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第12話  祓いと救いの狭間で ~声なき者の祈り~ 後編


影山が差し出した古い巻物には、墨で記された記録があった。 それは、この土地に刻まれた“祓い”の系譜。 そして——“紅屋”という名の、忘れられた酒屋の記憶。


「紅屋の女主人・くれない。彼女が赤女の“原型”だ」

影山の声は、祠の鏡に吸い込まれるように響いた。


紅は、夫に裏切られ、幼い子を奪われた末に、 井戸に身を投げた——

そう記録にはある。 だが、その死は“祓い”の儀式の一部だった可能性があるという。


「この地には、かつて“祓い師”がいた。  怨霊を封じるために、母子を生贄にしたという記録が残っている。  紅は、その儀式の犠牲者だったのかもしれない」


母としての祈り。 子を守りたいという願い。 それが、祓いの器として歪められ、鏡に封じられた。


そして——その呪いは、時を超えて、澪へと受け継がれた。


澪もまた、子を失い、鏡に祈りを捧げた。 その祈りは、紅の怨念と交わり、 “赤女”という存在を形づくった。


「……だから、鏡は“母の痛み”を映すんだ」 僕は、スケッチブックの余白に目を落とす。 そこには、澪の筆跡でこう記されていた。


《この子にも、名前をあげてほしい。忘れられた痛みに、光を》


僕は、筆を握り直す。 鏡の奥に揺れる赤い影。 それは、紅の祈りであり、澪の祈りであり、 そして——名前のない少女の“声なき祈り”だった。


「……君の名前は、紅音あかね


その瞬間、鏡が震えた。 赤い染みが消え、風鈴が静かに鳴った。 それは、祓いではなく——救いの合図だった。


鏡の奥から、少女の声がした。


「ありがとう。私の名前を呼んでくれて。  これで、私は……“母の痛み”ではなく、“祈りの記憶”になれる」


その瞳に、微かな光が宿る。 紅音——かつて誰にも見つけられなかった少女。 その存在が、ようやく絵の中で息をし始めた。


影山は、静かに祠の前で頭を下げた。 「君が描いたことで、この地の呪いは、少しだけほどけた。  だが、まだ終わってはいない。  この家には、もう一つの“器”が眠っている。  それは、祓い師が封じた“母子の記憶”——  次に現れるのは、祓いの儀式そのものかもしれない」


僕は、鏡の前に立った。 紅音の微笑が、絵の中で揺れている。 その背後に、もう一つの影が立ち上がろうとしていた。



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