第四十七話 ダンジョンアタック!(一)
駆ける、駆ける、燦々と照り付ける日差しの中を汗すらも掻かずに駆け抜ける。
見渡す限りに拡がる広大な平原に、延々と続くかの様な穀倉地帯。
農地と放牧地を左右で綺麗に分ける幅の広い農道を涼しい顔で走り去る。
ラストックの門から走り始めて二十分間、今のリュージからすれば流す程度の速さだが、過去の自分からすれば全盛期の最速記録を、楽々と上回る速さであるのは間違い無い。
情報通りであれば、そろそろダンジョンである洞窟――地下墓地に辿り着く頃であろうか。
時折、探検者と思わしき者を追い越したり、擦れ違ったりもするので方向は間違ってはいない筈である。
走るリュージが、放牧地の先に見える林の前で列を作る探検者を発見するのは数分後の事であった。
時は少し遡り――宿に戻ったリュージが、男爵夫人について屋台で聞いた事のあらましを話したのは、午前十時頃の事であった。そして、誰からともなく安堵の溜め息が漏れたのだ。
無関心の様でいて、やはり少しは気にしては居たのだろう。リュージが、これで一先ずは安心だからとダンジョンを攻略しに行く事を申し出ると、一瞬変な顔をしたにも拘わらず一緒に行くと言うまでにそれほどの時間は掛からなかった。
だが、これをタイムアタックであると宣ってキッパリと断った時の皆の表情と、その後に行われた徹底的な反対運動を思い出すと、どっと疲れが増す様な錯覚に襲われる。
結局、リアを守るにも親であるヴァルター以外に、女手は必要だろう事を根気強く説明して納得させると共に、闇の日には一度帰る事を約束してやっと了解を得たのだ。その日には馬具の受け取りも有るので丁度良い、リアの友達を探しにオークションを覗いてみるのも良いのかもしれない。
ヴルバインは、出て来る魔物がアンデッドだと説明した時点でポージングを止めていた。表情からはアンデッドが苦手なのか、ただ単に面倒なのかは分からなかったが、何と無く力押しだけでは無謀だと分かるので結果オーライである。
結局のところ、街を出たのは昼直前だったので説得するだけで2時間近く掛かった事になるのだ、交渉スキルにしっかり働けと言いたい。
閑話休題。
様々な甲冑姿の人間が列を作っている場所を窺ってみると、その先には金属製の扉が備え付けられた壁が在った。
地下墓地として利用されていた頃から在ったのか、魔物を押さえ込む為に後から付けた物かは分からないが、精緻な装飾が施された白い壁と重々しい雰囲気を漂わせるシンプルな扉が、何処と無く静謐な空気を漂わせる。
ここが間違い無くダンジョンの入口だろうと近付くリュージに、値踏みするかの様な不躾な視線が殺到する。
だが、その視線は子供が何故こんな場所に居るのだろうかという困惑に変わり、やがて上から目線で帰る様にと諭そうとする者と、侮りや蔑みといった感情を滲ませて絡んで来る者、そして我関せずとばかりにそっぽを向く者とに分かれていた。
「少年……ここは危険な場所なんだ、怪我をする前に帰りなさい」
「おいおい、ガキが来るには早過ぎるんじゃねぇ~のか? 皮が剥けてから出直して来な!」
「言いたい事はそれだけですか? ここが何処かは分かっています。生きるも死ぬも自己責任なんでしょう? 迷惑は掛けませんから放って置いて下さい」
リュージは、作ったばかりのギルドカードを見せながらそう言った。言葉遣いは丁寧だったが、少し傲慢な雰囲気を滲ませる金属鎧の男と、見るからに軽薄でやっぱり絡んで来た如何にもチンピラ風の男、外見などの表面的な部分だけで人を判断するという意味では、同列の男達に拒絶する言葉を叩き付けた。
はっきり言って、喧嘩を売っているとしか思えない。或いは、先に売られた喧嘩を買ったと言うべきか。周りで見ている者がどうかでは無く、本人達がどう感じたかで決まるのだ。
リュージからすれば、見るからに絡まれそうな構成だったので分かっていた事なのだが、お約束は経験しておこうという気になっただけでキレている訳では無い。軽く捻って先に進もうと考えていたのだが、別口から邪魔が入ってしまった。
「お前達、入場税の徴収の邪魔だ! 払う物を払ったら、さっさと行かんか!」
「はぁっ?」
疑問と呆れの混ざった様な声を上げたのはリュージである。まさかとは思ったが、ここでも税……税、税、税。
どれだけ金が欲しいのか、そんなに欲しいなら商売でもして稼げば良いのに。
「何だ、払えないのか? だったら帰れ! 仕事の邪魔だと分からんのか」
「討伐したいんですよね? 何故、金を納めなければならないんですか……ギルドに登録した時に登録料なら払いましたし、そんな説明はされませんでしたよ」
食い下がる様に質問を浴びせると、絡んで来ていた者やその仲間は、関わり合いになりたくないとばかりに先に進んで行った。代わりにでは無いが、揉めている事を嗅ぎ付けたのか数名の役人がやって来る。交代要員だろうか? そう言えば、まだ昼を過ぎてそれほど経っていないのだった。
「これは税であって、ギルドは関係無い! だいたい貴様らなんぞが束になった所で、討伐は不可能である。何れ我々が討伐するのを大人しく待っていれば良い物を……探検者風情が今までに何が出来た? つまらん事でしゃしゃり出て来おって!」
「その為に税を集めていると? 皆、税が高くて苦しんでいますよ?」
「子供には分からんかもしれんが……今は苦しくとも、何れ我々が討伐に成功した暁には何倍にもなって還元されるのだ!」
「そうか、役人風情に討伐が可能だとは思えないから、支払う必要は感じないな。幾らか知らんが、押し通る!」
税だと言って金を集めていた役人の言葉を、少しだけ借りて支払いを拒否するリュージ。
自らの行いを、正当化しようとしていた様だが、そんな役人の言葉に興味は無かった。
ごくごく僅かな消費税ならいざ知らず、ろくに収入さえ得ていないにも拘わらず、何故に税ばかりを納めねばならないのか。
納税が義務だと言うなら、ダンジョンに挑む権利を主張しよう。ギルドに登録もしたし、国が認めた制度なのだから。リュージは、正義を振りかざすつもりは無いが、ムカついた役人に対しての反骨心は強かった。
正直な話、我慢の限界だったのだ、盗賊の首に税を掛けられた時点で三回目……次が有ったら暴れてやろうかと内心で決めていただけに、問答無用で拒否しても良かったのだが、巻き添えは居ない方が気が楽だっただけなのだ。
リュージは、静かに構える。相手には左手左足を向けて半身で立ち、身体の中心に集中している人体の急所を相対する敵から隠す。
何も殺す必要は無いのだから、ちょっとした訓練がてら撫でてやれば良いのだ。獣が小さな獲物にも全力を出すのは、喰わなければ死ぬからに他ならない。
全力を出さない者を諭すのに、ライオンがどうとか例える人間は割と多いが、リュージは内心で馬鹿なの? そんな言い尽くされた事しか言えないの? と常々そう思っていた。喧嘩と屁理屈が得意な質の悪い不良だったという自覚もある。
思えば武器を持たない戦闘は、異世界に来て始めてだろう。素手喧嘩でやるのはいつ以来だったか? 少なくとも大学を卒業してからは仕事に必死で喧嘩どころの話では無かったので、二十年か……。リュージは、感慨に耽ると共に戦意が高揚するのを感じていた。
「おのれ……、我々はゲルト・フォン・クルーン男爵の私兵であり、ラストック防衛の要である。それに逆らう事がどういう事か分からんのなら、その身体に刻み込んでくれよう!」
「ふ~ん、私兵ねぇ……。その男爵を調べる為に王都から調査官が派遣されてるって言ったら?」
準備万端なのにご託が長いので、つい遊び心からブラフをかましてしまう。
「馬鹿な! それがお前だと言うのか、その様な報告は受けて無いぞ」
「ん? 嘘だからね……」
「きっ、貴っ様ぁ~! ただで済むと思うなよ」
「揉んでやるから、さっさと来いよ!」
からかわれたと思ったのだろう、良い感じで本気になった様だ。頭に血が昇って冷静な判断力は期待出来ないが、先程の舐めきった状態よりは増しだろう。
相手の人数は八人、何れも金属製の甲冑に身を包み槍を構える。腰には剣を帯びているので油断すれば剣で斬り掛かって来るだろう。
流石に訓練を積んだ衛兵である。その動きには淀みが無く、盗賊などとは練度の違いを見せ付ける。こうなると、最初の構えは意味を為さなくなってしまう……。自然体で対応するしか無いだろう。
八人の衛兵は、リュージの四方八方を取り囲むと、前衛としての四人が剣を抜いて斬り掛かり、後衛の四人は前衛の間から槍を突き出す。
多対一の戦闘での理想形ではないだろうか。包囲陣形として、これといった隙は見付ける事が出来ない。魔法が無ければの話だが……。
勿論、今回は魔法を使う気は無いので厄介ではあるが、実力に差が有り過ぎるので問題無いだろう。レベルはリュージの方が下かもしれないが、スキルが優秀過ぎるのだ。
閃く剣の軌跡が、突き出される槍の軌道が、心眼スキルによりスローモーションで見えるばかりか、敵の視線や気配を読み取り予備動作の段階から察知出来るので、このレベルの相手なら死角が無い。
見えた所で、躱し続けるのが困難な状況も生まれるのが戦闘だが、リュージの膂力であれば、剣を折る事や槍を掴んで止める事すら容易い。
次第に武装解除されて行く衛兵達は、それでも果敢に攻め立てて来るのだが、リュージが全力で突き出した拳を、鎧に僅かに触れるかという所で止めると、その衝撃だけで面白い様に飛んでゆく。
寸止めでは無い、確かに当たったという感触は残っている。しかし、本来ならば身体の後ろに目標を設定するべきであり、突き抜くイメージで打つのが正拳突きである事を思えば、ちゃんと手加減はしているのである。
(おぉ~! 飛んでく飛んでく!)
『御主人、楽しそうですニャ……弱い者虐めじゃないですかニャン?』
(馬鹿言うなよ、こうして向かって来るって事は心が折れて無い証拠だろう? ガッツが有る奴を弱者扱いは失礼だぞ)
『そんなもんですかニャ? 御主人の基準は難しいですニャン』
三回ほど、突き飛ばしたり転がしたりした所で、誰一人として立ち上がれない様になってしまう。たった3回ずつではあるが、金属製の胸当てがボコボコになっているのを見れば、情けない結果とは言え無いだろう。
「じゃあ通らせて貰うから!お疲れ~」
「ぐぅっ、くそっ……」
倒れて呻き声をあげる八人の脇を、ヒョイヒョイと避けながら、声を掛けてから扉に足を向ける。
シンプルだが重厚な扉は、閂を掛けるタイプの両開き扉である。勿論、今は開かれているが閉じ込められた時はどうするのか? リュージなら蹴破れそうだが、意匠を凝らした壁は文化財だったりするのだろうか。
リュージは、そんな事は気にも止めずに扉を潜ると、探る様に内部を窺う。
「うわぁ……、これは無いわ」
リュージは、内と外とのあまりの落差に、誰にともなく真情を吐露してしまう。
内部には薄暗い通路が続いているが、その壁一面を埋め尽くすかの様に安置された剥き出しの人骨……。
大小様々な髑髏の全てが、自分を見ているかの様な錯覚を起こす。
言葉にすれば同じ静けさだが、内と外ではその性質は真逆である。表と裏、光と闇――まるで冥府に引き摺り込まれるかの様なプレッシャーが押し寄せ、流石のリュージも息を呑む。
奥へ奥へと伸びる通路は、分岐する事も無く不気味な一本道が続くのみ。やがて先に見えて来たのは行き止まり――いや、地下へと続く洞穴が大きな口を空けている。
恐らくここから先が本番なのだろう。意を決して飛び込み、かなりの勾配のある下り坂を下へ下へと潜ってゆく。
辿り着いた終着点には、何の為に在るのかすら分からない大空間が広がっていた。
リュージが足を踏み入れた途端に、けたたましい鳴き声と共に襲い掛かって来る魔物の群れ。
その正体は、天井にぶら下がっていた蝙蝠なのだが、ただの蝙蝠では無い。
肉体は疾うに朽ち果て、骨と皮しか残ってないかの様な姿にも拘わらず、空を飛び交い獲物を襲う。
探検者ギルドの図書室で調べた情報では、名前は骨蝙蝠と言って、羽を広げた時の大きさで50㎝以上がざららしい。本来、この辺りには手のひらサイズの小さな種しか居らず、虫を餌にしていた筈なのだが……魔物になる事で巨大化すると共に、ダンジョンに入って来る人間が餌になったのではないかと考えられているそうだ。
「うおっ、いきなりこいつかよ! いやはや、何匹居るんだこれ?」
『数百匹は居るんじゃないですかニャ? 先に進んでも帰りにまた襲われる事を考えるなら、焼き払う事を提案しますニャン。幸い御主人は、魔力の残りを気にする必要が有りませんニャ』
次々と襲い来る骨蝙蝠を蹴り飛ばすと、何処に蹴っても二~三匹を巻き込んで落ちるのは良いのだが、それだけ群れが多いと言う事の証明でもある。
うんざりしたリュージが、ついつい零した愚痴に暢気な回答をしたクゥーは、魔法で纏めて倒す事を進言する。
(洞窟で火って大丈夫なのか? ガスに引火とか……一酸化炭素中毒とか?)
『今更、その心配なんですかニャ? 御主人なら、新しいスキルを獲得するなりして大丈夫だと思いますのニャ! 海中に居た時も、魔法で酸素を作ったのもお忘れですかニャン? それすら、スキルで無用になりましたのニャ。何より、魔法はイメージですニャ! 洞窟内でも、無害な炎をイメージして下さいニャ』
「(それもそうか…)あらよっと」
骨蝙蝠は魔物として進化したとも言えるのかもしれないが、巨大化した事で一度に襲い掛かれる数も減ってしまっていた。勿論、こんな風に躱し続けられる人間は数える程だろうが……。
ヒラリヒラリと踊るかの様に躱し、躍らせた脚が骨蝙蝠を素っ飛ばす。まさに独壇場の様相を呈する独り舞台が出来上がっていた。
『心眼LvMAXだニャ~』
(おっと、とうとうMAXになったか? 便利だもんな)
この戦闘で、数百匹の敵を相手に躱し続けているからだろうか、漸く心眼スキルもレベルMAXになったらしい。
『御主人、ここは折角なので風流に【桜火爛漫】なんて如何ですかニャン? 咲き乱れ、舞い散る桜の花弁が焔となって敵を焼き尽くすイメージですニャン!』
「(へぇ~、今回は名前から決めたのか。桜か……良いんじゃねぇの?)おらっ、こっちに来いやっ! 焼き尽くせ……桜火爛漫!」
クゥーの考えた魔法名と説明からイメージを構築し、即座に発動準備をするリュージ。一旦、骨蝙蝠の群れから距離を取ると気合いと共に魔法を行使する。
伊達に四十二年も日本人として生きて来た訳では無い。桜の舞い散るイメージ等、日本人ならお手の物とばかりに思い浮かべるだろう。
桜の花弁を形作る焔が、桜吹雪となって骨蝙蝠に襲い掛かかる。広範囲に揺らめく花弁が盾となり、一匹としてリュージに近付けぬまま追い立てられてゆく。
焔に焼かれ落ちてゆく骨蝙蝠の群れは、乾いた草木の様に燃え上がり僅かな時間で灰へと変わる。
リュージの魔法は、潔い桜をイメージした魔法なので効果にも影響したのか……実に儚く呆気無い最後で幕を閉じたが、こうしてこのフロアの骨蝙蝠は全滅するのだった。
ステータスはこんな感じです。
《ステータス》
名前 鈴木立志
性別 男
年齢 42
職業 放浪者
所属 隠れ里
種族 異世界人
レベル 8
生命力 1303/1303
魔力 ∞
力 915
体力 932
知力 4350 (40upニャン↑)
素早さ 2010 (15upニャン↑)
器用さ 628
運 442 (25upニャン↑)
魔素ポイント 99968458
所持金 62521マアク25ピニ
《スキル》
[電脳Lv4] [電化Lv3]
[心眼LvMAX] 1↑ [鷹の目LvMAX]
[魔術の心得Lv4] 1↑ [剣Lv4]
[蹴撃Lv4] 1↑ [槍術Lv1]
[夜目LvMAX] [隠形Lv3]
[忍歩Lv4] 1↑ [交渉術Lv3]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
木工Lv3 盾Lv1 登山Lv1 投擲Lv1 伐採Lv4 斧Lv1
錬金Lv4 石工Lv1 音波感知Lv1 海中遊泳Lv3
発見Lv1 調理Lv1
《称号》
スキルコレクター 殺戮者 無慈悲なる者 テクニシャン
イジメっ子 笑う切り裂き魔 三助 温泉伝道師
大蛇殺し 海洋生物 盗賊殺し トレジャーハンター
子供の味方 賞金稼ぎ




