ケダモノ市街戦①
理市が身を潜めているのは、住宅街の外れにある木造アパートだった。すでに取り壊しが決まっており、理市のいる103号室だけでなく、すべての部屋から住人は退去していた。電気とガスは切られているが、身体を休める分には支障がない。
左手の傷口はコンビニで買ってきた包帯でグルグル巻きにした。出血はすでに止まり、化膿を起こしてもいない。焼肉弁当で空腹を満たしたおかげで、体調は幾分回復していた。
理市は畳の上で、身体を丸めて横たわった。窓の外は漆黒の闇だが、眠るわけではない。
左手を最上に喰いちぎられた感触は今でも生々しい。理市は思わず、身震いをする。おぞましい恐怖とともに、最上への激しい怒りがこみ上げてくる。薬指のエンゲージリングが左手と一緒に奪われたせいだ。
江美との思い出が詰まったリングだった。リングを失ったことで、江美をもう一度殺された気がした。こうなったら、最上の身体を引き裂いて、思い出のリングを取り返してやる。理市は復讐の誓いを新たにした。
ふと傷口にむず痒さを感じた。包帯を外してみると、傷口の真ん中にピンク色の突起ができている。それはまるで、赤ん坊の手のように見えた。トカゲの尻尾と同じように、左手が再生しようとしているのか。
理市は思わず、
「おいおい、俺の身体はどうしちまったんだぁ?」と、独り言ちた。
その問いかけに答えるように、
「そいつは〈響き眼〉のおかげだ。ヒカルに感謝するんだなキュー」という声が窓の方から上がった。
理市が瞬時に跳ね起きたが、そいつは軒先にコウモリのようにぶら下がったままである。まるで羽根を生やしたソフトボールのようなシルエットだった。
「おまえは確か、マンションの雑木林にもいたな。ヒカルの命令で俺を監視しているのか?」
そいつはクルリと宙がえりをして、理市の目の前に降りたった。月明りのおかげで、そいつが異形であることは明らかだ。一見、太ったハトのようだが、首はないし、丸い胴体には巨大な一つ目と三日月形の口があった。
「ヒカル様だろ? 命の恩人を呼び捨てにするなキュー」一つ目の鳥はコホンと咳ばらいをしてから、「ほんでもって、俺っちは求丸様だ。小せぇと思って舐めんじゃねぇぞキュー」
しかし、そんな恫喝は、理市には通じない。
「教えろ求丸、俺の手はトカゲの尻尾みたいに再生するのか?」
「ああ、〈響き眼〉が正常なら、二三日で復活だ。って、この野郎、俺っちを呼び捨てにしやがったな。ぶっ殺すぞキュー」
「はは、わりぃわりぃ」
「勝手に下山しやがって、この恩知らずめ。ヒカルもおまえのことを怒っていたぞキュー」
求丸は威嚇しているつもりなのだろうが、理市にはキャンキャン吠える小型犬しか見えない。
「そうか、俺は人間じゃなくなったのか」そう言いながら、傷口の包帯を巻き直す。
いささか複雑な想いだが、最上への復讐を果たせるなら、それもありか。この身が化け物になっても構いはしない。それが理市の本心だった。もっとも、まさか、最上まで化け物になっているとは思いもしなかったが。




