喜作と藍色に光る釣竿
あるところに喜作という若い男がいた。
この喜作という男はとにかく釣りが好きで、働くよりも釣りが好きという、こまった男でした。
この喜作、母1人子1人で生活してますから、一家の大黒柱にならないといけないという責任がありましたが、そんなことはそっちのけでした。
だが、釣りに行くと言っても釣りに行くのは必ず夜。だもの昼間は仕事にならねぇ。だが、夜釣りなんて言うけれど、実はどこに行っているのか何を釣ってるのか誰も知らない。
最初は本当に釣りに行っているのかと思っていたが、これが本当に釣りに行っている。ある時変わったながぁーい釣竿が家にある。それはそれは綺麗な藍色の竿で、喜作はどこでこんなものを仕入れて来たのか、おっかさんは不思議に思っていました。まぁ、でも家族のものでも人の物とおもって、おっかさんは黙ってしばらく様子を見ることにした。
夕方になるとそれは嬉しそうに笑顔になって、この一時だけは、張り切り方が半端ない。
まぁ、自分も張り切るが、早く終わらせたくて人をこき使いやがります。
まぁ、とにかく喜作という男は自分の事しか考えてねぇ男なんです。
「親方!じゃあ、あっしはこれでかえりやす」
「おいおい、喜作今日も釣りかい?」
「へぇ。では、先を急ぎやすんで、すんません」
あいつはどうしょうもないねぇと、親方は小さくため息をついた。
喜作は颯爽と家に向かった。
「おっかさんただいまぁ。飯食っていいかい?」
「おかえり。今日も釣りかい?毎日よくやるねぇ」
喜作は、出されたご飯を食べ終わると藍色に光る竿をもった。
「いってくりゃあ。」
まだ口いっぱいにご飯が入っているが、もう頭は釣りでいっぱいになってしまっている。
そのまま戸口を開け、走り去っていった。
おっかあは思った。
(あの子はいったいどこにいっているんだろう。)
何も言わず、喜作が毎晩毎晩楽しそうに行くのでなんだかとても気になって来た。
(よし!明日の晩もきっと行くだろうから、その時こっそりついていってみよう)
そんなことをおっかあが考えているとも知らない喜作は日が昇る前に帰ってきて、床についた。
「おきねぇか!喜作!」
もうすっかり日はのぼり、仕事も始まっていた。
「おっ。。すっ!すまねぇ親方!」
「ちょいとまちなぁ、喜作よぉ。毎晩毎晩おめぇさんはどこに行ってんだい。釣り好きっテェーにしちゃあちょいとどが過ぎてるってもんじゃないか」
喜作は分がわるそうにうつむいて頭を掻いた。
「もう少しなんでさぁ。もう少ししたら話しやすから。もう少しまっていてくだせぇ」
「そうかい。じゃぁもう少し待つことにしようじゃないか。あまりおっかさんを悲しませんじゃないよ」
「へぇ」
喜作は頭を下げた。
それから仕事に励んだ。
時折り頭を小突かれながら仕事は終わりになっていく。終わりになると元気になる。さらっと駆け足で帰る。
喜作は今日もまた、あの釣竿をもって外に出ていく。
おっかさんはそんな喜作の後をそっと追った。
嬉しそうに釣竿を持って、飛び跳ねながらいく喜作を見ると胸が痛んだ。
それと同時に足が重くなって、結局見送ってしまった。
(あんなに楽しそうにいくあの子を信じよう)
そうおもって、家に帰っていった。
それから半年経った時、喜作は朝から、なんだかそわそわしていた。仕事も手につかない様子で、親方も頭を抱えていた。
「おい、お前どうしたんだい」
喜作はヒョイっと親方の方を見たが
「いやぁ、なんでもない、すょ」というと手元の仕事をへました。
「どうもへんだねぇ」
そして仕事の終わる時間になると、胸元を苦しそうに抑えてしゃがみ込んだ。
「おいおい、喜作!大丈夫かい」
親方が心配してそういうと
「へぇぇ。ちょいと足ふみはずしちまったんでさぁ。すいやせん。面目ねぇ面目ねぇ」
喜作は横歩きで親方を見ながら家に帰っていった。
「変なやつだが、今日は特別変なやつだねぇ」
親方はそういうと自分も帰り支度をした。
喜作は家についた。
胸がドキドキしておさまらない。
「おっかぁぁあ。たぁあだいまぁ」
喜作の変な声に、ぬかをこねていたおっかあは目を大きく見開きながら、首を喜作の方に向けて言った。
「あっ、あぁおかえり」
そして喜作の食事を出した。
食事に焦りがない。
いつもの世話しない食事風景が、今日は落ち着いている。
「あんた、今日は釣りはいいのかい?」
喜作は喉に詰まらせて、むせている。
「だぃじょぶ。おっかあちょっと待っていてくれ、オラァ緊張しちまって」
「?」
よくわからない我が子を、ただじっと母は眺めていた。
外は日も暮れてどっぷり暗くなった。
喜作は横になっていたが起き上がった。
「おっかあ、俺と一緒に外行こう。」
「こんな夜にかい。」
「夜だからなんだ」
おっかあは喜作の後をついていった。
家の近くの雑木林を抜けると小高い山がある。
そこにのぼるようだ。
「おっかあついて来てるか?ほれっ手をかせ!」
おっかあの手を引っ張ってのぼりきると喜作空を指さしていった。
「おっかぁ。ほれっ見てみろ。お空のお星様を。」
おっかあは言われた通りに空を眺めた。
すると、なんとも細かい星の川が空に大きく流れていた。
「おっかあ、綺麗か?」
おっかあは星の川があまりに綺麗で、心がそっちにいってしまっていた。が、ちょっとして返事をした。
「こんな綺麗な天の川は見たことがねぇ」
喜作は自慢げに鼻をかいた。
「おっかぁは、七夕様の時期になるといつも空さぁ見上げてただろ?でも、いつもその日が曇っていたり、雨になっていたり。オラァそれ見るのがしんどかった。どうしたもんだろうかと1年前の七夕の日に、ここで空みてたらな、くくすんくすんと泣く声が聞こえて来た。誰か泣いてるんかと思っていたら、今度は狩衣を着なさったお公家様がおみえになってな。そのお方が言うことには、川の魚が増えてしまってばしゃばしゃと水飛沫がすごい。そのせいで霧が出てしまうから愛する人に会えない。だから魚を取り尽くしてほしいとお願いされたんだ。そうすればオイラの願いも叶うって言われたもんだから、そのお方から渡された竿で毎晩頑張ってた。な、おっかぁ。魚取り尽くしたらこんなに綺麗な星の川が出来上がったんだ。
今日はおっかあの好きな七夕だろ。」
嘘をついているふうには見えない喜作の感じに少し戸惑いはあったが、その思いがなんとも嬉しかった。
「おっかぁ、綺麗だな。」
「そうだねぇ」
2人で空を見上げて大きな天の川をしばらく見ていた。
「喜作様でございますか?」
女性の透き通るような美しい声が2人の耳に入って来た。
2人が声のした方へ目を向けると、なんとも美しい男女のお公家様が立ってました。
「へぇ。喜作でございます。」
頭を下げ挨拶をすると今度は男性がこういった。
「喜作殿のおかげで川を渡ることができ、こうして織姫殿に会うことが叶いました。本日はお二人をご招待したい。一緒について来ていただけますね」と言ってくれたので、喜作は普通に元気よく返事をした。
「へい!」
おっかあは、驚いている。
「おり、おり、織姫様」
男性のお公家様が喜作に手を伸ばした。
喜作は慣れているかのようにさっと右手を伸ばした。
「喜作殿、私の手をとって頂くのは今日が最後になりましょうな。1年間あなたと共に魚をとった。ありがとう。」
すると喜作は
「へぇ、あっしも寂しくなりまさぁ。こちらこそ、こんな空見させていただいてぇありがえです」
男性のお公家様は喜作ににこりと微笑んだ。
「上はこんなものではないぞ。喜作の母上殿、喜作殿にようおつかまりください。」
「えっ!あっ、はい」
おっかあはなにがおこるかわからないままいたが、体がすーっと真っ直ぐ空に向かいはじめた。驚きで声が出ない。
お公家様2人は並んで先を飛んでいる。
男性の左手に喜作が繋がっている。
喜作は嬉しそうに飛んでいる。
それを見たおっかあは不思議と怖さがなくなった。
「さぁ、つきましたぞ」
空に着いたおっかあはその光景を見てあまりの美しさに大きく声を上げた
「わぁーーーーー」
広い川幅いっぱいにキラキラ光る星の水は、煌々と光りながらサラサラとながれている。
「恐れながらお二人は、、彦星様と織姫様でございますか?」
おっかあは恐る恐る2人に聞いた。
2人は顔を見合わせてにこりと微笑んだ。
「喜作!喜作!ありがとう。おっかあはこんなに嬉しいことはない。憧れの彦星様と織姫様にお会いできるなんてこんなに幸せなことはないよ」
おっかあは涙を流した。
天の川はその名の通り、神々しく煌々とながれていく。
「おっかあ。家に戻ろう」
喜作はいった。
おっかあは頷くと2人の方を向き深くお辞儀をした。
「喜作殿、これは1年間頑張ってくれたお礼です。あなたが釣ってくれた魚です。どうぞお持ち帰りください」
喜作の前に青く光る魚の入った大きなツボが置かれた。重そうに見えたが、それは軽く持ち上がった。
「ありがとうございます」
喜作はその壺を持ち上げ挨拶をすると、おっかあに服の裾をつかませた。そして喜作は夜空を駆け降りた。
「喜作殿、母上殿。どうぞお幸せに」
おっかあは顔とできるだけの体を振り返り、お辞儀を繰り返した。
小高い山に到着した2人は、興奮冷めやらぬうちに家に向かった。
2人は壺を布団のそばに置き、眠りについた。
朝、喜作は
驚いた顔のおっかあに思い切り揺らされて起きた。
「なんでぃおっかあ」
おっかあは壺を指差し、パクパク言っている。
「壺。壺かい?」
喜作は起き上がり、壺を覗き込んだ。
「おおぅ!!」
魚が入っていた壺の中身は反物やら小判やら色々なもので溢れていました。
2人はそれをとても感謝して、優しい心を育むために使いました。そして、ずっと幸せに暮らしたのでした。
天の川それは天に輝くとても美しい星の川。
そして、愛し合う2人を繋ぐ愛のあふれる星の川。