表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

異世界系短編/中編集

魔王軍四天王のみんながやたら過保護です

作者: 源泉

「人という種族ながら、魔王に手を貸す呪われた魔女め!」



勇者の剣が胸を貫いた瞬間、リディアの体から力が抜けた。



――魔王軍四天王のひとり、リディア。



彼女の熱い血が大地に滲んでいく。



(……ここまでか。けれど、同じ人間である勇者パーティー四人と、ここまで戦えたのなら悔いはない)



黒い髪と瞳、白い肌。血の赤はその姿をひときわ鮮烈に染めていた。



「……ああ、魔王様。せめて最後に役立てたのなら、それで……」



彼女は規格外の魔力を持って生まれたがゆえに“呪われた子”と呼ばれ、迫害され続けてきた。

居場所を失ったその時、魔王が差し伸べてくれた手。

その恩を返せたなら――悔いはない。

静かに目を閉じ、死を受け入れる。



だが――いつまで経っても首は落ちてこなかった。



(……おかしい。なぜ……?)



重たい瞼をわずかに開く。

勇者パーティーが蒼白な顔で後ずさっていた。

その視線の先――彼女の背後に立っていたのは。


銀毛を揺らす獣人の武神フェンリス。

白衣めいたローブを翻すダークエルフの少年ルキアン。

ワインレッドの長髪をなびかせ、赤い瞳を輝かせる吸血鬼ヴェリスティア。


リディア以外の、魔王軍四天王。



「な……なんでお前たちがここに……?」



勇者の声が震える。

リディアの心臓も、大きく跳ねていた。



「なんでって……そちらは四人、こちらも四人。数が合わなきゃ不公平だろ?」



銀毛を逆立て、フェンリスが鼻を鳴らす。




「フェンリス、それ……たぶんそういう意味じゃないと思うよ」



冷静な声でルキアンが突っ込む。



「何にせよ、今はリディアを助けるのが先決」



ヴェリスティアは艶やかな笑みを浮かべ、膝をついてリディアの傷口に顔を近づけた。



「ヴェリスティア……何を……?」



リディアが声を絞り出すと、彼女は真剣な眼差しで囁く。



「安心するがよい。わらわが血を吸えば、リディアも吸血鬼になり、この傷も癒える」


「馬鹿言うな! 俺がポーションを飲ませる!」



フェンリスは大瓶を構える。



「非効率だ。僕の延命装置を試すべきだね」



ルキアンはいつの間にか複雑な器具を組み立てていた。



「……みんな。気持ちは……嬉しいんだけど。落ち着いて……」



リディアの声は弱々しく震えたが、その眼差しだけは真剣だった。

勇者たちは顔を見合わせ、怯えきった声を漏らす。



「な、なんなんだ……この四天王ども……」


「俺たち、どうすれば……」


「――勇者どもはもう用済みだ。とっとと退場してもらおう」



フェンリスが唸ると、ルキアンとヴェリスティアが同時に詠唱を始める。



「な、待っ――!」



勇者パーティーは転移の光に呑まれ、瞬く間に姿を消した。

残された戦場には、瀕死のリディアと、彼女を囲む三人だけ。



(……どうして。どうしてみんな、ここに……?)



リディアは朦朧とする意識の中で、必死に声を絞り出す。



「……説明して。何があったの……?」



三人の視線が交わる。

そして、互いに覚悟を決めたように口を開いた。



「リディア。俺たちは……転生者だ」


「前世の記憶を持って、この世界に生まれ変わったんだ」


「そして全員、一致していた。――わらわたちの推しは、リディア。そなただと」


「……え?」



リディアは何一つ解決しない疑問を胸に抱いたまま、意識を手放した。



リディアは夢を見ていた。



――血と煙の渦巻く戦場。

振り下ろされた巨大な戦斧がリディアの視界を塞いだ。



「下がれッ!」



銀毛を逆立てた獣人が、血飛沫を浴びながらその一撃を受け止める。

両腕に食い込む刃を、全身の筋肉で押し返す。



「……フェンリス!」


「馬鹿、無茶するな! 俺が守る。お前は……絶対に倒れるな!」



腕から血が滴り、牙を剥き出しにして吠えるその姿は、もはや人の形から狼へと変じていた。

普段は半獣人の姿を保つ彼も、戦いの中で魔力が高まれば、より獣に近い「戦神」へと姿を変える。


敵兵が恐怖にすくむ。

だがフェンリスは一歩も退かず、斧を弾き飛ばすと、逆に拳で鎧ごと敵を叩き潰した。

血と鉄が弾ける。彼の周囲にだけ、ひとときの「壁」が生まれた。


その背は広く、熱く、傷つきながらも揺るがなかった。



「……ありがとう」



胸を締めつける戸惑いと共に、リディアは初めて「守られる」という感覚を知る。

血に濡れた戦場でさえ、不思議な安らぎが胸に宿っていた。



――夜更けの魔王城。



眠れぬ夜、リディアはふと足を運び、蝋燭の明かりに照らされたルキアンの部屋に辿り着く。



「眠れないの?……なら、少し話し相手になってよ」



そう口にしても、返ってきたのは短い相槌ばかり。

部屋に満ちるのは、無数の部品を組み合わせる乾いた音だけだった。


ルキアンは小さな指先で複雑な魔道具を組み立て、視線を逸らさずに淡々と呟いた。



「……君は、いつも自分を削りすぎる。だから、僕が君の寿命を伸ばす方法を考えてあげる」



幼い外見に似合わぬ、落ち着いた声音。

彼は実際、長命のダークエルフであり、四天王の中でも最年長だった。

幼さと老成の狭間にある横顔には、深い知識と確かな覚悟が宿っている。


やがて彼が不器用に差し出した魔道具は、小さな装置だった。

それを起動すると、天井と壁に夜空が映し出され、瞬く星が部屋を満たした。



「……綺麗」



星に見入るリディアの呟きに、ルキアンは目を伏せたまま答えた。



「君が、少しでも安らげるなら……効率は悪くない」



そのとき胸の奥に生まれた温もりは、いつまでも消えなかった。



――月夜の魔王城のバルコニー。



静かな風に長いワインレッドの髪を揺らし、ヴェリスティアは佇んでいた。

赤い瞳がリディアを捉え、艶やかに微笑む。だがその眼差しの奥には、切なさが滲んでいた。


「また、寂しそうな顔をしておるな。……安心せよ。わらわが、ずっと傍にいてやる」



からかいでも気まぐれでもない声音。

リディアの胸にある孤独を、そっと包むような温度があった。



「……また人間だから、などと気に病んでおるのか?魔王様の治める地を、いくつも見てきただろう。そこに生きる者は、種族も姿も皆違うが、それでも共に在る」



その言葉に、リディアの胸の奥で凝り固まっていた何かが、ゆるりと解けていく。

孤独に耐えてきた心を撫でるような優しさに、リディアはただ言葉を失い、夜風に身を委ねた。




夢はそこで途切れ、リディアは再び深い闇へと沈んでいった。




リディアは目を覚ました。



白い天井、柔らかなシーツの感触、薬草の香り――魔王城の治療室だった。

胸に手を当てると、あれほど深かった傷が跡形もなく消えている。



(……生きている。そうだ、あの三人が助けてくれて……)



ベッドの傍には、フェンリス、ルキアン、ヴェリスティアが倒れ込むように眠っていた。

三人とも鎧やローブのまま、安堵しきった顔で腕や尻尾を投げ出している。


その様子を、部屋の隅に控えた治癒師の助手が小声で説明した。



「リディア様が運ばれた時、あの三人、本当に大騒ぎでしたよ。

フェンリス様は強引にポーションを口に流し込もうとするし、

ルキアン様はわけの分からない延命装置を押し当てるし、

ヴェリスティア様に至っては、リディア様を吸血鬼にしようと血を吸おうとして……」



助手は苦笑しながらも、あの時の必死さを思い出したように両手を広げてみせる。



「『そんなにポーションを飲ませたらリディア様が破裂します!』

『ルキアン様、その装置は安全を確かめましたか? リディア様は人間なんですよ!?』

『ヴェリスティア様、許可もなくそんなことをしたら嫌われますって!』」



今は笑い話のようだが、声の端々には本気で制止していた時の焦りが滲んでいた。



「結局、治癒魔法で容態が安定したので、治癒師様は疲れ切って休憩に行かれました。

三人とも緊張の糸が切れたのか、そのままここで眠ってしまったんです」



リディアはゆっくりと身を起こし、三人の寝顔を見つめる。



(……ほんとに、子どもみたい……でも――)



その瞬間、しばしの静寂が破られる。

微かな気配に三人が一斉に目を覚ましたのだ。

それを見届けて治癒師の助手は部屋を去る。



「リディア!」


「目が覚めたか……よかった」


「心配かけさせおって」



ベッドに駆け寄り、口々に安堵の言葉を漏らす三人。

リディアは小さく息をついた。



「……平気です。みんなが助けてくれたんですから」



三人は互いに目配せをすると、同時に真剣な顔に変わり、口を開いた。



「リディア。聞いてほしい、隠していたが……俺たちは転生者だ」


「前世の記憶を持っている。僕たちはこの世界を“物語”として知っていた。結末も、君の最期も」


「リディア……そなたが勇者に殺される運命だったから、わらわたちがその運命を変えたのだ」



リディアは目を瞬き、ただ呆然と三人を見つめた。


三人の説明はこうだ。

この世界は、彼らの前世では“ゲーム”の舞台だった。

三人はそのゲームを知っていて、気づけば魔王軍四天王に転生していた。

お互いが転生者であることも、長い時間をかけて探り合い、やがて発覚した。

そして三人全員の“推しキャラ”がリディアだったため、

彼女に接する態度や交わす言葉には、無意識のうちにその想いが滲み出ていたのだ。



「……なんとなく、理解できた気がする……でも、“推し”って、何?」



その瞬間、三人の視線がぶつかり、空気が一変する。



「それはこれから俺がわからせてやる。未来はもう読めない。だが俺が守る!」

フェンリスが吠える。



「黙れ山田! 計算では僕が最適だ!」

ルキアンが机を叩く。



「笑止!佐藤のそんな弱っちい腕でリディアを守れるか?わらわが一番リディアを幸せにできる!

」ヴェリスティアがリディアの肩に手を這わせる。



「リディアに触るな! 佐々木!」

フェンリスが牙を剥いた。



飛び交うのは、聞き慣れない名前――前世での名らしい。



リディアは困惑しながらも、彼らとの日々を思い返す。


戦場で庇ってくれたフェンリス。

小さな星空をくれたルキアン。

孤独な夜に寄り添ってくれたヴェリスティア。



(……みんな、私にとって大切な仲間……)



胸の奥に、熱いものがこみ上げてきた。



「で、リディア。誰を選ぶ?」



三人が一斉にベッドへ身を乗り出す。



「えっ……そ、そんなことを聞かれても……」



リディアは顔を赤らめ、慌てて身を引いた。

その瞬間、低い声が部屋に響く。



「――全員、そこまでだ」



振り返ると、重厚な外套をまとった魔王が立っていた。

冷たい威厳をまとったその姿に、治療室の空気が一瞬で張り詰める。


そしてリディアの瞳が、ほんの一瞬だけ揺れる。

その目を、三人は決して見逃さなかった。



「リディアは今休むべきだ。お前たち、いい加減に――」



だが、その言葉をかき消すように三人の声が揃う。



「「「魔王様といえど譲れません!」」」



魔王の額に青筋が浮かぶ。



「話を聞け! 頭を冷やしてこい!」



魔王が手を払うと、三人の姿は転移の光に呑まれ、跡形もなく消えた。

先刻、勇者たちを遠くに飛ばしたのと同じ魔法だった。



「……あいつらは優秀だ。もちろんリディアも。だからこそ……胃が痛い」



こめかみに手を当て、魔王は深くため息を吐く。

リディアはその横顔を見つめ、そっと微笑んだ。



「魔王様……私、本当の家族には恵まれなかったけれど、こんなに大切に思ってくれる仲間がいる。

私、生きていていいんだって……初めて思えました」



頬を伝う涙は、死を望むものではなく、生きたいと願う証。

騒がしくも温かい空気の中で、リディアは悟る。

魔王軍四天王は、奇妙で、うるさくて……けれど間違いなく、自分の居場所なのだと。



「仲間、か……」


魔王は小さく呟き、ちらりとリディアを見やる。



「――あいつら、本当に苦労しそうだな」




辺境の地に飛ばされた三人。



「……なあ、もしかして俺たちのライバルって」

フェンリス――いや、山田が口を開く。



「言うな、山田。そんな気はしていた…… 」

ルキアン――佐藤が顔を覆う。



「魔王様か。どうする? わらわたちで勇者どもに手を貸して、魔王様を討つか?」

ヴェリスティア――佐々木がニヤリと笑う。



「そんなことする気もないくせに」



三人の声が重なり、どこか悔しげに、それでいて楽しげに響いた。



――そして騒がしい日々は、これからも続いていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ