君は罪の名を知らず
愛する女がいた。
彼女のためなら何でもできると思っていた。
彼女のしてくれることなら何だって幸せに違いないと信じていた。
大宮殿の最奥、謁見の間へと続く大扉を開く。
「やはり、ここか! 女王!」
「ああ、待ってたわ。私の勇者」
玉座で出迎えたのは、この世の者だとは思えぬ美貌の主だった。
実際、人の世に属する者ではない。
現実にはありえざる美のすべてが存在する幻想の世界・妖精郷。
その支配者こそ目の前にいる女なのだから。
「これだけは聞かせてくれ。……何故、こんな……何故なんだ!」
「くすっ、何のことか分からないわ。でも、私のしたことなら理由は決まってる」
――あなたを愛しているから。
予感した答えに私は愕然と身を震わす。
「どうしたの? ……涙? ねえ、悲しまないで。大丈夫。もう無くなったのよ。あなたを悲しませるものは、みぃんな」
「父上……母上……」
「ええ、ええ、あの人たちは邪魔だったわよね。あなたの旅立ちを止めたりして」
やはり、あのとき街を襲った魔物も……?
「この国の美しい人々は……」
「ふふ、安心して。あなたが王に相応しくないなんて言う不届き者はもういないわ。世界が滅亡間際にまで追い込まれた魔王を独りで倒したんだもの。あれの召喚には苦労したけど、素敵なあなたを民にお披露目できたし、正解だったわね」
人間界は消滅し、もはや生き残った人間は私を措いて他にない。
ここ妖精郷も無事ではなく、大宮殿の外は瓦礫の山と化した。
「そうか。すべてはお前が……いや、私が招いたことか」
「……あなた?」
私は腰から剣を抜き放つ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
玉座が赤く染まっていく。
「どうして……私、なにか気に障るような……った、の」
「君は何も悪くはない。私がいけなかったんだ」
そう、妖精に善悪の概念は存在しない。彼女に愛を教えたのは他ならぬ私だ。
「私のこと……嫌いに、なっちゃ……?」
「いや、君を嫌うなどありえない。愛しているよ。今までも、これからも。先に逝ってくれ。私もすぐに。そうしたら、ずっと一緒だ」
「ああ、嬉しい」
そっと唇を重ねれば、最愛の女は目を閉じる。
徐々に冷たくなる肢体を抱きしめていた私もやがて……。
――愛する女よ。君とは地獄で添い遂げよう。
最後まで読んでくださって有り難うございます。
どなたかのお心に刺さりますように……。