二番目の相棒
ギルドの掲示板には、毎日新しい依頼が貼り出される。
蓮はコーヒー——この世界では「焦豆汁」と呼ばれている苦い飲み物——を片手に、掲示板の端から端まで目を通していた。隣でアナライザも同じ情報を取り込んでいる。
「マスター。一件、注目すべき依頼があります」
「どれ?」
アナライザが指し示した張り紙は、他より少し上等な紙に書かれていた。
『高額買い取り:4階層産「結晶花の粉末」。加工済みに限る。品質A以上。一輪分の粉末につき5,000ルト。——錬金術師ギルド』
「5,000ルト!?」
蓮は声を上げそうになった。今の蓮の一日の稼ぎが1,500ルトだ。結晶花の粉末一つで三日分。
「ただし条件があります」
「加工済みに限る、か」
「はい。結晶花は採取から三十分で結晶構造が崩壊し、ただの粉になります。つまり、ダンジョン内で採取した直後に加工しなければなりません。通常は加工スキルを持った職人をパーティに入れて挑む案件です」
「パーティを組めばいいけど、報酬を分けたくないな……」
「マスターらしい発言です」
「褒めてないだろ、それ」
蓮は掲示板を見つめながら考えた。
最近、妙な感覚がある。固有スキル「AI召喚」——アナライザを呼び出すためのスキル。だがステータスプレートを見るたびに、そのスキル欄がかすかに震えている気がした。まるで、まだ何かが中に眠っているような。
「……行ってみるか。4階層」
「推奨しません。4階層のモンスターはCランク相当です」
「いつもの台詞だな」
「いつも正しい台詞です」
「はいはい」
* * *
4階層は——美しかった。
蓮は足を踏み入れた瞬間、息を呑んだ。
壁も天井も、透明な結晶で覆われている。ランタンの光が結晶に反射し、虹色の光が洞窟全体に散っていた。床には透き通った水晶のような植物が生え、その花弁は光を受けて宝石のように輝いている。
「きれいだな……」
「4階層『結晶の庭園』。観賞目的で訪れる冒険者もいるそうです。ただし——」
「モンスターは強い、だろ」
「はい。クリスタルゴーレムをはじめ、物理攻撃に高い耐性を持つモンスターが生息しています。注意してください」
蓮は用心深く進んだ。3階層の教訓が生きている。慎重に。過信しない。
三十分ほど探索して、ようやくそれを見つけた。
水晶の草むらの中に、一際大きな花が咲いていた。花弁が六枚。透き通った紫色で、内側から淡い光を放っている。
「結晶花です。品質——A。良品です」
「よし、採取する」
蓮は丁寧に花を摘み取った。手のひらの上で、結晶花は静かに光っている。
——その光が、みるみる弱くなり始めた。
「崩壊が開始しました。残り時間:二十九分五十秒」
「加工しないと……でも加工スキルがない!」
前世ならAIツールに「これを粉末にして」と入力するだけだ。だがここは異世界で、蓮の手元に加工器具はない。
その時。
蓮の胸元が光った。ステータスプレートの「AI召喚」の欄が、激しく脈打っている。
「……何だ?」
「マスター。スキルに変動が検知されました。新しいプロセスが——」
アナライザの言葉が終わるより先に、蓮の足元に光の円が現れた。
アナライザの時とは違う。白ではなく虹色の光。七色の粒子が弾けるように舞い上がり、人の形を作っていく。
小柄な輪郭。軽やかな動き。虹色のメッシュが入った短い髪がくるりと揺れて——金色の瞳がパッと開いた。
アナライザの時は、静かだった。氷のような瞳が静かに開かれ、「起動完了」という無機質な一言から始まった。
この子は——真逆だった。
「やっと呼んでくれた!」
少女だった。
アナライザよりも若い——見た目は十四、五歳くらい。虹色のメッシュが入ったピンクブラウンの髪に、キラキラした金色の瞳。白いエプロン付きのワンピースを着ていて、手元には光る工具のようなものが浮かんでいる。
「あたしはクラフト! 何でも作っちゃうよ!」
蓮は目を丸くした。
「お前も……AI?」
「そうだよ! あたしはね、画像生成——じゃなくて、イメージ具現化AIなの! レンくんがイメージしたものを形にするのが仕事!」
「レンくん」。初対面でいきなり愛称だった。アナライザの「マスター」とは正反対の距離感。
「レンくん、早く指示して! 何を作ればいい?」
「こ、この結晶花を粉末に加工してくれ」
「粉末ね! オッケー!」
クラフトが手をかざすと、結晶花が光に包まれた。虹色の粒子が花を覆い——。
数秒後、クラフトが差し出したのは。
青いスライムだった。
「…………」
アナライザが静かに目を閉じた。その表情は「これが新しい仲間か」と言っていた。
「どう? 可愛くない?」
「いや、粉末って言ったよな」
「え? 粉末? あたし『かわいいもの』って聞こえた気がした!」
「聞こえてないだろ!」
アナライザが冷静に割り込んだ。
「残り時間二十七分です。急いでください」
蓮は頭を抱えた。そして前世の経験を思い出す。画像生成AIも同じだった。「いい感じの画像を作って」では絶対にいいものは出てこない。具体的に、正確に、パラメータを指定する必要がある。
「クラフト、もう一回やる。今度は具体的に指示するから、よく聞いてくれ」
「うん!」
「対象:結晶花の花弁部分のみを使用。茎と芯は除去。加工方法:微粒子化。粒度〇・一ミリ以下。不純物除去。最終純度:九十五パーセント以上。出力形式:粉末。容器は不要」
クラフトの金色の瞳がキラッと光った。
「——了解! 具体的だと燃えるね!」
虹色の光が結晶花を包んだ。今度は違った。光が精密に花弁だけを分離し、細かく砕き、不純物を弾き出していく。まるで高精度の粉砕機が動いているような正確さだった。
十秒後。
クラフトの手のひらに、紫色に輝く微細な粉末が載っていた。
「はい、完成! 純度……九十七パーセント! 指定より上だよ!」
「すごい……」
アナライザが粉末を鑑定した。
「品質A+。基準を超えています。見事です」
「えへへ、褒められた!」
クラフトがぴょんと跳ねた。その動き一つ一つが、アナライザとは対照的に明るくて感情的だった。
残り二十五分。余裕がある。蓮はもう二輪の結晶花を見つけ、同様にクラフトに加工させた。三輪分の粉末——15,000ルト相当。過去最高の稼ぎだ。
* * *
帰路でそれは起きた。
通路を塞ぐように、巨大な人型の影が立ちはだかっていた。全身が透明な水晶で出来ている。体高は三メートル近い。拳が蓮の胴体より太い。
「クリスタルゴーレム。脅威度:C。物理攻撃に対し極めて高い耐性があります。通常の斬撃はほぼ無効。核を直接攻撃する必要がありますが、核は胸部の水晶装甲の奥——外部からの到達は困難です」
「斬れないし、届かない。最悪だな」
「レンくん、あたし何か作ろうか?」
蓮は一瞬考えた。短剣は効かない。ゴーレムの装甲は硬い。だが核の位置はアナライザが特定できる。問題は「届かせる手段」だ。
「アナライザ。核の正確な位置は?」
「左胸部。表面から十二センチの深さ。直径八センチの球体です」
「クラフト。結晶素材で槍を作ってくれ。長さ二メートル。先端は針のように細く、硬度は最大で。さっき拾った晶石を素材に使え」
「了解! 晶石五個使って——結晶槍、生成!」
クラフトの手から虹色の光が伸び、透明な結晶の槍が形を成した。氷柱のように美しく、先端は恐ろしいほど鋭い。
「アナライザ、核の位置をリアルタイムで表示。ゴーレムが攻撃するタイミングと隙も出してくれ」
「了解。ゴーレムの攻撃パターン解析中——右腕の振り下ろし後、一・二秒の硬直があります。そこが突入ポイントです」
蓮は結晶槍を構えた。重い。だが前世で言うなら、これはAIが出してくれた「完璧なアウトプット」だ。自分はそれを正しく使うだけ。
ゴーレムが動いた。巨大な右腕が振り上がる。
「来ます。右から——今!」
蓮は左に跳んだ。ゴーレムの拳が床を砕く。水晶の破片が飛び散った。
「硬直中。残り〇・八秒。核の位置——左胸、やや上!」
蓮は結晶槍を突き出した。クラフトが作った鋭利な先端が、ゴーレムの胸部装甲に食い込む。硬い。だが針のような先端がじわりと沈んでいき——。
ザクン、と何かに刺さった感触。
ゴーレムが叫んだ——いや、悲鳴のような共鳴音を上げた。全身に亀裂が走り、光の粒になって崩れ落ちた。
「撃破確認。お見事です」
「やったー! あたしの槍、効いたね!」
クラフトが両手を上げて喜んだ。アナライザも微かに頷いている。
初めての——二人のAIバディとの連携戦。分析して、創って、突く。三拍子のコンボ。
「いいな、これ……」
足元のドロップアイテムを拾う。クリスタルゴーレムの核——拳大の水晶球が虹色に光っていた。
「クリスタルゴーレムの核。レアリティ:レア。高品質な素材で、上位装備の生成に使用可能です」
「レア素材まで? 今日は大漁だ」
* * *
ギルドに戻り、結晶花の粉末三輪分を納品した。15,000ルト。リリアの目が点になっていた。
「加工済み? ソロで? ……加工スキル、お持ちでしたっけ」
「まあ、ちょっとした手持ちのツールで」
蓮は15,000ルトで初めてのまともな装備を買った。強化レザーアーマー、鋼の短剣、探索用ブーツ。Fランクの冒険者が身につけるような装備ではない。リリアが「……Dランク向けの装備では」と呟いていたが気にしない。
ギルドを出ると、クラフトが蓮の顔を覗き込んできた。
「ねえねえ、レンくん。あたしの出来、どうだった? 採点して! 百点満点で!」
「えっと……最初のスライムを除けば、八十五点くらいかな」
「八十五!? 九十はいくと思ったのに!」
「最初の失敗がマイナス十五点だ」
「あぅ……」
アナライザが静かに口を開いた。
「初回としては及第点です。ただしプロンプト精度への依存度が高いのが課題です。マスターが具体的な指示を出せなかった場合のリスクは——」
「アナライザ厳しい……」
「事実を述べているだけです」
クラフトがアナライザの腕にしがみついた。アナライザが迷惑そうに、だが振り払わずにいる。
蓮はその光景を見て笑った。
一人と一人。AIの相棒が二人に増えた。頭脳と創造。分析と生成。
「……なあ、お前ら」
「はい?」「何?」
「明日から、もっと面白くなりそうだ」
クラフトがパッと笑った。アナライザは小さくため息をついた。
だがそのため息の奥に——微かな期待が混じっていることを、蓮はもう見抜けるようになっていた。
ステータスプレートの「AI召喚」の欄が、また微かに震えた。アナライザ、クラフト——そしてまだ何かが、そこで眠っている。




