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灰の空と憧憬  作者: 艸秋
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覚醒

 ノックの音が、再び病室に響いた。

 英が返事をすると、スーツ姿の男が入ってきた。

 黒縁の眼鏡に整った身なり。淡々とした口調。


 「失礼。伊東英さんですね」


 「はい、そうですが」


 男は軽く会釈し、胸元から身分証を取り出した。

 「政府直属のEXTEND研究機関の者です。吉田潔よしだ・いさぎと申します」


 政府の人間。

 唐突な名乗りに英は少し戸惑ったが、同時に胸の奥がざわついた。

 嫌な予感ではない。

 むしろ、静かな高鳴りだった。


 「突然ですが、あなたには当機関の病院でいくつか検査を受けていただきたいのです」


 「検査……ですか?」


 「理由は現段階ではお伝えできません。ただ、昨日の件に関連しています」


 濁された言い回しに疑問は残ったが、英は頷いた。


 数時間後、英は潔に同行していた。

 街の外れにある巨大な医療複合施設。

 無機質な廊下を進むたびに、機械の駆動音と薬品の匂いが強くなる。


 採血、神経検査、脳波測定――。

 今まで受けたことない検査の数々に戸惑う。

 けれど、英の胸には妙な落ち着きがあった。

 それに、体の痛みはすでに消え、体は驚くほど軽い。


 検査が終わると、吉田は「結果が出るまで半日ほどかかります」とだけ言い残して去っていった。


 英は中庭に出て、ひとりベンチに腰を下ろす。

 風が冷たく頬を撫でた。

 雲は厚く、空は灰色。

 だが、何故か昨日までと違って見えた。


 ふと、背後に気配を感じた。

 静かなはずの空気が、ひどく重くなる。

 反射的に振り向くと、軍服のような服を着た男が立っていた。


 「おっ、気づいたか」


 男は笑みを浮かべながら近づいてきた。

 「矢郷誠一やごう・せいいち。自衛隊、対星外種部隊所属だ」


 「自衛隊……?」


 「ああ、そうだ。まぁ、俺のことはどうでもいい。さっきの検査、何のためか気になるだろう」


 誠一は英の隣に腰を下ろし、淡々と話を続けた。

 「検査の目的は、“EXTEND”の資質を調べるためだ。

 だがな、あれで分かるのはあくまで『可能性』だ。

確定できるのは、同じ能力者にしかできねぇ」


 英は静かに息を呑んだ。

 まるで、何かを見透かされたような感覚だった。


 「……じゃあ、あなたは」


 「ああ、そうだ。俺は能力者だ。

そして――お前もそうだ」


 誠一の言葉が、風の中に響いた。

 「お前にとって良いか悪いかはわからんが……ようこそ、能力者の世界へ」


 その瞬間、英の胸の奥に熱が走った。

 驚きではない。

 ただ、嬉しかった。

 あの夜、自分を救った彼女と同じ場所に立てる。

 その事実が、何より嬉しかった。


 誠一は腕を組み、続けた。

 「現状、EXTENDを持つ能力者を遊ばせておく余裕はない。

 国家間の力の均衡も崩れ始めてる。

 だから、お前には“訓練校”に入ってもらう」


 「訓練校……?」


 「EXTENDのための養成機関だ。

 能力の制御、戦闘技術、生存訓練――全部学ぶ。

期間は二年。修了すれば、各地へ派遣される」


 誠一の言葉は重く響いたが、不思議と英の心は軽かった。

 どんな世界でもいい。どんな戦場でもいい。

 あの人のように誰かを救えるなら、それでいい。


 「俺はその訓練校の教官をしている。一週間後に迎えに来る。それまでに準備しておけ」


 誠一はそう言い残して去っていった。


 英はその背中を見送りながら、ゆっくりと空を仰いだ。

 灰色の空。

 けれど、いつもとは違って見えていた。


 翌日、英は職場に連絡を入れ、退職を告げた。

 荷物をまとめ、部屋を出る。

 そして最後に、郊外の墓地を訪れた。


 静かな風の中、墓石に手を合わせる。

 「……澪。俺、行ってくるよ」


 亡き妹の名を呼びながら、英は静かに笑った。

 あの夜、救われた命がある。

 次は自分が、誰かを救う番だ。


 コートの襟を立て、歩き出す。

 その背中には、確かな炎が宿っていた。


 ――伊東英は新たな世界へと歩み出した。

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