第十三話 美女と魔法と温泉と!
リュージは寝れなかった。いい年をした大人のつもりでも身体に引っ張られるのか……遠足の前日、興奮して眠れない小学生の様な気分を味わう羽目になってしまったのだ。
(それだけ楽しみだったと言う事か)
自分の状況と気持ちを内心で分析して、そう結論付けるリュージ。今日から魔法のレッスンが始まるんだ! っと意気揚々と起き上がった。今日のレッスンを担当して下さる先生は、例の氷山の魔法を使う人である。初日は、里長の屋敷に集合して、次回からは自宅に教えて貰いに行くのだが、何日かすると次の先生と交代になるので、ここに来る頻度は必然的に多くなるだろう。
村長の屋敷は、里の中心部なので、何かと都合が良い……考え事をしながら歩いていたら、すぐ目の前まで来ていた様だ。ノックして、里長の屋敷に入ると、先生の方が先に来ていた様だ。
(うわ~遅かったかな)
「お、お早う御座います。遅れましたか?」
「いや、時間通りじゃな。それでは、お互い自己紹介したらどうじゃ?」
「そうですね。改めて初めまして、リュージって呼んで下さい」
「えぇ、そうね。昨日は話せなかったものね。初めましてリュージ! イヴァンジェリンよ。イヴって呼んでね! 得意なのは氷だけど、大概の魔法は使えるわ。安心して任せて頂戴!」
そういって、握手を交わしたイヴァンジェリンは、淡い金髪が美しいペールブロンドと呼ばれる髪を長く伸ばしており、その眩しいくらいに美しく白い肌は氷肌玉骨と評すに相応しい。その話し方もサッパリしていて好感が持てる人だ。
「それじゃあ、行きましょうか」
「はい、イヴ先生」
イヴァンジェリンの家は、北側の奥まった場所に在り、敷地はかなりの広さがある。魔法の練習の為だろう。今日は、ここで練習するのか! って思ったら、室内でお茶を飲みながらの、講義の様相を呈していた。
「リュージは、魔法の何を知りたいの?」
「魔法の発動方法とか、操作方法ですかね」
「そう、やっぱり自分の才能を確信してるのね」
「どういう事です?」
「ん~? 普通は今の質問をすると、自分に魔法の才能が在るのかを、知りたがるものなの。でも、リュージは違ったし、答えも具体的だったからね!」
「(成る程)……そうですね」
「あっ! 別に気にする事無いのよ? 魔法は努力次第で誰でも使えるけど、自分の才能に疑問を持っていると、駄目な場合が多いから」
イヴァンジェリンの講義は解り易かった。魔法とは、世界に満ちる魔素を取り込み、自分の体内で変換したものを魔力と呼ぶ。これにイメージという命令を与える事で発動させたのが魔法である。では、魔素とは何か? これは空気中に酸素や窒素、二酸化炭素等が含まれるのと同じ様に、濃淡の差はあるが、あらゆる物に含まれている物であり、この世界の全てに備わっているらしい。
ここからは、ある魔法使いが視た、魔法誕生の切っ掛けかもしれない話。確証となる物は一切無いが、過去視の魔眼を用いて行った、大魔法の記録なんだそうな。
数々の功績を上げて、伝説として語られる魔法使いが視たからこそ、真実であると信じられ語られる伝説。遥かな昔、夜空には白く輝く大きな星が浮かんでいた、そして、二回り程小さい赤く暗い光を放つ星。星は太陽とは逆に、夜になると現れ、朝になると消えたが、問題は無かった。ある時迄は、その日の星は様子が違った。白く輝いていた筈なのに、血の様な赤に染まって見える。
その赤く染まってしまった星に、もう一つの赤い星がぶつかる! 何れだけの時間が経ったのか、ぶつかった二つの星は黄色く輝く、大きな一つの星になる。大地には石の雨が降り、海は荒れ洪水が起きたが、季節が巡り時が経つと再び平穏が訪れる。それから更に、時が流れると。再び星が墜ちて来る。そして、今の世界になった。
それまでは、魔法なんて無かった。星が墜ちてから空気が変わった。恐らくその時に、魔素が空気中に混ざったのだろう。長い間、生き物にとって苦しい時代が続く、時代が進み魔力を持つ生き物が現れ始め、人の中にも魔力を操る者が生まれた。
人はやがて、魔法を開発し発展を始めるが、地域により魔素の濃淡がある事が分かると、より濃い地域の方が、魔法使いが生まれ易いのではないかと、その土地を求めて戦争に明け暮れ、戦争の為の戦争を繰り返し、魔法使い達も戦争に利用される。魔法使いは万能であり、魔力が有る限り大概の事は可能としたからだ。ただし、死者の復活は不可能とされているそうだ。
昔、ある国の王が魔法使いを集めて、病で死んでしまった王子を、復活させようとした。一人の魔力では不可能でも、沢山の魔法使いが力を合わせたら、そんな事を考えた王は、国中の魔法使いを集めて、世界初となる集合大魔法を発動する。
――そして、その目論みは成功する。
ただし、半分だけ。王子は復活したが、元の王子では無かった。では、誰か? 分からない! 意志も無く、言葉を発しないそれは、人では無かった。国中の魔法使いが、全魔力を用いて発動した世界初となる大魔法は、世界初のアンデッドを造り出してしまう。
その場に居た者は、王を含めて殆どが死んだ。王の護衛をしていた騎士も、魔力を使い果たした魔法使いも、生き残りは扉の外側で見張りをしていた、騎士の二人だけ。
二人は応援を呼んだが、国中の魔法使いが死んだ事で、未知の魔物に抵抗らしい抵抗も出来ず、この国は滅んだ。名をペルセビュート王国といった。
応援を求め国外に逃れた、僅かに生き延びた者により、この事実が世界に知れ渡ると同時に、危機感を募らせた隣国同士が、協力して結界を張る事で、何とか防衛に成功する。しかし、それは一時凌ぎに過ぎなかった。数年後、廃坑となった鉱山から魔物が現れ始める。この鉱山のある国こそが、ここ神聖ローマン王国である。
多大な犠牲を出したが、調査の結果で解ったのは、廃鉱山の坑道から魔物が湧いて来るという事のみ。王国は、これも結界により封印した。だが、数年から数十年という頻度で、世界各地にこういった場所が増えて行く。坑道、洞窟、遺跡、世界は此れをダンジョンと呼び、認定して調査協力する事になる。
ここで判明するのが、全て滅んだ国の近くから順に発生しており、年々範囲が拡大しているという事実である。世界は、ダンジョンの攻略を推奨し、自国の騎士団だけでは手に負えないと判断した各国は、多額の報償金を約束したのだった。
ダンジョンが、金になると分かると、飛び付く者が後を絶たず、無用な犠牲者が増えた。これをどうにかしようと発足されたのが、探索者互助会であり、現在の探検者ギルドの前身である。
っと、此処まで聞いて、休憩になった。昼食はイヴァンジェリンの手料理をご馳走になる。
(美人で気立ても良く、料理も美味しい魔法使い。完璧超人だなぁ)
てな事を考えつつ、疑問に思った事を、休憩中に質問をしてみる。決してスリーサイズを聞く訳では無い。聞いたのは、その後のペルセビュート王国と王子について、ダンジョンを攻略する事は可能なのかを聞いたのだ。
ペルセビュート王国は、結界により封印されたままであり、内部は不明。結界も数年に一度、張り直しているそうだ。ダンジョンは、僅かに攻略されているらしいが、魔物の素材等が金になる為、産業として発展してしまい、流通に便利な土地にある場合は、逆に保護されるらしい。何とも逞しい事だ。ダンジョンは、最奥の守護者を討伐後、緩やかに死を迎えるらしいが、力のあるダンジョンは、新たな魔物を守護者として復活するらしい。
(俺も、魔法を覚えたら行ってみても、良いかもしれないなぁ)
そんな事を、考えてる間に休憩は終わり、午後からは魔力の流れを感じ取り、自分の意志を魔力に伝える特訓となる。
「さぁ、それじゃあ始めるわよ……まず、己の内に力がある事を感じて」
「血流に乗って力が巡っているのは分かりますが」
無人島でも練習したので、ここまでは何となく分かるのだが、この後に魔法を発動するには至っていない。そう言おうとする前に、イヴァンジェリンに抱きしめられる。
「そう、やっぱり筋が良いのね。それじゃあ、このまま私の魔力の流れも感じてみて」
(そんな事言われても、集中出来んよ! あっ! ヤバイ、別の場所が集中しちゃうよ~!)
般若心経を念じたり、覚えている限りの円周率等を考える。どうにかこうにか落ち着きを取り戻すが、剰りにも危険なので、余計な事は考えずに、魔力の流れに集中する。すると――
『魔力感知Lv1を獲得したニャン?』
(AIの声が聞こえたにゃん! ぬぅおぉぉ! 汚染される~洗脳されてしまう~! ……ふぅ~、失礼しました。お見苦しい所をお見せしてしまい、申し訳御座いません。って誰に謝ってるんだか……疲れてるのかな?)
そうこうしている間にも、魔力感知のスキルを得る事に成功したリュージは、早速スキルを入れ替えるのだった。するとどうだろう、集中してやっとだったのが、嘘みたいに魔力が分かるではないか。
「イヴ先生! 分かります。分かる様になりました!」
「えっ、もう? 本当に? じゃあ、次ね」
その様子を見て、嘘じゃ無いと判断すると、パッと離れて、次の課題の準備に入るイヴァンジェリン……残念なんかじゃ無いんだからねっという心の声が聞こえて来そうである。
イヴァンジェリンの感触の余韻に浸りながらも、魔力感知で辺りを探ると、半径二十メートル位は分かりそうだ。練習すれば範囲を拡げられそうなのと、目を閉じて集中すれば、空間も認識出来そうな事が分かる。一人で試行錯誤していると、準備が終わったのか、イヴァンジェリンが近付いて来た。
「お待たせ! それじゃあ、これを触ってね」
「はい、分かりました」
何だか分からないが、杖の先端の石に触れてみても特に何も起こらず、魔力感知で探って見ると杖に向かって魔力が流れている様だが、減っている気がしない。だが、減ったら無限では無いはずであり、それではおかしいだろうと聞いてみる。
「イヴ先生、何も変わりませんが?」
「リュージ、この杖は魔力をチャージする事が出来るのだけど、今も魔力を吸収してるわ。もし、何も感じないとするなら、杖の吸収力よりも貴方の回復力が上回っているって事になるわね」
「つまり、駄目って事?」
「ううん、そういう事じゃないわよ? ただ、魔力を使用する感覚が、分かりづらいだけで、素晴らしい事よ! 減る感覚では無く……出て行く感覚は分かるかしら?」
流れは分かるので、言われてみれば出て行く感覚も分かる様な気がする。
「はい、分かる気はします」
「じゃあ、後はイメージね、魔力の発動は、ここでするのよ」
イヴァンジェリンは、そういって額を指差す。第三の眼とか言う奴だろうか。それとも前頭葉とか……脳の事なのだろうか。
「脳の事ですか?」
「そう! 良く知ってるわね。たまに、手で発動させようとして失敗する人がいるけれど、発動はイメージという命令を与えて、頭……脳でするのよ。魔法使いが手を翳すのは、狙いを定めたり……格好良いからかしらね」
何か、然り気無くぶっちゃけたな。しかし成る程、発動に手は関係無いのであれば、手を意識し過ぎていたのだろう。これで失敗していた理由が分かった。
「何か練習したいのですが、安全な魔法って、何がありますか?」
「そうね~、火、風、水……土が良いんじゃないかしら、こう穴を掘るとか?」
「成る程。やってみますね!」
イメージする。穴を掘るイメージだろうか。ドリルとかボーリング? 指を額に当てながらイメージする、暫く集中すると魔力が額に集まる気がする。すると、何かが発動した事を実感した。
『魔法の心得Lv1を獲得したニャン?』
AIの声は良いのだが……。これは――
「ちょっと、リュージ! 何したの?」
「いや、穴を掘ったんですが」
――そこには、地中から勢い良く吹き上がる温泉と湯煙が有った。




