奪還作戦 前
雨の止んだ晴れやかな日差し。湧き立つ人々。空を舞う無数のもみと血飛沫。
狂乱の渦の中、静かにその時を待つ4人が潜む。
1人の女性は銃を構え、放棄された家屋から式の様子を伺う。
1人の少年は少し離れた商店の厩舎で連れの馬を見守りながら合図を待つ。
1人の男は豊穣祭の人混みに紛れ込み、会場を見守りながらその時に備える。
そして、最後の少年は人混みに紛れ込み、救うべき少女を見つめながらその時を待つ。
神は無慈悲にも人々の首を落としていく。そして慈悲の如く天から豊穣を与える。
残された生贄もあと5人となり、そして彼らの運命を決める時となる。
朝日。次の生贄は、彼女だ。
(…朝日の番だ…。)
前に順番の生贄の首が宙に舞いポトリと落ちた。天使たちと蒼様はそれがまるで私に無関係な事だとでもいうように一瞥さえやらずに式を進めていく。
それだけで、終わり。1人の人の命がついえたというのにたったそれだけ。あまりの呆気なさだ。
中位天使が断頭台から飛び立ち、生贄の列へと向かう。
朝日の前に中位天使が降り立つ。本当に朝日の番が来てしまったのだと痛感する。
朝日に繋がれていた縄が解かれ、後5人となった生贄の列から朝日が連れ出される。
朝日は再び縄に繋がれ、中位天使に連れられていく。
朝日が一瞬、チラリとこちらを見た。朝日は翠の存在に気がついているようだ。その目喜びに満ちているような、しかし、どこが困惑しているような、そんな目をしていた。
それもそうだろう。生贄になるしかなかった、現状に一筋の希望が差したのだ。朝日にとって嬉しくないはずがないだろう。しかし、それは天使に逆い、救出しなければならないと言うことだ。可能性は極めて低いし、下手をすれば翠たちも犠牲になりかねない。自分を救出するために翠、そして間違いなく同じように会場に来ているだろう、残りの3人さえも、犠牲になりかねないのだ。そのような表情をするのも当然だ。
だが、これは翠が決めたことだ。後悔は少しもない。そしてきっと、それは朝日も理解してくれるはずだ。だって、朝日も同じ立場に置かれたのならば、確実に同じことをしていた。だから、迷う事は無い。確実に朝日を救い出す。
作戦の開始の合図は結衣さんの銃声だ。結衣さんが銃声で天使たちの気を引き、ゲンジさんが天使を錯乱する。そしてその隙に翠が朝日を奪還する。
作戦開始のタイミングは打ち合わせしていない。式が始まってから結衣さんと合流する方法はなかったからだ。が、結衣さんは間違いなくお清めのタイミングを選択するだろう。結衣さんも会場が見えるところに潜んでいる。一連の流れを確認していたのならば、確実にそのタイミングを選択しているだろう。
生贄の列から連れ出された朝日が中位天使とともにお清めの場に向かう。
その時は、もうまもなく迫ってきている。翠の胸の鼓動が早まる。チャンスは1度だけだ。失敗は許されない。確実に成功させる。
そして、中位天使と朝日が立ち止まる。
中位天使が朝日の縄に手をかける。朝日の拘束が解かれる。訪れた、唯一のチャンス。
時は来た。ゲンジと結衣も覚悟を決める。
(ホントに…やるんだな…俺達…)
(神に…歯向かう…)
朝日がお清めの場へと1人歩き出す。生贄の拘束が解かれ、天使のそばを離れる、最初で最後のチャンス。
その時が、訪れた。
朝日がお清めの場にたどり着いたその時、銃声が鳴り響いた。
会場の狂騒も突き破るような爆発的な銃声が鳴り響く。
会場の人々が一瞬静まり、すぐにどよめく。そして間髪入れず次の銃声が鳴り響く。
中位天使の一体が叫んだ。
「何者だッ!!捕えろッ!!」
その声に応じたのは4体の下位天使。会場を見張っていた天使だ。銃声の方角、結衣のいる場所へと飛び立つ。
会場の注意は完全に銃声の方角へ向いていた。
その時、会場の後方。
ゲンジが動いた。
「行っけええええええッ!!!」
そう叫びながら、ゲンジが大きく振りかぶり、全力で何かを投げる。
それは縄でつながれた陶器の玉。焙烙玉だ。(手りゅう弾のようなもの)
その玉が会場の中心、朝日と朝日を連れる中位天使から少し離れた場所で破裂する。
火と煙が会場を包む。会場の人々が混乱する。
天使が状況を判断するまで、恐らく数秒もかからない。翠に与えられた唯一のチャンスだ。