プロローグ
空は、今日も灰色だった。
雲の切れ間から覗く光は鈍く、街を包む朝霧に吸い込まれていく。
鳥の声もなく、風の音さえどこか遠い。
青年は、狭い部屋のベッドの上で天井を見つめていた。
古びた時計は止まったままで、壁のカレンダーは二ヶ月前の日付のまま。
誰かが訪ねてくる気配など、最初からない。
立ち上がり、コーヒーを淹れる。
口に含むと、舌の上に苦味だけが残った。
彼、伊東 英は、無表情のままカップを置いた。
部屋の隅に置かれた古いテレビが、ノイズ交じりの音を立てながらニュースキャスターの声を流す。
「昨夜、西区にて星外種の出現が確認されました。被害は――」
英は目を逸らした。
何度も聞いた報せだ。驚くことも、怖がることももうない。
彼には、守りたいものなどもう無かった。
――自分さえも。
ゆっくりとコートを羽織り、部屋を出る。
錆びついたドアが軋む音が、廊下に響いた。
外の空気は冷たく、雨の匂いが混じっている。
通りを歩く人影はまばらで、ほとんどがうつむき、急ぎ足で過ぎていった。
英は顔を上げる。
遠くの空に、塔が見えた。
天を突くようにそびえ立つ、異形の巨塔《星外の塔》。
あの塔が現れてから、世界は変わった。
星外種と呼ばれる怪物たちが地上に現れ、
そして――人を超えた力を持つ者たち、EXTENDが誕生した。
だが、英には関係のない話だった。
EXTENDも、星外種も、塔も。
どれも、彼にとっては“別の世界”の出来事に過ぎない。
「……やってらんねぇな」
誰に向けたでもない呟きが、風に溶けて消えた。
――この日、彼が人生の大きな転機を迎えることを、まだ誰も知らない。




