第四十三話 取り敢えず会議!
服を買いに出た一行は、宿に戻りリュージ達の帰りを待つ事にした。因みに高級服飾店アルチュールは、四人と一匹が店を出た後で臨時休業となった。これには、内装の補修工事の手配は勿論だが、男爵夫人から難癖を付けられるのを躱す狙いも有る様だ。
イヴァンジェリン達は、宿に戻ると各々の荷物を整理する為に部屋に入り、早速着替えたりしながらリュージを待つのだった。
一方でリュージはというと、魔道具を扱う店を探しながら食品市場を散策していたりする。こんな所に魔道具が有る訳が無いのだが、歩いている内に紛れ込んでしまったのだ。
「お姉さん、魔道具が売ってる店を知りませんか?」
「何を買ってくれるんだい?」
手強い! お世辞が全くといって通用しないおばちゃんの態度に、リュージは即座にそう思った。見たところ売っているのは何かの根菜? 蕪だか大根らしい。
「蕪ですか? 残り全部で幾らするんです?」
「なんだい知らないのかい? ビートって言うんだよ、こっちの赤いのがビーツだね。残りは、そうだねぇ……大した量じゃ無いし十マアクだね!」
冗談だと思っているのか、適当な雰囲気で金額を言うおばちゃん。計算もしていないのではないだろうか。
「はい、じゃあこれで!」
「えっ! 本当に買うのかい? いや、あたしは助かるけれどね……で、聞きたいのは何だい?」
おばちゃんは、銀貨を渡すと目を丸くして驚くのだが、売り切れて困る訳では無いと態度を改める。質問に答えてくれる気になった様だ。
「ですから、魔道具を売っている店を……」
「無いね! この街に持って来ても、高くて誰も買えないからね……疾うの昔に店を畳んで、何処だかに行ったって話だよ」
こんな所にも増税の影響が出ている。っていうのが表向きの理由であり、全ての魔道具職人が男爵に囲われているのが実情だったりする。ラストックにも近くにダンジョンが有るので、加工前の魔石などは集まっているのだ。少なくとも探検者には需要があるので、顧客に合わせた商売をすれば、店を畳まなければならない程困る訳では無いだろう。しかし、魔道具に縁の無い庶民は店が潰れる事に慣れてしまっていたのだろうか、疑ってもいない様である。
「じゃあ、馬具等の革製品を扱う店は?」
「それなら、職人広場の通りだよ!」
「あれっ? 今、そっちから来たんですけど」
「あぁ、売れないから店を開けて無いのかもしれないね。全部買ってくれたから案内してあげるよ!」
なんでも、一人で営業している職人の中には商品を製作している日は店を開けない者がいるらしい。おばちゃんに案内して貰うとモーリス防具店の三軒隣の店だった。
「ここだよ! ジェナいるかい? お客を連れて来てやったよ」
「知り合いなんですか?」
「こんなご時世だからね、そりゃあ知り合いを薦めるさ! あぁ、腕は確かだから安心しなよ」
そう言って、ズカズカと中に入って行くおばちゃんに、付き従う様に店内へと足を踏み入れるリュージ。革製品の独特な匂いが充満しているのだが、鞣し剤の匂いなんだろう。これだけの革製品が集まると少しばかりクラクラする。
「なんだぁ、誰かと思ったらおばちゃんか~」
「おばちゃんじゃないよ! エイダさんとお呼びって言ってるだろう? それより、お客だよ」
リュージ達を放っておいて、そんな掛け合いを始める二人。おばちゃんにはそこまで興味は無いが、エイダという名前が判明する。偏見かもしれないが、このタイプのおばちゃんが太ってないのは、近くの屋台で量り売りしていたスパイスの効能だろうか。おばちゃんがスパイス好きかは知らないが……。
店に居た女性はジェナと言うらしいが、看板はアドルフ革工房となっていたので娘として手伝っているのかもしれない。鞣し作業もするからか手も荒れてしまっているが、それを気にした風も無く、むしろ誇らし気に見えるのは自信の表れなのだろう。容姿も整っているのだが、それ以上に格好良く見えるのが印象的な女性であった。
「飛び込みのお客なんて珍しいから、連れて来てくれて助かるよ! 何が欲しいのかな?」
「馬具一式を五組……いや、予備も含めて八組分欲しいんですよ」
エイダとのやり取りを終えて、漸く商売をする気になったのか話を振って来るジェナに、馬具が欲しいと告げるリュージ。在庫確認の意味も有り数を伝えたのだが――。
「そんなに? うちのは頑丈だから、予備なんて要らないよ! 壊れたら速攻で直してあげるよ」
「いえ、馬が八頭居るんですよ。乗るのは五頭ですが、いつ使うか分かりませんからね!」
予備という言い方がプライドを傷付けたのだろうか、些か声のボリュームが上がり剣呑な雰囲気が漂っている気がしたので、リュージは弁解を試みる。
「そんなに馬を持ってるなんて、豪商か貴族の坊っちゃんかな? だとすると、馬具が無いのはもっとおかしいんじゃない?」
「いやいや、返り討ちにした盗賊が持っていた馬を貰ったんですよ。売ろうかとも思ったんですけど、世話をする内に愛着が湧きましてね」
素性の分からない初めての客が、大量に注文すれば怪しむのは個人経営の工房なら当たり前だろうか。探りを入れられているのは分かっているが、特に気にせず本音を語るのだった。
「そうなんだ、豪勢なもんだね……まっ、良いさ! 他人は他人ってね、馬具はこっちに有るんだけど、どんなのにする?」
「あぁ、良かった金具も有るんですね。轡と手綱に鞍…鐙は無いんですか?」
「何、それ?」
「あぁ~、成る程。いや、何でも無いですよ。鞍の形が少しだけ故郷の物と違うので!」
馬も羨ましいが、予定外に入手した馬を売らずに養える財力が妬ましいのだろう。しかし、軽く皮肉っただけで割り切ったらしいので、リュージもそれをスルーして案内された先に在った商品を手に取るのだが、鐙が無い事に気付いたのだ。
だが、ジェナが全く知らないらしい事を察したリュージは適当に誤魔化す事にした。この国に鐙が浸透していないだけなのか、この世界ではまだ発明されていないのかは分からないが、知らない物をタダで教える気は無いし、軍事力に繋がる物をラストックで広めてしまうと隠れ里が危機に晒されるだろう。鐙によって行軍が楽になると、隠れ里発見の可能性も上がるので、漏らす訳には行かないのだった。
「まぁ、言いたく無い事まで聞き出す趣味は無いけどね、流石に八組は無いから残りは注文って形で良いかな? 今は、三組しか置いて無いから一週間……いえ、五日貰える?」
「えぇ、それで良いですよ。代金はどうしますか? 材料費も必要でしょうから先払いでも良いですよ。半額でも全額でもお好きな方で!」
「それじゃあ、半額の八マアク貰えるかな? 取り敢えず……こっちに在る馬具は持って行って構わないよ」
在庫として、手綱の数はそれなりだが鞍は三つだった。品質には自信が有る様だが、それほど売れる物では無いので在庫は不要なのだろう。リュージは言われるがままに注文を出したが、信用が無いのも理解していたので自分から先払いする事を持ち出すのだった。
商品を納める前に、代金の全額を受け取る事に抵抗が有ったのか、それとも職人の意地だろうか、手付金として半額を受け取る事にしたジェナは店に在った分を渡して、残りは五日後に来いと言うのだった。
「じゃあ、五日後に来ますから」
「任せて! 最高の逸品にするから」
アドルフ革工房を後にしたリュージは昼も近いと宿に向かう。設定した日付と時刻は問題無く動いているらしい。因みに姿の見えなかったエイダはジェナとの話が終わったら、そそくさと退散した様だが匂いに耐えられなかったのだろうか。ウルバインは……想像にお任せする。
買い物を終えたリュージが、宿に戻るとフロントでクゥーが待っていた。待っていたというか、じゃれていたというか……黙っていれば完全に仔猫である。
「御主人、ちょっぴり問題発生ニャン。会議を要請するのニャ!」
「藪から棒に何なんだ? じゃあ、軽く飯を食いながらにするか」
「報告も有るので、それでも良いですニャン」
――ってな訳で皆を呼びに行くと、例外無く新しい服に身を包んだ女性陣が現れて、その都度褒めなければならないという場面が有ったりするのだが、詳しい話はここでは省略する。
何の話か知らないが会議という事も有り、昼食はヴァルターの部屋に運んで貰う。二人部屋なのでこの部屋が一番広いのだ、別料金の昼食代を支払ったのも言うまでも無いだろう。女性陣は服の話に花を咲かせているが、ヴァルターのみが何処と無く気まずそうなのは、クゥーの言う問題のせいだろうか。
「……で、何が有ったんだ?」
食事を終えたリュージは、率直に話を切り出した。グダグダと時間だけが流れる会議などは無駄でしか無いのだから。
「実は、男爵夫人と揉めたんですニャ」
「ふ~ん」
「ふ~んって、怒らないんですか?」
「何で?」
クゥーも、過程を飛ばして結論のみを報告したのだが、リュージの反応にヴァルターが意外だとばかりに疑問の声を上げた。
「いや、相手は貴族ですし?」
「そうだな、クゥー。何が有ったのかを詳しく見せられるか?」
相手が貴族だからと言ってリュージの態度は変わらないのだが、発言するからには詳しく知っていた方が良いだろうと、クゥーと記憶の共有を試みる為に質問する。
その回答は――
「可能ですニャ。クゥーの記憶をデジカメのムービー機能を介してお見せしますニャン」
そう言ってリュージの中に戻って来たクゥーは、早速デジカメの機能を使用してクゥー視点での出来事を再生し始める。
高級服飾店アルチュールでの出来事を、脳内で映像として見終わったリュージは、静かに言葉を紡ぎ感想を述べ始める。
「ふむ、まず第一に男爵夫人はムカつくな! 俺も嫌いなタイプだから、その場に居たら謝らなかったかもしれん。だが、こちらに非が有るのも分かっているだろう? 過ぎた事を言っても始まらないが、クゥーが仕事をサボっていたのはハッキリしたなぁ~」
「どうしてですかニャ!」
リュージの話を大人しく聞いていたが、突然サボっていたと言われたクゥーは、慌てて飛び出して説明を求める。
リュージの中でも話せるのに、飛び出したのは掴み掛かる為だろうか。正に今、飛び付く勢いで縋り付くクゥーの姿がそこに有る。
「何の為にリアに付けたと思っている? 店内を走り出したら止めるのがお前の仕事じゃないか。仔猫のお前にいつ戦力を求めたよ? 大人が見ていても気が付いたら居ないのが子供だからな、迷子にならない様に頼んだのに」
「そっ、そんな……御主人に褒めて貰えるかと思って頑張ったのニャ。逆に怒られるなんて予想外ですニャン」
客観的に事実を突き付けられて、ショックを受けたクゥーの落ち込み様は、見ていて哀れみを誘う。だが、耳を伏せて項垂れる姿は絶望を表現しているのか芝居掛かっているので、案外余裕は有りそうだ。
「軍曹殿……自分が、リアをしっかり見ていなかったのが悪いのです」
「かもな……だが、師匠がリアに頼み事をして放ったらかしだったのも問題だ」
「……むぅ、ごめんなさい……」
ヴァルターは自分が悪いと謝罪するが、誰にでもミスは有るのだから、自分で反省すればそれで良いだろう。それでも、分かっているかどうか分からない者には、一応の注意をして反省を促さねばならない。
「男爵夫人に謝らなかった理由は有るのか?」
「「「ムカついたから!」」」
「生理的に受け付けないのですニャン」
「リアのこと、きたないってゆーの」
リュージは一応、謝罪をしなかった理由を聞いてみたのだが、自分なりに理由は有る様だ。良い悪いは別にして理由が有るならば、とやかく言うつもりは無い。何故なら、リア以外は自分で考えて判断を下せる大人だからだ。
「自分で理由が有るなら良いんじゃね? それよりもクゥー、過程では問題が有ったけど結果的にはちゃんとリアを守ったじゃないか……よくやったな!」
「御主人、ごめんなさいですニャ! 次こそは、失敗しないのですニャン」
リュージは、いつまでも落ち込まれてはウザいので、フォローはしておく事にした。飴と鞭になっているかは分からないが、これで成長してくれれば結果オーライだと考えるのだった。
「さて、じゃあ今後どうしたい? この街の代官を相手にするのは正直な話、面倒なんだが――」
「恐らく殺るのは簡単ですニャ! 直接乗り込んで制圧するも良し、魔法で遠距離から叩き潰すのも良しですニャ」
リュージが質問すると、狙われているクゥーが真っ先に抹殺を提案し始める。殺した所で街の住民も同情すらしない可能性も有るが、次の代官も同じならば時間稼ぎに過ぎない。況してや、代官殺害の罪を住民が贖う事にでもなれば目も当てられないのだ。
リュージは意見を聞きながらも、出来る限り慎重に事を運ぶ為に考え続ける。
「軍曹殿、手配書が出回ると動き難くなりますが、宜しいのですか?」
「じゃあ、遠距離攻撃で一気に殲滅ね」
ヴァルターが手配書の心配をする傍らで、イヴァンジェリンが姿を見られなければ良いのだと魔法による攻撃に一票を投じる。
「……無関係の人も巻き込む……」
「それは旨く無いな……取り敢えず、自分の手を汚すのは最終手段にしておこうか」
だが、コリーンが言う様に屋敷に勤める使用人達には関係が無いだろう。自分達が強い為に短絡的に殺す事を提案して来るが、懲らしめるつもりなら犯罪を立証するなりして、公の場で裁かせなければ同じ事の繰り返しになるだけだろう。
「どういう事ですかニャ? 暗殺者でも雇うつもりですかニャ?」
「いや、実際に雇う必要は無い。上手く行く保証などは無いが、写真付きの手配書を作ってばら撒けば警戒して出て来れないだろう? その間に、ダンジョンに遊びに行くのさ!」
そう、自覚が有るかどうかは兎も角、写真という異世界では見た事も無いくらい詳細な似顔絵付きの手配書が、あちらこちらに出回れば本当に狙う者など居なかったとしても、警戒せざるを得ないだろう。
護衛も居るし、実際に殺される事は無いだろうが、支払う者も定かで無い手配書に飛び付く奴が居たとしたら、それだけ恨まれているって事ではなかろうか。
だが、あくまでも邪魔をされない為の時間稼ぎである。この間にダンジョンを攻略してしまえば、男爵の野望を打ち砕く為の第一歩を踏み出せる。リュージが攻略したとしても、男爵は他にいくつも有るダンジョンを目指せば良いので止まらないだろう。
しかし、ダンジョンを攻略したとなればこの地方の領主に謁見くらいは出来る見込みが有る。面倒だが、そこで訴えれば少なくとも調査は入る筈だ。後は、腐っていないのであれば国に任せれば良い。




