変化
鐘の音が耳の奥に残っている。
青空。白い石畳。噴水。歓声。
何度見ても、ここは始まりの顔をしている。
手の甲の紋章が光る。神官が涙ぐむ。祝福が降り注ぐ。
俺だけが知っている。
この先に、必ず途切れがある。
そして、魔王は何かを隠している。
確定だ。
同じことを繰り返して、同じ終わり方をするのは、もうやめる。
今回は変える。
準備を一つだけ増やした。
封印札。術式の繋がりを鈍らせる、薄い膜。
フィオナは眉をひそめた。
「城内の魔力濃度は多分高い。効果は薄いと思う。」
「薄くていい」
効くかどうかを、確かめたいだけだ。
フィオナが笑う。
「勇者さま、最近ずっと顔怖いよ? 大丈夫?」
「大丈夫」
嘘だった。
レオが肩を叩く。
「ま、勝てばいいんだろ。勝とうぜ」
ミレイアが短く言う。
「勝つ」
その断言が、やけに眩しかった。
魔王城。
霧が絡みつく。空気が重い。足音が吸われる。
俺たちが踏み込んだ瞬間、魔物が雪崩れ込んできた。
「クロノス!」
レオが叫ぶ。
「先に行け! ここは俺たちが止める!」
ミレイアが盾を構える。フィオナが短く祈る。
いつもの形。
俺は頷いて、階段を駆け上がった。
変えるのは、ここからだ。
最上階。
黒曜の床。欠けた柱。溶けた彫刻。玉座の前に魔王が立っている。
「……ここまでか、勇者」
俺は返事をしない。封印札を床に叩きつけた。
白い光が走る。薄い膜が広がる。空気が一瞬だけ軽くなる。
魔王の目が、ほんの少し揺れた。
――効いた。わずかでも。
俺は一歩踏み込む。
「……俺を殺せるはずだ」
「殺せる」
「なら、なんでやらない」
沈黙が落ちる。
魔王の指先がわずかに動く。
閉じる。あの動き。
「やめろ!」
俺は剣を捨てた。床を転がる高い音が、やけに鮮明だった。
両手を伸ばす。魔王の手首を掴む。
指が閉じる前に。
冷たい。人の皮膚の冷たさだ。
なのに、重い。
魔王の目が見開かれる。
「……っ」
息だけが漏れた。
「止める。……今回は止める」
魔王の指先が震える。
「離せ」
低い声。感情が混ざった。
「離せ、勇者」
「嫌だ」
即答だった。
腕が痛い。歯を食いしばる。
「……話せ。ここで」
沈黙。
魔王の指先から、ほんの少しだけ力が抜けた。
いける。
そう思った瞬間。
魔王は、腰の剣に手を伸ばした。
「……おい」
声が掠れる。
刃が抜かれる。灯りを吸って黒く光る。
「やめろ!」
俺は腕を伸ばす。
間に合わない。
魔王は自分の喉元に刃を当てた。
一瞬、目が揺れた。
言葉にならない揺れ。
次の瞬間、刃が走った。
赤が弾ける。
魔王の膝が崩れる。
「……っ、魔王……!」
俺の手が伸びる。支えようとして――支えきれない。
重さが、するりと抜けていく。
剣が床に落ち、乾いた音を立てた。
そして
心臓が裏返る。肺が縮む。視界が反転する。
さっきまで掴んでいた手首の冷たさが、遠くなる。
(……また、これか)
音が途切れた。
俺の声も、血の落ちる音も、遠くの衝撃も。途中で断線する。
色が抜ける。熱が消える。
痛みだけが置き去りになる。
世界が、途切れた。
眩しさ。
青空。
歓声。
手の甲の光。
「勇者さま! あなたが、勇者です!」
戻された。
俺は息を吸った。吸えてしまう。
喉の奥に残る鉄の匂い。
手首に残る冷たさ。
そして、あの裏返る感覚。
魔王は、俺にやられたんじゃない。
自分で終わらせた。
俺は手の甲を見つめた。光は何も答えない。
(次は……もっと前だ)
魔王城に辿り着く前から変える。
そう決めた瞬間、胸の奥が冷えた。
そしてそれは、あいつの望む形じゃない気がした。




