プロローグ!
初投稿作品です。宜しくお願い致します。
雨が降っていた――。
何時、降りだしたのだろうか? 全く気が付かなかったのだが、その降水量はかなりの物だと思われる。
「昨日の夜の天気予報では、確か曇りって言ってたんだけどなぁ」
天気予報を確認してみようと、テレビの電源を入れてチャンネルを順番に回す。丁度、昼の情報番組が放送されており、気象予報士が雨雲の流れを説明していた。
「日本海に発生した低気圧が、急速に発達しながら北に進んでおり、日本列島は大荒れの模様……」
(爆弾低気圧かぁ~。春の嵐って奴かな?)
窓からの景色に強い光が走ったのは、そんな事を考えながら外の様子を眺めたのと、ほぼ同時だった。稲光の後、僅かに遅れて雷鳴が轟き爆音が響き渡る。
「おおぅ……、結構近いな」
上空に積乱雲でも在るのか、かなり近くで雷が鳴っている。落雷の音量に、流石にちょっとビビった様で、男は独り言を呟いた。
(さて、昼飯も食い終わったし! この雨じゃあ出掛けるのも面倒臭いなぁ。……買い置きの食糧も十分だし、態々(わざわざ)出掛ける事も無いかぁ。ゲームの続きでもするかな?)
それが起こったのは、休日の午後の事だった。朝から熱中していたゲームを、一時中断して昼食を摂り、自然の猛威を少しだけ恐れながら、再びゲームに戻った時の事である。
その理不尽で容赦の無い一撃は、古い木造二階建てのボロいアパートに直撃した。プラズマが発生する程の熱によって火災が発生し、その大電流と大電圧は張り巡らされた電気配線等を縦横無尽に駆け巡る。それは、あらゆる家電品等を破壊し、照明器具を破裂させるはずだった。
――ところが、とある一室に於いてのみ、そうはならなかった。
それは何故か? 室内に配置された家電品が、配線類を含めて、何の因果か魔方陣を描いていたが為に――。
勿論、狙っていた訳では無い。結論から言ってしまうなら、偶然でしか無いのだ! 几帳面な人なら、誰でもがやる事だろうと思う。目立たない様に、壁際や家具の下を通していた配線は、雑多に絡み合った結果、何らかの魔方陣の様相を呈していたというだけ……。
それは、日々の暮らしの中で、少しだけ不運な目に合うというだけの効果でしかなかった。例えば、風水を始めとした家相学等で言うところの、運勢の悪くなる部屋とでも言えば分かり易いのだろうか。家電が増える度に、無くなるどころか少しずつ強化されて来たのだが、そんな落とし穴が生じている事に誰が気付けるというのだろうか。幸か不幸か、生かしもせず殺しもせずに、徐々に幸運を奪い続けていた。
その呪いの様な偶然の産物に……ある意味では必然的に! 更なる偶然が襲い掛かったのだ。落雷により生じた大電流が、魔方陣となった配線に流れた事で、強力な電磁界が発生した。それにより蓄積された電荷の影響で、魔方陣の持つ効果が歪曲される。
その空間に漂う、様々な物をエネルギーとする事で条件が揃い、それは起こる。落雷で発生したプラズマ然り、ジュール熱や電磁波すらもエネルギーとする事で増幅された! されてしまった……。
――その時、突如として現れた。
それは、空間に漂う一点の染み――気体、液体、固体、その何れにでも当て嵌まる様であり、その何れにも当て嵌まらない物体は、暗い影よりも更に濃い闇色をしており、徐々に拡がってゆく。
一見して、平面の様に見えるその物体は、球体にも見える。その色のせいで、奥行きが在るのか無いのか分かりづらいが、周囲を呑み込む状況から、球体なのだろう。
何も無い空間に現れた“それ”は、言うなれば次元の綻びだろうか、無から点が現れ、線を為し、面を経て、立体化した“それ”は、三次元を生きる者には球体の様にしか見えない物……。四次元なのか、或いはその先の次元へと繋がるのか……? それは、平行世界とも呼ばれる異世界への闔であった。
常人の理解を超えたその物体は、魔方陣の内側にある全てを呑み込むと、急激に収縮して消失した。エネルギーが飽和したのか、尽きたのか――その原因は分からない。分かる訳が無い!
後に残されたのは、落雷でパニックを起こした、アパートと近隣の住人達。
構造的にあり得ないのに、初めからのデザインだと言われたら、信じてしまいそうな程、見事な球形状の空間を残した部屋の謎。
そして、部屋の謎と共に、暫くお茶の間の話題に上る事になる、この部屋の住人だった男も、生死不明で失踪扱いとされ、人々の記憶からも、やがて風化し、消え去ってゆく。
件の被害者となった男の名前は、鈴木立志と言った。
上京してから二十年、いろんな職業を転々として、現在は勤続三年目となる中小企業で、課長を務める四十二歳、独身。
何が悪かったのか……、本人は知る由も無いが、言わずと知れた魔方陣、この効果により何をやってもいまいち上手く行かない事が多かった。
決定的に、これが原因だと断定出来る様な物は見付からず、結果として自分が悪い、或いは巡り合わせ悪かったのだと、諦めつつも半ば開き直って生きて来た。
取り立てて不幸だと、卑下する程の事も無く、かと言って決して幸福とは言えない人生を、平々凡々と歩んで来たのだ。
単にポジティブだった。ポジティブじゃなければ、やってられなかった。それ故に、身に付いた処世術だとも言えるのだが。
今思えば、人生が上手く行かなくなったのは、初ボーナスを貰った後だったか。映画やアニメ、ゲームを良い環境で楽しむ為に、趣味に任せて各種の機器を買い漁り、部屋に設置してからだったのではないだろうか?
それから、家電品が充実して行く度に、運勢は悪くなる一方だったのだが、魔方陣の知識など無い者には、想像すら出来ない事だった。
慢性的な不幸の積み重ねは、些細であるが為に原因の究明を逃れ続ける。やがて、それが必然で在ったかの様に、件の事故を引き起こした。
それは、神の悪戯か。それとも、不幸続きの男に対する祝福か。――もしかしたら、運命が同情したのかもしれない。
本来なら、落雷により感電をした時点で、即死だっただろう。何が起きたのかも、理解せぬままに死んだ筈だ。
――だが、それにも拘らず、しぶとく生きている。
落雷により魔方陣が変質した瞬間の出来事、運命の歯車が噛み合い、回り出す。
命の重さを量る神の天秤が、運命を司る神の振り子が――
死から生へ、不運から幸運へ。
魔方陣により、約二十年間も固定され、抑圧され続けた運勢が、箍が外れる様に振り切れた。
――反動を伴い、勢いは増す。
感電により受けたダメージは、それこそ残りの生涯を寝たきりで過ごさねば為らない程に、深刻だった。
しかし、これも回避した。――いや、回復したが正しいだろうか?
反動で振り切れた幸運は、今暫く続く。
何処とも知れない場所に、放り出される様にして現れた後、湖に落っこちた。
そのまま、溺れて死ぬかと思いきや、凝縮された高濃度の魔素が溜まって出来た湖は、命を奪うのでは無く、与える力を有していた。
この湖は、幾千幾万もの時を掛けて凝縮した魔素が液化した物。魔素の濃い竜脈の上に、僅かな期間だけ現れる事がある“神秘の湖”であった。
世界中には、竜脈から溶け出した魔素を多分に含んだ水が湧く、“生命の泉”と呼ばれる場所も確認され、多数の報告がされているのだが、この湖は伝説や物語の中にのみ名を残す泡沫の奇跡。
液化した高濃度の魔素は、皮膚から吸収され、ゆっくりと再生する。
呼吸は必要無かった。理屈は分からないが、魔素が酸素を補完したのか、それとも酸素不足により破壊される脳細胞を、より早いスピードで回復又は修復するからだろうか?
それは、羊水の中で眠る胎児の様だった。何処かで祝福の鐘が鳴る――新に生まれ変わるかの様に……異世界へと落下した鈴木立志の身体は、意図せず再構成されてゆくのだった。