最後の朝⑧
京都が、真っ二つに、割れていた。
御所の前方の全て、全てが消滅した。
そこにある光景は、文字通りの『消滅』。家も、街も、その先の山でさえ一刀両断され、一直線上の全てが灰燼と化していた。
そして、先ほどまでそこにいたはずの信者たちも。
「………うそ、だ……………………………………。」
祈りを捧げていた信者たちも、蒼様に懇願していたテンも、1人残らず消滅していた。
翠と朝日の前に、ちぎれた人の両腕が転がってくる。その腕は両手を組み、祈りを捧げたまま転がっていた。
「………………ひっ!」
「そん………………な。」
あまりに残酷な神の所業。翠と朝日はその光景に、ただただぼう然とすることしかできなかった。
翠たちの理解はまだ追いついていなかった。潰された御所。消滅した街。殺された信者たち。何もかもがあまりに突然で、あまりにも残酷で、翠たちの頭は悲しみや怒りさえ抱けていなかった。
だが、同時に、翠たちのことを事態は待ってくれなかった。
翠たちが混乱していると同時、銀の船の上、蒼様は一刀両断された京都を確認した後、後ろに振り返った。
振り返った船の甲板には、たくさんの人?が頭を下げ、蒼様に敬意を示していた。
その人々は、蒼様と似た法衣をまとっていた。多くの者の法衣は青と白の法衣、その他数名は赤と白の法衣をまとっていた。
そして、その者たちの背中には翼が生えていた。
敬意を示す翼の生えた人間たちに、蒼様はこう指示した。
「残りはあなたたちに任せました。……………………そうですね。とりあえず、半分くらいにまで減らしておいてください。」
「かしこまりました。蒼様。」
そう言うと蒼様は船内に戻っていき、翼の生えた人間たちは、空へと飛び立った。
無数の翼が、天を埋め尽くした。
§
「逃げるぞ!朝日ッ!!」
「うんッ!!」
天に大きな黒い影が見えた。2人の判断は一瞬で下された。2人が全速力で走り出す。
何か分からないが、銀の船から湧き出た謎の影が空を埋め尽くしていく。鳥にしては大きすぎる。多すぎる。何かは分からないが、逃げなければいけないのは明白だった。
(クソッ!!一体どうなっているんだッ!)
蒼様の一振りにより、京都が一刀両断された。蒼様の目的は、明白、人を殺す事だ。それならば、あの飛行物体たちの目的も同じものに違いない。
(人を減らせば解決するなんて!!馬鹿げてるッ!!!)
あの時蒼様の言ったこと。人を減らせば、冷害が解決すると。確かに、人が減れば今よりましにはなるかも知れないが、それでは何の意味もない。冷害で人が死ぬのと同じだ。
だが、今は生き延びなくては。せめて朝日を、若菜とチキを守らなくては。
「…………………そうだッ!朝日!!そのさっき言ってたニオイってのは、今はどうなってる!?」
「…………うん…………さっきはあそこだけくさかったけど、今は街中がくさい…………」
「街中、か………………………」
さっきので分かった。きっと朝日はニオイという形で、危険を察知しているのだろう。なぜそんなことができるのか、どうやってそんなことをしているのか、見当もつかないが、もしあのままあそこに居たら、翠は確実に死んでいた。
「そうだ、朝日、さっきはありがとな。」
「ううん。翠君が無事でよかった。」
(しかし、街中か………)
もし、翠のにおいについての予想が正しいなら、この町中、全ての場所が危険だということだ。非常にまずい。このままでは確実に殺されてしまう。
「なあ朝日ッ、ニオイが薄い場所は無いか!?」
「……!……待って、今、探す……………………………!」
翠の言葉にハッとした朝日はすぐに意識を集中させる。
「…………………………………………………………………あっ!!あそこっ!!」
朝日が前方を指さす。2人はそこへと全速力で走った。
そこは家と家の間の路地だった。
「ここか!?」
「うん!」
2人が路地裏へと飛び込む。2階建ての大きな家に挟まれた、少し広めの路地だ。その路地裏の一角にはいくつか木箱が積まれていた。2人は木箱に影になるように身を隠す。
「ここのニオイが薄いのか?」
「うん。でもここもちょっとにおうんだけどね…………」
朝日が言うには、ここはまだニオイが薄いらしい。それでもニオイがあるということは、絶対安全という訳では無いのだろうか。
翠は木箱の裏から目立たないように道の様子をのぞく。すると怪しい男が歩いていた。思わず翠が身を隠す。
(あれが、飛んでいたものか………?)
一見、青と白の法衣を着たただの人間だ。だが、その目は赤く瞳孔が開いたような不気味な目だ。それに片手に槍を持っている。あの槍は見覚えがある。日ノ本のものだ。恐らく御所に保管されていたものだろうか。そして、その背中には、翼が生えていた。
「………………………天使……なのか?」
「翼、生えてたね………」
背中に大きな翼を持った人間。あれが空を埋め尽くした黒い影の正体なのだろう。どうやら他の降り立った者達も、翼の生えた人間のようだ。
(天使ってことは、蒼様のしもべか…?)
確か、蒼様がかつて降臨した時も、そのしもべのようなものも一緒にいたと言っていたような…。そんなことを考えながら息をひそめていると、どこからか叫び声が聞こえてきた。
悲鳴だ。
「きゃああああああああああああああああッ!!!!!」
叫び声は1人だけでは無かった。次々と聞こえてくる。
「やめっ!!…………止めてください!!!やめ――――――――」
「どうか!!この子だけは!!!この子だけは―――――――――あ………………や………………………」
「うあああああああぁぁああああああああああ!!!!うあああぁぁぁるああああああああああ!!!!!!!」
いくつもの声が現れては消え、現れては消えを繰り返した。
「やめろ!ヤメロ!やめてくれ!!」
「ああぁ、ああぁ。」
風に乗って血の生臭い臭いが流れてくる。
(く、そ…………………………………………)
翠はどうしようもない無力感にさいなまれていた。すぐ目と鼻の先で起こっている惨劇に、何もできないことに。確かに、殺されている人の多くは蒼教の信者で、翠とはそりの合わなかった人たちだ。でも、それでも、辛い冬を乗り越えてきた苦労は翠達と同じだ。
だから翠には分かる。彼らどれほど必死に生きてきたか。どれほどの苦労の果てに、今年の春を迎えているのか。それなのに、彼らは信じてきた神に裏切られた。
(若菜、チキ…………………………無事でいてくれ……………)
妹と友達さえ助けに行けず、ただ身をひそめることしかできない。
でも、翠と朝日にできることは、これしかなかった。
せめて自分たちが無事でいること。これだけが、2人にできる全てだ。
そして、身を隠してからしばらくたった。
悲鳴が聞こえたとしても、命乞いが聞こえたとしても、全て聞かなかったことにして、息を押し殺していた。朝日の言葉だけを信じて、息を潜め続けた。
どれくらいいただろうか。かなりの時間が経ったような気がするが、もしかしたら一瞬かもしれない。
そして翠たちにとって最悪の事態がやってきた。
足音だ。