ヒアウィーゴー
ダンジョンの中は全体的に薄明るい。
平均で170ルーメン程の明るさ、20ワット相当の電球の下のような感じである。手元の文字が読める程度の輝度だ。
基本、全ての道は管の中のように天井から地面まで丸く、岩で覆われている。
この特殊空間は5階層からがらりと変わり、一年中昼間の草原となるというから驚きだ。
下小山田ダンジョンの浅い階層は焦げたキャラメルのような匂いが微かにするという話であったが、確かにそんな感じがした。
ステータスビジョンが起動するかも確認する。ステータスビジョンは魔核に影響する魔術で、これによって使用者の体調や基礎数値や時刻を確認できるのである。
この階層にはスライムとノッカーと呼ばれる小鬼、頭が二つの狐ヴァルドリンというモンスターが出現する。
あと7分した先にある分岐点から、モンスターが登場するとガイドには書いてあった。
よし、そこから配信を開始しよう!
本来なら津村は配信などしたくなかったがやむを得ない事情があった。配信するだけで700円必ず貰えるのが魅力的であったのだ。
そして一人視聴することに10円、十分ごとに10円入るので上手くいけば10人視聴で3時間経過すると2000円近くもらえるのである。
もちろんそんなにうまくいくとは思っていないが、生配信するだけで必ず1000円近く入るのは今の津村の状況ではありがたいとしか言いようがない。
一応、配信の流れは、同級生の相南岳と打ち合わせをして決めてある。
視聴者を集める点において、相南は配信の経験があるので意見をかなり聴くことができた。相南自身は探索者ではないが。
「配信には目玉と、突っ込みどころが大事だ」と相南が語るが、津村には何のことだかさっぱりであった。
津村はエンターテイメントにとことん疎い男であったのだ。
配信の口上を頭に浮かべながらつぶやいていると、目的地に着く。
津村はついてきたドローンにハンドサインで配信の開始を命じる。
「皆さん、どうも初めまして。津村杉太と申します。少し前まで野球部に所属していましたが、今日からダンジョン探索者としてやっていきますので。よろしくお願いいたします!」
ここで一呼吸入れて、ゆっくり話すように意識しながら、なるべく笑顔を作る。
「わたしの一番の特徴といえば甲子園に行ったこととなると思います。ポジションは主にライトと外野でした。あとたまにクローザーっぽいことをすることがありました。打率は二割五分です!」
ここからは感情をこめ、握り拳を作って語る。
「スキルはまだ取得していません。ですのでどんなスキルが得られるのかもドキドキして見てもらえると嬉しいです! すごいスキルが手に入ったらスペシャルチャット、スペチャなんかもらえたら最高ですね!」
ここまでが相南と練習した流れである。できるだけ丁寧にゆっくり話すのが配信初心者の鉄則と教えられたが、やはり簡単ではないと津村は冷や汗をかく。
そして野球の経歴を切り売りすることにも強い抵抗感がある。
野球を冒涜するような真似は、野球部に砂をかけて逃げ出した者がしていい行為ではない。
他人がそう言うことをしていたら自分も気分が良くないかもしれない。
だが相南に言わせればそれは甘えだという。
「配信の世界は一瞬で馬群に沈む、悪目立ちでもしないともう誰も観てくれない。配信に敗者復活もリベンジもない! 金が要らないならやらなくてもいいけどね」
と口酸っぱく言われて決心したのである。恥をかいて一日一回食事ができるなら、やるしかないのが今の状況なのだから。
ドローンは撮影の他に配信の状況をメッセージボードとして空中投影して伝えていく。魔術応用の立体映像である。
同接視聴者は現在5人。一人からコメントがつく。
虎キャン界隈@「いいんじゃね? 大いいねだよ!」
これは相南だと津村にはすぐわかった。身内との馴れあいはチャットではご法度なので、一視聴者風に応援すると相南から云われている。
トゥルーにき@「マジだ。本当に甲子園出てるよ。本名配信キタ!」
ブルー+@「まあダンジョンに甲子園関係なくね? 高校野球は見るけどさぁ」
と更に別の人からもコメントが来る。下手するとコメントは虎キャン界隈からしか来ないと言われていたので、上々の展開であると津村にもわかった。
津村は腕を振り上げ、駆け出す。
「そ、それじゃあ待望のレベルアップしに行っちゃいます! 一年でレベル7、二年でレベル10を目指します。ではヒアウィーゴー!」
これも相南のアドバイスで「ヒアウィーゴー」などのお決まりのフレーズを入れておくのがいい、といわれていた。
走って8分でスライムに遭遇する。
「では! これからは黙々とモンスターを討伐します。スキルをゲットしたらお知らせします。自分はまず7階層のヒーリングハーブが取れるまで週一休みで頑張っていきますね!」
モンスターを倒した際にレベルアップ現象というのが起きる。モンスターが死ぬ際に発する純粋な魔力〈ファーストソウル〉を人間の魔核が吸収して、生命力が拡大することをレベルアップ現象と呼んでいる。
そのレベルアップ現象が起きた時にスキルという、通常では人間が取得しえない技術を得るという変化が起こるのだ。
通常、スキルはレベルアップ現象はレベル1からレベル3の間に起こるとされている。またスキルは一人一つまでが基本だ。
レベルアップとスキルはステータスビジョンで確認することができる。




