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蜂蜜採取

 探索部が去ると津村は水筒から水を飲み、ストレッチ運動を行う。氷原なので座らずに体を休める。

 そして次の激戦に備え、10秒リセットを行う。

 3秒目を閉じ、深呼吸を2回、3秒首を回し、次にやるべきことをイメージ――NASAの「20秒リセット」をベースにしたリカバリー法である。眼精疲労を取り、心拍と筋緊張を下げる効果が確認されていた。

 再び集中力を徐々に高め、周囲の黒い鉄の木ドゥールソーンを観察していく。目視できるハチの巣がないかを確かめる。

 すると美紗姫の声が背に掛かる。


「どうして――どうやって先ほどの奇襲に反応できた?」


「えっ? ああ、辻田さんの攻撃のことですか?」


「そう。あの瞬間移動に対応するのは、間違いなくスキルを使う以外にありえない」


「それはインプレー中だったからです」


「インプレー? どういう意味?」


「『試合続行中』って意味です。自分は辻田さんと戦う前からインプレーに入っていました。ですので対応できたんです。野球ではタイムとチェンジ以外では決して緊張を解いてはいけないんです」


「き、聞いても意味が分からない」


「よし! ではちょっと蜂蜜を取ってきます!」


 いうと津村は氷原の上を駆け出す。

 400メートル先の6メートルのドゥールソーンに、漏斗のような形の物体がついているのが見えたのだ。恐らくあれがハチの巣だろうと思う

 近寄って行くと、前方がゆっくりと赤く明るくなっていく。


「えっ? これって――」


 間もなくマグマが地面から吹き上がったが、衝撃の光景を目撃する。なんとドゥールソーンが噴火から逃れていた。根を足のように動かし、危険地帯から駆けて脱出していたのだ。


「ドゥールソーンもモンスターってそういう意味か……」


 目の当たりにするダンジョンの怪異に驚いていると、足元で動くモノに気づく。


 グギャギャッ!!


 そう吠えながら地面をミサイルのように滑って、こちらを急襲するモノがいた。

 津村が跳躍で回避したが、すれ違う瞬間、身長1メートル半のペンギンに似たモンスター・クルーイガンだと把握する。

 クルーイガンは牙がびっちり生えた咢で、津村の足を食いちぎろうとしていた。


「なるほど、これは陰湿だ……」


 クルーイガンの初動から接近までおおよそ2秒ほどだが、薄暗い氷原を走っている時に強襲されるのは厄介だった。

 おそらくは足を滑らせたら、足首を負傷する可能性がかなりある。

 いざという時は美紗姫に助けてもらおうと思っていたが、距離が離れてしまった――そう思い振り返ると、美紗姫は足を動かさずに後ろからついてきていた。

 当然クルーイガンは美紗姫にも襲い掛かっていたが、瞬時に凍結させられていく。

 ギブアップすれば命だけは何とかなるか――そう思うと再び、蜂蜜採取に意識を集中させていく。

 クルーイガンを6匹回避してドゥールソーンに近づくと、漏斗の物体は地面を向いている部分がハニカム構造であるのがわかった。

 そしてそこからボーリング球サイズの黒い蜂・メイルクランが飛び出し、接近する津村に向かってきた。

 津村は剣でメイルクランを斬りつけると、ガチンと金属音が響く。


「か、硬い!」


 斬られたメイルクランは無傷で、一旦左に旋回した後に再び津村を襲う。


「なら、これでどうだ!!」


 ギュギン!!――津村は次はメイルクランの頭部を上から下に、ロングソードの腹で叩きつけた。

 メイルクランは打撃に沈み、勢い良く地面に落ちて、転がる。が、間もなく再び飛び始める。

 ただ、真っすぐに飛べずにのろく、ジグザグとした動きになった。

 津村は倒せなくても足止めができる――と判断し飛んでくるメイルクランの頭部をロングソードでどついて、怯ませていく。

 しかしメイルクランばかりに気を取られると、足元に鋭くクルーイガンが迫る。


「い、忙しい! 千本ノックレベルだよ!」


 千本ノックとはバッターボックスから打ったボールを捕球して速やかに送球する一連の動作を行う練習方法のことだ。昭和の熱血指導として知られるトレーニングである。

 セイバーメトリクスを重んじ、データを重視する伊江慶学園では決して行わなかったが、津村は中学時代には週に一度は千本ノックを受けていた。

 千本ノックは運動量の極限を試される練習で、津村は最高25分捕球をそらさなかった記録を持っている。

 顧問に自ら志願した者しか千本ノックは行われなかったが、中学時代は記録を塗り替えようとする同級生が多く、津村も参加していたのだ。

 クルーイガンをかわし、メイルクランを剣で殴る作業はほとんど千本ノックのそれであった。

 そんな攻防が7分続くと、津村の攻撃が止む。なんとクルーイガンが地面付近を漂うメイルクランを捕食し、喰らい始めたのだ。

 津村に数度殴られたメイルクランのほとんどが元気をなくし、満足に飛べなくなったところを、クルーイガンに狙われていく。


「モンスターを食うモンスターがいるのか……」


 津村はゾッとしたが、チャンスが到来したことを察する。ハチの巣に近づくと琥珀色の物体が詰まっている場所があるのが見えた。

 どうすればそれを取れるかわからなかったが、津村はそこにガラス瓶の口を開けて、突っ込んだ。ガラス瓶をねじるように、すくうように動かして引き抜く。

 もちろん時間に迫られてのやけくそな行動だ。

 手についた琥珀色の物体を舐めると、甘く芳醇な味がした。すこぶる美味といって良い。

 ただ結構な粘着力があり、手がかなり汚れていく。


「よし、取れた! 手と瓶の蜜は舐めとるしかないか」


 津村は喜んで蜂蜜が詰まったガラス瓶の蓋をしていると、美紗姫が空のガラス瓶を、投げてきた。


「呆れた。普通はメイルクランにそういう対処はしない。羽根を攻撃すれば簡単に――教える前に倒してしまったのだから間違ったとはいえないか。……瓶は4つしかないがいるか?」


「いいんですか! ありがとうございます!!」


 そういって津村は体を100度折って美紗姫に礼をした。

 津村は蜂蜜入り瓶を2本、ポーチに入れると残り2本は手に持った。

 すると周囲にクルーイガンが相当な数、集まっているのに気づく。ざっと25匹ほど、津村と美紗姫を包囲するように接近していたのだ。

 津村は瓶を守りながらどう対処すべきか考えていると、周囲の魔素が一瞬で冷気に変わるのを覚えた。


 ミシミシミシミシッ!!


 突撃姿勢を取っていたクルーイガン達が一瞬に白く染まり、1ミリも動かなくなる。

 〈凍獄〉のスキルが容赦なく発揮されたのだ。

 すると津村のレベルが9に上がった。津村の周囲でクルーイガン20匹以上と数匹のメイルクランが死に、ファーストソウルが流れ込んできた結果だ。

 ファーストソウルは攻撃行為を取った生存者に流れ込む特性があると聞いていたが、まさにそれが自分に起きたのだと津村はわかった。


「レベルが上がりました。ありがとうございます。数々のサポート感謝します!」


「あなたは本当に不思議だな。確かに磯子に何か意地悪なことをしたとは間違いなく思えない。まあ――今日はそう言うことにしてやろう」


 そう無表情に言うと美紗姫は津村に背を向け歩き出す。

 津村は美紗姫から漂う吹雪のような怒りが、若干柔らいだように感じた。

 2人はポータルに向かい進む。

 津村は大きく息をついて、ガラス瓶を握りしめる。これで妹たちの修学旅行代が何とか出来たと思うと、喜びがひとしおだった。

 危険を犯したことを知ったら妹たちは怒るだろうが、いずれ大人になればある程度は理解してくれるだろうと願った。


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