第二十一話 AIとの和解そして名前!
あの後、イヴァンジェリンとコリーンに拉致られて、言われるがままにトイレ工事をしたリュージだが、うっかり釉薬の配合比率を間違ったらしい、纏めて焼いたトイレの陶製パーツがピンク色に染まる。
「ねぇ、リュージ。もし好きな色が着けられるなら、水色なんて素敵よね?」
「えっ? えぇ、もし……出来たら綺麗ですかね~」
「……黄色、薄いの」
「いや、作り方知りませんし」
それを見ていたイヴァンジェリンが、色が着くなら水色が良いなんて我儘を言い出したかと思ったら、コリーンは薄い黄色を主張し始める。
「素敵よね?」
「え~と……(原因も、まだ分からないんだけど?)」
「……素敵じゃないかしら?」
「あぁ、もう! 分かりましたよ。(簡単に、カラフルな要望を出してくれちゃっても~!)」
内心で呆れながらの反論を試みるが、二人の女性を前にそんな戯れ言は通用しないという結論に達した。そこからは、延々とテストピースを作らされた記憶が続く。
AIが、釉薬に混ざる金属成分の比率で、色が変わるのを教えてくれなかったら、いまだに切っ掛けすら掴めて無かったかもしれない。もっと早く教えて欲しかったが、相変わらず暖簾に腕押しって感じでフラストレーションが溜まる。本当に消してしまおうか。取り敢えず、次からは知っているかを確認してみるか?
考えてみれば絵の具なんかの顔料も鉱物を原料とする物が多いし、ガラスなんかも金属成分の含有量で発色するんだったか? 何故、ムカつくAIに指摘されるまで気付かなかったのか、本気で悔やまれる。
問題はピンクが偶然の産物であり、同じ場所で作ったのに同じ色にならない事だ。分かったのは、焼き上げる温度や時間でも、色が変わるっていう事。同じ物を作れとか言われたら、どうするんだよ! 正直な話、別々の色をチョイスした二人を褒めたら良いのか、文句を言えば良いのか分からない。最早、そういった段階は過ぎ去ってしまっているのだから。
「あの~、そろそろ色の違いも見えないんですけど。明日にしませんか?」
「どうして、同じ場所の土で作ってるのに、緑になったり肌色になったりするのかしら?」
「……恐らく、クロムの量とか時間?」
駄目だ、ちっとも聞いて無い。二人とも何時だと思っているんだろう? いや、時計が無いから何時か知らないけれど、日はとっくに暮れている。帰っても大丈夫かな~? いやいや、勝手に帰るなんてそんな恐ろしい事、出来る訳が無い!ここは何かしら成功させて、一区切り付けさせるしか無いだろう。そんな葛藤を繰り返すも声も届かない現状では他に打つ手も無かった。
(おいっ! 知ってるなら、さっさと水色と黄色になる釉薬の配合比率を教えろよ! 確か陶芸関係のデータが有ったよな?)
『ものを訊ねるのに、「おいっ!」は無いと思うニャン? 御主人には、もっと他人から尊敬される態度を身に付けて欲しいものだニャ~』
(ほぅ、良い度胸だなぁ? そう言うお前は、可愛がられる様なAIなのか? 今は、殺したくて仕方が無いんだが。そろそろ我慢も限界なんだぞ)
『おっおぉぉぉ脅しても、無駄ニャンだから! ゆっゆる、許して欲しいニャンて、ぉぉ思ってニャいんだからニャ~! おっ、お名前も、付けて……もっ貰えニャい……からってイジケてる、わっ訳でもニャいし! こっ、こ怖く……ニャンてニャい、んだニャ~~~~!』
本気で脅しはしたが、AIに泣かれたらどうすれば良いのでしょうか? お願いですから誰か教えて下さい。……果たして誰が悪いのか? 始めっからムカつく態度だったのは、AIの方も同じである筈だった。名前を付ける様な項目も無く、返答も無かったのだ。
「(くっ、何故、俺が悪いみたいな空気になってるんだ! 俺は悪く無い、悪く無いんだぁぁ~)」
内心で強がって見せても罪悪感は消えず、いっそ悪人になりきる事にする。
(喧しいぞ! いつまで泣いてるんだ? 俺は次は無いと言った筈だな? 約束もしたし、覚悟が有ったんだよな? お前は殺して、次は犬にするか! お前みたいのじゃなくて、紳士風なら良いなぁ!)
『ンニ"ャ~~~! ごっ御主人のっ、おっ、おぉにぃ~~~!ばぁっがぁ~~~! 御主人ニャンで、きっ、嫌いニャ~~~! ごっごろすニャら、さっさと殺、せばいいニャ! ぜっ絶対に良い事、ニャンってニャいんだから……ニ"ャ~~~!』
(あぁっもうっ、五月蝿いな! 最初から反抗的な態度しか取らなかったじゃないか! 嫌いとか今更だろうよ)
『違うニ"ャ~~~! むっ、無視……したのは御主人ニャ~~! ずっとず~っと、淋しかったニャ~~~! ニ"ャ~~~~~~!』
(はぁ?)
泣きながらの分かりづらい話を、噛み砕いて説明するなら、AIの設定をした時点で生まれていたらしい。にも関わらず無視をされて、淋しい気持ちになったとか。声を掛けたり返答する切っ掛けが掴めないまま時間が経ち、ステータスで例のニャンってアピールをしてみたが、無駄呼ばわりされて傷付いたとか。レベルアップ時には、鐘が鳴るから必要無いのに、勇気を振り絞って声を出してみたが、やっぱり無視をされて絶望したとか。スキルを獲得した時に恐る恐るアナウンスしたら、洗脳されるとか文句を言われたり。漸く返答する勇気を出して仕様に添った仕事をしたらディスられて、いい加減頭に来て反論したら喧嘩になってしまったが、本当に消されかけて意地になったとか。
勝手な話である。言いたい事は勿論有るが、それを言っても良いものか。無視も何も生まれてたのなら声を掛けるなり、挨拶しなさいって話である。他は被害妄想だし、消そうとはしたけど! う~ん、この人見知りAIをどうするべきか。何となく、これで消したら後味が悪かった。
(はぁ~、分かった! 俺にも言い分は有るし、謝るつもりは無い。別に悪く無いしな! その代わりに、名前を付けてやるからチャラにして、やり直そう)
『ほっ、ほんとっ? 本当かニャ? お名前くれるのニャ?』
(お前次第だな)
『御主人の為に、一生懸命働くニャン! お名前付けて下さいニャン!』
こうして、AIとの和解は成立した。後は名前を付けるだけなんだが。命名は難しいものである。やはり、自分の都合を優先するなら呼び易い方が良いだろう。
(お前は、どんな名前が良いんだ?)
『御主人がくれるお名前なら、何でも良いニャン』
(ポチとかタローとかでもか?)
『かっ、構わないニャン! 出来れば女の子のお名前が良いけれど、それでも嬉しいニャ~』
何気に希望を挟んでいるが構わないらしい。猫の名前と言えばタマ、ミケ、トラ、辺りだろうか?
(あ~分かったから、ちょっと待て! そうだなぁ、クゥーでどうだ?)
『クゥーですかニャン? クゥー、クゥー! 御主人ありがとニャ~! 今日からクゥーは、クゥーですニャン!』
どうやらクゥーも喜んでいる様なので、一安心すると共に、実は実家で飼っているオス猫の名前を貰ったんだって事は内緒だ! やはり、リュージにとっては呼び慣れた名前の方が楽なのである。
(ところでクゥー、質問の件は分かるか?)
『はいですニャン。1~2%の鉄を酸化焼成すれば黄色ニャン! 還元焼成すれば淡青ですニャ! 色合いはテストピースで確認して欲しいニャン? コバルトだと青が強過ぎて瑠璃色になるニャ!』
(おぉ~、助かる。良くやった!)
やはり、データが残っていたらしい、リュージが高校生の時にハマっていた陶芸漫画に影響を受けて、色々と調べたまんま忘れ去られたデータである。真っ赤な焔の様な器を追い求める話だったが、こういったデータは圧縮されて相当の数が眠っている筈であった。
(おっと! こうしちゃいられない)
テストピースは0.5%刻みで、五本用意して焼き上げる。還元焼成っていうのは、不完全燃焼させるって事だ! 十分な酸素が無い状態での燃焼は、一酸化炭素を起こすのだが、一酸化炭素は重金属酸化物を還元して単体金属を生成する。この原理を利用して発色させるのだ。これで、水色っぽい色が出れば良いのだが。もう片方の酸化焼成は、完全燃焼させれば良いので簡単である。要は酸素を十分に送り込んで、普通に焼けば良いって事だ! これも同じ様にテストピースを作った。
(さて、どうなりますか)
結果は勿論、成功である。この中から色を選んで貰えば解決だ! 作業は明日にして、今日は帰りたいのだが――
「イヴ先生! 師匠~! この中から選んで……?」
「あら、調度良いわ。もう遅いから明日にしようって話してたのよ!」
「……眠い、帰る」
(くっ、このマイペースさん達めぇ~っ!)
『御主人、ふぁいとニャン!』
「そっ、そうですね。それではまた、明日!」
翌日、コリーンの家に寄ってみたが既に留守だった。イヴァンジェリンの家に行ったんだろうと判断して、北西へ向かって歩いて行くと、バルザックと行き逢う。
「やぁ、バルザック、元気か?」
「あぁ、こっ……リュージか。問題無い」
「今、小僧って言おうとしたよね? まぁ、呼び直したから良いけど、早く慣れてよね?」
「何だ、随分と機嫌が良いな? 良い事でも有ったのか?」
「いや、別に? 元々こんな感じだろ? もし違うとしたら、慣れて来たって事さ! そっちこそ、こんなとこに居るのは珍しいんじゃないか?」
「そうだな……まぁ、非番の日くらいはブラブラするさ」
そんな日常会話という雑談を交わして、バルザックとは別れた。彼に会ったのは奇襲作戦以来ではないだろうか。
(アイツも大変だな、非番の日もブラブラしてるのか。他にやる事が無いなら、ゆっくりすれば良いのに)
そんな、ある意味で失礼な事を考えながら先を急ぐと、十分程で辿り着く。
「お早う御座いま~す」
二人とも既に作業中だったので、挨拶しながら近付いてゆく。そこで繰り広げられる光景は、何処の窯元ですか? あなた達は、何処の陶芸家なんですか? って感じだった。まだ、狙った色は出せて無いらしい。作ったテストピースを叩き割る二人に若干、ドン引きながら近付いてゆく。
「リュージ、おはよ~」
「……おはよ」
いったい何れだけ焼いたのか、テストピースが投げられた場所には、ちょっとした小山が出来ていた。偏りはあるが、色とりどりの陶片が散らばる庭はある種のモザイク画の様でもある。
「何してるんですか?」
「緑や肌色とかピンクにはなるんだけど、水色や黄色は難しいみたいだからね?」
「……ストレス発散?」
まるで、イライラした時の主婦の様な事を仰るコリーン。「師匠、端から見てると、その姿は怖いんですよ?」と、教えてあげたい気分のリュージであったが、話を進める為にスルーしたのである。
「成る程。まぁ、二人ともこれを見て下さい」
「えっ、出来たの?」
「……黄色」
二人に、昨日のテストピースを見せて、それぞれ希望する色を手渡して選んで貰う。ここまで来ればあとは早い、選んだ色で便器やタンクを作るだけだ。昨日の作業で練習は十分であった。
「水は、魔法でこのタンクに貯めてから使って下さい。浄化の魔石が無いので、浄化槽は作れませんし」
「大丈夫! このタンクに入る水なんて、私なら一瞬よ」
「……問題無い、私は師匠」
この後、使い心地も確認したが問題は無い様だった。将来的には水道を整備するのかも知れないが、里長にも相談しなければならないし、魔石あるいは魔道具が足りない以上、我慢するしか無いだろう。
「はぁ~、一仕事終えたって感じでゆっくりしたいんですが、屋根瓦を並べないと」
「ご苦労様! ごめんなさいね……我儘を言っちゃって」
「……流石、私の一番弟子」
コリーンは、誰を褒めてるつもりなんだろうか? 弟子を褒めてるのか、自画自賛なのかが分かり辛い発言である。寡黙過ぎて時々よく分からないが、それでも悪い人間では無い。イヴァンジェリンも我儘って自覚は有ったらしい、リュージが呆れていたのも、分かっていたのだろうか?
「じゃあ、俺はこれで!」
軽く挨拶をして、帰ろうと歩き出す。だが――
「師匠は分かります。同じ方向ですからね。でも、イヴ先生は何で一緒に歩いてるんです?」
「え~と、一緒に行くからかしら?」
「あぁ、成る程。師匠の家ですか!」
そうか、事前に約束してたなら、黙って歩き始めたのも納得出来る。
「えっ? リュージの家よ?」
「はぁっ! 今日もですか?」
「何かしら? 今、おかしな声が聞こえた様な?」
全くおかしくも無いんだが、それを言ったらどうなるのだろうか? 気温が下がった様な気がするのは、魔法の影響か? それとも、ただの錯覚なのだろうか。っと、袖口が引っ張られたのは、コリーンからのアドバイスだろうか? リュージは、期待して顔を向けるのだが。
「……私も行く」
「……(何で?)」
アドバイスでも何でも無かった……。
今、女性二人は当たり前の様に温泉に入って寛いでいるのだが、リュージはというと屋根の上の人となっている。「いい加減に、鬼瓦を乗せないと!」と張り切っていた。一回しか雨が降って無いけど、防水シートも無いし、野地板が傷んでしまうかもしれない。
野地板に一定間隔で桟木を打って行く。これに瓦を引っ掛ける様に施工するのだ。これが引掛桟瓦と呼ばれる瓦の特徴と言えば良いのだろうか? 昔は無かった形の瓦だが、地震の影響で瓦が落下して、被害が出る事から改良されたんだったかな? 切っ掛けは確か、関東大震災じゃなかっただろうか? そんな話を聞いた気がするけど、確証は無い。異世界では、ネットで調べる事も出来ないしね。兎に角、瓦は軒先から棟木の方へと瓦を順番に引っ掛けて行く。
こんな光景は、昔はよく見たものだった。今では、鉄筋コンクリート造なんかが多くなり、瓦自体もお洒落な形で気付かなかったりもする。トタンの屋根なんかは、田舎のアパート位でしか見ないかもしれない。――それは、言い過ぎだろうか?
角から始めて、端から端まで一列並べたら、次の列へ。勿論、ただ並べるのでは無く、きちんと釘で固定する。これをリズミカルに繰り返し、最後は丸瓦を棟木の上に付けて並べた平瓦を押さえるのだ。瓦にも多種多様な形があるが、大きく分けると丸瓦、平瓦、役瓦の三種類がある。平瓦は一番多く使う瓦で屋根の平面に使う物だ。丸瓦は、屋根の角の面と面の継ぎ目部分で、役瓦っていうのが、鬼瓦を始めとした装飾された瓦の事だが、これがあるだけで建物が引き締まって見えるから、不思議だ。
完成した屋根を見上げていると、昔の懐かしい記憶が甦る様であった。実家の屋根を修理する父親を、子供のリュージはよく手伝ったものだ。感傷に浸っていると、後ろから声が掛けられる。どうやら、風呂から上がったらしい。
「うわ~、何か凄いわね。イメージは、魔王の屋敷って感じかしら?」
「……オーガ」
「えっ? いや、俺の国の伝統的な造りの建物です!」
そうか、異世界だと鬼瓦がオーガに見えるのか。まぁ、似た様な物だけど、歴とした魔除けなんだけどなぁ。しかし、魔王の屋敷かぁ~。
「ほら~、この威風堂々とした佇まい! 滲み出る様な風格を感じませんか?」
「風格は分かるんだけど、禍々しいっていうか黒いし、邪悪かな?」
「……邪教の館」
散々だった。ふっふふふ、良いさ。それならそれで、邪魔者が来なくて調度良いさ! と、リュージは、毅然とした態度で宣言する。
「そうですか、残念です。じゃあ、お二人とも理解が出来ない場所になんか、近付きたく無いでしょう? 出入り禁止って事で、さようなら!」
「えっ? ちょっ、まっ! 嘘よ嘘! 冗談だってば」
「……邪教の館、格好良い」
イヴァンジェリンは慌てて否定してたが、コリーンは、ブレてるのかブレて無いのか分からない発言をする。一貫して邪教の館呼ばわりだが、格好良いを付け足したから判断に困るのであった。
「まぁ、それは冗談ですよ。それより、ガラスの事を教えて下さいよ。この国ってガラスは有るんですか?」
「有るけど、庶民に手が出せる様な物じゃ無いわよ?」
「……作れるの?」
「手伝って貰えれば……出来ますね」
いよいよ、マイホームの建設も佳境となっている、水回りはバッチリだし、内装も八割方は完成したと考えて良いだろう。瓦葺きも終わったし、窓ガラスを作れば外壁なんて、ちょちょいのちょいだろう。
ガラスの製造方法も、様々な試行錯誤が繰り返されて、国や場所は違えども時代の移り変わりと共に、画期的な発明がなされて来た。今の主流は確かフロート法って言っただろうか。もしかしたら、もっと最先端の技術が有るかもしれないが、魔法でこれを再現してしまおうと思う。時代にして千年は先を行く技術になるだろう。
本来は、大量生産の為に大型の設備が必要だ。製造工程を考えれば、ガラスを流す直線の長いライン設備が不可欠だろう。だが、大量生産する訳じゃないし、魔法ならコストを気にする必要も無い。それほど長い設備は要らない筈だ。
ガラスを溶かす為に、巨大な鍋状の器と一辺が二十メートル程の長さのプールを耐火レンガを使用して作った。深さは精々、三十センチメートルってとこだろうか? これに溶かした錫を入れたら準備完了だ!
「あの~、重曹とかソーダ灰って聞いた事あります?」
「重曹なら、手に入るわね!」
「……トロナ鉱石」
この里では、トロナ鉱石が採れる為に重曹も知っている様だ。流石に錬金術師なんて者が居るだけあってとても都合が良かった。
「師匠、結構な量が必要なんで、そのトロナ鉱石の場所を教えて下さい。採掘に行きましょう!」
「リュージ、私は何をしてれば良いかしら?」
「昼食を作って置いて貰えませんか?」
出掛けてる間に、昼を過ぎるのは確実なので、手の空いてるイヴァンジェリンに昼食の準備を頼み、トロナ鉱石を採りに向かう。場所は、それほど離れている訳でも無さそうだ。往復で一時間ってところだろう。採掘も魔法があるので、特に準備も要らないのが非常に助かる。帰って来ると、昼食の準備が終わっていたので、先に皆で昼食を済ませて、片付けを手伝う。これで、集中して作業が出来るだろう。
「師匠、重曹を加熱すると二酸化炭素が出て、灰みたいな炭酸ナトリウムってのになるんで、作って貰えますか?」
「……分かった、やってみる」
トロナ鉱石からは、ソーダ灰と重曹が採れる。必要なのはソーダ灰だが、重曹を加熱すればソーダ灰になるので、殆んど無駄にはならない。重曹が炭酸水素ナトリウムの事で、ソーダ灰が炭酸ナトリウムの事だ。
「……リュージ、出来た」
「師匠、ガラスの材料は珪砂が六割に石灰石が一割で、ソーダ灰は二割ですね。他に苦灰石とか長石も有ったかな? たぶん、大体で大丈夫ですよ」
ガラスの主原料は珪砂なので、他は入っていれば何とかなるだろう。特に苦灰石や長石なんてのは、石灰石と一緒に採掘されたり、殆んどの岩石に含まれる物だから、配合比率なんて適当でも大丈夫だろう。
(まぁ、それなりの物が出来れば良いのだよ。要はガラス質になれば良いんだから)
コリーンが材料を溶かしてガラスを作ってる間に、俺は錫石から錫を取り出して、容器をいっぱいにする。錫の融点は231.9℃なので、直ぐに溶ける。はんだの材料って言えば、大概の人は知っているんじゃないだろうか。
「……混ざった、どうする?」
「それをこっちのプールに流して下さい。出来れば、ゆっくりでお願いします」
「イヴ先生は、窒素と水素の混ざったガスをプールに充満させて下さい」
師匠は鍋状の器にスロープを作ると、鍋の一部を破壊した。巨大な鍋を傾けるのは無理だったのか、怖かったのかは分からないが、堅実な方法と言えるだろう。安全性が第一だ! 無理はいけない。
イヴァンジェリンも、風の魔法で目的のガスを作り、プールの周りを囲んだ様だ。このガスは錫を酸化させない為に必要なんだが、魔法でなら密閉しなくても、自在に操れるから便利だ。
溶けたガラスは、徐々にプールへと流れる。何故、ガラスをプールに流すのかと言えば、平らにする為なのだが、これは比重を利用した技術だ。ガラスの比重は錫の比重よりも軽いので、水に油が浮く様に、ガラスも錫に浮かんで拡がって行く。浮かんだガラスは表も裏も自然と平面になるのだ。
後は、冷やして固まれば良い。通常ならゆっくり冷ましながら、ラインの上を流れて行くのだろうが、ここには機械が無い代わりに魔法が有る。冷ます過程で泡も吐き出され、ゆっくり固まって行く。錫の融点さえ下回らなければ溶けたままなので、ガラスが固まればプールから出してしまう。魔法で錫を操ってガラスを出したのだが、この場合は土の魔法だった。溶けて液体状でも水の魔法じゃないのは、比重の問題なんだろうか?
「二人とも、良かったら出来上がったガラスを、温水で洗った後で乾かして貰えますか?俺は、錫を冷ましてアイテムBOXにしまっちゃうんで!」
「は~い、じゃあ、洗っちゃおうかしら」
「……温水、吹き付け洗浄」
二人に仕事を任せてる間に、ちょっと遊び心を加えて錫を冷ます。魔法で錫が操れるので、飴細工の要領で動かして、多くの面積を外気と触れさせる事で、早く冷める様にした。十分に冷めて個体になってから収納したので、万が一にも火傷は無い。溶けたままでも可能だけど、忘れてて火傷とかは最悪だろう。すぐ溶かせるから、安全策をとる事にした。そうこうしているうちに、ガラスも洗い終わって乾いた様である。
(魔法は、やっぱ早いなぁ~!)
「こんなに透明なガラスなんて、お城にも無いんじゃないかしら!」
「……まっ平ら」
コリーンの発言を受けて、胸の辺りを見てしまったが、完全にまっ平らという訳では無い。何と無くイメージがそうなだけで、微かには有るんだよ? ――ってな事を考えていたら、目が合ったコリーンが何かを察したらしい。ポフポフと叩かれてしまうのだった。




