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最後の朝⑥

早朝の京都。本来ならば静寂の中、少しずつ人々が活動を始める時間。だがその京都は今、炎に包まれていた。


燃えているのは京都の中心、天皇陛下の住まう場所、京都御所だ。


「父さんッ!!!」


翠達のいる山腹の田園地帯からも、炎ははっきりと確認できた。この京都で、そして日の本で最も神聖な場所の一つが、踏みつぶされ、燃えさかっていた。


突然降ってきた銀色の船が、御所を踏み潰している。その巨大な船は、炎の中心で、まるで辺りが燃え盛っていることなど知らないとばかりに、きらきらと光輝いていた。


そしてあの場所は翠と若菜の父が働いている場所だ。今日ももう働いているはずだ。


悲痛な声を上げる翠の隣で、状況を理解した若菜もショックのあまり叫びを上げる。


「………う、そ…………うそ、だよね………。おとうさん!?………………父さんッ!!!!」


若菜の叫びがむなしく京都の空にこだまする。


母を失ったばかりの2人に最悪の可能性がよぎる。


翠が、震える声でつぶやいた。


「…………たしかめて…………こないと。」


そして翠は震えながら一歩踏み出す。その言葉を聞いた朝日とチキは咄嗟に翠を止める。


「翠君!?………もしかして、あそこに行く気……!?………危険だよ!!」


「そうだ翠!!燃えているうえに、あの船が何かまだ分かっていない!余りにも危険すぎるッ!!」


2人の言葉は的を射ていた。それに、今翠が行ったところで、きっと結果は何も変わらない。危険をおかさず、素直に諦めた方が賢明だ。翠自身のためにも、若菜のためにも。


それでも、翠は諦められなかった。


「ごめん。朝日、チキ。俺、それでも行かなきゃ。」


「………。」


2人は、引き止められなかった。翠はこれ以上、家族を失いたくなかった。何があっても。その気迫が、2人にもはっきりと感じられた。


そして、もう1人、あそこに行かなければならない人が居た。


「お兄ちゃん!!わたしもッ!!!!私も行くッ!!!!!」


若菜だ。


若菜の叫びも、覚悟に染まっていた。若菜も、父を失うなど、絶対に嫌だった。


その叫びを分かっていたかのように翠が振り返る。そして若菜に微笑みながらこう言う。


「若菜、父さんは俺が絶対連れ戻してくるから。ここで待っててくれ。」


「お兄ちゃんッ!?嫌だよ!私も行くッ!!!」


翠には若菜の言うことは分かっていた。だから、その言葉を聞いた後、朝日とチキにこう言った。


「朝日、チキ、若菜を任せた。」


「うん。」


「任せといよ。」


「お兄ちゃん!!」


駆け出す翠。


追いかけようとする若菜をチキが抑え込む。翠の足は早く、もうその姿は見えない。





チキが若菜が追いかけないよう抑え込んでいる。だが、何故か朝日は若菜を抑え込まなかった。


何か違和感を覚えたチキが、朝日に尋ねる。


「朝日!?どうかしたかい!?」


「…………………何か……嫌なニオイがする……。」


そうおもむろにつぶやく朝日。チキは朝日の言ったことが理解できず、聞き返す。


「ニオイ!?どういうことだい!?」


「分からない………………。でも、行かなきゃ…。………………チキ君、若菜ちゃんをよろしくね。」


朝日はそう言うと、翠の追いかけ、走り出していく。


チキは何が何だか理解できず、ただ叫ぶことしかできなかった。


「朝日ッ!?」


二人の子供が、京都の街へと消えていった。




§




京都の街を駆ける翠。翠は街は、火災と、謎の船に混乱しているだろうと想像していた。確かに街中は混乱していた。だがどうも予想と違う混乱が紛れている。


町の人の声が、駆ける翠の耳に飛び込んでくる。


「見たか!あの銀色の船!!」


「ああ!見たよ!教えで聞いた通りだねッ!!」


「おい!!本当に蒼様が乗っていらっしゃるらしいぞッ!!!」


その聞こえた言葉に、翠がはっとする。


(蒼様……?蒼様が乗っている……?)


確かにそう聞こえた。蒼様が船に乗っていると。そうだ、そういえば、チキがそんなこと言ってたっけ………


記憶にあるチキの言葉を探る。そうだ。教典では、蒼様は銀色の船に乗って降臨したと言っていた。そうだとすると、あの船の主は蒼様ということか……?


つまり、御所を潰したのは、蒼様なのか!?


そう考えていると、さらに町の人々の言葉が飛び込んでくる。


「あの船のところに行けば蒼様にお会いできるのかな!?」


「早く見に行くぞ!早く!早くッ!!」


この人たちは正気なのか!?街が潰されているんだぞ!?その犯人に会いに行く!?正気か!?


翠には町の人々の会話が理解できなかった。だが、今はそれどころじゃない。


(今はそれより!父さんだ!!)


一旦考えることはやめだ。そんなことは些細なことだ。


 そうして、翠は更に走り続ける。


 母を失った翠にとって、若菜にとって、唯一の親。まだ母親を失ったばかりの翠にとって、これ以上のことは考えたくもないことだった。


 街の混乱はひどいものだった。逃げ惑う人、叫ぶ人、逆に混乱の中心を目指すものたち。だが、それらに一瞥もやらずに翠は走り続けた。





(ここだ!)


御所の正面にたどり着く。燃え盛る御所の正面。






だが、異様な光景がそこには広がっていた。


目に入ってきたのは頭を地に伏せ、土下座している人だった。1人だけじゃない。御所の入り口前は全て土下座する人で埋め尽くされている。馬車が10台はすれちがえるような広い道。その全てが土下座する人で埋め尽くされていた。


(どうなっているんだ!?)


そこにいる人は誰も彼もが、頭を地べたにつけている。人々の頭は御所の方へ、いや、落ちてきた銀の船の方へ向かっている。


翠が銀の船を見上げる。




その船の甲板には、1人の少女がいた。





不思議な少女だった。纏うのは白と青のそう……シルクのような材質の法衣。髪は美しい金色。背は小さく、おさなげな容姿。


そして最も特徴的で目を惹くのはその両眼、その瞳は左右で異なる色をしていた。真っ赤な真紅のような左目と、澄み切った水色の右目。


年は若菜と同じくらいか、それより若いくらいだろうか。それなのに、その赤と水色のオッドアイはとても冷たく、濁り切っていた。まるでこの世の全てを諦めたかのような瞳だった。


人々は、その少女に向けて頭を下げていた。


そして人々は口をそろえ、こう唱えだした。


『レーカ・モガイジャー・ジンニン・ギマネッタ!!!!レーカ・モガイジャー・ジンニン・ギマネッタ!!!!我らが最上なる神、蒼様の祝福を!!!!!』


その言葉は、今まで何度も聞いてきた言葉。蒼教の教徒が、蒼様に捧げる天上の言葉だ。


(………………………………まさか。)


あの少女がそうなのか。蒼教が信仰する至上の神。






蒼様。

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