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異世界ゆったり立志物語  作者: sawa
第三章 旅立ち篇 ~ラストック~
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第四十一話 男爵夫人現る!

 リュージとウルバインが、武器屋で自分の得物を選んでいる頃――イヴァンジェリン達はというと、予期せぬトラブルに見舞われていた。


 リュージと別れた後、ヴァルターの案内で服飾店を見て廻る事にした一行。だが、向かった店が悪かったのだろうか? いや、巡り合わせが悪かっただけなのだ、ほんの少し時間がずれていれば違った筈なのに……。


 気を利かせたヴァルターが、最初に案内した店こそが高級服飾店アルチュールだった。彼自身は、服飾店に縁など無いので非常に悩んだのだが、ラストックの住民なら誰でも名前くらいは知っているという有名店であり、中古品を扱う店よりは良いのではという、苦肉の策で選んだだけの店である。


 それでも有名店だけあって品質は勿論、品揃えも抜群である。皆が楽しみながら選んでいたのも事実であり、ヴァルターの選択は決して間違ってはいないのだ。


「リアちゃん、これっ! これが似合うわよ。これも可愛いい!」


「わぁ~、イヴちゃんありがと~」


「……イヴ、自分のも選んだ方が良い……」


 いつの間にやら、自分の名前を愛称で呼ばせてご満悦のイヴァンジェリンは、リアの服ばかりを選んでいたのでコリーンに注意されたりするのだが、あまり効果は無さそうである。そこで、リアに頼む事にするのだが……。


「……リア、イヴに似合う服を探して……」


「イヴちゃんのおようふく? うんっ、さがすの~!」


 この時、そう言って走り出してしまったのだが、子供の行動を予測すれば当たり前であり、仕方の無い事だったかもしれない。しかし、ここで不運に見舞われる。


 走り出したリアが、この店に来ていた他の買い物客にぶつかってしまったのだ! それも、考えうる中でも最悪の部類の相手であったのが、不運と表現するに至った所以である。


「やだわ、どうしてこの店にこんな薄汚れた子供がいるのかしら! 折角のドレスが汚れてしまうじゃないの!」


「奥様、お怪我は御座いませんか! これっ、小娘……どなたにぶつかったと思っておるか!」


「……これはこれは男爵夫人……どうかなさいましたでしょうか?」


 護衛の者の怒声を聞き付けて、近くに控えて居たであろう店主が駆け付けたのだが、どうやら貴族の奥方らしい。派手なドレスを身に纏い、護衛と思われる者を付き人の様に侍らせていた。


「どうかなさいました、では無いでしょう! あの薄汚ない子供は何なの? 私の知らない間に店の格が落ちたんじゃなくって? 今まで贔屓にして来たつもりだけど、今後は考え直すべきかしら」


「もっ、申し訳御座いません! 直ちに! 直ちに追い出しますので、何卒ご容赦下さいませ!?」


 男爵夫人と呼ばれた女性の嫌味に恐れおののき、リアに手を延ばす店主……現代日本であれば威力業務妨害になりうるのだろうが、中世に近い異世界ではやはり権力には逆らえないらしい。


 しかし、リアの守りとしてリュージが残した切り札的存在がそれを許さない。クゥーは張り切っていた! 役に立つチャンスが到来したのだとワクワクしており、褒めて貰えると考えると沸き立つ感情が抑え切れない。


「させないのニャー!」


「ぐふぇっ……」


 ずっと抱き抱えられたまま大人しくしていたクゥーは、怯えたリアの腕が弛んだ隙に飛び上がり、迫り来る店主の顔面に渾身の猫パンチを繰り出した。


 戦闘力などは全く無さそうな仔猫が、大の大人を吹っ飛ばすのを間近に見て、場が硬直するのも仕方が無いのだろう。顔面に肉球の跡を付けて伸びている店主を尻目に、動けない男爵夫人とその護衛。夢かうつつか……何が起きたのかが理解出来ないのだった。


 そこに、騒ぎを聞き付けたヴァルターを始めとした一行が介入する。少し前の段階で状況は把握していたが、怒濤の展開に間に合わなかったのである。


「リア、前はよく見て走らないと駄目だよ? 転んだりぶつかったりして危ないからね!」


「とーたん、ごめんなさい」


 父親であるヴァルター達が姿を見せると、それを切っ掛けにして漸く場が動き始める。しかし、臨戦態勢で威嚇するクゥーが掛かって来いよと、手首をクイクイと動かしながら挑発しても、可愛いだけであるし……それを見たヴァルター達は困惑気味である。そこに、護衛の男が声を荒げる。


「貴様らが、この娘の保護者か! 万が一にも奥様が、怪我でもなされたら何とするか! それを謝るどころか手を上げるなど、言語道断!」


「ねぇ、オイゲン? 私、あの小さいのが欲しいわ。捕まえて頂戴……」


 飲まれた場の雰囲気を取り戻すかの様に声を張り上げる護衛に、クゥーが欲しいと我が儘を言い始める男爵夫人。よく見ればまだ若いのだが、それだけで我が儘放題の馬鹿娘に見えるのは滲み出る心の表れかもしれない。


「はっ? あれですか……奥様におかれましては、男爵夫人というお立場が御座いますれば、あの様な面妖な小動物を近付けるべきでは無いと具申致します」


「嫌よ、欲しいと言ったら欲しいの! 良いわ、オイゲンには頼まないから――ちょっと貴女……外の衛兵を呼んで下さる?」


 オイゲンと呼ばれた護衛の忠告に耳を貸さない男爵夫人は、近くで覗いていた従業員を目敏く見付けて呼び寄せると、引き連れて来たであろう護衛の一団を呼ぶ様に指示を出す。その仕種は人を使う事に手慣れており、流石は男爵夫人と思わせるだけの迫力があった。


「はっ、はいっ! 只今、お呼び致します」


「奥様! 見た目に騙されてはいけません。喋る猫など……仔猫であろうとあやかしの類いにほかなりません!」


 再度、説得を試みるオイゲンを余所に、待機していた衛兵が集合し男爵夫人の命令で包囲が完了する。


 事ここに至って、漸くイヴァンジェリン達も動き出すのだが、あくまでも魔法使いであり体術の心得が有る訳では無いのだ。また、建物内での戦闘に慣れている訳では無いので、放てば大きな被害を出してしまう可能性が有った。


「男爵夫人と言ったかニャ? ぶつかった事は謝るニャ。ごめんなさいニャン! でも、小さな子供のした事ですニャ……店主には悪い事をしたとは言っても正当防衛ですニャ。見逃して貰えないかニャン?」


「駄目よ? 私の気分を害してしまったもの。それに私……欲しい物は必ず手に入れるって決めているのですもの! 逃がしてしまったらつまらないでしょう?」


 流石に、分が悪いと見たか交渉を始めるのだが、受け入れられない様であった。クゥーだけならば素早さで翻弄するなり、サイズを活かして撹乱したりとどうにでもなる。しかし、リアを巻き込む訳にはいかないと思っての行動であったのに、男爵夫人は独自の価値観で逃がさないと宣ったのだ。


「無駄ですニャ。クゥーは御主人の物で有ると同時に一心同体の存在ニャン! 捕まえた所で手には入らないニャ」


「ならば、捕らえた後でその者も見付け出せば良いでしょう? 案外お金で売るかもしれないわね……、それとも奴隷にでもしてしまえば良いかしら!」


 見た目はそれなりに麗しいのに、考え方が下衆である。何をしても許される環境で育ったのだろうか、恐らくそういった考えが当たり前の世界で暮らしていなければ、出て来ない発想では無いだろうか。いや、考えても実行はしないのだ、普通の感性ならば。


「イヴァンジェリン、コリーン、話の通じる相手では無さそうニャン。ヴァルターとリアを守りながら逃げられるかニャ?」


「こういう場合って、殺したらどうなるの? 正当防衛にはならないわよね?」


「……逃げるが勝ち……」


 クゥーは、早々に会話を諦めて撤退戦の構えを見せる。その際にイヴァンジェリンが物騒な事を言い放つが、コリーンが諭す様に語るのは不変の真理である。


「リア、こっちにおいで……。巻き込まれない様にしないとね」


「とーたん、だいじょぶ?」


「あぁ、大丈夫だよ。凄い魔法使いが居るからね!」


 衛兵に取り囲まれた状況であるが、ヴァルターも落ち着いており、あまり気にはなっていないらしい。リアは心配そうにしていたが、平然とした父親の姿を見て次第に平静を取り戻してゆく。


「意外に暢気のんきね……もっと怖がるかと思ったんだけど?」


「軍曹殿に比べれば! 多少は鍛えて頂いた成果が有ったという事でしょうか? 皆さんも居ますしね」


「……慣れとは恐ろしい……」


 警戒だけは怠っていないが、三人とも軽口を叩き合うだけの余裕が有る様だ。一方でクゥーはというと、ただの余裕を通り越して余裕綽々といった感じだろうか、コミカルな動きで注意を引くと共に挑発も忘れない。


「お前達、早くその子を捕まえなさい! 仲間がまだ居る様だから、あっちの四人も逃がしては駄目よ? 餌にするのだから」


「奥様、お戯れは程々にして頂きませんと……誤魔化すのも一苦労なのですよ?」


 男爵夫人が指揮を執り徐々に包囲網が狭められてゆく。オイゲンは、そんな主に思う所が有るのか苦言を呈する事にしたらしい。この程度の事は日常茶飯事なのだろう。


「オイゲン、それも貴方の仕事でしょう? そんなに不満を漏らす物ではなくってよ? それとも、誰か代わりを探した方が良いのかしら」


「……やむを得ませんか」


「そうそう、それで良いのよ!」


 結局、止める事は叶わず諦めて了承するオイゲン……仕事を盾にされて、出世を棒に振るリスクまでは冒せなかったのだろう。


 そんなやり取りが続いている間も、クゥーによる大立ち回りが繰り広げられていた。素手で捕まえようと襲い来る衛兵を飛び越え、股の間を掻い潜り、隙を見ては猫パンチを繰り出す。残念ながら爪はまだ伸びておらず、大した攻撃力は発揮する事が出来無かったが、一般人を昏倒させる程度には重い一撃を放つ。


「蝶の様に舞い、蜂の様に猫パンチニャン!」


「くっ、このっ! 大人しく捕まれっ」


「そっちに行ったぞ!」


「おのれ、猫の分際で……調子に乗るなよ!」


 伸び伸びと立ち回るクゥーの後方では、子連れの男と女性が二人――何れも非武装である事と、女性達がそうそうお目に掛かれない容姿の持ち主である事から、取り囲まれるだけで済んでいた。とはいえ、囲まれた上にジロジロ見られるのが面白く無いのも事実であった。


「(手加減が難しいわね、どの程度までなら死なないのかしら)」


「(……今回は私に任せて……)」


 敵に手加減した経験の無いイヴァンジェリンは小声で相談をするのだが、コリーンが珍しくやる気になっているので任せる事にしたらしい。


「(我は錬金術を用いて真理を探求せし者……地の理を解し地の恩恵を以て、我が眼前に立ちはだかる愚か者共を拘束する力を示せ。ツヴァング・トーン!)」


 コリーンは、魔法により店の内装に使用されていた石材から柔らかい粘土を作り出すと、それを操作して取り囲んでいた衛兵の足を拘束してゆく。目立たぬ様に詠唱しながら魔力を流し、一気に発動させた魔法は決して派手では無いが実に効率的であり、その効果は転がった衛兵の姿からも明らかであろう。足を拘束された拍子に、バランスを崩して倒れ込んだ衛兵は無様にも起き上がれないのだから。


「流石は錬金術師、コリーンもやるわね。これで、後はあの2人だけかしらね」


「……疲れた……」


「なっ? 安心だっただろう?」


「うんっ!」


 コリーンの魔法により、大半の者が拘束された時には、クゥーの回りは死屍累々といった感じであった……殺してはいないが、例外無く顔面に肉球マークを付けて転がる衛兵が、何とも緊張感を薄れさせる。


「奥様! ここは一旦、引きましょう」


「嫌よ!? オイゲン、貴方が捕まえなさい!」


「どうやら魔法使いも居る様子。このままでは多勢に無勢……奥様を守る者が居りません」


「……っもう! 役に立たないわね、この衛兵達はみんな首よっ! 必ず迎えに行くから覚えてなさいな――行くわよ!」

 

 オイゲンに諭されたというよりも、戦力差から仕方無くといった感じで踵を返す男爵夫人。しかし、これで諦めてくれる訳では無いらしい。一癖も二癖も有る人物に狙われる身となったクゥー自身は飄々としているものの、巻き込まれる事が確定している面々は溜め息を吐く事しか出来ないのであった。

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