プロローグ
雨が目を霞めた。
灰色に染まった空はドコか懐かしい感じがして、雨で塗られ、より黒くなったアスファルトも以前見た事はある。
それに加え、漂う雨の匂いも、実物の冷たい雨も、新しい感触では無いはずなのに。
茜は唇を噛み、数滴の生温い液体が口の中に浸入して来るのを感じた。
――――――じゃぁ、ナンデ?
まるであの日に戻ったかのように、全てがあの日同然、新しく感じてしまう。
あの日の心の痛みさえ、生々しく甦って来る。
辺りは薄い霧がかかったように、霞んで見えた。 でも、そんな事も気にせずに回りにいる人たちは、急ぎまわって日常生活を続けている。
自分も見習わなきゃと思うのに、体がなかなか、言う通りに動いてくれない。 降り落ちて来る雨に惹かれた茜は、瞬きもせず、ただジット雨を見続けるだけ。
それなのに、実際「雨」なんて眼中に入っていなかった。
「もう、三年、か」
信じたくない事実は、目の前に置かれて。 起きたくなかった夢にはもう、二度と戻れなくて。
死んじゃいたい、何て思っていた自分は確かにいたのに。 三年経った今、自分はまだ図々しく生きている。
けして、楽では無かったけど。
例え涙を流す日々が減り、ゼロ近くになっても。 例え「彼」の事は、こう言う雨の日にしか想い出さなくなっても。
例え「戻りたい」、何てバカな事を願わなくなっても。
それでも、傷は明白に残っている。
最初は喜んだ。 「彼」とはもう関わらなくて良いと知って。 「彼」とあれ以上に関わっていたら、いずれ、前に少しだけ覗き込んだ「暗黒の世界」に引き込まれただろう。
自分が最も恐れている、最も軽蔑している、その世界に。 「彼」と離れたおかげで、自分は迷いも無く正の道へ進む事が出来た。
大学も無事に卒業し、弁護士を証明する天秤座のバッジを貰う日はそう遠く無い。
後悔は、してない。 後悔など、してたまるか。
茜は今まで自分に言い聞かせた呪文を又唱える。
後悔はしないけど。 他の道があった、何て甘い事も、もう思ってないけど。
それでも、時々考えてしまう。
――――――「彼」は自分の事をまだ覚えているのだろうか。
「っハッ、覚えてるわけ無いよね。 自分から捨てた女何て」 脾肉気味に笑いながら、茜は雨に向かって呟いた。
「ってかそんな奴、こっちから願いさげよ」
バーカ、何て言って見て、足を漸く進ませる。
「彼」はもう自分の世界にはいないけど。 それでも世界は立派に回っている。 自分も立派に生きている。
「彼」なんぞの居場所は、最初からこんなちっぽけな世界には無かったのだ。
「良かったのよ。 あいつが消えて。 今ごろ、誰かに捕まって牢屋にでも入ってんじゃないの?」
自分が言う、その言葉には嘘など無いのに。
なのに、どうしても、最後に見た彼の表情が脳裏から消えてくれない。
あの時、彼の頬に流れていたのは、雨だったのか、涙だったのか。
(未だに、解らない、よ)
・・・どうでしたでしょうか・・・。
ココまで読んでくれて、ありがとうございました。