第三十七話 ラストック到着!
リュージ達一行は、盗賊のアジトに寄ってから予定通り四日後にはラストックの目と鼻の先まで迫っていた。春の八十五日目、第十三週の光の日であり、旅に出てから十五日目の事である。
徒歩で約四十日の行程を、馬車を使って半分の日程に短縮する予定だったが、ひょんな事から馬が四倍になったので、更に五日の短縮に成功していた。
途中で出会ったのは盗賊のみ、討伐隊の隊列どころか斥候の姿すら見ていないので、隠れ里が見付かる危険は今の所は無いのだろう。
五日も早く着いたという事は、最低でも十日は滞在しても余裕が有る事になる。人数分の馬具一式を購入すれば馬車を牽かなくて良い分、更にペースを上げられるかもしれない。乗馬の初心者でも常歩 (なみあし)で進むくらいなら問題無いだろう。
午後には到着するだろうその頃、リュージはと言えばコリーンを相手に単語を覚えている最中であった。勿論、この国の言語を習得する為に魔道具は外してある。
「ムント……リッペ……ツァーン……ツンゲ……」
「え~と、口……唇、歯? ……舌だったかな……」
今は、コリーンが言う単語を聞き取って該当する物や場所を指差す事で、理解しているか……聞き取れているかを確認していたりする。
「アウゲ……プピッレ……アウゲンブラウエ……ナーゼ……オーア……ヴァンゲ……キン……ダウメン」
「目? 瞳……眉かな、鼻! ……耳だね、顎……えっ? いきなり飛んだな親指?!」
最後はサムズアップして見せるリュージ。コリーンも真似して来たが、全て正解だったのだろう。単語は結構覚えてきた様だが、会話が成立する程では無いからだろうか……まだ、スキルも得られてはいなかった。
そうこうする内に馬車は、ラストックの街を視界に収める場所まで辿り着く。見渡す限り何処までも続く広い平原を活かした混合農業だろうか? 恐らく食用の小麦やライ麦と、飼料用の大麦やえん麦を育てるのだろう畑の隣接地では、酪農でもしているのであろう広い放牧地と畜舎等が見える。所々見えるのは果樹であろうか……そんな長閑な景色の中にある街の姿は、一枚の絵の様であった。
その全容は、市壁に囲まれていて杳として知れないが、そこそこ大きな街である。尤もリュージの感覚でそこそこでも、この世界だと十分に都会の仲間入りをするのだろう。
街道の終点には当然、市壁があり門を備えているのだがそこには入門を待つ列が出来ていた。ウルバインは馬を操作して、列の後ろに並ぶ様に付けるのだが、八頭もの馬に牽かせた馬車は他に無く――悪目立ちしてしまっていた。やがて、順番が廻って来る。
「よしっ、そこで止まれ!」
「…」
「ラストックでは入門の際に徴税を行っていて、入れるのは納税者のみである。積み荷が何であろうと馬車一台につき一マアク、馬一頭につき二十五ピニ、そして人一人につき五十ピニを課す事になっている。貴様達は合計で……五マアクと五十ピニを支払えば入門を認めるものとする」
入市税みたいな物だろうか? 馬車に掛けられたのが関税だとしても、馬にまで掛ける物だろうか。そもそも積み荷など無いのに……いや、馬車に掛ける事自体が間違ってるのだろう。相場が分からないが明らかにぼったくりである。
「それは、普通の金額なんですか? まけて貰う事とかは出来ません?」
「貴様! 税を値切るとは何事か! 払わなければ通す訳にはいかん。嫌なら引き返すんだな!」
「いえ、初めて来たものですから……失礼しました。これで宜しいですか?」
「ふん、田舎者が! 有るならさっさと出せば良いものを……通って良し!」
規定の額を支払うと文句を言いながらも許可を出した衛兵だか門番だかを尻目に、無事に門を潜った一行は馬を預けられる宿屋を探して進む。
街を囲む背の高い市壁が、戦争の名残なのか現在進行形なのかは知らないが、所々に塔が建っているのも見える。日本では発達しなかったが、城壁都市という形態の街並みは赤茶色で統一されており、美しい様相を呈していた。
「それにしても……また、税額上がっていましたね」
「そうなのか?」
「はっ、自分を含めて税を納める事が出来ない者は多く……大半が野垂れ死ぬか、街を出て盗賊になるのが現状であります!」
ヴァルター曰く、この街を治める代官が代わったのが約二年前……それ以前はここまで高い税は取られなかったそうだ。街に入る度に取られる税は地味にだが確実に家計を圧迫し、仕事で街の外に出たまま帰れない者も出始めた。
そうなると弱い者は襲われて金品を奪われ……奪われた者は死ぬか奪うかの選択を迫られて、盗賊に堕ちてゆく。
弱い者は野垂れ死に……盗賊になっても、弱ければ返り討ち! 必然的に金の有る者や強い者だけが残る弱肉強食の街になって行ったらしい。
「いい加減その話し方は止めて良いぞ? クゥーが悪乗りしただけだからな」
『御主人もノリノリだったのに酷い言い様ですニャン』
(こうでも言わないと止めないだろ?)
それとなく言ってはいたのだが、一向に直らない口調を初めてハッキリと注意してみるのだが、クゥーには共犯だと非難されてしまう。
「……癖になった様で有ります軍曹殿!」
「そうか、……ボチボチ直してくれ!」
結局、すぐには直らず気長に行く事にするが、今後はやり過ぎに注意しようと思うリュージであった。
リュージ達が通った門は南側であり、北側にもうひとつ有るらしい。通りを北に向かうと右手に居住区、左手には職人広場があり、木組みの家々が立ち並ぶ。伝統的な手工芸の店が集まり、そこそこ活気が有る様だ。街の中心を目指すと華美な装飾が施された教会らしい建物があり、街の中を流れる川を渡ると中央広場にでた。
「宿屋の場所は分かるか? 相場は知らないが綺麗な所が良いな…見付けた財宝で足りるよね?」
「はっ、いえ、そうですね、一人につき一マアクも出せば高級な宿に泊まれると思いますが、生憎と縁が無いので……場所だけなら分かるであり……分かります」
「じゃあ、案内を頼む。宿を決めて馬を預けたら子供の所に行こうか」
「はっ、はい!」
ヴァルターの案内で向かった宿は確かに高級であり綺麗だったが、宿泊費も高そうであった。だが、問題は金では無く……ドレスコードである。
「ウルバインは上に羽織る物は持って無いのか?」
「筋肉は魅せる物だ!」
「「「……」」」
「……馬鹿兄……」
「仕形が無い…まぁ、聞くだけならタダだし! ……普通はタダだよね?」
「「「「……」」」」
代表でリュージが話を聞いた結果……喧嘩して来た。あまりにも失礼な物言いに、客商売の何たるかを説いたのが切っ掛けでヒートアップしたのが原因だろう。暴力に訴える訳には行かないので、散々に扱き下ろして来たのだが……端から見たら負け犬の遠吠えである。
「全く失礼な……物には言い方ってのが有るだろうに……次に行こう。少し綺麗目だけど客が居なくて困ってる宿を探そう」
「また、そんな無茶を言って! 何処でも良いわよ」
通りを歩く人や屋台の店主に評判を聞いて辿り着いたのがここ、渡り鳥の棲み処亭である。そこそこ綺麗で料理もそこそこ旨いのだが、高めの料金設定の為に客もそれほど居ないそうだ。
「こんにちは~、部屋は空いてますか?」
「いらっしゃいませ! よく来て下さいました。何名様ですか? お部屋はどう致しましょう?」
「五人……二人部屋と三人部屋はあるかな?」
「はい、他にお客様も居りませんので、同じ料金で個室にお一人様ずつのご利用でも大丈夫ですよ? 一泊二食付きですので、今日の夕飯と明日の朝食はお任せ下さい」
他の宿泊客は誰も居ないらしく、のびのび出来そうな宿である。接客態度も好感が持てるのに、客が集まらない程高いのだろうか? だが、高級な宿でも一マアクと聞いていたリュージは何の心配も無く話を進めてゆく。
「じゃあ、それで! 馬が八頭居るんで世話も頼むよ」
「畏まりました、料金は先払いとなりますが宜しいでしょうか? お一人様五十ピニ……馬が一頭につき十ピニですので、三マアク三十ピニとなりますが?」
「じゃあ、これで! 取り敢えず十日分ね。お釣りは要らないから馬の世話と料理は頼んだよ?」
「あっ、有り難う御座います! 何か御座いましたら何なりとお申し付け下さいませ。馬は係りの者が世話を致しますので、ご安心を! それでは、皆様のお部屋へとご案内致します」
リュージは四十マアクを渡して、馬の世話と料理に手を抜かない様にと、暗に釘を刺して置いた。貧すれば鈍するという言葉もあるが、つまらない所で手を抜いて自分の首を絞めて行く者は何処にでも居るのだ。いちいちチップを小出しにするよりも、纏めて渡す方が手間も省けると共に印象が良いだろう。そんな下心も有ったりするが、この際それは良いのだ。因みに馬車はアイテムBOXの中であるのは言うまでも無い。
「じゃあ、子供の所に行くか!」
「はっ……い、ご案内します」
染み付く程に気に入ったのだろうか? それとも、クゥーが巧みに人格を修正したのだろうか。極限状態での洗脳に近い方法で追い込んだのだから、ある程度は仕形が無いのだが……。
「リア、帰ったぞ! リア? 出掛けてるのか……」
「こんな所に、娘を一人残して盗賊してたのか?」
ラストックの北西側には、居住区とは名ばかりのあばら家がひっそりと目立たない様に立ち並ぶ場所がある。そこは、貧しい者が多く住む貧民街である。
子供が住むには、決して治安が良いとは言えない場所であり、今更責めるつもりはないのだが……つい、厳しい言葉が口をついて出てしまう。
「すみません……」
「いや、別に責めた訳じゃ無い……色々と有ったんだろうしな」
あばら家の前で、そんなやり取りをしていると後ろから声を掛けて来るご婦人――。
「あんたら、そこで何してるのさ……っ!あっ、あんた……ヴァルターかい?」
「あぁ、ご無沙汰してます。リアを知りませんか? 出掛けてるみたいで……」
「何を言ってんだい、この穀潰しが! 今更帰って来ても遅いんだよ!」
「えっ? 遅いって……何が……?」
ご婦人の話では、徴税官が現れたのが十日前……一週間の猶予期間を設けて帰ったが、税を納める事が出来なかった者は軒並み連れ去られたらしい。それが三日前の話だそうで、恐らく奴隷として売られたのだろうと涙ながらに語ってくれたのだ。
「そんな……馬鹿な……」
「馬鹿なのはあんただよ! ……今まで何処をほっつき歩いてたんだい! あんな小さな子を残して……本当に馬鹿だよ……」
「……失礼、奴隷は何処で売られるんです?」
「軍曹殿……!」
ここまで来たらとことん関わってやるとばかりに奴隷市の場所を聞き出すリュージだが、その目には確かな怒りが宿っていた。
奴隷商人が市を開いているのは中央部でも北寄りの位置であり、目立つ場所に堂々とした店舗を築いていた。正面の看板は「ジャコモ奴隷商会ラストック支店」となっているので、大々的に商売をしてかなり儲けているのだろう。
「ここか、思ったよりもでかいな。まぁ、良いや! すみませ~ん、どなたかいらっしゃいませんか~」
「はいはい、何で御座いましょうか?」
「三日くらい前に貧民街の子供達が売られて来ませんでしたか?」
「耳がお早いですねお客様? はいはい、確かに買い取らせて頂きましたよ……何でも税を納めなかったとか。犯罪奴隷扱いですのでお安いかとは思いますが、オークションに掛ける事になっておりまして……」
税を納めなかった者を犯罪奴隷として売り払うのだが、出来るだけ高く売りたい徴税官がオークションに掛けて折半する様に持ち掛けて来たらしい。
「いや、仕事で出掛けてる間に徴税官が来たらしくてな……こいつの娘が連れ去られたらしいんだ。税を払いに行くから返して貰えないか?」
「いやはや、お客様……それでは私共の商売が成り立ちませんよ。お気の毒ですが無理で御座います。徴税官様も納得はされないでしょう……もしくは、莫大な延滞金を請求される可能性も御座いますよ?」
奴隷商人の言葉は理解出来るのだが、リュージには納得の出来ない物だった。奴隷を売買するシステムが悪いのか……いや、奴隷が認知されている以上それを言ったら、牛や馬を買う事すら罪だという極論すら成り立つ。ならば売った徴税官か? 買った奴隷商人だろうか? 税を納める事が出来ない弱者か? それは見方によって、立場によって変わるだろうが、国がしっかりしないのが悪いのだ! この時点でリュージは、どうにも好きになれないこの国の事を、見限り始めていたのかもしれない……。
「この街では、それが普通なのか?」
「えぇ、残念ながら……ふむ、分かりました。そのお子さんに限りですが、ここで売りましょう! オークションより幾分かは増しでしょうからね……何という名前のお子さんですかな?」
「そうか、助かる! リアという女の子なんだが……」
連れて来られたリアは眠っていた……泣き腫らした目が痛々しいが傷や痣等は無い。泣き疲れて寝てしまったのだろう。寂しさのあまり泣き続けただろうか……。その姿を見て無性に苛ついたリュージは、ついヴァルターの頭を叩くが、ヴァルターも文句は言わなかった……。




