やがて、クゥーの準備が整ったのか剣を魔力が覆ってゆく。いや、魔力を感知出来る者であったならば分かっていただろう。徐々に濃度を増してゆく魔力の奔流が、疾うに立ち上っていたのを……。
それが、誰の目にも見える程に圧縮され輝きを放ち始める。
薄暗いダンジョンの一室が、曙光に照らされる夜空の様に明るくなり、眩く輝く二振りの剣は水平線の彼方に浮かぶ日輪を写し取ったかの様だ。
『魔術の心得LvMAXニャ~。これより進化を実行。魔導の心得Lv1を獲得したニャン?』
(魔力を使えば魔法扱いなのか? まぁ、文句は無いんだけど)
『御主人、それよりビビってるのニャン! 逃がしちゃ駄目ですニャ』
巨大千足が光を感じ取っているかは分からない。長く地下に居る為、視力が退化している可能性もある。しかし、ここまで濃縮された魔力であれば分かるのだろう。初めて後退する姿勢を見せたのだ。
だが、クゥーの言う通りここまで来て逃がす訳には行かない。方向転換しようとした巨大千足を両の刃で斬り付ける。
最初の一振り、ツヴァイヘンダーで右の触角を斬り飛ばし、次なるバスタードソードの横薙ぎで右側の足を4本纏めて切断した。
自ら切り離す事もある足は兎も角、触角は効果抜群だったらしい。のたうつ様に暴れる巨大千足から距離を取り、油断せずに構えるのだが、触角を一本失っただけで進行方向が左へ左へと逸れる様だ。リュージを潰そうと突進したのかもしれないが、明後日の方に突き進む。
この不測の事態が起こり得る状況が不味いと感じたリュージは、止めを急ぐ事にした。
巨大千足を追い掛けて跳躍すると甲殻の上に飛び乗り、斬り付けてみる。
クロススラッシュとでも言うのか、二本の剣で僅かにタイミングをずらして、交互に斬撃を繰り出す。
平べったい体を両断するまでには至らなかったが、のたうつ自らの反動で千切れる巨大千足。
血を撒き散らしながら、未だのたうち回る巨大千足に止めをを刺す為、頭を切り落としに掛かる。
攻撃を堅い甲殻に阻まれた時は強敵だった筈だが、こうなっては憐れでしかない。種類にもよるが百足の中には鼠や蝙蝠ですら餌にする種が存在するのだ。人間よりも巨大な百足など、決して油断出来る相手では無い。
たが、切り裂ける様になったリュージの敵では無かったのも事実である。のたうち回る巨大千足を蹴り飛ばし、壁に叩き付けた拍子にツヴァイヘンダーを投げて張り付けにする。
動けなくなった巨大千足は残った触角を振り回すが、邪魔なのでバスタードソードで切り落とし、返す刃で一閃。
胴体と頭を泣き別れさせるのだった。
『剣LvMAXだニャ~。これより進化を実行。剣術Lv1を獲得したニャン?』
(剣スキルも進化したか、槍が壊れたし丁度良いな!)
――その時。
「あっ、あんた見た目によらずスゲーんだな!」
「勇者殺しが突っ込んで来た時は、生きた心地がしなかったが……まさか、倒せる奴が居るとはな!」
「……助かった。ありがとう」
張り付けにした時点で安心したのか、こちらに近付いて来ていたのだろう。3人の探検者パーティーが声を掛けて来た。中には礼を述べる奴も居たが、感心の方が大きいらしい。
「いや、こちらこそ悪かった! 危うく巻き込む所だったが、大丈夫だったか?」
リュージは、巻き込みかけた事を反省し安否の確認をする。謝罪の言葉は口にするが、魔物かと思って巻き込んだ上、序でに蹴散らすつもりだった等とは言わない。恐らくは、結果オーライとでも思っているのだろう。
「おぅ、始めから逃げるつもりで準備はしてたからな! 思ったより早くて驚いたけどよ……あんたの声のお陰で、逃げ遅れなくて済んだぜ!」
「そうだな、あれの突進を弾き返したのには更に魂消たけどな……」
「俺の名はハンスだ。よろしく」
二人は、興奮覚めやらぬ様子で感想を述べているのに対して、一人冷静に自己紹介をしたのは先程礼を述べた男だった。
「おぉ、そうだ! 挨拶もまだだったな……改めて俺が“勇敢な同志”のリーダーを務めるロベルトだ。見ての通りの3人パーティーだな! ……で、こいつが――」
「マックスだ! あんたは?」
「俺は、リュージだ。よろしくな!」
『カラ~ン……カラ~ン』×2
それぞれ挨拶を済ませた所で、レベルアップを祝福する鐘が鳴り響いた。
(えっ? もしかして、死んだの今って事か?)
『頭を落としても、すぐに死なないところとか……やっぱり、虫はしぶといですニャ~』
頭を切断した所で、剣スキルが進化したり声を掛けられたりで確認はしなかったが、改めて虫の生命力は侮れないと認識したのだった。
ステータスはこんな感じです。
《ステータス》
名前 鈴木立志
性別 男
年齢 42
職業 放浪者
所属 隠れ里
種族 異世界人
レベル 13 (2upニャン↑)
生命力 1303/1569
魔力 ∞
力 1146 (17upニャン↑)
体力 1048 (2upニャン↑)
知力 4405 (52upニャン↑)
素早さ 2030 (17upニャン↑)
器用さ 744 (2upニャン↑)
運 467 (2upニャン↑)
魔素ポイント 99968458
所持金 62521マアク25ピニ
《スキル》
[電脳Lv4] [電化Lv4]
[心眼LvMAX] [鷹の目LvMAX]
[魔導の心得Lv1]1↑ 進 [剣術Lv1] 1↑進
[蹴撃Lv4] [隠形Lv3]
[夜目LvMAX] [音波感知Lv3]
[忍歩Lv4] [発見Lv3]
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木工Lv3 盾Lv1 登山Lv1 投擲Lv1 伐採Lv4 斧Lv1
錬金Lv4 石工Lv1 槍術Lv1 海中遊泳Lv3 交渉術Lv3
調理Lv1
《称号》
スキルコレクター 殺戮者 無慈悲なる者 テクニシャン
イジメっ子 笑う切り裂き魔 三助 温泉伝道師
大蛇殺し 海洋生物 盗賊殺し トレジャーハンター
子供の味方 賞金稼ぎ 巨蟲殺し new




