〈天啓〉
ダンジョン5階層で津村は素振りを繰り返す。
「おおっ~!」
ロングソードを振るうと津村は自分の成長を感じられた。
素振りを繰り返すが、速度がわずかに上昇しているように実感した。
レベルアップした時も身体能力の向上を覚えるが、感覚の修正には素振りが一番適しているように津村には思う。
振るたびに体のパワーが感覚に馴染むようだった。
「あの~さすがにダンジョン探索を進めへん? もう素振り200回はしてんで?」
「あ、すみませ……ごめん!」
磯子に指摘された津村は顔を赤くした。野球部時代もトレーニングに没頭しすぎて周囲を呆れさせることがしばしばあったのだ。
ただダンジョン回復カーブがあると実感できたことは確かで、おのずとテンション爆上がりになってしまう。
夢中になるのはほどほどに自制しないといけないとも津村は思う。
なぜなら現在は初の5階層にいるからである。
レベル6・Fランクの津村がソロで来ることは止められているが、レベル22・Cランクの磯子が同行するならば問題がないのだ。
5階層は確かに草原であった。草木が地上とはかなり異なるが空が高く、魔素が濃い以外はダンジョンには思えない。
磯子のスタイルはまさにアーチャーといった感であった。
皮鎧に背中に矢筒、腰に短剣を帯び、手にはショートボウを握り、軽快な活躍をすることを連想させる。
今回は配信はしていない。磯子があまり公に行動にしたくないと要求したからである。
津村もまだパーティを組むつもりはなかったので、決まってから配信しようと考えていた。
ただあとで連携などを検証するためにドローンでの撮影自身は行っている。
「ほんで、4時の方向から、ダイアウルフが7匹来るから大きく迂回していくで?」
「4時――えーと、わかった、こっちだな?」
「ご名答や」
方向を示す時に、ダンジョンコンパスとアナログ時計を使って例える方式を磯子は取っていた。4時とはアナログ時計の針を方位に置き換えた表現で、正面から約120度の方向を指す。
指示通りに迂回して進み、6分したところで磯子は身をかがめる。
「8時の方向からペリュトン2匹が来よるで! やさか津村ちゃんは9時から移動して、側面から襲うて。うちは正面から矢を射るから!」
「はい、わかった!」
磯子から7メートル離れた茂みに移動し、津村が身をひそめる。
すると体の前部は牡鹿、下半身が鷹のモンスター・ペリュトンが姿を現す。
ペリュトンは鹿に近い外見だが、人肉を好む凶悪なモンスターである。
津村がペリュトン2匹を視界に入れた途端に、一匹が悲鳴を上げる。
ビュビビィ~ン!!
首に矢が刺さって悶え苦しむ。間もなくもう一匹にも矢が刺さると、2匹は怒り狂い、猛然と前方に駆け出す。
矢を放つ磯子に気づき、襲おうと判断したのであろう。
そんなペリュトンらを津村が強襲する。
「ハッ!!」
走るペリュトンの側面からロングソードを突き込み、一匹を転倒させた。
酷い転び方をしたペリュトンの顔を津村が蹴りつけ、首をロングソードで深く傷つける。
それにもう一匹のペリュトンが呼応、翼を広げ、舞い上がり、大きな角で津村を突こうと動く。
そんなペリュトンの胴にさらに矢が刺さると同時に、津村が豪快に喉元を裂き、命を奪う。
直後、津村は身体能力の向上を覚える。確かめるとレベルアップが発生し7になっていた。
6になってから7になる兆しが見えなかったのに、5階層に来ていきなりこれかと驚く。今自分はありえないほどの幸運を手にしているのだとゆっくり自覚する。
津村は落ち着くために深呼吸した。やはり魔素の濃度が高いと思う。一階層の2倍は濃い気がした。
津村に磯子が笑い掛ける。
「だいたいわかったやろう、うちの戦い方。〈天啓〉で敵の接近、数、進行方向、速度を見抜くんやで!」
「あ、ああ……理解できた」
津村は何とかそう言ったが震え上がっていた。自分のスキルとは明らかにスケールが違うと痛感したのだ。
〈天啓〉を使えば、敵の奇襲も受けないし、不利になりそうな敵は回避できるのだ。
磯子を必要とする人たちが多いことに納得しかない。
彼女ならば上位の探索者達が欲しがるのも納得であった。探索者を始めたばかりで、スキルがハズレの自分と釣り合う可能性はわずかにもないように思う。
自分の凡庸で成長のない探索につき合わせることは犯罪にさえ感じられた。
「率直に言って、君のスキルは凄すぎる。君は自分のようなつまらないスキルを持つ人間にかまって時間を無駄にする必要がないと思う!」
「ええ? うちが優秀って認めてくれとんの! おおきに。ほなうちのスキルがめっちゃ有能うて認識でええんやんな」
「うん! 素晴らしい。自分に使うのにはもったいないと思うほどに。自分は敵の攻撃をかわし続け、運よく最短でレベル6になったけど、それがもう7だよ。こんなことは普通はあり得ない」
「確かにそら早いかもな。あと一応言うとくとうちの〈天啓〉は万能ちゃうからな? ダンジョンの中とその周辺なら3分先やら、すぐに起こる未来見れるケースが多いけど、一カ月先や一年先は選んで見れへんねん。あと絶対先に知っときたかった未来なんかもちょくちょく教えてくれへんねん」
「そうなんだ。それでも十分にすごいけど」
「でも手で直接触った人と自分の未来は高確率で見れるかな? それにしても津村ちゃんの動きは完全にビーストやな。今までノーダメやら、やっぱ津村ちゃんも大概おかしいで!」
津村の顔の間近で、磯子がけらけらと微笑む。均整の取れた派手めな美貌を目の当たりにして、思わず津村はどぎまぎしてしまう。
「津村ちゃんの考えは了解したわ! それでもうちのスキルが『津村についていかんかい!』ってゆうてんねん。スキルの優秀さを認めるなら異論はあれへんわなあ?」
「あっ! そういうことになるのか。確かに筋が通っているね。これは弱ったな」
「あはは。美紗姫ちゃんもうちのスキルを信じてるのに、スキルが信用する津村ちゃんを信じへんねんな。まあそれが人間やとは思うけどなぁ!」
「まあ、本牧美紗姫さんの反応の方が正しいと思う。自分は自分のスキルは嫌いではないけど、絶対に君を驚かせたり、うならせることはないと断言させてもらうよ」
「そういうたら、〈熔解〉のスキルをまだ見してもうてへんかった! あとで見してな」
「いいけどビックリするほど地味だよ」
「全く問題あれへんで。うちのスキルを信じなはれ!」
もうここで津村はあきらめた。磯子という人物は自分の想像以上に芯の通った、成熟した探索者なのだから、一定時間は従おうと切り替える。
ただパーティを組むべきなのかは改めて検証しようと思う。
勝率・生存率・消耗率を冷酷なほど見つめ、磯子との連携強化を図っていくことが最重要であった。
いつ磯子が自分から去ったとしても津村は怖くない。
チームの構想から外されることを繰り返しても、自分の努力を礎にし何とかやっていけると信じて、今までやってきていたのだ。
何があっても自分が壊れない限界で考えてベストを尽くす。これが自分の最大の武器でありスキルだと津村は考えた。




