第2話 湯気の向こうの少女
近所の神社で出会った少女。
名前は「ひより」中学生ぐらいの女の子。
彼女は近所に住み、人懐っこい性格で何故か僕に懐き時々遊びに来てはお風呂場に行き一人で遊んでいる少し変わった子だった。
ひよりは無邪気で明るい性格。悠真の仕事をしている最中でも突然現れ、来るたびに「お風呂借りるねー!」と一人、湯船につかりながらアヒルのおもちゃで遊んでいた。
後にひよりは、赤女の存在に気づいているような発言をするが、本人は怖がっていない。
少し天然で、怖いも好きで来るたびに鏡に赤女が映っていたり、湯気の中に赤い影が見えるなど、ひよりの周囲に怪異が忍び寄る。
「あの赤い人、昨日もいたよ。お風呂の窓から見てた。」など
悠真は最初、冗談だと思うが、次第にひよりの言葉が現実味を帯びてくる。
ひよりの正体とは…。
その日、僕は近所の神社に散歩がてら立ち寄っていた。
夕暮れの光が境内を淡く染め、蝉の声が遠くで鳴いていた。
静かな空気の中、鳥居の前で立ち止まった僕に、背後からふいに声がかかった。
「ねえ、お兄さんって、あの古い家に住んでる人?」
振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。
中学生くらいだろうか。
肩までの黒髪に、白いワンピース。
どこか懐かしい雰囲気を纏っていて、目が合った瞬間、なぜか胸がざわついた。
「そうだけど…君は?」
「ひより。近くに住んでるの。あの家、ちょっと気になってて」
人懐っこい笑顔を浮かべながら、彼女は僕の隣に並び境内を歩き出した。
そして、何のためらいもなく言った。
「ねえ、お兄さん。お家のお風呂、広い? 今度、遊びに行ってもいい?」
僕は、いきなりの事で驚いたがその日を境に、彼女は時々僕の家に遊びに来るようになった。
僕が仕事中でも、玄関のドアが開くと元気な声が響く。
「お風呂借りるねー!」
叫びながらひよりは入って来る。
初めて聞いたときは、冗談かと思った。
だが、彼女は本当に一人で風呂場へ向かい、湯船にアヒルのおもちゃを並べで遊んでいた。
湯船につかっているのかは分からない。
ただ、彼女はその空間に“何か”を感じているようだった。
風呂場からくすくすと笑う声が聞こえてくるたび、僕は手を止めて耳を澄ませた。
「変わった子だな…」
そう思いながらも、僕は彼女を拒むことができなかった。
ひよりの無邪気さには、どこか癒されるものがあった。
ある日、彼女がぽつりと呟いた。
「このお風呂、落ち着くんだよね。……なんか、懐かしい匂いがする」
そして、湯気の中に手を伸ばしながら言った。
「この家、昔は誰が住んでたの?」
僕は、驚きながら返した。
「え? どうしてそんなことを?」
「ううん、なんでもないよ」
その言葉に、胸のざわつきが再び蘇った。
そして、彼女は何気ない口調で続けた。
「あの赤い人、昨日もいたよ。お風呂の窓から見てたよ」
僕は笑って返した。
「また怪談? ひよりって、そういうの好きだよね」
「うん、好き。でも…あの人は、ちょっと違うかも」
その言葉に、僕は少しだけ背筋が冷たくなった。
「赤い人って、誰のこと?」
湯気の向こうから顔を覗かせたひよりは、いつもより真剣な目で言った。
「うーん…たぶん、ここの人。 …ずっと、いるみたい」
と無邪気に言った。
それからというもの、ひよりが来るたびに、風呂場の鏡に赤い影が映るようになった。
彼女は気にせず、アヒルを沈めて遊んでいる。
だが、湯気の中に、誰かが立っているような気配が確かにあった。
僕は何度も目をこすったが、そこには何もいない。
それでも、ひよりは言う。
「あ、またいた。鏡の中に。」
「…何が?」
「赤い服の人。泣いてたよ。…血の涙みたい…。」
そして、唐突に問いかけてきた。
「ねえ、お兄ちゃん。赤い女って、知ってる?」
ひよりがそう言ったその瞬間、僕の脳裏に、あの押入れから見つけた日記の一文がよぎった。
「赤い女が来る」
ひよりは、何かを知っている。
いや、もしかすると——彼女自身が、何か“違う存在”なのかもしれない…。
それから僕は、奇妙な夢を見るようになった。
そのたびに、風呂場の鏡の前に立つ赤い服の女が夢に現れる。
夢の中で、僕に囁く。
「見つけて…私を…。」
囁く声に、僕は動けず、鏡の中の女を見つめる。
「……。誰だ……赤い人?」
目が覚めた翌朝、鏡には手形が残っていた。
「嘘だろ……誰も触っていないはずなのに……。夢じゃない……」
日記の持ち主は誰なのか…。
ひよりは何者なのか…。
そして、赤女とは――。
謎は静かに、しかし確実に僕の生活を侵食していた。