迷宮劣化
更衣室入り口のリーダーに充てると、カードに「463」と出た。それが津村のロッカーの番号である。
「うわ、ゲッツーか。縁起悪いな~」
463とは野球においては併殺を意味する数字である。4(二塁手)が打球を捕り、6(遊撃手)が二塁でアウトにして、3(一塁手)がさらに一塁でアウトにするという流れを463のゲッツーと呼ぶのだ。
津村は木綿でできた下着を身に着け、麻でできたシンプルなジャケットとパンツを下着の上に着て購買部に向かう。
今度は購買部のリーダーにカードを当てると、カウンターに体格の良い頭をそった中年男性が姿を見せる。
「おう、おまえが伊江慶の元野球部部員って奴か。確かに良い体をしているな!」
「はい、津村杉太と申します。よろしくお願いします」
「おお、その野球部らしい直立不動からの会釈、俺は好きだぜ。おっと、ルーキーにはきちんと一から説明するぜ。今から渡すヘルメット、ロングソード、盾、皮鎧、ブーツのうちで返却するのはロングソードだけ。あとはゴミ箱に入れてくれよ。意味は分かるか?」
「はい、『迷宮劣化が起こるから』ですね?」
「そうだ。ダンジョンの中では化学素材のモノはあっと言う間に劣化するので、天然素材のものが使われる。しかしそれでも地上の動物性の皮や木材も劣化が早い。なので再利用できないんで破棄だ」
津村は深くうなずく。
「はい、下着も上着も自分で縫い合わせてきています」
「よし、上出来だ」
迷宮劣化を間逃れるには素材が天然のものが絶対条件であるが、更に使用者が直接裁断・裁縫することが推奨されているのだ。
中年男性は受け渡しカウンターで木製ヘルメット、ロングソード、木製の盾、牛の皮鎧を並べ、津村がそれを装着していく。
それ以外の水筒・ポーチ・ベルトも忘れない。いずれも迷宮劣化が施された品で協会から配布されていた。
また別のカウンターから直径18センチ、ソフトボールより一回り大きい球形機械装置・配信ドローンを渡される。
津村はさっそく配信ドローンを起動させ、スロットに探索者カードを差し込む。すると配信ドローンはホバリングを開始する。
男性は心配そうにドローンを見る。
「あと一応断わっておくと――」
「『ドローンは絶対に持ち帰れ!』ですね。心得ています。迷宮劣化しない技術の結晶で一機380万円ということは講習会で6回くらい念を押されました。紛失したら二度とレンタルされないことも把握しています」
「ま、まあそういうことだ。すまんな、協会も懐具合が不安定なものでな」
「いいえ。感謝しています」
「よし、準備万端だな。装備はダンジョンに入ると2時間で劣化が始まる。3時間を活動限界としておけ。じゃあ、いいスキルをゲットしてくれ!」
「はい! ありざっす!!!」
津村は男性に一瞬深く頭を下げ、ダンジョン入り口に向かう。
実は学校にはダンジョン探索部があり、部員であれば貸し出しの用具があるのでもう少し状況が楽になったのだが、津村は入部を断られていた。
ダンジョン探索部の部員の一人に、ダンジョン探索者用の武器などを製造する会社の関係者がおり入部のメリットは大きかった。
地下4階にダンジョン入り口があり、たどり着くと100人近い冒険者がいた。ガヤガヤと複数の話し声が響く。
受付は2つあり、駐車場から直接エレベーターで来る所にもあり、90%の探索者はこちらを利用する。
高校生探索者を入れると夕方4時ごろはこの賑わいになると、津村は知識としては知っていた。
いよいよ中に入ろうとした時、皆がある一点に注目していることを察する。
広いフロアの中央当たりの柱に寄りかかっている女性探索者を皆が遠巻きに見ていたのだ。
金髪に青い目――皮鎧の上からでもわかる完璧なプロポーションに整った美貌。日本人には見えないので注目されていることに納得できた。
が、津村はあることに気づき、その女性に近づくことにした。
周囲も女性も真っすぐに歩み寄る津村に気づく。
なんだあいつ? 何かするつもりか?
小さな緊張感が生まれたが、津村が向かったのは女性の横にある紙製の台に山と置かれたエネルギーバーであった。
津村はエネルギーバーを見つめ、注意書きを見る。
「お一人様2つか……」
エネルギーバーは試供品で「冒険・探索に最適のエネルギー補給! 迷宮劣化対策もバッチリで3日携帯可能! お一人様2つまでご自由にお取りください」と宣伝ポップが書いてあった。
津村はあわよくば5本くらいもらえないかと考えたが、当てが外れた。
それでも現在絶賛空腹中なので2本でもありがたい!
そう思って2本手にすると、横から爆笑が聞こえてきた。
「あはははは!! なんなん自分? 物凄い笑顔で来たかと思ったら、いきなりショボンとして! そんなに2本までが残念やったん?」
そう津村に声をかけたのは件の金髪女性だった。よく見ると十代半ばといった容姿で、津村の同級生ほどだと感じた。
一瞬唖然となった津村であったが、恥ずかしいところを見られたと、顔を赤くする。
「いや、確かに5本くらいもらえたら嬉しいと思ったのは本当ですけど――その、お腹が空いていたもので」
「あはは、自分正直なんやな。お昼食べてこなかったん?」
「……カップ麺を食べました」
「そんなでっかい図体でカップ麺1つじゃ足らんやろう。たっぱ、なんぼあるの?」
「181センチで85キロです」
「えっ!? それだけスレンダーで85キロってどんだけ筋肉なん?」
「体脂肪率は9%ですね」
「エグッ!! ってアンちゃん、個人データ見ず知らずの人にいったらあかんやん。まあとにかく6本持ってき!」
「いいえ、それはルールに反します」
「ええねん、うちの分と、後から来るツレの分をあんたに預けるだけやねん。まあうちらともう会うことはないけど!」
「はあ……いや、しかし――」
「あんた探索者やるんなら、少しは図々しくないと生きていけんで? この先、人生ハードモードって自覚もちいや!」
その言葉は津村に刺さった。この先、家族を支えるという覚悟を持っていると思っていたが、まったくリアルではないと思えた。
「わかりました。ダンジョンで会うようなら預かった4本をお渡します!」
「おう! ダンジョン入って10分会えんかったら、悪いけど食べておいてや」
「ありがとうございます。あ、2本は今食べさせてもらいます」
云うが早く津村は2本のエネルギーバーを一気に5秒で咀嚼し飲み込んだ。
これには女性が目を丸くする。
「はぁ? 自分、いま手品した? なんなん、それは?」
「部活動で早く食べる癖がつきまして――今日はいろいろありがとうございました。失礼します!」
そういって津村はまたも大きく体を折って挨拶を女性にした。
津村がダンジョンに向かう途中で、女性は津村の背中を叩く。
「おう! しっかりやりいや!」
「ざっす!!」
津村はエネルギーバーの勢いで駆けだした。命がけの戦いの舞台に立つ決意を持って進む。
が、背中に声をかけられたようで振り返ると、先ほどの女性がとんでもなく驚いた顔をしているのが一瞬見えた。
なんだろうと思った時には、異世界・ダンジョンの中に入っていた。
プレイボールだ!
津村は盾と剣を構え、戦場の中を歩んでいく。それはどこか甲子園で体験した昂揚感と重なるところがあった。
安全に最短でレベルアップをし、一刻も早く金を稼げる探索者になる戦いが始まった。




