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最速レコード

 津村は口にすまいと思っていた考えが、また頭の中を支配しそうになり慌てた。

 先行きの事を考えると、どうしても学校を辞めてフルにバイトで稼いだ方がいいように考えてしまうのだ。


 探索者は止めて人に嫌がる仕事をバンバンやって30万円稼ぎたい!


 この考えが一番正しいという思いが週に一度はどうしても出てしまう。

 津村は今、下小山田ダンジョンの仮眠室でノートに収支の計算を書いていた。

 学生向け探索者支援制度で津村は毎月17万3千円を国から受け取っていた。

 それが8カ月続くのだからなかなか悪くないと思っている。

 しかし18万3千円は想像以上にあっさりと消えてしまう現実に、気持ちが暗くなり迷いが生まれてしまう。


家賃2万5千円・光熱費雑費1万円・食費1万5千円・探索者保険料3万円・装備積立金6万円・家族への仕送り3万円

  

 探索者保険料と装備積立金で9万円消えるのがあまりに痛い。

 探索者保険料は大怪我の治療を含め、ダンジョンで救難される際の費用を消してくれるという探索者には必須の制度だ。なので止めるわけにはいかない。

 装備積立金は支援制度が終わった時に、正統な迷宮劣化処理が施された装備一式を受け取れる金である。本来なら95万円の装備を積立金合計32万円で受け取れるのだから文句も言えない。

 だが、毎月9万円取られると生活が非常にカツカツになってしまうのだ。

 家族への仕送りももっと増やしたいと思うと、どうしても学校を辞めて働きたいという衝動がこみ上げる。

 とはいえ母親や友人、担任の教師は探索者を続けるべきだと皆口をそろえて言う。

 高校も卒業できるうえに、探索者で成功すれば高校生でも年収1億円も夢ではないことだからだ。

 津村は知らなかったが〈凍獄〉というスキルを持つ本牧美紗姫という高校生はレベル30に達して、年収も8千万円に達しているらしい。

 もちろんスキルに恵まれるということが条件になるが、その点ではすでに津村は躓いている。

 〈熔解〉では大金が生まれる可能性は低いであろう。


 高校を出ておく方がいい、というのも今一つピンとこないんだよな……。怪我や病気をした未来を考えると学歴は重要というが、その意味も分からない。


 津村は学校に通う意義への疑念も頭から消すことができない。

 もちろん学生向け探索者支援制度は得だが、探索者としての金を稼げるという道が自分に本当にあるのかとも思う。

 野球は大好きで、更にはお金を稼げると思って続けてきたが、探索者の方は楽しいかはまだ分かっていない。


 止めよう! 寝る前に悩みだすと明日のパフォーマンスに影響が出る!

 

 伊江慶学園野球部の新岡監督は、夜更かし型は持久力・パフォーマンスが低下し、 早起き型は爆発的な活躍ができることが多いと選手に説いていた。ASSQなどによると、アスリートは8〜10時間程度の睡眠でケガ予防やパフォーマンスが向上するという結果が出るという報告を行っていた。

 また睡眠障害は不安・うつ・ストレスを増大させるという。

 なので津村は夜の10時には寝て、朝の7時に起きる9時間睡眠を実施していた。幸い寝つきがよく、いつもは5分ほどで意識を失う。

 伊江慶学園は私立では珍しい完全週休二日制を取っており、明日は午前からダンジョンに入れる。

 くよくよ考えるのはやめだ!――そう思った瞬間に津村は眠りについていた。



 朝から津村は機嫌がよかった。

 なんと下小山田ダンジョンの食堂で、朝御飯定食が200円で提供されていたのだ。先週から始めたばかりだという。

 中身は質素で、ご飯・味噌汁・焼き魚・玉子焼き・おしんこという構成であったが、ご飯と生卵は無料でおかわりできるのだ。しかもご飯は自分で炊飯ジャーから盛れるのが津村にはありがたい。

 当然夜はお金をセーブしなくてはならなくなるが、今からダンジョンに入るのならば、200円は仕方のない投資といえた。


 ご飯を6杯食べ、食後休憩を20分とってダンジョンに挑む。

 新岡監督によるとPRR(食後休憩後の集中力回復率)、PPE(休憩後の作業効率)という指数があるらしく、津村の場合は食後休憩は20分が最適解とされていた。

 仮眠室で10分眠ると、パフォーマンスに不備がないのを感じた。


「よし! 行こう!」


 津村はまた一回の受付でダンジョンアタックの申請をすると、受付嬢に声をかけられる。


「津村さん、荷物が届いていますよ。佐加井大学の川崎真琴さんって方から」


「川崎真琴……? トゥルーにきさんではなく、ですか?」


「あ、小さい字で名前の下に『トゥルーにき』って書いてある。間違いないみたいだね!」


「どうもそうみたいです」


「それで悪いんだけど、大きいのでカウンターに入って持って行ってくれる?」


「はい。わかりました」


 津村がカウンターに入ると学習机が入っていそうなサイズの、段ボールを組み合わせた荷物があった。


 トゥルーにきさんて川崎真琴っていうのか。というかいきなり本名で送ってくるって思いきっているな……。


 津村が荷物の大きさに唖然となっていると受付嬢が満面の笑みでいう。


「それで津村さん、昨日3時間でレベル5まで上がったという話ですけど、それは下小山田ダンジョンでは最速レコードだということです。おめでとうございます!」


「最速レコード……つまり短い時間でレベルアップできたという意味でしょうか?」


「その通りです! 日本ダンジョン協会では様々なデータを計測し、最速レコードを達成した人を称えるシステムを取っているんです。そこで些少ですが日本ダンジョン協会から、津村さんに金一封五千円が進呈されます! どうぞ受け取ってください!」


 金一封と書かれたのし袋に、津村は興奮を隠せない。


「あ、ありがとうございます!! この幸運に油断しないで頑張ります!」


 津村は思わず大急ぎでのし袋を受けとろうとし、勢いで荷物を蹴ってしまい、カウンターに派手にぶつけてしまうのだった。


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