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第2章  ひよりという名の祈り  第7話 忘れられた記憶の中で  ~ひよりの正体~

―風鈴が鳴る夜、記憶は目を覚ます

夜の帳が降りる頃、家の中に微かな気配が満ちていた。 それは風でもなく、音でもなく、ただ“在る”という感覚。


鏡の奥に、誰かがいる。 それは、僕の記憶の中にいたはずの少女――“ひより”。


白いワンピースが、闇に浮かぶように揺れ、 アヒルのおもちゃが、ぽつんと床に転がっている。


彼女は笑っていた。 けれど、その笑顔の奥に、言葉にならない哀しみが滲んでいた。


神社で出会ったあの日から、 彼女は何度もこの家に現れた。 風呂場で水をはじき、鏡の前で誰かを見つめる。 まるで、そこに“赤い人”がいるかのように。


誰も彼女を知らない。 それなのに、僕の記憶には、確かに彼女がいる。


「次は、あなたの記憶よ」 鏡の奥から響いた声が、漣の面影と重なった。


この家には、何かが眠っている。 澪の祈りか、花音の記憶か。 それとも、漣が封じた“過去”なのか。


そして、ひよりは――そのすべてを繋ぐ“鍵”。


風鈴が鳴った。 夜の静寂を裂くように。 鏡の表面が、ゆっくりと揺れ始める。


僕は、もう戻れない場所へと、足を踏み入れようとしていた。


風呂場の鏡に、赤い跡が浮かんでいた。

それは、誰かが泣いた後の涙の痕のようだった。

けれど、僕はもう驚かない。

この家に越してきてから、現実が少しずつ“歪んでいる”ことに気づいていた。

ひよりは、今日も現れた。

白いワンピース。アヒルのおもちゃ。

無邪気に笑いながら、鏡の前に座り込み、何かを見つめている。

その瞳は、まるで“誰か”と話しているようだった。


「ねえ、お兄ちゃん。昨日も、赤い人がいたよ」

その言葉が、耳の奥に残る。

赤女——鏡の奥に潜む影。

鏡の奥に潜み、まるで誰かの記憶を見つめているかのよう。

そして、ひよりの瞳の奥に揺れる、微かな哀しみ。


僕は、ひよりのことをもっと知りたくなった。

記憶の底に沈んだ何かが、静かに目を覚まそうとしている。


近所の住民に尋ねても、誰も彼女を知らない。

神社で出会ったはずなのに、誰も見たことがないと言う。

「そんな子、最近見かけないね」

「神社に子どもなんて、もう来ないよ」


現実が、少しずつ侵食されている。

僕の記憶と、鏡の中の世界が、重なり始めている。


その夜、僕は夢を見た。

鏡の中で、ひよりが踊っていた。

アヒルのおもちゃを手に持ち、くるくると回る。

その動きは、まるで“儀式”のようだった。


「これはね、記憶を探す遊びなの」

夢の中で、ひよりはそう言った。

「澪さんが教えてくれたの。鏡の中には、忘れられたものがいっぱいあるから」

「遊びながら、探すの。誰かの大事なもの。誰かの痛み。誰かの……願い」


目を覚ますと、風呂場の鏡が曇っていた。

その表面に、指でなぞったような跡が残っていた。

それは、ひよりが夢の中で踊っていた軌跡と、まったく同じだった。


僕は、鏡の前に立った。

そして、ひよりに尋ねた。

「君は……だれなの?」

その問いに、ひよりはしばらく黙っていた。

鏡の奥を見つめるように、ゆっくりと口を開く。


「私は……祈り。澪さんが最後に残した“かけら”」

「鏡の中で、遊びながら、記憶を集めていたの」

「でも……もう、鏡が全部を飲み込もうとしてる」

「だから、悠真さん。あなたが描いて。忘れられた記憶を、外に出して」


その瞬間、鏡の奥が揺れた。

風景が変わる。

古い家の廊下。

花音が走っている。

澪が、鏡の前で泣いている。

漣が、キャンバスに向かって筆を握っている。


そして——そのすべてを、ひよりが見ていた。


「次は、あなたの記憶よ」

鏡の奥から響いた声が、漣の面影と重なる。

この家には、何かが眠っている。

それは、澪の祈りか。花音の記憶か。

それとも——漣が封じた“過去”なのか。


僕は、キャンバスに向かう。

描くのは、ひよりの姿。

彼女が鏡の前で踊る姿。

それは、誰かの記憶を呼び起こす“儀式”だった。


筆先が震えるたび、鏡が曇り、赤い光が揺らめいた。

そして——鏡の奥に、澪の涙が浮かび上がる。


鏡の呪いは、まだ終わっていない。

それどころか——今、静かに現実を侵食し始めている。




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