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異世界ゆったり立志物語  作者: sawa
第三章 旅立ち篇 ~ラストック~
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第二十九話 旅立ちの準備!(前編)

 妙に静かになった女性達と別れたリュージは、鍛冶屋に赴き武器を受け取っていた。今朝になって急に預けた剣と槍は、きちんと手入れをされて大事に保管されていたが、斧は時間が掛かりそうだった。何れにしても返却するのだし、明後日には里を出るのだから、もう見る事も無いだろう。


「ありがとうございました。とても綺麗にして頂いて、本当に助かりました。自分も手入れの方法とか覚えないと駄目ですね」


「仕事なんだから、当たり前の事だ。それより素人が下手に手を出すと、折角の武器を台無しにするからな、どうしてもというのなら返り血や汚れを、丁寧にぬぐうだけで良いだろう。まぁ、そんなに良い武器では無いが大事にしてやれ」


 珍しくルイスが店番をしているかと思ったら、交代で食事中だそうだ。それとなく手入れの事を聞くと、本格的な手入れは自分の様なプロに任せろと注意を受ける。刀の様な切れ味に特化した、ある意味で特殊な武器ならいざ知らず、そんなに柔な物だろうか? この剣や槍は頑丈さを目的に鍛えて有るだけの物だろう。鎧の上からぶん殴っても折れなければ良いという様な造りだ。疑問は残るが、プロの言葉に逆らう程の根拠も無いので、下手に触らず錆びない様に拭いてやるだけで良いのかもしれない。


「わかりましたルイスさん、そう言えば娘さんが居たんですね! 会って驚きましたよ」


「あぁ、メーベルに会ったの? ほらっ、工房と一緒になってて狭いでしょ? あの娘が十二の時かしらね――新しく家を建てて、追い出したのよ。一人前には程遠いけど、いつまでも親元にいるのもね」


「それって、早過ぎませんか? 十二って!」


「何言ってるの、リュージなんてもっと若いでしょ? 魔法も一通り教え終わったし、遠くにやる訳でも無いから全然大丈夫よ。何処の家もそんなもんだし、私もそうだったわよ?」


 リュージが、序でとばかりにメーベルの話題を振ってみると、ちょうど奥からリーラが出て来て話に加わる。代わりにルイスが食事に行ってしまうが、会話自体は彼女が引き継ぐ様だ。それにしても十二で独立が普通とは……。


「俺は四十二ですからね? 何歳に見えてるか知りませんが、四十二歳なんですよ。良いですね?」


「えっ、えぇっ! 四十……二? てっきり六、七歳くらいかと! ほっ、ほら、魔力が多いと成長も早いでしょ? うちの娘が、ちょうどそれくらいの時と大きさがね?」


 確かに、身長百三十五センチメートルくらいだが、この里では六歳児くらいの身長らしい。リーラは、自分の記憶と照らし合わせる様に手を腹の辺りで上下させると、リュージの頭の上を見る。身長を測っているらしい……。


「はははっ、……サヨウナラ!」


「ちょっ、リュージ、大丈夫? 何だか、背中がすすけてるわよー?」


 気にしている事では有ったが、悪意など微塵も無く。況してや、そんな女性に手を上げるつもりも無い。リュージは、挨拶をして踵を返すとフラフラと歩き始めるが、その後ろ姿は幽鬼の様でも有り、薄汚れた壁の染みの様にも見えるのだった。


(そうか、煤けて見えるのか! 俺、死ぬのかな?)


『御主人、大丈夫ニャ! 魔力が多いと成長も早いって言ってたニャン? 死ぬのはまだ早過ぎるのですニャン!』


(そうか……そうだよな! お前って、本当は良い奴だったんだな。ごめんな、つらく当たって)


『御主人、クゥーは御主人の最大の理解者ですニャ! 一心同体ですニャン?』


 精神的に大ダメージを受けて弱っていたからか、素直に謝罪の言葉を告げたリュージ。和解は成立していたが、「良くして貰ったのなら恩を返せ!」という、亡き父の教えを忘れた事が無いからこその出来事かもしれない。不意に紡がれた言葉は、無意識の内に出た本心だったのだから。


(そこで、疑問形になる所が締まらないけど、それも味だと思えば可愛いもんだな)


『クゥーは、可愛いのですかニャ? 可愛いは、クゥーなんですニャン!』


(ん? どうかしたのか? まぁ、良いか!)


 クゥーのお陰か、少しだけ心が軽くなった気がするリュージは、些細な事など気にならないくらい機嫌が回復していた。興奮しだしたクゥーが、意味の分からない事を言っているが、良い奴だし! たまには良いかと、スルーしたのだ。単純と言えば単純であるが、そのせいである兆候を見逃してしまった。それが判明するのは、もう少し先の話である。


 鍛冶屋を後にしたリュージは、海を目指して北へと歩いていた。いつもなら、沖に出る為に東を目指すのだが、入り江に潜った事が無い為、里を離れる前に色々な場所を見ておくつもりだった。


「この辺で良いかな~」


 誰に言うでも無く呟いた一言、誰が答える訳でも無い。そんな事は気にならないのか、意識してないのか? 独り暮らしが長いと、自然に独り言が多くなる物だが、脳内にAIのクゥーが現れてから、症状が悪化したのでは無いだろうか。息を止めて岩場から海へとダイブするリュージ――鷹の目スキルのお陰で、ある程度までなら海中の様子も見通せるので、飛び込んだ挙げ句に、岩礁に叩き付けられて死亡とかにはならない。この辺りは、岩場が多く珊瑚礁が広範囲に分布している様なので、魚が隠れる場所としては、持って来いではないだろうか? 大物を狙うなら、沖に出るのが一番だが、何も大物だけが魚では無いし、魚だけが海の幸でも無いのだ。


 リュージは、息が続く限り海底を探索する事にした。色彩も鮮やかな珊瑚礁の海を、ゆっくりと泳ぐ。海中遊泳スキルのお陰で、人魚にでもなった気分である。そこで気付いたが――潜ってから、かれこれ五分は経つだろうか? 普通なら、一分もすれば苦しくなる筈だし、泳いでいるなら尚更だろう。


(おかしいな……何で苦しく無いんだ?)


『御主人は、海中遊泳スキルの恩恵で水中の溶存酸素を、皮膚呼吸で直接摂取してますニャ。身体に纏わり付いてる小さな気泡は、排出された二酸化炭素ですニャ? あまり動かなければ、それだけで十分活動可能ですニャン!』


(確かに気泡は付いてるけど、俺から出てたのか。あまりって事は、激しい運動は出来ないってのか?)


『運動量が増えれば、必要な酸素量も増えますので、皮膚呼吸では賄えず息苦しくなりますニャン! その場合は、一旦浮上するか魔法での対処が必要になりますニャ?』


 太古の生物は海で生まれたとされているが、その頃は身体も小さく動きも鈍かったので、皮膚呼吸のみで問題無かったらしい。やがて、身体も大きく進化し活発に動く様になると、足りない酸素を取り込む仕組みとしてえら等の呼吸器官が作られ発達した様だ。スキルの力で進化しているのか退化しているのか?


(成る程、そうなると水中で寝る事すら可能になるな)


『あまりお奨めしませんニャ。御主人は哺乳類ですニャ? 寝ている間の体温の低下は、避けられませんニャン!』


 結局、何でも有りな様に見えても、そうそう都合良くはいかないらしい。わざわざ水中で寝る意味も無いのだが、折角の思い付きを完全否定されるのだった。


(まっ、まぁ、良いや! このまま、貝でも集めるかー。岩場なら、あわび尻高しったか床臥とこぶし栄螺さざえもあるかな? 牡蠣かき……時期的には駄目だろうな)


『御主人、御主人! クゥーに、お任せなのですニャ!』


(突然、どうした?)


『パソコン内に残っていたゲームのシステム情報を、情報共有化設定で電脳・心眼・鷹の目の3つのスキルと繋げましたのニャ! これにより、御主人の知ってる物に限定されますが、見える範囲を検索してマーカーが表示されますニャン!』


 リュージの視界に表示されたマーカーに、見覚えが有ったのは確かだが、こんな見える範囲全体に表示される物では無かった。宝箱やNPCに近づいた時に表示される矢印ではあるが、探し物全部に付くと言うのだろうか? 鷹の目により広範囲を視認し、心眼で見極めた情報を電脳の情報処理能力で処理する。それは、既に別物と考えた方が良い物になっていた。


 試しに、マーカーへと近付いて見るが、海草の生えた大きな岩しか無い。おかしいなと思って他を見て気付く。何も無いのでは無く、近付き過ぎたのだ! それは、大きな岩では無く巨大な鮑であった。


(これが、鮑の大きさか? 何十年物だよ! ちゃんと食えるのかな?)


『不明ですニャ。でも、辞書に載ってる特徴は同じですニャン』


(持って帰って調べるか……冷凍かな?)


 巨大鮑は、大きな岩盤にこれでもかと張り付き、リュージの力をもってしても容易には動かなかった。何個か集めた所で、疲れて諦めた彼は狙いを変える。昆布等の海草を食べるのだから、食事中の奴を狙えば楽が出来るのではないか? 他にも、栄螺や尻高なら拾うだけなので回収するのだが、小さい物でも人の頭程も有るので、何と無く怖かったりする。攻撃などされないのだが……。


 リュージは、乱獲するつもりは無いので、見える範囲にあるマーカーの1割程を集めると、どうやって持ち帰るかを考える。生きたままだと、アイテムBOXには入らないので、殺す必要があるのだが、火の魔法なら焼くか茹でるかになってしまうが、刺身も捨て難いと思うのが日本人クオリティーという物だろう。結局、魔法で急速に冷却する事にした。


 しかし――


『昨日は、ついに恐れていた失敗が現実の物になりましたニャ? やはり、適当じゃなくきちんと命名するべきですニャン! それから、御主人の知識には偏りが有るので、役に立つ場合と足を引っ張る場合が有るのは、仕方が無いですニャン。理論的な部分は、クゥーが担当するので! もっと、魔力を信じてイメージして下さいニャン』


(おっ、おう! 今日は何だか張り切ってるな? 何か有ったのか?)


『御主人に、もっと褒めて貰える様に頑張りますニャン! 馴れるまで御主人は、元の世界の科学という常識を取っ払う事に注力して下さいニャ。御主人の無限魔力にクゥーの演算能力が有れば、どんなに荒唐無稽なイメージでも実現して見せますニャン!』


(そっ、そうか。期待してるよ!)


 リュージは、何処でスイッチが入ったのかやたらと張り切るクゥーに、タジタジになってしまう。サラッと恐い事を言った気もしたが、頑張ろうとしている所に水を差す事も無いと、聞かなかった事にするのだった。


『はい、ですニャ! 名前はどうしますかニャ?』


(あ~、それも任せるわ! どうにも苦手なんで、イメージから決めてくれ。頼む!)


 リュージは、ネーミングセンス以前に苦手意識が強い為にクゥーに丸投げするのだった。


『はいですニャン。任されますニャン! では、【氷潔晶ひょうけっしょう】は如何ですかニャン』


(あぁ、構わないよ。理由だけ聞いても良いか?)


『そのまま、氷の結晶の事ですが【氷晶】でも同じ意味ですニャ。なので、敢えて【結】と【潔】の漢字を入れ換えたのですニャン! 御主人のイメージが、食材の冷凍なので衛生面でも相応しいかと思いますニャ』


「(助かる、ありがとう)よしっ、氷潔晶!」


 イメージしながら魔法名を唱えると、対象の周りが冷気に包まれ、その表面に霜が張り付いた途端、それは急成長を始める。瞬く間に六角柱状の結晶が出来上がり集めた貝を包み込むのだった。


 氷の結晶に包まれた貝を、アイテムBOXに収納し更なる食材を求めて検索する。狙うは、やはり鮪である! 入り江は、一通り見たので沖を目指して泳ぐ――波の有る海上を息継ぎをしながら泳ぐよりも、皮膚呼吸でも賄えるゆっくりペースで海中を泳ぐ方が、結果的には速いのだからスキル様々である。


(クゥー、音波感知スキルを使ってソナーみたいなのって出来ないか?)


『理論上可能ですニャ。振動剣の周波数を調整して、反射音を捉えれば良いですニャン! ただし、現在のスキルレベルでは海上から海底を探索するくらいが、精一杯ですニャン』


(つまりは、漁船には成れるが潜水艦には成れないって事か?)


『まさしく、その通りですニャ! 鷹の目スキルで、見て探す方が早いかと思いますニャン』


 マーカーは、探し物に表示されるだけで矢印が案内してくれる訳では無い。当然、見える範囲に無ければ動き回って探すしか無いのだが、少し便利になるともっと楽をしたくなるらしい。アイデアは良かったが、出来無いなら仕方が無いと諦める。実際、鷹の目スキルはレベル4であり、かなりの範囲を見渡せるのだ! ソナーを使用したとしても、水中音波の伝達経路は複雑に曲がる為、シャドーゾーンと呼ばれる部分的な到達不可能領域が存在する。実用性から見ればクゥーの言う通り、鷹の目で視認する方が確実であるのだが、ソナーとかレーダーに浪漫を感じるのは男のさがではなかろうか?


(クゥー、どっちに居ると思う?)


『答えの出ない質問は困りますニャ。何故、クゥーに聞くのですかニャン?』


(いや、猫なら分かるかな、と……)


『クゥーは、イヌでは無いのですニャ! 保証は出来ませんが、どちらかと言えば南の方を回遊しているのではないですかニャン?』


 確かに、鮪は大型の回遊魚ではあるが、現在位置が世界のどの辺りなのかが不明である以上、北と南のどちらを選んでも等しく賭けでしか無い。赤道付近の亜熱帯を含む温暖な地域に生息する種類も居れば、日本近海を含めて北寄りに生息する種類も居る。だが、リュージが獲った鮪はクロマグロであった事から、北半球の何処かなのは間違い無いだろう。それでも、日本近海以外であれば大西洋や地中海にも生息する為に、推測の域を出ない。


(このマーカーって、種類を限定してる? それとも、広い範囲での検索が可能なのかな?)


『現在、クロマグロ、キハダマグロ、タイセイヨウクロマグロ、タイセイヨウマグロで検索中ですニャ! メバチマグロ、ビンナガマグロ、ミナミマグロは生息範囲外との予想から外してありますニャン。カジキマグロは、俗称であり種類が異なるので、外してありますニャン』


(やっぱり、ヨーロッパの方だよな~。たぶん、地中海沿岸かな?)


『地図の精度の問題もあり……現在、判明している地形からの地域検索は不可能ですニャ。もっと地図を集めるか、広範囲を移動してマップを埋めて下さいニャン』


(そうか……)


 今、リュージは北の入り江を出て、東回りで南へと泳いでいる。のんびり泳いでいるつもりだが、時速二十キロメートルは出ているだろう。本気で泳いだら、百キロメートルは超えそうだが、苦しくならない速度を検証した結果である。――っと、いつの間にやら周りには、回遊するあじの群れ! 諦めて鯵でも獲って帰ろうかと思っていると、向こうからマーカーの群れが近付いて来るではないか。そう、クロマグロが餌である鯵を求めてやって来たのだ。


(おぉ~、おっ? うおぉぉ~っ!)


 近付いて来る鮪に気付いて急旋回する鯵の群れは、まるで一個の生物であるかの様に統制の取れた動きをする。たまに、群れから飛び出してしまう間抜けは、鮪に喰われてその生涯を終えるのだが、追われる者である鯵も必死だ。ただで喰われてなるものかと、急旋回を繰り返して逃げてゆく。リュージを飲み込むかの様な勢いで、過ぎ去って行く鯵の群れの迫力に、驚いている場合ではなかった。


 鯵が逃げれば当然、鮪も追って行く! この、折角の機を逃す訳には行かないだろう。槍を取り出し、鮪の群れに迫る。狙うは、僅かに残った群れの最後尾だ。通り過ぎた鮪に追い縋るのは大変だが、向かって来るのなら、話は別である。槍を折られた苦い記憶が有る為、横からでは無く正面から頭を狙う! 回避行動を取ろうとするが、間に合わず、槍の一撃で絶命する。心眼の前では海中であろうとも、ただの食材に後れを取る事は無いらしい。結局、三匹も仕留める事に成功したのだから。


 鮪は、体温が高く獲った後は速やかに冷やさなければ身焼けしてしまう。船上で暴れて甲板に身体を打ち付けるとシミが出来るし、五十℃近くまで上昇する体温で茶褐色に変色してしまうのだ。そうなっては、旨くも無いし折角の価値も下がってしまうので、それをさせずに処理をするのが漁師の腕の見せ所ではないだろうか。リュージの場合は絶命させてるし、海中なので打ち付ける物も無い! 全く関係無いとばかりに、落ち着いて作業をする。


 尾とエラ横の動脈を切り血抜きを行うのだが、本当は心臓が動いている方が早く綺麗に血が抜けて良いのだろう。しかし、脳を破壊しているので贅沢は言えない。血が止まったら神経抜きと言う脊髄の中枢神経を破壊する作業をして、身が硬くなるのを抑えるのだが、これも既に脳を破壊しているので不要だったりする。腹を裂き内蔵やエラを綺麗に取り除いたら、それも一応アイテムBOXに仕舞っておく。


 ここまでの下処理を終えたら、海水で洗浄したり血管に海水を送り込んで血液を出し切るのだが、リュージは鮪の口を持って一体ずつブンブンと振り回し始める。振り回された鮪は海水で綺麗になると共に、遠心力で血も完全に抜け切った様だが、乱暴な方法であり海中だからこその方法である。


 鮪をアイテムBOXに放り込んで、帰宅の為に西に進路を取りこの場を離れる。血の匂いを嗅ぎ付けて鮫が来る可能性も有るし、用は済んだのだから! この鮪の使い道等を考えながら泳いでゆく。


(野菜や肉は明日の朝市で、鮪と交換すれば良いし……牛乳も要るな。往復で約三ヶ月か? シャンプーとかも、無くなるよな? オリーブオイルは見付けたけど)


『御主人、石鹸の作り方を検索したニャ。この方法だと、早くても六週間。出来れば、半年間は熟成させるとなってますニャン』


(おっ? おぉ、そうなんだよ! 時間が掛かるんだよ。シャンプーも石鹸シャンプーにするのは良いけど、体質もあるし……慣れるのに三ヶ月とかだろう? クエン酸のリンスで中和しないとならないしな)


 リュージは、朝市でオリーブを見付けた時点でオリーブオイルを探していたが、考えたのは石鹸の事であった。オリーブオイルを使った天然由来の石鹸を作れば排水に気を遣う必要も無くなるのだが、問題はシャンプーである。泡立ちが悪かったり粘土の様な匂いは、ハチミツを入れたりアロマオイル等の香料を加えれば取り敢えず解決はするのだが、髪へのダメージが心配であった。


 洗浄力が高いので皮脂の汚れを取り、頭皮には良いのかもしれない。だが、本来は弱酸性の髪の毛をアルカリ性の石鹸シャンプーで洗うと軋むのである。これをクエン酸のリンスで中和するのだが、これも賛否両論が有る為に困るのだった。リュージだけなら髪を切れば済むのだが、女性の美しい髪を自分の責任で駄目にする訳には行かないだろう。きちんとした方法で洗えば問題無いとか、三ヶ月程で慣れるとか言われていたが、詳しい人物に聞く事も出来ない。況してや、ネット環境の無い異世界では、ウィキペディアでの検索などは出来る筈も無かった。


『御主人、もしかしたらですが、殖やせる可能性が有りますニャン』


(殖やせる可能性?)


『御主人の魔素ポイントを使用すれば、もしかしたら殖やせるかもしれませんニャ!』


(ん? 魔素ポイントって、ステータスとスキルに使うんじゃなかったか?)


 クゥーの発言に興味を示すが、魔素ポイントと聞いて疑問を呈するリュージ。当然ではあるが、根拠も無く発言するとも思えない。どういう事なのだろうか?


『以前、イヴァンジェリンから教わった内容に、「魔素とは万物の根源を成す、唯一にして絶対の要素である」とありましたニャ? 無から有を生み出すのは難しくとも、魔素からなら可能性が有るのではないかと、愚考しますニャン』


(無から有は難しい……つまり! 魔素ポイントを消費して、シャンプーを増殖させるって事か?)


『その解釈で問題無いですニャ。御主人の錬金により、化学組成も操作可能なので魔素を素にすれば、増殖させる事も出来る筈ですニャン』


(おぉ~っ、マジか! 失敗しても良いから後で試してみてくれるか?)


 全く使用しなかった魔素ポイントをシャンプーの為に使用するとか! 知る人が知れば、無駄遣いだと批難されるだろうが、クゥーの提案が無ければ、殆んど忘れている様な状態だったのだから、任せてしまっても良いだろうと気軽に許可を出す。


 陸地を目指して、海中を西へと泳いでいたリュージは、考え事やクゥーとのやり取りをしている間に、上陸していた! 海水で濡れた服や身体は、歩いている内に乾き始めるが、ベタベタと不快感を残すので家に帰ったら、即入浴である。シャンプー等の四点セットも、そのタイミングで試せば良いだろう。


(やっと、着いた~! さてと、風呂に入って……その前にトイレに行っとくかな~)


 トイレに入って、用を足している間――何気なく見ていた配管に、違和感を感じる。特に水漏れをしている訳では無いのだが、何かがおかしい! 触ってみるとかなり熱いのだが、温泉を引いているのだから当たり前なので、これは良い。そこで気付く! この配管にはオーステナイト系のステンレスを使用したのだ。塩素イオン――つまり、塩分で腐食してしまうので温泉から直接繋がる配管は、それを考慮して土管にしたのに、トイレのイメージだけでステンレスを採用してしまったのだ。この里は、海にも近いので温泉にも思った以上に塩分を含んでいる可能性もある。今すぐ腐食が進んで駄目になる訳では無いが留守の間にどうなるかは分からない。大丈夫だとは思うが、直しておく方が無難である。恐らく心眼が無ければ気付く事も無かっただろう。


 ステンレスの配管を、粘土を焼成したの土管に取り替える。言葉的に、セラミックスの方がイメージは良いのだろうか? まぁ、同じ物である。その後、風呂に浸かりながらクゥーに任せた実験を確認した。


『御主人、殖やしたい物をアイテムBOXに入れて下さいニャ! 空の容器も必要ですニャン』


(ほい、頼んだよ。頑張ってくれ)


『はいですニャ。お任せあれですニャン!』


 結果は、成功である! 理屈は謎だが、アイテムBOXに入れたシャンプーは、魔素ポイントを消費した途端に増殖してゆく。それは、細胞分裂の様な物なのだろうか? 爆発的に増殖する細菌を早送りで見る様な物だろうか? アイテムBOXの中で起こった現象を見る事が出来ないリュージは、勝手な想像を膨らませるしかないのであった。


『御主人、成功しましたニャ。褒めて下さいニャン!』


(マジかっ! ありがとう、助かるよ!)


 クゥーが、どんな演算をしたのかは不明であるが……ただ、放り込んだだけで魔素がシャンプーになる訳では無い筈だ! 濃縮された魔素は万能な物質かもしれないが、何の力も働かずに変質する事は無いのではないだろうか? 加熱した水は水蒸気になり、冷却すれば氷になる。温度の上限下限が違うだけで、僅かな例外を除き殆んどの物質がそうであるだろうから。魔素ポイントを割り振るだけならリュージでも良いのに、許可を得たクゥーが行ったのだから、そこに意味が有るのは間違い無い!


『御主人に褒められて嬉しいですニャ~。それから、アップグレードが可能になった様ですニャン!』


(えっ? それって、気絶する奴だよな! 実行するのは夜、寝る前だな)


『了解ですニャン』


 結局、一ポイントの使用でシャンプーは一千倍になったらしいが、どんな物でも同じなのだろうか? 検証が必要だろう!


(クゥー、これって何でも殖やせるのか?)


『検証の結果、小さい物質の増殖は可能でしたが物体の複製は無理でしたのニャン』


(最小単位の材料なら殖やせるけど、物自体は駄目って事か? 鉄は、可能でも剣は駄目なんだな?)


『そういう事になりますニャ。新しいスキルを得れば、将来的には可能になるかもしれないですニャン! 今回は、錬金が役に立ちましたのニャン』


 その後、リンスとコンディショナーも増殖させたリュージは置き土産に砂糖も殖やしたのだが、結晶が大きく成長し大量の氷砂糖になってしまったのは、ここだけの話である。トリートメントの使用量は少ない……というか、使ってないので今回は見送る事にしたらしい。


 魔素ポイントを、四十ポイント使用した事をステータスで確認したリュージは、寝る準備を整えてからアップグレードをして意識を手放すのだった。




 《ステータス》

 名前   鈴木立志すずきりゅうじ

 性別   男

 年齢   42

 職業   放浪者

 所属   隠れ里

 種族   異世界人


 レベル      8

 生命力   1283/1303(20upニャン↑)

 魔力       ∞

 力       895

 体力      932  (20upニャン↑)

 知力      4245  (1019upニャン↑)

 素早さ     1925  (343upニャン↑)

 器用さ     578

 運       292  (25upニャン↑)

 魔素ポイント 99998458


 《スキル》

[電脳Lv4]    1↑ [電化Lv3]

[心眼Lv3]    1↑ [鷹の目Lv4]

[魔術の心得Lv1]   [剣Lv3]

[錬金Lv4]      [槍Lv4]

[夜目Lv4]      [盾Lv1]

[海中遊泳Lv3]  2↑ [蹴撃Lv2]

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

木工Lv3 料理Lv3 登山Lv1 投擲Lv1 伐採Lv4 斧Lv1

交渉術Lv1 石工Lv1 音波感知Lv1 足並十法Lv1


 《称号》

スキルコレクター 殺戮者 無慈悲なる者 テクニシャン

イジメっ子 笑う切り裂き魔 三助 温泉伝道師

大蛇殺し 海洋生物 new

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